血肉の花弁

柘榴

文字の大きさ
6 / 10

第6話 血肉の花弁【栞】Ⅱ

しおりを挟む
「プロデューサー……ちょっとこの部屋電気付けません? それに……窓も開けていいですか? その……空気が」
 部屋に入るなり、栞は表情を曇らせる。
 夜だというのに部屋の電気は全て切れており、真っ暗と言ってもいい状態。更にこの部屋では人間を2人も解体し、加工している。相応の悪臭が蔓延している。
「ああ……でも、電機は付けないほうがいいんじゃないか」
 俺は純粋な忠告として、栞に言った。
 それでも栞は不安なのか、電気を探して暗い部屋の中をうろついている。
「え……、きゃ……なに? 何か踏んだ……?」
 すると栞はいきなり動きを止めた。
 何か得体の知れない物を踏みつけた栞は、完全に固まっていた。
「散らかっているからな、仕方ない……電気を付けよう」
 俺は部屋の電気を付ける。
 部屋の中が蛍光灯の明かりで満たされると同時に、栞の顔から血の気が引いていく。
 自分の踏みつけた物の姿を目にして。
「えっ……なに……これ」
 栞は自分の踏みつけた物から足を恐る恐る退ける。
 それは、マネキンでも人形でもない、確かに数日前までは一緒に過ごしていた……里香だった肉塊だった。
「ア……ぁ……」
 栞は叫ぶことはせず、ただ腰を抜かして声にもならない音を喉で鳴らしているだけだ。
 目の前の真に、脳の処理が追いついていないのだ。
「おいおい、そんな腰を抜かすなよ。里香が驚くだろう」
「プロデューサー……これ」
「同じ事務所の仲間をコレ扱いか……俺はプロデューサーとして悲しいよ。お前の仲間だろう」
 その仲間だった里香は、今やただの骸だ。
 手足が切り落とされ、顔は無数の切り傷で原型を留めていないような死体を、仲間と思えと言うのも酷かもしれないが。
「う……うあっ……うええ……」
 栞は里香の死体から目を背けると、そのまま耐えきれずに嘔吐する。
「おいおい、アイドルがゲロは無いだろう。お前も、まだまだアイドルとしての自覚がないな」
「いや……里香ちゃん、なんで……」
 俺の言葉には耳を貸さず、栞は口元を抑えながら涙を流している。
 なぜ、なんでこんな惨い事態に陥っているのか、栞には理解できないだろう。
 だからこそ、俺は栞に教えてやらねばならないと思った。俺の最後で最大のプロデュースを。
「プロデュースさ。里香はアイドルとしては未熟で、救いようのない女だった。だが、そんな里香にも俺は役割を与えた……一輪の美しい花を咲かせるための、血肉の花弁としてその肉体と命を捧げる役目を」
「花……? 花弁? 何言ってるんですか……」
 栞は俺の言葉が一切理解できないようだった。
「心配するな。お前にもちゃんと役割はある」
 だが、理解する必要はない。
 栞の役目は、その肉体と命を捧げる事のみなのだから。
 俺は机の上にあった灰皿を持ち、栞に少しずつ近づいていく。
「こ、来ないで……死に……こんな風に死にたくない」
「栞、お前は聞き分けの良い子だ。それはプロデューサーの俺が一番よく知っている。だから、俺を信じてくれ。なるべくお前のその身体を傷付けたくない。その恵まれた肉体……特にその豊満な胸と腰回りはお前の最大の魅力だ。その肉体は花弁としての役割に十分に相応しい」
 元グラビアアイドルというだけあって栞の肉体は彫刻の様に美しかった。
 特にその豊満な胸と腰回りは、絵画に描かれた女神のような素晴らしい造形。
「やめて……許して、私まだ死にたくない……」
「すまないがこれはもう運命なんだ。お前は血肉の花弁として、真衣という花を咲かせるための糧となる」
「真衣さんを……悪く言ったことは、謝りますっ……あれは、里香ちゃんが勝手に……」
「おいおい、俺が怒ってこんなことをしたと思っているのか? 馬鹿な。これはあくまでプロデュースだ。俺がお前たちアイドルを輝かせるために行動することに、理由が必要か?」
 俺は感情でこんなことをしているのではなく、責任の下でこのプロデュースを実行している。そして、真衣を輝かせる義務が俺にはある。
 俺は、自分の役割を全うしようと努めているだけなのだ。
 そして、容赦なく栞の頭部に灰皿を振り下ろす。
「いや……っ、いやあああああああ!」
 湧き上がる痛覚と恐怖に、栞は泣き叫ぶ。
「確かにお前のその豊満な肉体は俺のプロデュース対象だ。だが、それ以外のパーツは対象外なんだ。つまり、そこに転がってるゴミと同じって事だ」
 俺は里香の骸に見つめながら冷たく告げる。
 お前たちはあくまで花弁、パーツの一部だ。お前たち自身に価値など存在しない。
 ただ、無心で目の前の少女の顔を殴りつけ、絶命させる事だけに専念した。
「っが……あ……ぁ……っ……」
 もはや栞は声すら上げることもできず、遠のく意識の中で涙を流す事しかしなかった。
 彼女に罪は無い。ただ、真衣の開花に必要だと判断されただけ。
 彼女を殺すことに、それ以上の理由は必要なかった。
「光栄に思え、お前たち花弁はやがて真衣と1つとなる。唯一無二の高尚な存在となり、世界中の人間の記憶に留まる。お前も里香も、その尊い犠牲者として名を連ねることになるだろうからな」
 もはや俺の声は栞には聞こえていないだろう。
 ただ、俺は彼女への最大限の感謝と尊敬の念を込めて、最後に灰皿を彼女の顔面に叩きつけ、殺した。
「やはり、人間など皮膚が破れ肉が抉れてしまえば、皆醜いものだな」
 もはや俺の知る栞の顔では無かった。
 血と痣と涙が混雑した、醜い顔。
 人間など酷く脆い生き物だ。簡単に壊れ、簡単に忘却されて滅ぶ。
 だが、真衣……俺はお前を滅ぼさせはしない。お前の存在を……俺を滅ばすわけにはいかない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

処理中です...