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外伝【氷夜の章】
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しおりを挟むそして、迎えた紅輝の誕生日の日…
紅輝は普通に5歳になった。祝い終わって部屋に戻る。俺は政義と紅輝を連れて貸し与えている部屋へと送っていると、政義が俺に礼を言ってきた。
「これは俺が祝いたくてやった事、気にしなくて良い」
これは本当に思っていた事だった。笑いかけようとした時に紅輝が俺の足を軽く蹴ってきた。政義は気づいていないようだ…。
紅輝と軽くアイコンタクトをしてから俺は政義の前に跪く…。
後にも先にもこれだけ緊張したのはこの時だけだろう。
何回か唾を飲み込んだ後、意を決した俺は口を開く。
「必ず貴方を守り、幸せにします。貴方が許してくれるのならば俺の紋章を貴方に贈りたいのです。」
らしくないとは思うが畏まった物言いで言いきると、俺は政義を静かに見上げた。
政義は嬉しそうな表情を浮かべたが、直ぐに表情が曇った。
嬉しくはあるし、俺に好意的であるという事も分かったがー…心から喜べない、俺が差し出した手を素直に取れないと言ったところだろう…。
恐らく、この表情は紅輝が言っていた『運命の番』を怖がっているー…というのに繋がってくるのだろう。
けれど、俺は政義の表情を笑顔にしたくて、俺の手を取ってほしくて、言葉を続けた。
「紅輝も俺の子どもとして育てます。全ての脅威から守ってみせます。」
政義はまだ、心に引っかかる部分があるのか、感情を押し殺したような表情を浮かべる。
そして、俺に向かって言葉を発した。恐らく、これは政義の中にあった思いの1つなのだろう…。
「どうして?僕の力なんて衰えて殆んど残ってないんだ…紅輝の暗殺にすら気づけないくらいに失っている」
その言葉を聞いて頭がカッと熱くなる。そんなくだらない理由で俺は自分の『番』を選んでいるわけではない。
跪いているわけではない…。
俺は他の誰でもなく政義だから『番』となってほしい…そう思っているから言葉を尽くした。
だからー…そんなに悲しそうに言わないでほしい。まるで、自分が無価値であるかのように…。
「力?そんなのはどうでも良い!俺はお前が欲しい!」
迷いなくそう言い切った俺に、もう、堪らないといった感じでキッと俺を睨むと、捲し立てるように、隠そうとしていたであろう本当の心の叫びを俺にぶつけて来る。
それで良い。と思ったのも束の間…。
「だから、なぜ?僕は貴方の『運命』ではないはずだ!かつて、僕には愛した人が居た!」
『愛した人が居た』という政義の言葉に顔が強張ったのが自分でも分かった。
その男を消したくなるような黒い感情が湧き上がりかけたが、何とか立て直す事に成功した。
今は政義だ…。政義の不安を取り除くのが先だと言い聞かせている。
そんな俺をよそに政義は続けた…。
「その人と僕は愛し合って結婚もした!子どもも授かった!けど…っ、」
嗚咽に近い涙を流し、途中で言葉を詰まらせる政義をどうにかしてやりたくて、一度、立ち上がった俺は政義の背中をできるだけ優しく撫でる。
「けど、どうした?」
そして、できるだけ優しく続きを促すと、先程とは比べ物にならないくらいの涙を政義は流し始めた。
「あの人は変わってしまったっ…。あの人に『運命』が現れたからっ…幸せだった…あの時、あの日まではっ…本当に幸せだったんだ…それなのに、それなのにっ…、『運命』は当たり前にあった…、その幸せを壊して僕から全てを奪って行ったっ…子どもも奪われたっ…」
力なく崩れるように傾いた政義の身体を支えるようにゆっくりと座らせ、背中を優しく擦り続けていた…
正直に言うとー…昔の男と一緒にされるのは面白くない…。本当にその男を消してしまおうかと思ってしまうほど、俺の心の中は穏やかではなかった…。
『鬼』と『人間』は『運命』対する感覚が全く違う…。
