Delution;Days-電脳の地獄-

柘榴

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第7話 電脳の地獄『芋虫の刑』Ⅰ

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 とうとう最後、桐ケ谷の番だ。
 時間も残り約1時間……急がなければ。 
 木村の話だと桐ケ谷は「桐」と名乗っており、普段は集会所を根城にしているらしい。
 しかし、今は運営部も機能を停止していてクエスト受注も出発もできない。そんな中、桐ケ谷が集会所にいるかが不安だった。

 そんな不安の中、集会所へ向かう。すると、中には1人大剣を背負った男が立ち尽くしていた。
 その大剣に加え、派手な金髪のアバター。派手な外見は現実の桐ケ谷とも共通している。
「あの……あなたが桐さんですか?」
「なに?」
 私の声に男は不機嫌そうに振り返った。
「私もその、高難易度クエスト受注を確認しようかと思ったんですけど、運営部が機能してないし駄目みたいですね」
「へぇ、君みたいな女の子……ってアバターだけじゃ分からねぇけど、高難易度だなんてすごいね」
 桐ケ谷はわざとらしく金髪の毛先を弄りながら言う。
「私、本当に女の子プレイヤーですよ。けど、やっぱり高難易度になるとちょっと心細くて……そこで、有名ユーザーのお供をさせてもらおうかと思ったんです」
「ふぅん、ステータス見る限りは申し分ないね。まぁ本物の女の子なら俺は断らないよ?」
 桐ケ谷はじろじろと私のステータスを観察しながら言った。
 事実私は女だ。それに桐ケ谷も言葉や仕草から正体が女性だという確信を持ったのか、上機嫌になっていた。
「……けど参ったなぁ。運営部が停止してるんじゃクエスト出発どころか受注もできねぇ……まぁ、それもあと1時間足らずだが」
「あと1時間……ですか」
 ゲーム内の時刻は23時を回っていた。猶予は1時間、そうゆっくりはできない。
「俺の部屋でお茶でもどう? どうせもうすぐ定期ログアウトになっちまうし」
「そうです、ね。お邪魔します」
 普段なら強姦魔からのこんな怪しい誘い、断るに決まっている。
 けれど、今の私にとってはこれ以上にないチャンスでもあった。

 私と桐ケ谷はテレポート機能を使い、桐ケ谷のマイルームへと移動していた。
「ああ、適当に座ってよ。今お茶淹れるから」
「は、はぁ」
 桐ケ谷のマイルームはアイテムや武器などが乱雑しきった荒れた部屋だった。
 まるで桐ケ谷自身の心を反映しているようだ。
「お待たせ。これ随分高いんだぜ? Pも大分消費しちまった」
 奥からお茶を淹れた桐ケ谷が戻ってくる。
 私はそれを黙って受け取り、口をつける。
「……おいしい」
「だろ? なんせ最高級茶葉で淹れたからな。それに……隠し味も、加えてある」
 桐ケ谷が口を閉じた瞬間、強烈な目眩と倦怠感に襲われる。
 床にカップを落とし、破片が辺りに飛ぶ。
「こ……れ、は」
「ははははは、どうだキクだろ? そりゃ本来モンスター用に使う睡眠薬入りだからな! だから言ったろ? このお茶は高かったって」
 桐ケ谷のケラケラと不快な笑い声を浴びせられながら、私はベッドへと倒れ込む。
「いやーまさか電脳世界でもこんなことができる日が来るなんてなぁ。現実の感触をどこまで再現できてるか、俺が確認してやるよ」
 桐ケ谷が私の身体へ手を伸ばしてくる。
 私は桐ケ谷の手が届く前に、何とか指でメニューを開きチートを発動させた。
「……クリア」
「状態異常クリア……? そんなスキルがあったなんて……聞いてないぜ」
 身体から睡眠薬が抜け、ベッドから飛び起きる。
 桐ケ谷が知るわけがない。このスキルは私が今チートを利用して開発した独自スキルなのだから。
「……こんな最低な気分は、生まれてから2回目」
「は? 2回?」
「そう、あんたが現実で強姦した女……何人いるかは知らないけど、私はその中の1人」
「あー……わっかんねぇな。ヒント!」
 桐ケ谷はなぞなぞでもしているかのように頭を掻き毟りながら考えている。
 やはりこの男、私1人だけでは無かった。
 そして私は、あの日を思い出させるため1つだけヒントを与えた。
「多分、あんたが今までの人生の中で一番滾った相手」
 私の言葉に桐ケ谷は一瞬固まったかと思うと、すぐにニヤニヤとした笑みを浮かべ始めた。
「……おいおい嘘だろ、お前……あの車椅子の女か?」
「藤ヶ谷 飛鳥よ」
「ああ、確かにお前は最高の玩具だった……いくら顔や声で嫌がってもお前の身体は一切動かねぇ、そのアンバランスが絶妙ですっげー興奮したんだよなぁ」
 桐ケ谷はあの日を思い出しながら愉悦に浸っている。
「最後の方は声すら出さなくなってさ、身体も動かねーし本当死体か人形で遊んでるみたいで新鮮だったんだよなぁ」
「……」
 それを私は黙って眺める。怒りとかそういう感情じゃなく、期待。
 これから、この屑に生き地獄を見せられる事への期待だった。
「何だよ、あの日の遊びが忘れられなくて俺についてきたんだろ? いいじゃん今度はちゃんと動く身体で、もっと違う遊び方ができるかもなぁ」
 桐ケ谷は懲りずに私の下腹部に手を伸ばしてくるが、それを手で弾く。
「確かに私は遊びに来たともいえる。けどね、あんたは根本的なところを勘違いしてる。プレイヤーは私、玩具はあんた。ここでは現実とは立場を逆転させて遊ぶの」
「あぁ? なに言ってんだてめえ……ちょっと身体が動くようになったからって、俺とてめぇの立場が入れ替わるとでも……っ」
「身体だけじゃない。もっと強大な力も手に入れた」
 私は素早くメニューを開き、チートを発動させた。
 動きに気付いた桐ケ谷が飛びかかってくるも、途中で動きが止まり、撃たれた鳥が落下するように床に叩きつけられ、這いつくばる。
「が……っ、ァ……てめ……こりゃ」
「さっきのお返し、モンスター用の麻酔薬。効くでしょ? これも高かったんだから」
「ど……やって、俺にこ……れを」
「簡単よ。あんたの友達、工藤君のアイテムメニューの中にあった麻酔薬をあんたの体内に転送しただけ」
「んなこ、と……できるわけ」
「普通じゃな出来ない。けど、このチートソフトがあれば可能になる」
 私はメニューを這いつくばる桐ケ谷に向けて表示させる。
「チート、だァ?」
「この世界の可能性を無限に広げてくれる代物。だから私考えたの、電脳世界に存在する技術と可能性を最大限に活用して、あんたたち3人に電脳の地獄を見せてやろうって」
 私は自分でも驚くくらいに冷たい声で告げた。
 けれど、内心では笑っていたと思う。この男の苦しむ姿を想像して……
「ってことで、今から電脳の地獄へあんたを連れて行く。覚悟はいい?」
 私は再度メニューを表示し、その中からいくつかの武器を選択する。
 そして、私の頭上に数本の刀が出現した。
「まずは、その手足を切り落とすところから」
 現れた刀は弾丸の様に桐ケ谷の手足に襲い掛かり、桐ケ谷の手足をサイコロステーキの様に細切れにした。

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