1 / 6
第一話
しおりを挟む
誰よりも早く走るのは得意だ。
オリンピック選手には到底及ばないだろうが、同い年が相手なら例え男の子でも勝てる自信がある。
けれども自慢の健脚が、本来の力を発揮できるのは地上に限られた話で、水中だとふやけて頼りなくなってしまう。
針が肌に突き刺さるような猛烈な真夏の日差しと日本独特の蒸し暑さで、空気は重たく感じるのに私にとってはプールの中よりも外の方が心地よかったりする。
他の生徒は平然と水の中を進んでいくが、私だけがプールの底に突き刺さった棒切れのように、動けずスタート地点で止まっていた。
だって水面に顔を付けるだけでも一苦労なんだもの。
水の近くまで顔面を近づけて、そのまま固まってしまう。
外気より水温の方が低い筈なのに嫌な脂汗が額から垂れてきて、半開きになった口の隙間から侵入し舌に不快な味を残す。
「チリ、後ろが渋滞してる!」
振り返ると飛び込み台の上で、私を見下ろす女子生徒がいた。
「う、ううう………」
「唸っても駄目!」
“見逃してください”と潤んだ目でアイコンタクトを送ったが、飛び込み台の上で仁王立ちしている女子生徒にはまったく通じない。
普段はパッチリした目を、キツネのように細めて“早くしろ!”という圧力を、その眼力だけで加えられてしまった。
「シオネ、酷いよ!」
「………」
仕方なく意を決して頭を水中に沈め、走りに特化した足でプールの壁を力の限り蹴った。
必死に足を上下に動かす。兎に角前進する為にがむしゃらに足を動かした。
怖くて目は開けられないし、どれくらいの速度でどこまで進んだのか全くわからない。目隠しをして全力疾走しているみたいだ。
けれどプールの二十五メートルなんて百メートルのトラックに、比べたらたったの四分の一。そのくらいの距離を私は何度も走破し、外周だって毎日走っているから持久力にも自信がある。
私なら出来る!と思った瞬間。
胸の奥から苦しさが一気に脳天までこみ上げてきた。
メチャクチャに身体を動かしたから、必要以上に体内の酸素を消費してしまったのかもしれない。
空気を吸うため慌てて頭を上げたけれど、カナヅチの私が上手に息継ぎが出来る筈もない。
少量だけど水を飲んでしまい、それが喉にひっかかて咳き込んでしまった。
幸い泳いでいたレーンがプールの一番端だったので、プールの壁にしがみ付き大きな咳をして、気管支に入った水を追い出す。
「仕方ない。チリは陸上で頑張ってるからな。見学してていいぞ!」
私の様子を見ていた体育教師は言ってきた。
スタート地点を見るとシオネは、目を細めたまま溜息をついている。
しかしショックだったのはシオネに呆れた顔をされた事より、15メートルは泳いだと思っていたが、実際には5メートルしか進んでいない事だった。
オリンピック選手には到底及ばないだろうが、同い年が相手なら例え男の子でも勝てる自信がある。
けれども自慢の健脚が、本来の力を発揮できるのは地上に限られた話で、水中だとふやけて頼りなくなってしまう。
針が肌に突き刺さるような猛烈な真夏の日差しと日本独特の蒸し暑さで、空気は重たく感じるのに私にとってはプールの中よりも外の方が心地よかったりする。
他の生徒は平然と水の中を進んでいくが、私だけがプールの底に突き刺さった棒切れのように、動けずスタート地点で止まっていた。
だって水面に顔を付けるだけでも一苦労なんだもの。
水の近くまで顔面を近づけて、そのまま固まってしまう。
外気より水温の方が低い筈なのに嫌な脂汗が額から垂れてきて、半開きになった口の隙間から侵入し舌に不快な味を残す。
「チリ、後ろが渋滞してる!」
振り返ると飛び込み台の上で、私を見下ろす女子生徒がいた。
「う、ううう………」
「唸っても駄目!」
“見逃してください”と潤んだ目でアイコンタクトを送ったが、飛び込み台の上で仁王立ちしている女子生徒にはまったく通じない。
普段はパッチリした目を、キツネのように細めて“早くしろ!”という圧力を、その眼力だけで加えられてしまった。
「シオネ、酷いよ!」
「………」
仕方なく意を決して頭を水中に沈め、走りに特化した足でプールの壁を力の限り蹴った。
必死に足を上下に動かす。兎に角前進する為にがむしゃらに足を動かした。
怖くて目は開けられないし、どれくらいの速度でどこまで進んだのか全くわからない。目隠しをして全力疾走しているみたいだ。
けれどプールの二十五メートルなんて百メートルのトラックに、比べたらたったの四分の一。そのくらいの距離を私は何度も走破し、外周だって毎日走っているから持久力にも自信がある。
私なら出来る!と思った瞬間。
胸の奥から苦しさが一気に脳天までこみ上げてきた。
メチャクチャに身体を動かしたから、必要以上に体内の酸素を消費してしまったのかもしれない。
空気を吸うため慌てて頭を上げたけれど、カナヅチの私が上手に息継ぎが出来る筈もない。
少量だけど水を飲んでしまい、それが喉にひっかかて咳き込んでしまった。
幸い泳いでいたレーンがプールの一番端だったので、プールの壁にしがみ付き大きな咳をして、気管支に入った水を追い出す。
「仕方ない。チリは陸上で頑張ってるからな。見学してていいぞ!」
私の様子を見ていた体育教師は言ってきた。
スタート地点を見るとシオネは、目を細めたまま溜息をついている。
しかしショックだったのはシオネに呆れた顔をされた事より、15メートルは泳いだと思っていたが、実際には5メートルしか進んでいない事だった。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
〖完結〗旦那様が私を殺そうとしました。
藍川みいな
恋愛
私は今、この世でたった一人の愛する旦那様に殺されそうになっている。いや……もう私は殺されるだろう。
どうして、こんなことになってしまったんだろう……。
私はただ、旦那様を愛していただけなのに……。
そして私は旦那様の手で、首を絞められ意識を手放した……
はずだった。
目を覚ますと、何故か15歳の姿に戻っていた。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全11話で完結になります。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる