(3章完結)今なら素直に気持ちを伝えられるのに

在原正太朗

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エピソード.2 heath

2-1 恋煩い?

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 空気が湿り気を増し、風に雨の匂いが混ざり始める。
 湿気の多い日本列島。その中でも特に湿気の多い北陸の雨は重い。故に本格的に梅雨の時期の入った今日この頃、気分が沈んでいる人は多いのではないだろうか。

 かく言う自分も気分が落ち込んでいる一人である。
 理由は一つ。蕪木はあれから何日も自分へと話そうとしていないからだ。
 相変わらず放課後図書室に向かえば、分厚い参考書を開きながらローマ字をノートへと一定のリズムで書き写しているばかり。近くに座っては世間話もとい、いじられながら後悔について探りを入れてみるのだけれど、蕪木は闘牛 士の如く軽やかに受け流し、悪口の剣を自分へと突き刺す。
 それなら別の時間にでも。と言いたいところだが、残念ながら自分が所属する電気科と、蕪木が所属する建築科ではクラスも違えば体育の授業でも会うことはない。更に言えば教室のある棟まで違う。そのため蕪木の後悔を知るにはこの放課後の時間しかないわけだが、蕪木は相変わらずだし自分自身もオカルト研究部の活動があるため毎日会えるわけじゃない。
 だから自分の思考はよくある恋煩いではないけれど、日夜蕪木のことで思考が埋まっていると言っても嘘ではなかった。
 対してオカルト研究部の部長である大領中椿は相も変わらず、見ることもできない不思議な蝶に熱中しているようだ。

「数週間前に見られた噂の蝶。やっぱり誰も写真取れなかったみたい」
「それは残念だね」

 いつものカフェのいつもの席でクリームソーダを呑みながら、残念そうに言った部長。その蝶の正体を知っている万次郎は窓の外に目線を外しながら、当たり障りのない反応をしてみせる。事情が事情だけに簡単に話せないのは分かるが、どれだけ時間が経ってもぼろを出さないのはこいつのすごいところ。

「サイトの書き込みも当日は盛り上がるんだけどね、一日経つと潮が引いたみたいに反応が無くなっちゃうし」
「あはは。人の噂と鉄はすぐに熱くなるけど同時に冷めやすいものだからね」
「でも、都市伝説のように不確かなものじゃなくて現実に起きているものだから、もっと考察とかされても良いと思うんだけどなあ」

 相当不満なのだろう部長は、行儀が悪いと分かっていながらもストローを口に咥えると、音を立てながらクリームソーダを呑む。
 珍しい部長の態度に万次郎は苦笑い。対して蕪木のことばかり考えている自分は、部長の立てる音にすら気づいていなくて、全てが上の空だった。

「梅ちゃん?」
「…………」
「恋煩いかい、梅?」
「なっ!」

 万次郎からの予想外の問いかけに、意識が戻ってきた自分は飛び上がるように反応する。実際椅子から少しお尻が浮いたと思う。
 ともかく、それくらい驚いてしまった自分の姿が面白かったのか、万次郎は腹を抱えて笑っている。ばつの悪い自分は熱くなった顔を冷ますために、お冷を口の中に流し込んだ。

「あはは、悪かったね、梅。あんまり悩んでいるものだから、遂に恋でもしたんじゃないかなって思ったんだけど?」
「そんなわけあるか!」
「は。もしかして、もう恋人が居たり」
「いつの間にできたの?」
「万次郎の冗談を本気にするなよ、部長」

