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エピソード・3 injury
3-24 おまじない
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「……蕪木?」
手の主を視界にとらえた時、自分は気の抜けた声で名前を呼んでしまった。
だけど、それは仕方のないことだろう。昨日の夕暮れ時、自分は友だちである蕪木を傷つけてしまった。だから、自分の目の前にいるはずがないと思っていたのだ。
しかし、自分の視界に映っているのは間違いなく蕪木本人であり、自分は目を見開かずにはいられなかった。
「な、なんでお前が」
「お見舞いに来たのよ。寝ていたのだからあなたに拒否権はないわ」
「お見舞いって……風邪、うつったらどうするんだよ」
「問題ないわ。あなたが引くような風邪、わたしが引くはずがないもの」
と自信たっぷりの胸を張って言う蕪木。
ばかが引く風邪を引くはずがない。と言いたいらしい。悪口の切れ味は例え相手が病人であろうと落ちないようだ。
「起きたならそろそろ放してもいいかしら」
「ん?」
「いえ、その……手を繋いでいるものだから」
「なっ!?」
蕪木の思いがけない言葉に、自分はすぐに左手に視線を送る。蕪木の言った通り、自分の左手には蕪木の右手が繋がれていた。
そして、意識しだすと分かる蕪木の手の感触。
夏の暑さも知らないような冷ややかな手。羽毛よりも柔らかく心地の良い感触。もし叶うはずもないけれど、蕪木と恋人同士となれば永久につないでいたいとさえ思うそんな手を今、自分は繋いでいる。
だけど願いとは裏腹に、自分は繋いでいる手を振りほどく。勢いあまって蕪木の手がカーテンに当たり、一瞬外から中が見えるようになってしまったのだが、幸い誰にも見られて無いようで助かった。
ただ、いきなり手を放したことに対して蕪木はかなり不満だったらしい。
「そんなに勢いよく手を放されると、傷つくものがあるのだけれど」
「それは……悪かったよ」
本気で傷ついたのか視線を斜め下に向ける蕪木に、自分は素直に謝った。
しかし、謝罪をすること以上に気になって仕方ないことがある。
「なんで手を繋いでいたんですかね?」
「……おまじないみたいなものよ」
「? おまじない」
普段の蕪木からは考えられない可愛らしい単語に自分は首をかしげる。
いつもならこの自分の態度に対して文句が飛んできそうなものなのだが、蕪木は珍しく素直に話し出す。
「以前話したでしょ。わたしの両親は仕事人間だって」
「ああ」
「そんな両親にかわいがってもらえる方法はたったの二つ。良い子でいることと、風邪を引くこと」
と言うと、蕪木はぐっと顔を自分に寄せて互いのおでこをつける。
お互いの息が、それも正面で触れ合うこの状況に、自分の頬の熱が一気に上がったことは言うまでもないだろう。
対して蕪木は満足したのか、「ましになったわね」。と少しも表情を変えることなく言うと、自分のおでこから離れていった。
「い、今のもおまじないか?」
「さあ」
いたずらっ子のように目を細める蕪木に、撃沈される自分。再び枕に頭を預け、両手で熱くなった顔を隠す。
ここまでやりたい放題されてしまっては、もう何も言うまい。
「風邪を引いたときだけね、わたしは両親を独占できるの。仕事から奪いとることができる」
「そ、それで離れないよう手を繋いだわけか?」
「そうね。それもあるわ。でも、一番はただただ繋ぎたかっただけよ」
「…………」
「あら、また顔を赤くしているようだけれど、わたしのことを想像してかわいいと思ったのかしら」
「それを言わなかったら素直に認めていたわー」
と言ってみるけれど、結局かわいいと思ったことは認めてしまったわけで、頬の熱が再び上がってしまうのを自分は抑えられない。
しかし、この場合は蕪木が自分と手を繋ぎたかったことになるのか?
