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第3話 堕獄
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その後、店を出て池田の経営する会社へ向かおうという話になりました。池田が『城』と称する自身の会社……『池田昭和建設』という名でした。
先ほどの一言は何気ないものでしたが、池田は私を雇うことに随分と乗り気で、すぐにでも会社を見せたいと言い出したのです。
道中、池田に会社の概要を大まかに聞かされました。戦後に築いた小さな建設会社であり、現場への人材派遣、器具や材料の貸し出しも行っていると聞かされました。
そして、実際に会社に着いてみるそれはお世辞にも大きいとは言えない事務所のような建物でした。
しかも池田はそこに寝泊まりまでしており、実質は自宅兼事務所のような場所だったのです。
「どうや? こんなちっぽけな会社やが、儂の誇り高き城や! こっからどんどんデカくするでぇ!」
「城……ですか?」
「せや、今はまだこんなちっぽけな会社やが、もっともっとでかい城にするんが儂の夢や! そのためにはもっとガッポリ稼がんとなぁ!」
「素敵……ですね」
前の会社と比べれば規模は小さかったものの、それを自らの手で大きくしようとする池田の姿に、田舎者の私はいとも簡単に感銘してしまったのです。
そして、池田は私を自宅兼事務所に招き入れ、案内を嬉しそうに始めました。
しかし、中は随分と薄汚い空間でした。事務所と言っても机の上に書類が散乱し、その周りには酒瓶やら灰皿やらで、とても事務作業するとは思えない環境だったのです。
「あの、ほかの従業員の方は? こう散らかっていては狭いのでは……」
「ああ、うちは俺と『和』っちゅう若いのとで男二人ここで暮らしてるんや。今、そいつは現場に出とるからもうすぐ帰ってくるで」
話を聞けば、今この会社に属しているのは池田と『和』と言う名のもう一人の男でした。会社の経営・管理を池田が行い、そして和と言う男が実際に現場に出て作業を行うという役割分担で会社は経営されていると聞かされました。
「え、住んでいらっしゃるのも二人だけですか? ご家族は?」
当時、田舎の大家族が当たり前と思っていた私からすれば、大の大人が二人暮らしということに随分と驚き、無意識にそう聞いていました。
しかし、それには池田なりの理由があったのです。
「あぁ……嫁と娘がおったよ、戦争までは。二人とも空襲で死んでもうた」
私の質問に、池田はしゅんとした表情を浮かべ、部屋の奥の方へ目を向けました。そこには、埃を被った仏壇、そして二人の女性の写真が立ててありました。
「あ……ごめんなさい」
「別に気にせんでええよ、昔の話や。ありゃ戦時中の空襲でな……嫁は一瞬で火だるまになって儂の前で黒焦げの炭になった。幼かった娘は手足を失くしての、その空襲は何とか生き延びたが、その当時、儂はえらい貧乏でな。娘を治療する金すら用意できひんかった。ほんで、娘は最後の最後まで苦しみながら死んでいった、無力な儂の目の前で」
池田は独り言のように、ただ凄惨な過去をぼにやりと語っていました。
「儂に力が無かったから家族を失った。だから、儂はもう大切なものを二度と失わんために会社を建て、富という力を得た。ええか嬢ちゃん、何事も極めればそれが武器となる。儂の場合、それが富やったってわけや。嬢ちゃんにも、それが見つかればそれは一番の武器になる。誰にも負けへん、一番の武器が」
空虚な私に、池田のその言葉は強く響きました。それと同時に、池田の下で働けば、自分もこんな立派な人間になれるかもしれないなどと己惚れていたのです。
「ここでなら……それが見つかるかも知れへん。なんちゅうか……嬢ちゃん見とると、死んだ娘を思い出すんや。どんくさいところとかそっくりでなぁ、もし生きとったら嬢ちゃんみたいになってたのかも知れへん。それもあって、あんたを放っておけんのや。どうや、良ければ儂と一緒に……頑張ってみんか?」
この時、既に池田の巧みで甘い言葉に、私は完全に支配されていたのです。