そんな黒い感情など、おくびにも出さずに俺は政義の背中を擦り続ける。
「氷夜にはまだ現れていないはずだよ。どうせ貴方もあの人と同じように『運命』が現れたら…僕を捨てるんだ…『運命』には抗えない…そういう事なんだよ!!今度は僕から氷夜っ、貴方だけじゃなくっ、最愛の息子である紅輝までまた奪って行くんだ!!もし、そうなったらっ…もう、僕は耐えられない!!」
泣き叫んでそう言った政義を力強く抱き締める。けれど、潰してしまわないように慎重にー…
限界だった俺は政義の言葉を遮るように強い口調で言葉を紡いだ…。
「確かに俺にはまだ『運命』なんて現れてない!どこかにソイツが居るんだろう!そんなのは1番よく自分が分かってる!けど、現れてすらいない『運命』なんて要らない!それに、俺はこの3年間ずっと政義、貴方だけを見てきた。それが答えだ」
半ば叫ぶように発した言葉ではあるが、途中でこれではダメだ。政義に伝わらないと思った俺は分かってもらえるように、言い聞かせるように、言葉を尽くす。
「今はまだ、信じられないかもしれないが…これからの俺を見てほしい。政義の言うあの人が誰なのかは分からない。けれど…1つ言える事は、『鬼』と『人間』は違う。それだけだ…」
「っ…」
政義の頬を伝っていく大粒の涙を拭ってやろうと動こうとした刹那、政義は俺に飛びついてきた。
そして、縋り付くように、俺にしがみついて泣きじゃくった。
今まで押し殺していたモノが一気に崩壊したのかもしれない…。
腕の中にいる政義を大切にしたくて、その華奢な身体を自分の力で護りたくて、感極まった俺は抱きしめている腕に少しだけ力を入れた。
しっかりと苦しくないように調節はしている。
愛おしい…。そう思っていた。
優しく背中を擦り続けていると、さらに政義は泣き始める。
そんな姿を見たのは、この時が初めてだった。
襖の近くに立っていた紅輝は俺と目が合うと、満足そうに頷いてそっと部屋から出て行った。
紅輝が出て行ったのにも気づかないほどに、泣いている幼子のような政義を優しい気持ちで見守っていると、徐々に落ち着きを取り戻し始めていた。
そして、急に押し殺したように静かになった政義が心配になり、俺は腕の力を緩めた。
政義はモゾリと動くと、少しだけ、本当に少しだけ俺から距離を取る…
キョロキョロと何かを探すように部屋中を見ている。その行動に首を傾げていると、政義が口を開いた。
その声はやっぱり涙声で、何を放ってでも護ってやりたくなるほど弱々しかった。
「あれ?…紅輝は?」
「少し前に部屋から出て行った。どうやら紅輝は俺に政義を守る役目を託してくれたらしい…。父親と認めてもらった…と思って良いのか?」
とは言ったものの自信のなさが声に出ていたのか、政義は微かにクスリと笑った。
きまり悪くなった俺は年甲斐もなく少し恥ずかしくなった…。
優しい表情で見上げてくる、政義にドキドキとしていると、辺りの空気が変わった…。
いや、政義が纏う雰囲気が変化したとでも言うべきか…。
その変化は匂いとして現れたー…
発情だ…。
政義は俺を受け入れた事により、一気に気が緩んだのだろう。
俺を求め始めている事実に嬉しくなり、顔が緩んでいくのを感じた。
案の定、息を乱し始める政義の潤んだ瞳には、だらしなく緩んだ何とも言えない俺の顔が映っていた…。
そして、俺もまた政義の発情に誘発され始める。
こればかりは『鬼』だから仕方ない…。
愛する者の匂いに当てられるのは『鬼』の性だ。
『鬼』は『運命』とか関係なく、自分が愛おしいと、唯一だと想った相手に対して発情もするし、心を乱す。
仮に何も感じていない者が目の前で発情したところで匂いに当てられて発情をする事もない…。
『上層』である『鬼』ならば尚の事…。弱すぎる『下層』の『鬼』ならば陽穂みたいになる事だろう…。
*
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