82 / 148
6巻
6-2
それにスキルの『誘導』と『隷属魔法』。怪しすぎる。確かステータスの説明の際に、スキルにはレベルがあって最大レベルは10だって言ってたな。……どっちも高レベルだ。
まさか、さっきから俺達を説得するのにも、この『誘導』が使われた?
……ダメだ。称号、スキル、どれをとってもやっぱり信用できねえ。
こんな奴に勇者だと知られるのは本気でまずい。何かいい手がないだろうか……そうか、スキル! もしかすると、ステータスを隠すスキルを持っている奴がいるかもしれない!
王女のステータスを暴露するのは、あまりにもリスクが高い。ここは俺達の知らない異世界。逃げ場が存在しない以上、今の段階で王女と敵対するのは危険だ。
何人か確認してみたが、今のところそれらしいスキル保持者は見つからない。
焦る俺だったが、周囲を見回しているうちにあることに気が付いた……あいつが見当たらない。
「ちょっと、大樹」
声の方へ振り返ると、そこには見慣れた二人の女子生徒がいた。
俺に声を掛けた少女は山原亜麻音。美少女なのにツンツンした態度がもったいない。
響生の幼馴染で、俺とは中学校からの付き合いだ。英国人の祖先がいるらしく、先祖返りなのか肩まで伸びた赤毛がチャームポイント。かなり小柄で、残念なことに女性特有の部分は哀しいかな絶壁である。つまり、このまま育てばゆくゆくは合法ロ……いや、何でもない。
その隣にいるのは、亜麻音の親友の豊月恭子ちゃんだ。
まさに大和撫子といった容姿で、胸元まで長い濡羽色の髪に、微笑が美しい確かな美貌。そして亜麻音とは正反対に、零れ落ちそうな双丘は男子の視線を釘付けにしている。
校内美女ランキングで二年連続トップ5にランクイン……え? 男はすぐにそういうランキングを付けたがるって? いいんだよ。そういうものなの! したいの!
「どうした、二人とも」
俺が不思議そうにしていると、亜麻音は眉根を寄せて、さらに機嫌の悪そうな顔になった。
「あんた、このままあの女の言いなりになって戦うつもりなの? アタシ、嫌なんだけど?」
亜麻音の視線が王女に向けられる。その顔は不機嫌というよりも、嫌悪に近い。
「……何か気になることでもあったか?」
「亜麻音ちゃん、あの人は何だか気持ち悪いから嫌らしいです。私にはよく分からないんですが」
「恭子ちゃんはどうなの?」
「うーん。私も……自衛や護身ならともかく、戦争に参加するのはちょっと……」
どうやら二人の心情は、俺と似たようなものらしい。ちょっと安心した。
だが、亜麻音の気持ち悪いっていうのは何なんだろうか。
もしかして、何かのスキルのせいか? というわけで『能力把握』してみた。
【 名 前 】山原亜麻音
【 職 業 】魔導錬金術師(レベル1)
【 レベル 】1
【固有スキル】『生命創造レベル0』『審美眼』
【技能スキル】『弓技レベル1』『短剣技レベル1』『鞭技レベル1』『命中補正レベル1』
『精密動作レベル2』『拡大鏡レベル1』『偽装レベル3』『贋作レベル2』
『変身レベル1』
【魔法スキル】『魔導錬金術レベル1』『雷魔法レベル1』『火魔法レベル1』『水魔法レベル1』
『土魔法レベル1』『風魔法レベル1』
【 称 号 】『召喚されし者』
多分、固有スキル『審美眼』だな。審美眼って確か美醜を見抜く目のことだろ。
もしかすると王女の心根が、亜麻音には『気持ち悪い』と思えてしまうのかもしれない。
それはそうと、職業『魔導錬金術師』とかカッコいいじゃん……ちょっと妬ましい。
能力値は魔法寄りで、特別なものはないので割愛っと。
