恋とレシーブと

古葉レイ

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恋とレシーブと4

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『葉山君が……好き』

 運動場横の片隅で正々堂々と告白されたあの日、俺は一週間の猶予を貰ったくせに、その日のうちに付き合う事を彼女に告げた。
 無言で号泣されたのは未だに俺の脳裏にこびりついている。

 彼女に告白された後、部活でレシーブの練習をしながら思い出したのだ。安藤あさみは芯が通った女子で、いつだって一生懸命な子だった。
 それを思い出した俺は、彼女の一生懸命の告白を思い出して覚悟を決めた。あさみはきっと、一週間どころか一か月経っても変わらない、そう思ったのだ。
 あの日、付き合おうと言った事に後悔はない。

 生徒も疎らな放課後の教室で、あさみの視線が俺に向いている。二人の目がしばし絡み、凝視し合う。逃げたら負けのように、あさみの視線が動かない。俺が負けて、視線を逸らすと、くすくすと笑われた。

「あさみって頑固だよな」
「どちらかと言えば辛抱強い方かな」
「折れる気がない」
「正確には折れるのが嫌い」

 あさみは引きに見えて、実は押すタイプだ。負けん気が強いのは俺も同じである。彼女の視線が下がり、少しだけ頬が緩んでいる。窓の外からそよ風が吹き込み、あさみの髪をさらりと撫でる。あさみの手触りを意識すると、自らの指先や頬、それに股間が熱くなる。
 俺は初心か。

「起こせばいいのに」
「大丈夫だよ。一緒に居るんだもん」

 安藤あさみは真面目で、けれど思っていたよりも青春全開な女子だった。恋する乙女で青臭いのも、当事者からすると心地良い。

「照れ臭いんだけど」
「奇遇ですね、私も」

 あさみは決して秀才ではない。勉強熱心で努力家だ。赤茶でミディアムの髪はやや子供っぽさを見せていて、制服との間にある首のラインは滑らかで綺麗だ。ワインレッドのリボンがアクセントになっている。ぱっちりとした目元は仔犬のようで、健康そうな笑顔は俺の好みである。いや俺の好みがあさみになったと言っても良い。

 けれど好みは外見だけではなく、むしろ性格こそが好みである。あさみは近くに居るだけで、蕩けるような甘い匂いがする子だ。俺は変態か。

「まだ頭が寝ている気がする。やっぱり寝不足だな」
「じゃあ早く寝ないとね。それとも私の部屋で休憩でもしていく?」
「っぇえっと?」

 ぎしと、彼女の視線に股間が疼く。そう、安藤あさみは俺が思っていたよりも、いやかなり言動が大人だった。胸が近いと思ったら詰め寄られていた。少し離れたところにいる生徒はこちらのやり取りを気付いてはいない。
 とりあえず両肩を押して彼女を押し戻し座り直させる。どーどー。

「休憩、と言いますと?」
「お勉強、かなぁ?」

 やや舌っ足らずな口調がワザとらしい。あさみの子供じみた笑みを見返しながら、俺は真剣に考える。
 あさみの物言いは直球が多い。けれどこと色恋に関しては、その範疇を外れる。つまりわかりにくい言い回しをなさるのだ。しっかりと優等生で生が付くほどに真面目なくせに、学校の教室でふと男子を誘うような言葉を投げかけてくる女子であるのだから、直接的に言うわけにはいかないのだけれど、恐ろしい。
 停学、退学。それ以前に、彼女に嫌な噂が立ったらどうするのか。

「二人で勉強?」
「うん。二人きりでおべんきょう」

 言われて赤面する俺は初心だ。顔をあさみから背けて呼吸を整える。対してあさみは気にもせず、机に向かって勉学に勤しんでいる。耳たぶが赤いので照れ具合は同点。本心の直球の一言は、二人きりでなければ絶対に言わないだろう。