いやいや、流石にそれは病人の妄想だろう。熱が出ると酷い妄想が出てしまうものだ。まったく。
「……ちなみに、どちらから手を繋いだとか」
「あら、知りたいの?」
「いや。やめとくわ。何か、脅迫されそうだし」
自分から繋いでいた場合はもちろん、蕪木から繋いでいる場合も何を言われるか分かったものではない。パンドラの箱はいつだって開けないのが正解だ。
なによりも、だ。自分には蕪木に伝えなければいけない言葉があった。
手の主を視界にとらえた時、自分は気の抜けた声で名前を呼んでしまった。
だけど、それは仕方のないことだろう。昨日の夕暮れ時、自分は友だちである蕪木を傷つけてしまった。だから、自分の目の前にいるはずがないと思っていたのだ。
しかし、自分の視界に映っているのは間違いなく蕪木本人であり、自分は目を見開かずにはいられなかった。
「な、なんでお前が」
「お見舞いに来たのよ。寝ていたのだからあなたに拒否権はないわ」
「お見舞いって……風邪、うつったらどうするんだよ」
「問題ないわ。あなたが引くような風邪、わたしが引くはずがないもの」
と自信たっぷりの胸を張って言う蕪木。
ばかが引く風邪を引くはずがない。と言いたいらしい。悪口の切れ味は例え相手が病人であろうと落ちないようだ。
「起きたならそろそろ放してもいいかしら」
「ん?」
「いえ、その……手を繋いでいるものだから」
「なっ!?」
蕪木の思いがけない言葉に、自分はすぐに左手に視線を送る。蕪木の言った通り、自分の左手には蕪木の右手が繋がれていた。
そして、意識しだすと分かる蕪木の手の感触。
夏の暑さも知らないような冷ややかな手。羽毛よりも柔らかく心地の良い感触。もし叶うはずもないけれど、蕪木と恋人同士となれば永久につないでいたいとさえ思うそんな手を今、自分は繋いでいる。
だけど願いとは裏腹に、自分は繋いでいる手を振りほどく。勢いあまって蕪木の手がカーテンに当たり、一瞬外から中が見えるようになってしまったのだが、幸い誰にも見られて無いようで助かった。
ただ、いきなり手を放したことに対して蕪木はかなり不満だったらしい。
「そんなに勢いよく手を放されると、傷つくものがあるのだけれど」
「それは……悪かったよ」
本気で傷ついたのか視線を斜め下に向ける蕪木に、自分は素直に謝った。
しかし、謝罪をすること以上に気になって仕方ないことがある。
「なんで手を繋いでいたんですかね?」
「……おまじないみたいなものよ」
「? おまじない」
普段の蕪木からは考えられない可愛らしい単語に自分は首をかしげる。
いつもならこの自分の態度に対して文句が飛んできそうなものなのだが、蕪木は珍しく素直に話し出す。
「以前話したでしょ。わたしの両親は仕事人間だって」
「ああ」
「そんな両親にかわいがってもらえる方法はたったの二つ。良い子でいることと、風邪を引くこと」
と言うと、蕪木はぐっと顔を自分に寄せて互いのおでこをつける。
お互いの息が、それも正面で触れ合うこの状況に、自分の頬の熱が一気に上がったことは言うまでもないだろう。
対して蕪木は満足したのか、「ましになったわね」。と少しも表情を変えることなく言うと、自分のおでこから離れていった。
「い、今のもおまじないか?」
「さあ」
いたずらっ子のように目を細める蕪木に、撃沈される自分。再び枕に頭を預け、両手で熱くなった顔を隠す。
ここまでやりたい放題されてしまっては、もう何も言うまい。
「風邪を引いたときだけね、わたしは両親を独占できるの。仕事から奪いとることができる」
「そ、それで離れないよう手を繋いだわけか?」
「そうね。それもあるわ。でも、一番はただただ繋ぎたかっただけよ」
「…………」
「あら、また顔を赤くしているようだけれど、わたしのことを想像してかわいいと思ったのかしら」
「それを言わなかったら素直に認めていたわー」
と言ってみるけれど、結局かわいいと思ったことは認めてしまったわけで、頬の熱が再び上がってしまうのを自分は抑えられない。
しかし、この場合は蕪木が自分と手を繋ぎたかったことになるのか?
いやいや、流石にそれは病人の妄想だろう。熱が出ると酷い妄想が出てしまうものだ。まったく。
「……ちなみに、どちらから手を繋いだとか」
「あら、知りたいの?」
「いや。やめとくわ。何か、脅迫されそうだし」
自分から繋いでいた場合はもちろん、蕪木から繋いでいる場合も何を言われるか分かったものではない。パンドラの箱はいつだって開けないのが正解だ。
なによりも、だ。自分には蕪木に伝えなければいけない言葉があった。
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