25 / 81
エピソード.2 heath
2-9 過去に咲いた向日葵
しおりを挟む
帰宅して以来自分は夕飯を取ることもなく、自室に籠っていた。
いや、正しくは二階の自室から渡ることのできる、車庫の屋根の上で部長と出会った日のように、夜空を見上げていた。
若紫に染まる空には煙草の煙のような雲がぽつりぽつりと浮んでおり、星が瞬いている。
……部長と出会った日に見上げた空もこうだったかな。
そんなことを考えて自分はおもむろに瞼を閉じた。
部長と出会ったのは二年前の夏が始まりの時だった。
その頃の自分はと言えば、金魚の糞のように万次郎にくっついていた。特別に万次郎を気に入っていたわけじゃない。ただ隠れてしまった幽かな存在を、生まれたての仔馬が震えるか細い脚で踏ん張り立ち上がろうとするかのように、真剣に万次郎が追いかける。その熱にやられたのだと思う。
まだ袖を通して一か月ほど夏服を身に着けたまま、額に汗をしたらせ自分と万次郎は自転車を漕いだ。
目的地は安宅(あたか)の海。歌舞伎の題材として有名な勧進帳が生まれた地であるこの海は、海水浴場として利用するには砂浜の面積が小さく、漂流物の多いこの海に観光で来る人はよほどのもの好きだろう。ましてや地元の高校生などよほどのもの好きか、監視の目を盗んで花火をしに来るものくらいだ。
そんな場所に自分と万次郎は来ている。
目的は幽かな存在の痕跡を探すこと。
「砂浜や岸辺もまたこの世とあの世の境界なのさ。深い闇を生み出す海はあの世。太陽の光が降り注ぐ大地はこの世。その境目にあるのが砂浜や岸辺。だからこの世とあの世の境界なのさ。覚えておくと良いことがあるかもしれないよ」
とまるで冗談を言うかのように言った万次郎の横顔は、触れられないほどの熱を帯びていた。
今もなお万次郎は真剣に求めているのだろうけれど、この時の万次郎の熱は鉄をも溶かしかねないくらいだった。
「何より、ここには神社もあるからね」
と言って熱っぽい笑顔を自分に向けた万次郎は、親指で松の木が生い茂り日中でも暗い神社を指した。
「梅もついて来るかい?」
「いや、流石に神社は良いわ。地平線でも眺めながら夕日を待つよ」
「了解。僕の気がすんだら梅を呼びにいくよ」
そう言い残すと万次郎はハンドルを左に傾け、神社の境内へと消えていった。
自分は万次郎の背中が完全に消えたのを確認すると、もう一度足に力を込め自転車を走らせる。
海に辿り着いた自分は自動車の邪魔にならないよう神社側の壁に自転車を停めると、砂浜へと降りていった。
さっきも言った通り、漂流物以外何もない地元の寂しい海。何をすることもなく砂浜に座り込んだ自分は、リュックを乱暴に砂浜に投げ捨てた後座り込み、ただただ海を眺めながらいずれ現れる夕焼けを待った。
波が砂浜に打ち寄せては砂を海へと飲み込んでいく。時計もメトロノームもないのに、まるで計ったかのように一定の間隔で押し寄せる波の音に、自分は次第に眠くなりその場で眠りこけた。
目が覚めたのは夕暮れ。夕焼けのまぶしすぎる光が自分の顔を照らした時だ。
夕焼けに誘われるようにその人は自分の前に現れた。
一番初めに目がいったのはチェック柄のスカートと、百合の花のような白さを持ったきれいな太もも。小松駅の隣駅、明峰駅近くの高校の制服。うちの高校とは違うチェック柄のスカートだったために、目がいってしまったと今は言い訳しておく。
その名も知らぬ他校の生徒の太ももを自分は朧気な眼で見つめた後、視線を上に向けた。
まだ幼さが残る顔立ちと肩までかかるミディアムボブの茜色の髪。そして、星空を飲み込んだかのような黒く大きな瞳を持った可愛らしい高校生だった。
そう、この子は部長。君だった。
いや、正しくは二階の自室から渡ることのできる、車庫の屋根の上で部長と出会った日のように、夜空を見上げていた。
若紫に染まる空には煙草の煙のような雲がぽつりぽつりと浮んでおり、星が瞬いている。
……部長と出会った日に見上げた空もこうだったかな。
そんなことを考えて自分はおもむろに瞼を閉じた。
部長と出会ったのは二年前の夏が始まりの時だった。
その頃の自分はと言えば、金魚の糞のように万次郎にくっついていた。特別に万次郎を気に入っていたわけじゃない。ただ隠れてしまった幽かな存在を、生まれたての仔馬が震えるか細い脚で踏ん張り立ち上がろうとするかのように、真剣に万次郎が追いかける。その熱にやられたのだと思う。
まだ袖を通して一か月ほど夏服を身に着けたまま、額に汗をしたらせ自分と万次郎は自転車を漕いだ。
目的地は安宅(あたか)の海。歌舞伎の題材として有名な勧進帳が生まれた地であるこの海は、海水浴場として利用するには砂浜の面積が小さく、漂流物の多いこの海に観光で来る人はよほどのもの好きだろう。ましてや地元の高校生などよほどのもの好きか、監視の目を盗んで花火をしに来るものくらいだ。