 だからこその、歪曲された物言いと甘い誘惑が擽ったい。

 しかし今日は特に、あさみの攻撃が激しい気がする。それが勘違いではないとばかりに、彼女の膝がすうと、俺の太ももに触れていることから間違いない。


 とん。とん。とん。

 あさみの上履きの側面が、俺の上履きをリズミカルに叩いている。とりあえず、あさみは案外攻撃的である。油断していると指で腕をつつかれ、顔を見ても見返しては来ない。足首がこん、と俺のふくらはぎに触れたかと思うと離れる。教室の一区間、微妙で絶妙なアプローチが、セクハラのように続く。

「家に寄っていく? そういえば今日、お母さんたち、仕事の帰りが遅いと思うから、安心していい、と思うよ」

 優等生らしく微笑む彼女の言葉が嘘臭く切れ切れだ。何が安心だ、等は問わない。こん、と足を蹴られ、あさみを見返すと笑顔が待っている。痛くはない。触れたい、触れられたい。そんな言葉が聞こえてきそうである。

 反応してやるもんかと男子心が抵抗をする。無言を決め込もうとするが、俺の意思は即折れる。あさみの指がそっと俺の手の甲に触れていた。
 ぎょっとして、視線を教室の、別の生徒達へ向く。誰も、見ていない。

「……どうしたの?」

 あさみは笑顔だ。満面の笑みで、俺の手に触れている。

「その安心は何に対する安心なんだろうか? 男子高校生が女子の部屋に行くんだろう? あさみにとっては不安全ではないだろうか」

 咄嗟に手を引っ込めようとしてわしと掴まれ、戻せない。

「昨日だって家に来たんだし、今日来てもいいと思うよ。危険源の彼氏様?」
「誰が危険だ」
「じゃあ不安全な人」

 あさみがくすくすと笑い、かりと、俺の手の甲を爪で掻いて引き留める。孤高の猫の如き鋭い眼差しに、俺の身が竦む。
 仔犬、猫と、すぐに変身するのがあさみ様だ。

「それとも今日来ないって思うのは何でかな? 狼サン?」
「いや、勉強するわけじゃないし理由が……」
「ないとか言ったら彼氏としてどうなのかな。きょーくん的に、最悪で屑男確定なんじゃないかな?」
「もちろん言いませんが理由が弱い」
「それこそ謎ですね。ふふ、遊ぶ為でいいでしょう?」
「だとしても二人きりなら今でも十分だと」
「ここでは話せないお話もあるでしょう? ここはほら学校ですし、世間体というものがありますでしょう?」

 と告げる発言は裏あり表ありの青春発言で、口調が可笑しい程に挑発だ。あさみの言動は少し危険で、それもいいのだが、俺が逃げ腰だ。あさみの顔が俺の眼前に寄ってきて慌てて顔を背ける。ちっ。舌打ちが鳴る。ひぃ。

「そういえば昨日、何か言おうとしてたっけ? ああ、なんでしたっけ? 青春真っただ中の彼氏さん。勉強見てくれてありがとう? お礼? 何してくれるのでした? 何を私にくれるお約束だったのですか? 私は純情無垢な乙女なので、高校生男子の思考は分からないので、今ここで、教えてくださいますかしら」

 ぐさぐさと心臓に刺さる言葉が次から次へと飛び出してきて、俺はもう息ができない。あさみの口調がお嬢様風になっていて、笑顔の奥にある苛立ちが、隠しきれずに溢れ出している。

「何で、怒ってるんでせう」
「君が露骨に逃げるから」

 ざっくばらんに会話する、彼女の笑顔が怖い。咳払いをして思考を戻す。あさみはちなみに、未だに勉強する手を止めていない。勤勉女子か。

「テストも思わったし、今日ならいいんじゃないかな?」
「うぉ、おう」

 かくして昨日、二人きりという状況に欲情しかけた事実が実はあって、「今日でも平気?」と言われて「明日で」と言ったのは俺である。

 彼女はしたくないなんて言わなかったのだ。
 今日でもいいの、と聞いたのだ。

 ほかならぬ俺の為に、今日は我慢しようと言った事に気づけないほど、俺も馬鹿ではない、はずだ。

《続く》
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