 珍しく悪ふざけに乗っからず、本気にした部長。自分はありえない。と言うように大袈裟に手を振って見せた。

「でも、梅ちゃんの恋人かぁ。きっと芯のしっかりした人なんだろうね」
「梅がこんなんだからね」
「悪かったな、頼りなくて」

 自分でも分かっているつもりだが、他人に言われるのは癪に障る。

「でも、梅ちゃんをそんなに思わせる相手なんて気になるなー。よっぽど美人さんか、梅ちゃんを心底好きになってくれる人なんだろうね」
「いやー、どうだろうね。ひねくれものの梅のことだから、むしろ嫌いって言われるくらいの方が良いのかもよ?」
「そんな心がしんどくなるような趣味は持ち合わせてない。というか、まるで自分に恋人がいる前提で話を進めないでくれよ」

 残念ながら万次郎や部長と違い、生まれてこのかた一度も恋人と呼ばれる関係に至った人はいない。
 理由はひねくれものに付き合ってくれるような、酔狂な恋人はまだ表れていないから……ということにしておいてほしい。

「それで、梅ちゃんは何を悩んでいるの?」
「いや、まあ何て言うか、話をしてくれないやつがいてな」
「話? 世間話とか?」
「いや、それは問題なくできている……と思う」
「それすら怪しいんだね」
「うっさい」

 とにらんで自分が言うと流石に言いすぎたのかと思ったのか、万次郎は顔の前で手を合わせて謝った。

「その子はどうして梅ちゃんに話してくれないのかな? 椿だったら耐えられなくてすぐに言っちゃいそうだけれど」
「それはどうだろうな。部長のことだし、案外隠しそうだけれど」
「ひどいなあ。椿は結構梅ちゃんに心開いているのに!」
「なっ」

 自分のひねくれた発言に怒って見せた部長は、自分の皿からフォークを奪うと、自分のケーキを一口分削り取りそのまま自身の口に運ぶ。
 ケーキを食べられたこともショックだったのだが、何より自分が使用しているフォークをそのまま使われたことに動揺が隠せない。
 動揺のせいで隠し通すことを諦めた自分は、熱くなった頬を手で部長から隠しながら言い訳をするように言った。

「詳しくは言えないんだが、その、聞きたいことがあるんだ。だけどな、どうしてもそいつの痛みに繋がっている部分だから話しをしてもらえなくて」
「それで日夜悩んでいるの?」
「まあ、そうなるのかな」

 ととぼけてみせるが部長も万次郎も分かっているのだろう、こちらを黙って見つめている。
 自分は熱を持った左頬を掻くと、観念して素直に気持ちを言った。

「柄にもないがどうにか力になってやりたいとか思ったりしているんだが、何も知らない以上動くこともできないんだわ」
「……梅。人はそれを」
「ジョンジョン」
「…………」

 何か伝えようとした万次郎に対して、珍しく語気を強めて止める部長。
 自分にはその意図が全く分からなかったのだが、万次郎は察したのか両手の平を部長へ向けて苦笑いをしながら謝った。
 それを見て許したのか部長は万次郎ににこっと笑いかけると、自分のケーキを更に一口食べる。もう好きなだけ食べてくれと、自分はケーキを部長の前に差し出した。

「さて、梅ちゃんのお悩みだけど、椿はちょっと焦りすぎじゃないかなって思うよ」
「焦りすぎなあ」
「お節介焼きなのは梅ちゃんの良いところなんだけどね、焦っちゃうのは良くないところ。だからね、押して駄目なら引いてみろ。じゃないけど、きっと素直に話せる日が来るはずだから……それまで待ってあげたら?」

 目線を伏せ嫌にやさしく言う部長にどこか引っかかりを覚えたが、その言葉にはしっかりとした説得力があって、自分は黙って頷き受け止めた。
 しかし、待ってあげるか。

「できるかねえ」
「できるか、じゃないよ。するの」

 さっきまでの表情はどこへ消えたのか、部長は自分を見つめ、にー。と笑うと決め台詞となっている言葉を言った。

「梅ちゃん、想像力を高めなさい。そうしたら人生は豊かになるから」
「そうだな」

 部長はいつも正しい。
 そう言うように自分は部長に微笑むと、部長も釣られて微笑みを返すのだった。
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