こうして世間知らずの当時の私は、いとも簡単に池田の下で働く提案を前向きに考え始めていました。
これが、地獄の始まりになるとも知らずに。
先ほどの一言は何気ないものでしたが、池田は私を雇うことに随分と乗り気で、すぐにでも会社を見せたいと言い出したのです。
道中、池田に会社の概要を大まかに聞かされました。戦後に築いた小さな建設会社であり、現場への人材派遣、器具や材料の貸し出しも行っていると聞かされました。
そして、実際に会社に着いてみるそれはお世辞にも大きいとは言えない事務所のような建物でした。
しかも池田はそこに寝泊まりまでしており、実質は自宅兼事務所のような場所だったのです。
「どうや? こんなちっぽけな会社やが、儂の誇り高き城や! こっからどんどんデカくするでぇ!」
「城……ですか?」
「せや、今はまだこんなちっぽけな会社やが、もっともっとでかい城にするんが儂の夢や! そのためにはもっとガッポリ稼がんとなぁ!」
「素敵……ですね」
前の会社と比べれば規模は小さかったものの、それを自らの手で大きくしようとする池田の姿に、田舎者の私はいとも簡単に感銘してしまったのです。
そして、池田は私を自宅兼事務所に招き入れ、案内を嬉しそうに始めました。
しかし、中は随分と薄汚い空間でした。事務所と言っても机の上に書類が散乱し、その周りには酒瓶やら灰皿やらで、とても事務作業するとは思えない環境だったのです。
「あの、ほかの従業員の方は? こう散らかっていては狭いのでは……」
「ああ、うちは俺と『和』っちゅう若いのとで男二人ここで暮らしてるんや。今、そいつは現場に出とるからもうすぐ帰ってくるで」
話を聞けば、今この会社に属しているのは池田と『和』と言う名のもう一人の男でした。会社の経営・管理を池田が行い、そして和と言う男が実際に現場に出て作業を行うという役割分担で会社は経営されていると聞かされました。
「え、住んでいらっしゃるのも二人だけですか? ご家族は?」
当時、田舎の大家族が当たり前と思っていた私からすれば、大の大人が二人暮らしということに随分と驚き、無意識にそう聞いていました。
しかし、それには池田なりの理由があったのです。
「あぁ……嫁と娘がおったよ、戦争までは。二人とも空襲で死んでもうた」
私の質問に、池田はしゅんとした表情を浮かべ、部屋の奥の方へ目を向けました。そこには、埃を被った仏壇、そして二人の女性の写真が立ててありました。
「あ……ごめんなさい」
「別に気にせんでええよ、昔の話や。ありゃ戦時中の空襲でな……嫁は一瞬で火だるまになって儂の前で黒焦げの炭になった。幼かった娘は手足を失くしての、その空襲は何とか生き延びたが、その当時、儂はえらい貧乏でな。娘を治療する金すら用意できひんかった。ほんで、娘は最後の最後まで苦しみながら死んでいった、無力な儂の目の前で」
池田は独り言のように、ただ凄惨な過去をぼにやりと語っていました。
「儂に力が無かったから家族を失った。だから、儂はもう大切なものを二度と失わんために会社を建て、富という力を得た。ええか嬢ちゃん、何事も極めればそれが武器となる。儂の場合、それが富やったってわけや。嬢ちゃんにも、それが見つかればそれは一番の武器になる。誰にも負けへん、一番の武器が」
空虚な私に、池田のその言葉は強く響きました。それと同時に、池田の下で働けば、自分もこんな立派な人間になれるかもしれないなどと己惚れていたのです。
「ここでなら……それが見つかるかも知れへん。なんちゅうか……嬢ちゃん見とると、死んだ娘を思い出すんや。どんくさいところとかそっくりでなぁ、もし生きとったら嬢ちゃんみたいになってたのかも知れへん。それもあって、あんたを放っておけんのや。どうや、良ければ儂と一緒に……頑張ってみんか?」
この時、既に池田の巧みで甘い言葉に、私は完全に支配されていたのです。
こうして世間知らずの当時の私は、いとも簡単に池田の下で働く提案を前向きに考え始めていました。
これが、地獄の始まりになるとも知らずに。
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