そんな場所に自分と万次郎は来ている。
目的は幽かな存在の痕跡を探すこと。
「砂浜や岸辺もまたこの世とあの世の境界なのさ。深い闇を生み出す海はあの世。太陽の光が降り注ぐ大地はこの世。その境目にあるのが砂浜や岸辺。だからこの世とあの世の境界なのさ。覚えておくと良いことがあるかもしれないよ」
とまるで冗談を言うかのように言った万次郎の横顔は、触れられないほどの熱を帯びていた。
今もなお万次郎は真剣に求めているのだろうけれど、この時の万次郎の熱は鉄をも溶かしかねないくらいだった。
「何より、ここには神社もあるからね」
と言って熱っぽい笑顔を自分に向けた万次郎は、親指で松の木が生い茂り日中でも暗い神社を指した。
「梅もついて来るかい?」
「いや、流石に神社は良いわ。地平線でも眺めながら夕日を待つよ」
「了解。僕の気がすんだら梅を呼びにいくよ」
そう言い残すと万次郎はハンドルを左に傾け、神社の境内へと消えていった。
自分は万次郎の背中が完全に消えたのを確認すると、もう一度足に力を込め自転車を走らせる。
海に辿り着いた自分は自動車の邪魔にならないよう神社側の壁に自転車を停めると、砂浜へと降りていった。
さっきも言った通り、漂流物以外何もない地元の寂しい海。何をすることもなく砂浜に座り込んだ自分は、リュックを乱暴に砂浜に投げ捨てた後座り込み、ただただ海を眺めながらいずれ現れる夕焼けを待った。
波が砂浜に打ち寄せては砂を海へと飲み込んでいく。時計もメトロノームもないのに、まるで計ったかのように一定の間隔で押し寄せる波の音に、自分は次第に眠くなりその場で眠りこけた。
目が覚めたのは夕暮れ。夕焼けのまぶしすぎる光が自分の顔を照らした時だ。
夕焼けに誘われるようにその人は自分の前に現れた。
一番初めに目がいったのはチェック柄のスカートと、百合の花のような白さを持ったきれいな太もも。小松駅の隣駅、明峰駅近くの高校の制服。うちの高校とは違うチェック柄のスカートだったために、目がいってしまったと今は言い訳しておく。
その名も知らぬ他校の生徒の太ももを自分は朧気な眼で見つめた後、視線を上に向けた。
まだ幼さが残る顔立ちと肩までかかるミディアムボブの茜色の髪。そして、星空を飲み込んだかのような黒く大きな瞳を持った可愛らしい高校生だった。
そう、この子は部長。君だった。
0
あなたにおすすめの小説
黒に染まった華を摘む
馬場 蓮実
青春
夏の終わりに転校してきたのは、忘れられない初恋の相手だった——。
高須明希は、人生で“二番目”に好きになった相手——河西栞に密かに想いを寄せている。
「夏休み明けの初日。この席替えで、彼女との距離を縮めたい。話すきっかけがほしい——」
そんな願いを胸に登校したその朝、クラスに一人の転校生がやってくる。
彼女の名は、立石麻美。
昔の面影を残しながらも、まるで別人のような気配をまとう彼女は——明希にとって、忘れられない“初恋の人”だった。
この再会が、静かだった日常に波紋を広げていく。
その日の放課後。
明希は、"性の衝動"に溺れる自身の姿を、麻美に見られてしまう——。
塞がっていた何かが、ゆっくりと崩れはじめる。
そして鬱屈した青春は、想像もしていなかった熱と痛みを帯びて動き出す。
すべてに触れたとき、
明希は何を守り、何を選ぶのか。
光と影が交錯する、“遅れてきた”ひと夏の物語。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
隣に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
青春
【『白石夏帆』こいつには何を言っても無駄なようだ……】
主人公の神原秋人は、高校二年生。特別なことなど何もない、静かな一人暮らしを愛する少年だった。東京の私立高校に通い、誰とも深く関わらずただ平凡に過ごす日々。
そんな彼の日常は、ある春の日、突如現れた隣人によって塗り替えられる。後輩の白石夏帆。そしてとんでもないことを言い出したのだ。
「え?私たち、付き合ってますよね?」
なぜ?どうして?全く身に覚えのない主張に秋人は混乱し激しく否定する。だが、夏帆はまるで聞いていないかのように、秋人に猛烈に迫ってくる。何を言っても、どんな態度をとっても、その鋼のような意思は揺るがない。
「付き合っている」という謎の確信を持つ夏帆と、彼女に振り回されながらも憎めない(?)と思ってしまう秋人。これは、一人の後輩による一方的な「好き」が、平凡な先輩の日常を侵略する、予測不能な押しかけラブコメディ。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる