(3章完結)今なら素直に気持ちを伝えられるのに

在原正太朗

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エピソード.2 heath

2-9 過去に咲いた向日葵

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 帰宅して以来自分は夕飯を取ることもなく、自室に籠っていた。
 いや、正しくは二階の自室から渡ることのできる、車庫の屋根の上で部長と出会った日のように、夜空を見上げていた。

 若紫に染まる空には煙草の煙のような雲がぽつりぽつりと浮んでおり、星が瞬いている。

 ……部長と出会った日に見上げた空もこうだったかな。

 そんなことを考えて自分はおもむろにまぶたを閉じた。

 部長と出会ったのは二年前の夏が始まりの時だった。
 その頃の自分はと言えば、金魚の糞のように万次郎にくっついていた。特別に万次郎を気に入っていたわけじゃない。ただ隠れてしまった幽かな存在を、生まれたての仔馬こうまが震えるか細い脚で踏ん張り立ち上がろうとするかのように、真剣に万次郎が追いかける。その熱にやられたのだと思う。

 まだ袖を通して一か月ほど夏服を身に着けたまま、額に汗をしたらせ自分と万次郎は自転車を漕いだ。
 目的地は安宅(あたか)の海。歌舞伎の題材として有名な勧進帳が生まれた地であるこの海は、海水浴場として利用するには砂浜の面積が小さく、漂流物の多いこの海に観光で来る人はよほどのもの好きだろう。ましてや地元の高校生などよほどのもの好きか、監視の目を盗んで花火をしに来るものくらいだ。
 そんな場所に自分と万次郎は来ている。
 目的は幽かな存在の痕跡を探すこと。

「砂浜や岸辺もまたこの世とあの世の境界なのさ。深い闇を生み出す海はあの世。太陽の光が降り注ぐ大地はこの世。その境目にあるのが砂浜や岸辺。だからこの世とあの世の境界なのさ。覚えておくと良いことがあるかもしれないよ」

 とまるで冗談を言うかのように言った万次郎の横顔は、触れられないほどの熱を帯びていた。
 今もなお万次郎は真剣に求めているのだろうけれど、この時の万次郎の熱は鉄をも溶かしかねないくらいだった。

「何より、ここには神社もあるからね」

 と言って熱っぽい笑顔を自分に向けた万次郎は、親指で松の木が生い茂り日中でも暗い神社を指した。

「梅もついて来るかい?」
「いや、流石に神社は良いわ。地平線でも眺めながら夕日を待つよ」
「了解。僕の気がすんだら梅を呼びにいくよ」

 そう言い残すと万次郎はハンドルを左に傾け、神社の境内へと消えていった。
 自分は万次郎の背中が完全に消えたのを確認すると、もう一度足に力を込め自転車を走らせる。
 海に辿り着いた自分は自動車の邪魔にならないよう神社側の壁に自転車を停めると、砂浜へと降りていった。

 さっきも言った通り、漂流物以外何もない地元の寂しい海。何をすることもなく砂浜に座り込んだ自分は、リュックを乱暴に砂浜に投げ捨てた後座り込み、ただただ海を眺めながらいずれ現れる夕焼けを待った。
 波が砂浜に打ち寄せては砂を海へと飲み込んでいく。時計もメトロノームもないのに、まるで計ったかのように一定の間隔で押し寄せる波の音に、自分は次第に眠くなりその場で眠りこけた。

 目が覚めたのは夕暮れ。夕焼けのまぶしすぎる光が自分の顔を照らした時だ。
 夕焼けに誘われるようにその人は自分の前に現れた。

 一番初めに目がいったのはチェック柄のスカートと、百合の花のような白さを持ったきれいな太もも。小松駅の隣駅、明峰めいほう駅近くの高校の制服。うちの高校とは違うチェック柄のスカートだったために、目がいってしまったと今は言い訳しておく。
 その名も知らぬ他校の生徒の太ももを自分は朧気おぼろげな眼で見つめた後、視線を上に向けた。

 まだ幼さが残る顔立ちと肩までかかるミディアムボブの茜色の髪。そして、星空を飲み込んだかのような黒く大きな瞳を持った可愛らしい高校生だった。

 そう、この子は部長。君だった。
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