高倉くんのカワイイを応援したい!

志熊みゅう

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第四章 夏休みは忙しい

6. 初めての浴衣

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 夏期講習は普段の学校の勉強よりも応用的な内容だ。数学だって学校の授業よりもっともっと難しい。結局夏休みといっても夏らしいことができたのは、林間学校と北海道に行った5日間くらいだ。

 一番大きな模試が終わって、教室から出ると、みんな意気揚々、あの問題がどうの、答えがどうの、と意見を交わしている。そんな喧騒の中に高倉くんをみつけた。彼も模試を受けていたようだ。メッセージのやり取りは毎日しているけど、こうして実際会ったのは林間学校以来だ。

「わー、高倉くん!久しぶり。高倉くんも模試受けてたんだ!」

「おーそめやん!相変わらず、元気そうやな。模試、どうやったん?」

「まあまあかな?そんなことより――深夜2時の哲学のサインもらったよ!」

「え、マジで!?めっちゃすごいやん!」

 二人で盛り上がっていると、紬が間に入ってきた。

「――なんだか、お二人ずいぶんと仲良さそうね。お邪魔虫は退散するわ。」

「ちょ、ちょっと紬!」

 紬は少しニタっと笑って去っていった。

 話の流れで、そのまま高倉くんを家に招いて、深夜2時の哲学のサイン色紙を見せた。パパの番組に出ていたのは北海道出身の松岡さんだけだったけど、ちゃんと松岡さんと山本やまもとさんの両方からサインをもらってくれている。

『あかねちゃんへ いつも応援ありがとー!今度は絶対ライブにも来てね』

 パパが気を利かせてくれたのか、私の名前まで入っていた。高倉くんも目を丸くして驚いていた。

「うわ、これめっちゃすごいやん!」

「パパが北海道に戻ってすぐ、サインもらって送ってくれたの!」

「そめやんパパ、さすがやな~。プロデューサーってやっぱ違うわ!」

「東京にいたころは、もっと色々な芸能人とお仕事していたよ。今はローカル局だから。」

「いわゆる"業界人"ってやつやな。まさか、そめやんがそっち側の人やったとはな~。」

「いや、そんなことないって、私はいたって普通だよ。」

 と、ちょっと照れながら弁明する。

「フツーの子は、ジンギスカン食いに行って、ひめのりぼんに声かけられへんで?」

「そ、そうかな?パパのことはすごいと思うけど、パパだって裏方だし。」

「そんなコネあったら、芸能事務所とかに声かけられたりせえへんの?」

「いや、ないないないないない。私は地味で平凡だから。芸能界ってもっと華やかな世界だよ。」

 そういえば、あの日りぼんちゃん、私のこと『かわいい』って言ってくれたな。高倉くんのメイク術が効いたのかな?

 ――そうだ。カワイイで思い出した。ママが一度美容院に着て、浴衣の柄を予め選んどけって言ってたな。かわいいのから、なくなっちゃうから。特に大きいサイズは数が限られているんだって。

「そうだ!話変わるけど、ママの美容院に浴衣選びに行かない?」

「めっちゃ行きたい!」

「まず今日、空いている時間あるか、ママに聞いてみるね。」

 ちょっと経ってママから返信が来た。午後は割と暇らしい。

「今から行っても大丈夫だって、行こうっか?」

 ママの美容院に向かい、商店街を歩いていると、肉屋のおばさんに声をかけられた。

「あら、あかねちゃん!彼氏?かっこいい子ね。」

「ち、違います!」

 と、思わず声を上げて否定した。

「青春ねー。ママによろしくね。」

 商店街の奥の方にある、ママの店に入ると、ママがすぐに気づいて駆け寄ってきた。いつもの黒のワイドパンツに、シンプルな白シャツをラフに着こなしていた。腰にはプロ用のシザーケースを斜めに巻いていて、中には鋏やコームがきっちり収まっている。ふわっとしたボブヘアにゴールドのフープピアスがよく似合う。

「あなたが高倉くんね。あかねの母です。あかねがいつもお世話になってます。この前はあかねがいろいろコスメ買ってもらっちゃったみたいで――」

「あ、全然高いもんとちゃいますし、大丈夫ですよ。」

 ちょっと待っててねと言われて、待合に通され、インスタントコーヒーと雑誌を渡された。

「そめやんの髪型いつもかわええなって思ってたんやけど、自分でも練習してるん?」

「ママに教えてもらって、小さい頃からよくやっているよ。ちょっと編み込み入れるだけでも華やかになるし。」

「今度コツ、教えて~。ウィッグそのままかぶるだけやと、なんか物足りへんねん。」

「もちろん!」

 そんな話をしていたら、さっきママがヘアセットしていたお客さんが、にこにこしながら店を出ていった。お友達の結婚式かな?ドレスアップした姿に、お姫様みたいなアップスタイルがとってもかわいかった。さすがママ!お客さんが帰って、ママが戻ってきた。

「おまたせ~」

 ママが奥の部屋に案内してくれた。ラックにこぎれいに吊るされた浴衣と、小物に胸が高鳴った。

「あかねは身長162cmだっけ?」

「ちょっと伸びて、163cmだよ。」

「はいはい。じゃあ普通のサイズで大丈夫ね。高倉くんは身長いくつ?」

「169センチですわ。」

「じゃあ、こっちの身長高い人用の浴衣から選んでね。」

 ラックいっぱいに並んだ浴衣の色とりどりの柄に、思わず目を奪われていく。薄桃色に水色、藤色といった淡い色合いのものから、赤、紺、黄色などはっきりとした色のものまで。柄も色々だ。古典的な朝顔や金魚、うちわ模様もあれば、水玉やひまわりといった現代的な柄もある。

「せっかくやし、リンクコーデしてみる?」

「いいね!」

 いくつかの浴衣を手に取っては、鏡の前で顔に当ててみる。アイボリー地に桜の柄が可愛いかな、と思ったけど、なんだか顔映りが悪い。少しくすんで見えて、しっくりこなかった。

「……うーん、悪くはないんだけど。」

 そんな私を見て、ママがぽつりと言った。

「青っぽい色のほうが、あかねには似合いそうだけど。」

 今度は、水色の地にレモンが描かれた浴衣を手に取る。

「わー本当だ。顔色が明るく見える。」

「そめやん、それにすんの?じゃあ、俺はこれにしようかな。」

 高倉くんが手にしていたのは、紺地に輪切りのレモンがたくさん描かれたおもしろいデザインの浴衣だった。ちょっと大胆で、でも高倉くんには不思議と似合いそう。

「それ!私もすごく可愛いと思って仕入れたのよ。でも、ちょっと個性的だからかな。着こなすのが難しそうって思われたのか、あまり人気がなくてね。高倉くんお目が高い。」

 高倉くんの『カワイイ』をママにも褒めてもらって、私までなんだかうれしくなった。

 それから、ママが選んだ浴衣にぴったりあう、帯と下駄、巾着を選んでくれた。二人でレモン柄の浴衣を着て並んで歩く、夏祭りの日が楽しみで仕方なかった。
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