いやでも、この『偽装』ってスキル、もしかするとステータスの内容を誤魔化すことができるかもしれない。後で試してもらおう。んじゃ、次は恭子ちゃんも確認するか。
【 名 前 】豊月恭子
【 職 業 】古代聖騎士(レベル1)
【 レベル 】1
【固有スキル】『魅惑の微笑』
【技能スキル】『聖剣技レベル1』『槍技レベル1』『盾技レベル1』『電光石火レベル1』
『集中力レベル3』『視野拡大レベル1』『礼儀作法レベル2』『裁縫レベル4』
【魔法スキル】『光魔法レベル1』『強化魔法レベル1』『精霊魔法レベル1』
【 称 号 】『召喚されし者』
なんか、職業『古代聖騎士』って、意味深でカッコよくない? 妬ましいんですけど。
あと驚いたことに、各種能力値が今の俺とあまり変わらない。かなり強い職業なのかも。
それにしても、戦闘スキルよりも『礼儀作法』とか『裁縫』のスキルがレベル高いってところは恭子ちゃんらしいな。大和撫子らしいスキルだ。
「ちょっと、ボーッとして、アタシ達の話聞いてるの?」
「あ? ああ、悪ぃ。……実は二人に大切な話があるんだ」
俺は二人にこれまでのいきさつを説明した。亜麻音はしかめ面になって王女をチラリと見る。
「……その話が本当なら、すぐにここから去るべきね。どうせ元の世界に帰せなんて言ったところで、はぐらかされるだけよ。長居するだけ無駄。むしろ身の危険が増すわね」
「私もそう思います。魔王と戦わせることが目的なら、帰る方法を尋ねても『もしかしたら魔王が知っているかも』とか言って、結局誘導されそうです」
小説ではよくあるパターンだよな。実は帰還方法なんて最初からないって奴だよ。嫌だなぁ。
「まあ、そんなわけで亜麻音のスキル『偽装』で、俺達のステータスを誤魔化せないかな。多分俺らの職業って希少職だと思うんだよ。バレると王女に注目されそうで嫌なんだよな」
「そうね。試してみましょう」
結論から言えば『偽装』は使えた。クラスメイト達のステータスを参考にして、一般のレベル7くらいまで数値を落とし、職業も『勇者』から凡庸な『騎士』に変更した。
「大丈夫そうね」
「亜麻音ちゃん、私のもお願い」
続いて、亜麻音は『魔導錬金術師』から『魔導士』に、恭子ちゃんは『古代聖騎士』から『騎士』に偽装し、鑑定されても問題ない状態にすることができた。
「とりあえずこれで大丈夫ですね。あとはここを去る件ですけど……私達だけで行くんですか? クラスのみんなはどうしましょう」
みんなを見ながら、恭子ちゃんが心配そうな顔をする。
亜麻音は小さくため息をついて、恭子ちゃんと同じ方に目をやった。
「多分、今何を言ったところで無駄だと思うわよ。みんな舞い上がってるもの。下手に騒いで王女に目を付けられると、アタシ達まで身動きが取れなくなるわ」
「でも、みんな王女様の『誘導』ってスキルで操られているんですよね。助けた方がいいんじゃ」
「んー、正確にはまだよく分からないんだよな。俺達は誘導されていないと思うし、『能力把握』でもステータスに異常は見られないから、実際にそのスキルが使われているかどうか、はっきりとは言い切れない」
「そうですか……」
まあ、スキルを使っていようがいまいが、王女が信用できないという点に変わりはない。
とりあえず、亜麻音のおかげで当面の問題は片付いた。
あとは機会を窺いながら、最終的にどうするかを判断するしかない。
となると、他に気にすべき案件は……やっぱり、見当たらない。
「なあ、亜麻音。ちょっと聞きたいことがあるんだが……」
「何よ? というか、アタシ達もあんたに聞きたいことがあるのよね」
「聞きたいこと? 何だよ」
