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恋とレシーブと5
しおりを挟む「今日は部活も休みだし、一人練習も私の為にしないでくれたでしょう? そして明日からまたバレー漬けなのよね? だったら今日はゆっくりと、私とお部屋でお話しませんか? それともお勉強する?」
「テストが終わったのに勉強は勘弁してください」
「保健体育ですよ?」
「それは案外露骨です」
ばくばくと心臓が煩いです。あさみさんがくすくすと微笑み、シャーペンの先で俺の頬をつんと突く。
あさみは遊びだすと、お嬢様風になって面白い。
「学生の本分は勉強です。それとも葉山君は、私にお勉強を誘われるのがお嫌いなのかしら? それとも部屋で映画でも観る? 甘いラブストーリーとかいいんじゃないかな。一緒に泣いちゃう?」
あさみは青春全開の笑みではにかみ、俺の手をそっと触れてくる。鞄から教科書を取り出して、「この教科とかどう?」という言うその教科書の名は保健体育。いや今日それ持ってる意味ないしなんであるの?
ぎゅうと指と指が重なり、血の気が引くほどに握られる。痛い痛い。「葉山君?」と俺を名字で呼ぶ時の彼女様は恐ろしく可愛い、ではなくて。
机をくっつけて、語り合う俺らは教室に二人きりなのだが、いつ誰が近寄ってくるかはわからない。手を繋ぐのは、ちょっと危険だ。
「……映画を観よう」
「いいね。映画観よう。何がいい?」
「俺はアクション映画が好きです」
「私も好き。きょーくんが好きなものが好き。けれど……今日は他のね?」
ぐいと、あさみの上履きが俺の上履きを踏みつけている。踵らしく痛い。刺激に顔が歪む。俺の顔が、それを見るあさみの笑みが純粋無垢な笑みから大人びた笑みに歪む。「たまにきょーくんが凄く嫌いになる時がある。たとえば今」と告げられて冷や汗が出る。
嫌われるのは嫌だ。思わず焦る。「ごめん」「謝らなくていいよ、私の気持ちの問題だから」と告げられたが怖い。それってつまり、俺じゃどうしようもないって事じゃん。
「別れますか?」
「殺していいですか?」
手の甲にあさみの爪が食い込んで痛い。ぎりぎりと痛くて、ただただ怖い。滅茶苦茶、心も痛いのは、完全な自業自得である。
「別れるとは何でしょう? 私今日本語理解不能。君ノ発言謎デス」
「ごめん何でもない俺の間違いです」
あさみさんって全然純粋じゃないし子供なんかじゃない。俺のオフザケも度が過ぎると嫌味になるのだろう。彼女の凄みが増していく。そろそろ危険である。教室の扉はまだ開かない。けれどこの雰囲気は危険だ。修羅場だ。机の上では柔らかい笑顔に戻っている女子が、その下では乱暴な行動を強いているあたりが非常にまずい。いつの間にか上履きを脱ぎ捨てていた彼女の足が、俺の股間に伸びている。スカートが捲れ、横から見たら足が伸びているのが丸わかり。子供的には電気あんま。
あさみの足の裏の熱が、俺の股間に触れている。ズボン越しに、熱が伝う。
いやしかしこれ、外から見ているとただの、股間弄りだ。視線をさまよわせて、誰も見ていない事を確認して、痛み。足の指が、閉じられて痛い。
「あさ、み、痛い」
「今日は私に合わせて欲しい。それが我がままだと言うのは自覚しているけれど、私だって昨日は我慢したの。お預けだったのよ? この一週間、ううん数か月も我慢したんだから、ご褒美は必要でしょう? 頂戴、ご褒美」
「ご、ご褒美ですか」
「そう。甘いラブストーリーを一緒に観たいの。二人きりがいいの。濃厚でバイオレンスな映画を二人で黙って見ないと、私は明日からしばらく憂鬱になってしまうと思うの。ね? 部活少年の葉山恭介君も、それくらいの我儘はいいよね?」
あさみはこの手のお誘いに関しては、決して直球を語らないと思っていたがそうでもないらしい。真綿で首を絞めるように、じわじわと周囲を埋めてくる。やや暴走気味だ。
やっぱり昨日、止めなきゃ良かったなと後悔したが時すでに遅し。
「どうする? 選んで」
とあさみに笑顔で告げられる。彼女の語りに俺の喉が鳴る。「三分ください」「あげる」と即答。あさみはくすくすと笑いながら、股間から足を退けた。ふとクラスの女子がやってきて、あさみと会話する。それを見ながら、俺は少し猛り始めていた股間を押さえるように、机につっぷする。
しばらくして、あさみはまた数学の問題に戻ったらしく、かりかりとノートを擦る音がする。暫くの間、問題を解く手が止まらない。俺はそんな彼女をしばらく眺めてから、手を伸ばして告げた。
「その宿題、俺がやる」
「じゃあ返却します。終わったら家に行こうね」
安藤あさみはとても良い子である。俺にはもったいないくらいに素敵である。彼女から返されたプリントを前に置き、自分の鞄から筆箱を取る。精神統一、とりあえず現実に戻りたい。
自らのシャープペンを握りながら、問題を睨みつけて固まる。あさみは立ち上がり、自分の鞄を手に取っていた。立つ彼女に、座る俺。
問題を凝視して、幾数秒。
「あさみさん、もう解く問題がありません」
「うん。全部解いちゃったからネ。さ、家に行こう。拒否権はないから」
安藤あさみはいい子である。そして彼氏をからかうのが大好物な乙女だ。
〇〇〇
「Jyo……Yha……nh……」
私の部屋に英語の台詞、いや声が流れていた。青春系の海外ドラマの、少し大人の階段に登る男女の、切なく苦しい官能シーンだった。私の視線は画面に向いている。けれど意識は、そこにはない。
私の部屋は簡素だった。女子の部屋にしては飾りっけがない事は重々承知している。興味がないと言ってもいい。必要最低限の服と、ベッドとテレビと勉強机。本棚にクローゼットにテーブルくらいだ。
「……はぁ、ふぅ」
恭介君の熱い吐息が耳元で聞こえる。手と手を合わせて、ただ画面を眺めている。画面では、肌と肌が合い、温度が伝うシーンが流れている。恭介君の肩が私に触れて、産毛が総毛立つ。彼の指先は汗ばんでいて、ただただ熱い。ブラも下着も新品で、あれこれの処置も完璧だった。強いて言えばシャワーとか、そういうのを浴びてないくらい。でもそれは、さすがにし過ぎだ。気合入れ過ぎだから、我慢した。
汗臭いかなと思う。でも、彼はそれでいいと言ってくれる。私も、彼の匂いが大好きだからわかる。もっともっと、彼の汗の匂い、嗅ぎたいなって思う。でも言わない。言っちゃえない。
だって言ったら、えっちな子って言われちゃうから。嫌われちゃうから、私は必死に我慢する。
「Hany……」
「きょーくん?」
「うん?」
意図的に、そういう気持ちになっちゃう系の映画が流れている。アロマも手伝ってくれている。一応はディスクを間違えちゃったよと告げておいた。棒読みだったけれど、十分だったと思う。恭介君は笑ってくれた。「変えた方がいいカナ?」と聞いた私に、「そのままでいいよ」と言ってくれた。
ムードは良かった。非常に良かった。
それでいいと思ってくれたから、私はそのままにして、彼の肩に頭を乗せた。
《続く》
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