処女壊体-the making of a saint-

柘榴

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第2章 縫合の刑

第13話 痛覚と支配

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「ぐっ……うっ……ッ」
吐瀉物に加え容赦なく注ぎ込まれる流動食。茜の頰は大きく膨らみ、暴発寸前にまで膨張していた。縫われた口の隙間から汚物が徐々に漏れ出し、微量を排出していたが、流動食の供給量にまるで追いついていない。
「ぎ……ィ、あ……ッ」
 窒息寸前の茜の顔から血の気が引いていき、真っ青になっていくのが分かった。このままでは自身の吐瀉物で窒息死するかもしれない。
 ある程度、茜へ苦痛を与え、茜に僕への恐怖と畏怖を刷り込んだら僕もさっさと助けてやるつもりだった。本来はそれが目的で、これは単なる手段なのだから。

 だが、そんな僕の心配は杞憂に終わる。

「……何をしている、茜」
 僕が気付いてから数秒、僅かの時間だった。
 なんと苦しみの果て、茜は自らの唇に縫い込まれたワイヤーを、残された腕力を振り絞り力任せに引きちぎったのだ。
 ガレージ内に夥しい量の真紅の血が飛び散る。そして、血溜まりの中には桜色の唇だった肉片が引き裂かれ、無残にも転がっていた。

「はァ……ッ、ごほッ……」
 吐瀉物を全て吐き出し、十分な酸素を得た茜は激しく咳き込んでいる。
 口元は、真っ赤な口紅を塗りたくったように血で濡れていた。
 手の拘束を解いてやったのが間違えだった、と僕は頭を抱える。

「……馬鹿な真似を……そうまでして僕の愛を受け入れる事を拒否するか……君は予想以上に物分かりが悪いな」
 茜の愚かな行為に、僕は怒りを露わにする。まさか茜がここまでするとは予測していなかった。
 僕の愛を黙って受け入れれば、こんな痛みも傷も負うことはなかった。すぐに唇からワイヤー抜糸してやり、傷口も残らぬよう綺麗に処置してやるつもりだった。
 なのに、なのに……茜は僕の愛を受け入れる事を拒否した。
 そうまでして、僕の愛を侮蔑したいのか。僕の中では怒りと憎悪が渦巻く。

「何故、何故僕の愛を否定する? そうまでして……」
「……こんな事で、女心を……気持ちを思い通りにできると思った? 舐めないで、女を……私を」
 茜は不敵に笑い、僕を睨み付けた。
 これには正直驚いた。ここまでの痛み、苦痛を与えれば女などすぐに言いなりの奴隷になると思っていた。心も身体も僕の思いのままだと思っていた。
 けれど、茜は違う。違うのだと思い知らされた。
 僕は茜を誘拐してから、初めて彼女に主導権を持っていかれる程に驚愕し、焦りを感じずにはいられなかった。
「まぁ、いい。君のその内に秘めた気丈さも嫌いじゃない……君のその強がりがいつまで続くかも、楽しみだしね」
 しかし、これはこれで楽しめる。僕の想像を超える事が、これからも何度もあるのではないかという期待が膨らむ。
 
 茜があそこまでするなんて。
 少し痛めつければ、茜が黙って服従する事を前提にしていた僕は、内心では正直、驚愕以上に関心を示していた。
「……まだ何かする気? 言っておくけど。身体の自由は奪えても、心までは絶対にあんたなんかに奪わせない……絶対に……ッ」
 こうなると別のアプローチが必要になる。だが痛み以外で、彼女をどう支配する? 今までの人生、他人との接触にことごとく失敗してきた僕には、痛みと苦痛を与える事以外に、茜を支配する術が分からなかった。
 分からない、分からない、分からない。他者を支配する為の手段が。

「茜、君はどうして分からない? 僕は別に君を痛めつけ苦しめたい訳じゃない。君がただ、僕を認めて愛してくれればこんな真似もせずに済む。何故、痛みと苦しみの中でも……」
 何も分からなかった。彼女を支配する手段も、彼女が僕を否定する意味も。
「……絶対に、あんたみたいな卑怯者になんて屈しない。なんの努力もせず、結果だけを得ようとする屑になんて……ッ」
 言葉で茜と理解し合えないのは既に明白。僕の心の全てを吐露しても、彼女が僕を理解する事は無いだろう。
 けれど、僕を睨み付ける茜を前に、僕は情けないがそれしかできなかった。

「茜、これ以上僕を否定するのなら僕も更なる痛みを与えなければならない。それは本意ではないし、君の美の保全そのものにも影響する……良い加減、理解してくれ、頼む……」
 再教育の過程では痛みは必要だ。だが、それは目的では無い。
 僕の本来の目的は茜という美の象徴の永久の保全。身も心も僕が保全し、僕が管理するはずだった。
 僕はこんなにも君の事を考えているのに、何故分からない? そんな思いから、僕の手は自然に茜の頰へと伸びていた。
 しかし、それを察知した茜は僕の指に獣の様に噛み付き、否定する。

「くっ……」
「触らないで! あんた……最低よ……こんな真似までしておいて、何を理解しろって言うの!? イかれてる!」
 再度、茜は僕を否定した。僕を。
 他者から否定される事には慣れている。だが、信じていた、愛していた者に真っ向から否定される痛みには、慣れる事は無いのだろう。

 あの時のように。
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