「えっとね、ひび――」
「おい、お前達!」
「葉渡先生……?」
恭子ちゃんが首を傾げた。俺達のところに、葉渡先生が焦った表情でズカズカと迫ってきたのだ。
「すまないが、聞きたいことがあるんだ」
急にどうしたんだろうか? いや、でもちょうどよかった。
「俺も確かめたいことがあったんですよ」
「……まあ、アタシもね」
そして、俺、亜麻音、葉渡先生の声が見事に揃った。
「響生がどこにいるか知りませんか?」
「響生がどこにいるか知らない?」
「響生がどこにいるか知らないか!?」
……………………――っ!? 沈黙と驚愕が俺達の心に押し寄せる。
俺、亜麻音、先生が顔色をサッと青褪めさせ、恭子ちゃんの額を一筋の汗が流れた。
「……真名部君が、いない?」
恭子ちゃんの言葉に、俺はさらに血の気が引いていく感覚に陥った。
親友、真名部響生がこの場にいない事実に、ようやく気付かされたのだ。
◆ ◆ ◆
異世界に来て一週間が経過した。
改めて確認すると、召喚されたのは葉渡先生も含めて二十八名だった。
鑑定石で確認した結果、二十八名中十名が希少職。残りの十八名中十四名は、一般的な職業ではあったものの高いステータスを叩き出しており、今後の成長が期待されている。
そして残りの四名……つまり、俺と亜麻音、恭子ちゃん、そして葉渡先生は、予定通り落ちこぼれ扱いとなった。おかげで、今のところ王女から関心を寄せられる気配はこれっぽっちもない。
ちなみに、状況から見て分かると思うが、俺達の仲間に先生も加わっている。先生も俺達と同じ考えだったこともあるが、何よりステータスがやばかった。
【 名 前 】葉渡候一
【 職 業 】賢者(レベル1)
【 レベル 】1
【固有スキル】『領域保護レベル0』
【技能スキル】『杖術レベル1』『精神統一レベル2』
【魔法スキル】『火魔法レベル1』『水魔法レベル1』『風魔法レベル1』『土魔法レベル1』
『植物魔法レベル1』『雷魔法レベル1』『光魔法レベル1』『闇魔法レベル1』
『弱体化魔法レベル1』『回復魔法レベル1』
【 称 号 】『召喚されし者』
(各種能力値は割愛。大体MPとか魔法攻撃力とかの数値がヤバイよ!)
職業『賢者』。名前を見ただけで希少職っぽい。ゲームでもおなじみの上級職だからね。
実際、後で調べたところによると、この世界には三つの『神選職』と呼ばれる超希少職があり、その一つが賢者だった。勇者、賢者、そして魔王。この三つが『神選職』に当たる。
神選職者は、戦士や騎士なんかとは比べ物にならないほど、ステータスが圧倒的に高いそうだ。
勇者は武力を、賢者は魔法を極めており、魔王は両方がバランスよく高レベル。
つまり、王女が俺達に戦わせようとしているのが、その魔王なのである。マジ勘弁してほしい。
神選職というだけあって、彼らはこの世界の神々によって選出される。
最大で勇者は四人、賢者は七人、魔王は八人まで、世界に同時に存在するそうだ。
んで、俺がその四人の勇者のうちの一人で、先生が七人の賢者のうちの一人……亜麻音に『偽装』スキルがあって、本当によかった。
そんなわけで、俺達は職業を一般的なものに改竄し、なおかつステータスはクラスメイト達の能力平均のおよそ七割程度に修正した。
普通のレベル1に比べれば強いだろうが、クラスメイト達と比較すると見劣りする。それが今の俺達の立ち位置だった。
クラスの中心人物である羽鳥が王女への協力を申し出たことで、俺達はクリューヌ王国を魔王から守る戦いに身を投じることが決まった(何度考えても納得できねぇ)。
それに伴い王国によって、俺達の訓練スケジュールが組まれている。
