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魔王、撃退騒ぎに向かう。

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「はぁー……最悪、だな」

 ジョルグジョルグさまによって、俺はこのエルフの村ミライトリスのエルフを守るため――――勇者と魔王(仮)退治を命令されてしまった。
 倒すように言われたのは【ジャック】の勇者メシア・キリサキと、【鉄格子】の魔王(仮)ファンデス・ノトシクス。
 【ジャック】の勇者に関しては良く分からないんだけれども、【鉄格子】の魔王(仮)の方は……厄介だ。


 ジョルグジョルグさまにダンジョンマスターとして雇われていた頃、俺は【鉄格子】の魔王(仮)に会っている。
 正確には魔王(仮)になる前の、ただの冒険者だった頃だけれども。


 どんな職業にも最初の成果と言うものは、心に強く残っている。
 鍛冶師が、最初に作った剣がどうしても気になるように。
 冒険者が、最初に冒険したダンジョンに思い入れがあるように。
 魔王が、最初に配下にした者に心が惹かれるように。
 ――――ダンジョンマスターだった俺にとって、やっぱり一番気になるのは最初に入って来た冒険者である。

 俺が管理していたダンジョンは、冒険者と魔物同士の手に汗握る闘いなんかよりも、どうやって相手に帰って貰うかを吟味するようなトラップ重視のダンジョンである。
 俺が強者との戦いに興味がなく、トラップばかりを集めたというのがその理由なんだけど。
 前任のダンジョンマスターが何を考えていたのか「ダンジョン一部屋に自身の配下である超強力な魔物を1体配置」と言う、超絶手抜きなダンジョンにしてたから、このままじゃすぐにやられるからトラップを一生懸命作った。配置した。
 だって、その超強力な魔物は前任のダンジョンマスターと共に出て行ったし、その時あったのは空っぽの一部屋だけだったから。
 なにからなにまで初めてだらけで時間もなくて大変だったけど、なんとか最初の冒険者が来る前にある程度の準備は出来た。
 そんななにもかも初めてだらけの俺が作ったダンジョンに初めて入ったのが《ファンデス》と言う名前の、ハーフエルフの冒険者だった。

 ハーフエルフと言うのは名前の通り、半分エルフの血が混ざっている者の事だ。
 優れた美しい容姿を持つエルフと別の種族との間に生まれる、ハーフエルフはエルフほどの魔術の才能はない。その代わりにエルフと同じくらい長生きであり、同時にエルフよりも好戦的だ。
 俺、と言うかどこかの研究者によると、大抵の生物は長生きであればあるほど消極的になり、短命の種族は好戦的になるのだとか。
 勿論、ちゃんとしたデータを取って研究された訳ではないのだけれども、これに裏付けられる長生きであるエルフ達は基本的にのんびりである。
 けれども純粋なエルフではないハーフエルフは、もう片方の――――エルフと比べれば短命な彼らと影響されて、性格にしても肉食的な、好戦的になってしまう。

 俺の所にやって来たファンデスは、人間とのハーフエルフみたいである。
 ――――そして、とーっても女好きみたいである。

「なんだ、こいつ……入れ食い状態だな」

 初めてという事で色々なトラップを入れてみたのだけど、ファンデスは女性絡みのトラップに全て引っかかっていた。
 《好みの異性を見せる幻覚系のトラップ》、《女性の等身大の絵が映ったトラップ》、《囚われの女性の声が聞こえるトラップ》……とまぁ、ここまでなら分からなくもない。
 問題は《女性の下着を置いただけのトラップ》、《女性の名前が書かれているだけの罠部屋》など……おおよそ、何故引っかかるというような罠部屋にまで引っかかっているのである。
 自分でもどうしてこんな罠を作ったのか可笑しいと思う程なんだけれども、とりあえず色々と試してみたかったからなんだけど……まさかこれ全部に引っかかるとは思っても見なかった。

 相当の、女狂いである。 
 とまぁ、これがファンデスとの最初の出逢いである。
 その後、ファンデスは俺のダンジョンに置いてあった、とあるトラップによって命を落とすことになってしまったのだが、その辺の話は別にしておこう。

 ……とまぁ、俺の目的はそのファンデスと、もう1人の【ジャック】の勇者を倒して来て欲しい。

「……なんともまあ、嫌な事だ」

 勇者と、魔王(仮)。
 魔王(仮)はともかくとしても、勇者とまた戦うのかと思うと、胃が痛い。
 本当に、胃が痛い。ストレスが溜まる一方だ。

「だいじょうぶですか、マスティスさん?」

 ソラハさんが労わって来れて、それに対して「だいじょうぶだよ」と答えた。
 彼女を安心させるためにと言う意味合いもあったけれど、言った後に自分のストレスも多少なりとも和らいだことに気付いた。

「うん、本当に大丈夫ですよ。ジョルグジョルグさまは人に対して無理難題に近いノルマを課して来るし、それだからあまり好きになれないし、ジョルグジョルグさまの支配地域から逃げたいのは本当。
 ――――けれども、ちゃんとジョルグジョルグさまはこなせるだけのノルマしか課してこない」

 ぎりぎりでも、僅差でも、相当頑張らないといけないにしても、命を削らなければならないにしても……。
 それでも何とかこなせる。
 そのぎりぎりの所を攻めて来るから、ジョルグジョルグさまは厄介なのだ。

「情報の方は、ジョルグジョルグさまの方から貰っています。ファンデスの方は詳しい場所は分かってないので後回しにするとして、メシア・キリサキの方は大体の位置は分かってるみたい。どちらの能力も分かってないけど、一応は場所が分かっている以上は行こうかなって。
 そうでもしないと、ジョルグジョルグさまから逃げられない」

 もう、ジョルグジョルグさまとは関わりたくはない。
 だからジョルグジョルグさまの戦いが終わったら、彼女の力が及ばない所まで逃げるつもりである。
 うん、だからさっさとやろう。

 ――――まずはエルフの治療に当たった、ササと合流して……って、あれ?

