らぶてぃ

古葉レイ

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らぶてぃ12

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 まさか、石川のやつ。
 まさか、先生を?
 巻型だけで虫唾が走る。自分の事は棚に上げて、先生に恋するとか何様だと怒り狂いそうになる。

「テスト中なんだ。居残るのもほどほどにしとけよ」
「好きなんです」

 ずき。

 石川が真剣な面持ちでそう告げた。
 一瞬、立ちくらみがした。背中に壁がなければ、あたしは崩れ落ちていたかもしれない。あいつ、何言ってるんだ、おい。

「絵が……好き、なんです」
「だろうな」

 石川が恥ずかしげに笑う。先生は笑ったまま動じなかった。
 石川のあの台詞、絶対、何か狙った。そんな自信があたしにはある。あの顔は、昔のあたしだ。沸き起こる危機感に、あたしは固唾を呑む。

「お前の絵は繊細で、丁寧だからな。今のままでいいと思うぞ」
「ありがと、嬉しい」

 うわっ、何だあいつと思った。
 ありがと、気遣ってくれて、とか、タメ口を言っちゃう石川の目は、恋する乙女のそれだった。先生は笑っていて何を言っているかがわからない。
 あたしは拳を、壁にばんと打ちつける。

「今日はもう帰れ。気をつけてな」
「はーい」

 あたしが見ているとも知らず、先生は石川に笑顔を振り撒いていた。その笑顔加減が、何と言うか大安売りじみていた。

 何か嫌気がした。

 先生なんだから、生徒に優しくするのは当然だ。
 先生は誰にだって優しくしなきゃだめなんだと思う。それは、知っている。だから、生徒だけれど特別なあたしに、先生は優しくしないんだと思う。それが、先生なりの特別扱いだと信じている。

 そう思いながら、あたしは拳を握りしめる。

 でも、悔しい。

 最近、先生の柔らかい笑顔を見ていない。あたしに向けられない笑顔が、他の女に向け荒れているのが、苦しいくらいに、辛い。

「ちぇ」

 先生はまだ石川と話していた。帰れよ、石川と思った。
 場所が場所なだけに、その話が終われば美術室に戻ってくるのは間違いない。

 あたしは、踵を返した。

 階段へ足を上げて、来た道を戻っていく。そっと、足を忍ばせる。
 先生が他の誰かに笑っていたって、あたしは泣かないんだ。

 怖くなんかない。不安もない。

 全然、平気なんだからっ。

 ……。
 ……。

「……何してんだろ」

 結局、あたしは美術室に戻ってきた。
 今もまだ、石川と先生は楽しげに笑っているんだろうか。あるいは別れて、こちらに向かってきているだろうか。

 早く戻ってこないかな。そう思って、先生を待つ。
 そわそわした。
 
 あるいは石川と二人で来る? そう思ったけれど、さすがにそれはないと信じたかった。あたしが居るんだ、連れては来ないと願う。
 しばらく待つ。先生は来ない。美術室の扉を眺めながら、念の為に隠れたほうがいいのかなとか思った。

 石川が勝手に付いて来たら、先生だって拒めないだろう。
 あたしは念の為、準備室に移動する。
 静かに準備室の扉を閉めながら、ふと自分が逃げているような気になった。後ろめたい気持ちに、歯を食いしばる。
 不意に泣きそうになった。

「笑顔でいなきゃ」

 手のひらで頬を叩いて、気合を入れる。自分に活を入れて、元気充電しようと、先生の椅子に座る。

 冷たい椅子に凭れて深呼吸する。先生を想い、気持ちを静める。
 先生の指を想う。先生の肌を想う。先生の笑顔を、思い浮かべて唇を噛み締める。
 落ち着かなかった。全然、怖い。机につっぷして歯を食いしばりながら、泣かない、泣かないぞと歯を食いしばる。

 あたしは、特別だ。
 あたしは先生に愛想まかれる女じゃ、ないっ。
 でも先生、冷たいしなぁ。あたしの事、馬鹿って言うしなぁ。

「ちくしょう」

 ふと、そんな言葉が漏れて、

 ばささっ。

「うおっ!?」

 伸ばした手が何かに当たった。
 遅れて床から音がした。

「やっばー」

 慌ててみれば、先生の鞄だった。

 たぶん通勤用の鞄が、あたしのせいで落ちたに違いなかった。しかも蓋が開いてしまって、中身が床に溢れていた。

「んげ」
 
 真っ先に思ったのが、先生の冷たい目だった。怒られる、やばい。弱っている時にあの冷たさは身に沁みる。物凄く落ち込む。

 あたしは慌てて椅子から降りて、床に落ちていた本や雑誌を拾っていく。早くしないと先生戻ってくる。絶対、怒られるっ。割れ物は入ってないよね。
 そう思いながら、半泣き状態で手元を漁る。
 中身の教科書を荒っぽく束ねて、とにかく鞄の中に放り込む。

「ん?」

 と、落ちていた最後の本を手に取って、間に合ったと胸を撫で下ろす。埃を叩いて鞄に入れようとしたところで、その一冊の、表紙に気付いて手を止めた。

 鞄に入れようとしたその本は、見覚えのある表紙だった。
 逆向きの本を上下元に戻して、それを睨む。

「これって……」

 それは、数学の教科書だった。
 あたしがよく知る、嫌いな数学の、教科書だった。
 何で、こんなものが?

「付箋?」

 誰かの忘れ物かもしれない。そう思いながら、表紙を捲る。

 名前はない。

 でも美術室に忘れるかな。そう思いながら裏を見る。やっぱり名前は書いてない。新しくて綺麗だった。

 第一、それを先生が鞄に入れているのはおかしい。
 そう思いながら、あたしはぺらぺらと教科書の中を見る。
 そして、見てしまった。
 付箋のページを見て、見慣れたあの人の、追記文字を読んだ。その文字を、あたしは三度、読み返した。

 がら。

「ひっ」

 ふいに、美術室の扉が開いた。
 心臓がと喉が悲鳴を上げて喉を過ぎる。空気が肺から漏れて、唇の上を滑り落ちる。
 
 うわ、うわ。
 
 あたしは開いていた教科書を閉じて、鞄の中に放り込んだ。それから鞄を抱えて、先生の机の上に置こうとして、

「何してるんですか、あきチャン?」
「ひっ!?」

 掛けられた先生のまばゆいばかりの笑顔に、あたしは身を固くした。

《続く》
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