この世界についての勉強から始まり、職業に合わせた戦闘訓練、魔法やスキルの講義。
まだ行われていないが、将来的には集団戦の練習なども実施されるそうだ。
俺達四人も、訓練には真面目に参加している。
いずれここを去る身としては、世界情勢などの勉強は必要不可欠だ。予備知識もなしに異世界を歩くなんて危険すぎるからな。
一週間も経ってくると、新たなクラスカーストのようなものが生まれてきた。
頂点に君臨しているのは『勇者』羽鳥だ。もう一人が一ノ瀬晴香。なんと彼女は『賢者』だった。
自らカーストトップに立つ羽鳥とは違い、物静かな一ノ瀬は持ち上げられた結果らしい。元々責任感があって学校の成績もよかった彼女は、羽鳥の補佐的な立ち位置でクラスをまとめている。
今のクラスカーストは、ステータスの高さがそのまま序列に反映されている感じだ。
今後、クラスメイト達でパーティーを組む場合、どうしたって能力の釣り合う者同士で組まなければならなくなる。となれば、自然とこういう関係性になっていくようだ。
ステータスが最弱に偽装されている俺達は、もちろんクラスカーストの底辺である。
だからといって、被害を被ったりはしていない。
さすがに一週間程度では、今までの関係性もあって変なことにはならないようだ。
そんなこんなで、バタバタとした異世界生活も少し落ち着いてきていた。
さて響生の件になるが、運がいいのか悪いのか、同じクラスの中で、あいつだけが召喚されなかったらしい。
理由としてはまず、クラスの誰も響生を見ていないこと。随分前に教室に入っていた亜麻音や恭子ちゃんも同様で、響生が教室に入ってきたのは確認していないそうだ。
ホームルームの直前に教室に入ってきた葉渡先生も、遅刻ギリギリだった俺も、響生を目にしていない。
「……まあ、こんな面倒事に巻き込まれなかったのは、運がよかったんじゃない?」
「でも、クラスで一人だけ取り残されているっていう状況を考えると、少し寂しい感じです」
王城の図書室で二人並んで書物を読みながら、亜麻音と恭子ちゃんはそっと囁き合う。
「俺としては、響生が巻き込まれなくて安心したって気持ちの方が大きいんだけどさ、あれを見ると、ちょっとなぁ……」
二人に向かい合うように席についていた俺は、本で顔の下半分を隠しながら……少し離れた席で、本を読んでいるように振る舞っている、哀れな葉渡先生を見た。
心配そうに見つめる恭子ちゃんとは対照的に、亜麻音の瞳は呆れたものだった。
「あいつ、本当に響生のことが好きすぎるのよ。……バッカじゃないの?」
亜麻音の言う通り、葉渡先生は響生のことが、まあ、そう、好きなんだ……熱烈に。
それが恋愛感情なのかというと、正直よく分からない。
どちらかというと、甥っ子を猫可愛がり過ぎて周りに引かれている、と言った方がしっくりするようなしないような……なんとも表現に困る好意を響生に寄せているのが、葉渡先生だ。
先生と響生は父方の従兄弟同士で、響生に初めて会ったのは先生が十三歳、響生が四歳の時。
初対面を果たしたその時から、先生は響生の圧倒的保護者となり果てた。
つまり葉渡先生は、響生の最初の『犠牲者』なのである。
お姉さんホイホイこと真名部響生は、実のところ『年上ホイホイ』だったりする。
響生の容姿を一言でいえば、可愛いに尽きるだろう。小柄な体躯。サラリとした黒い髪。十六歳にしては顔立ちが幼く、わざわざ言わなくとも美少年である。
特に笑顔は一級品で、満面の笑みでも浮かべられた日には、俺でも一瞬ドキリとしてしまう。
……恋には落ちないぞ! その辺は間違えないように!