「シュシュッ!」

「神よぉ……」
「我らが神よぉ……」
「ありがたやぁ~、ありがたやぁ~」
「ありがとうございまするぅ! ありがとうございまするぅ!」

 6本の脚を使ってこちらに手を振っているササと、
 それを崇め奉る様子のエルフ達。

 エルフ達は腕や足などに赤い包帯を巻きつけている所を見ると、ササに治療して貰った者達だろう。
 そんな彼らがササを囲むように円状に並んでいて、小高い位置に作られた神輿……みたいなものの上に、ササが立っている。

「なんでササ、あんなところで崇め奉られてんだ?」

 訳が分からない。
 けれども、それ以上に分からなかったのはササの上、蜘蛛の身体の上に置かれているもの。

 ササの身体の上に置かれているのは、赤い糸で作られた遊び人ミランダの像。
 像の上に糸で被ったような形で作られたらしく、時折風に当たってひゅーひゅーと少し揺れている。
 それに像の形をそのまま糸で作った訳ではないみたいで、元の像にはなかった頭の兎耳とかも見るとオリジナリティーも少しはあるみたい。

「ササの身体の上にミランダの像……っぽいものが置かれている理由はともかく、一番気になるのはササがなんでエルフ達にあそこまで崇め奉られてたかという所か」

 どうしてこうなったんだろうと考えていると、「彼女は神です!」と何故か興奮した様子のエルフに話しかけられる。

「ササ……そう、ササ様は我々、ミライトリスのエルフの天使です!」

 魔物に対して、悪魔と言う表現はどうなんだろう?

「見てください、この腕の傷!」

 そのエルフは赤い包帯で巻かれていた右腕の包帯を取ると、そこにあったのは傷一つない綺麗な腕。
 傷も、かさぶたも、そもそも跡すら残ってはいなかった。

「傷……?」

「見えないでしょう! そうでしょう!
 しかし、わたくしはササ様に治療して貰うまで、確かに骨が折れ、手は青く変色して、腕からは血がどばどばと流れていたんですよ!」

 どうやら、だいぶ重症だったらしい。
 けれどもそんな傷はどこにも、欠片ほども見受けられない。

「これこそ、ササ様のお力です!
 ササ様が出された赤い糸を用いると、何故か徐々に怪我が治って行くのです!
 それも魔力も体力も消耗する事もなく、随分前に失ったはずの腕さえ直っていく者まで!」

「それは凄いな……」

 回復の魔法も、スキルも、そこには何か代償がある。
 怪我を治す代わりに魔力を消費するとか、急速に回復するために体力を消費してしまうとか……。

 そう言うのに比べれば、確かにササの能力は凄いのだろう。
 それであの盛り上がり……と言う訳か。

 ソラハさんの《青の力》が物を遅くして、ササの《赤の力》が治療……。
 《青の力》が物を遅くするなら、《赤の力》が物を速くするだったら分かったが、どうやら違うみたい。
 ――――それなら、《黄の力》はどんな力なのだろう?
 興味深くもあるが、同時に恐怖もある。
 やはり、《黄の力》を使うのはもう少し後にしよう。

「シュッ! シュー!」

「あぁ、ササ様!」
「ササ様、どこに!」
「我らを導いてくださいませ!」
「くださいませ! くださいませぇ!」

 こちらに気付いたササが囲んでいた人達の間をかき分けてこちらに来るんだけれども、ササを崇めているエルフ達までこちらに向かって来ている。
 ササは良いんだけれども、あのエルフ達に囲まれるのは勘弁して貰いたい。

「逃げるぞ、ソラハさん!」

「……えっ! あっ、はいっ!」

 俺達はエルフ達に囲まれないようにするために、ソラハさんと共に逃げ出す。
 ササもなんだかこちらの意図に気付いたみたいで、後ろから追って来るエルフ達を来ないように嗜めていた。
 いや、言葉を話せてないので、どうやって説明してるかは不明なんだけれども。


「ぷるぅ!」
「ぷるぷるぅ!」
「しゅかー!」

 ……ちなみにマッチョスライム達は力自慢のエルフ達に囲まれながらも、自慢の筋肉と鍛え抜かれた腹筋を見せつけていた。
 どう言う基準かは分からないけれども負けた者はその場でがっくりと膝をついて、勝った者はファイティングポーズを披露して次の挑戦者を示していた。

 あちらの方は……ササに比べるとあまり気にならない。
 と言うよりも、あまり関わりたくはないというのが正直なところである。

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マッチョスライムの一匹・スパーが、マッチョスライムからボディービルスライムに進化しました。

ボディービルスライム
……スライムの変化形態の1つであり、マッチョスライムの進化体の1つ。
 スライムの身体を構成するぶよぶよとした身体の全てを筋肉質のものに変異させ、その身体を鍛えに鍛え抜いた結果生まれた、破壊力と鍛えられた小麦色の肌が特徴のスライム。
 弱点は水であり、常に自慢の身体のポテンシャルを維持する事を考えている。
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 あんまり知りたくもない情報なんだけれども……どうして今、この情報が俺に入ったのかが分からない。
 マッチョスライム達、どこに向かおうとしてるんだ?
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