葉渡先生は、当時四歳の響生の笑顔に完全ノックアウトされてしまった。
一瞬のドキリでは済まされなかったのだろう。以来、先生の世界は響生を中心に回っている。
国内トップの大学を断トツの首席で卒業した先生が選んだ就職先は、響生が入学する高校だった。
響生が入学する一年前にその高校に着任し、圧倒的な能力を駆使して校内での信頼を勝ち取り、響生のクラスの担任を二年連続で獲得している。
響生の前では『いいお兄さん』を演じきっているので、校内で先生の実態を知っているのは、俺と亜麻音と恭子ちゃんの三人だけだ。当然、響生は知らない。
聞けば聞くほど恐ろしい情熱と執念である。知らない響生は幸せ者だ。
だが、必ずしも先生がおかしいと言い切れない。おかしいのは響生の方かもしれない。なぜなら、響生の周りには、葉渡先生のような熱烈な響生信者が結構いるからだ。
だが、響生自身はそんな事実を一切知らない。「大人はみんな親切だなぁ」とか思いながら、毎日楽しく生きている。
それが原因なのか、十六歳にしては響生は無垢で世間知らずだ。
一般常識はありそうに見えて実はない。感情表現が豊かな割に、他人の心の機微には疎く、先生に甘やかされている自覚も多分ない。
まあ、それらの理由には少々心当たりがある。
真名部響生は……同年代と仲良くなるのがへたくそなのだ。同年代の友人は今のところ俺と亜麻音と恭子ちゃんの三人だけ。
嫌われているわけではない。単純に興味を持たれていないのだ。不自然なほどに、周囲が響生に無関心だったりする。
年上を魅了する響生の笑顔も、同年代の者達にはこれっぽっちも効果がない。
無視されているわけではないので、話し掛ければ普通に会話は成立するし、校内で遊んでいれば混ぜてもらうこともできる。教科書の貸し借りだって……だが、それ以上関係が発展しない。
実際、俺達が話題に上げるまで、誰も響生が不在であることに気付いていなかった。
一応、響生が王女に監禁されている可能性も考慮して、召喚されたその日に、響生の不在を王女に訴えてみたが、知らないという返答をもらった。
おそらく嘘ではないだろう。
亜麻音の固有スキル『審美眼』は、俺が予想した通り、人間の心根の美しさを捉えることができるスキルのようだ。
例えば嘘や虚偽、隠蔽などの行為を『醜い』と認識し、道徳や倫理に反する行為も、同様に醜いと感じる。逆に心根の綺麗な人は美しく見えるらしい。
俺達に助けを求めている間、亜麻音には王女がそれはそれは醜く感じられたそうだ。だが、響生についての回答の際は、そういった雰囲気が一切なかったという。
そしてこの能力は、現在も大変重宝されている。
「……この本はダメね。どこもかしこも汚くてしょうがない。あてにしちゃダメよ」
亜麻音がそう言って俺達に見せてくれたのは、どうやらこの国の歴史書のようだ。
「誇張表現のオンパレードとかでしょうか?」
「どうだろう。真実が超捻じ曲げられているとか? 曲解表現が多いのかもな」
ステータスの向上も大事だが、この国を出ていくなら優先すべきは情報だ。
亜麻音の『審美眼』は書物の内容にも効果があり、情報収集に大いに役立っていた。
傾向的に国の歴史書や諸外国の情報に誤りが多いように見受けられる。
そういった書物は大抵主観的な物が多く、王国に結構都合よく書いているんだろうなぁってことが分かる。ただ、魔法書とか兵法書、辞典なんかは割と正確に記されていたので助かった。
クラスカースト最底辺の俺達は、戦闘訓練における待遇があまりよくない。
これも小説とかではテンプレなんだが、訓練の担当者がほとんど俺達のそばにいないのだ。
触りだけ教えたかと思うと、気が付けば他のクラスメイト達の指導に当たっているなんてこともしばしば。王女の指示なのか、本人の意思なのかは不明だが、明らかに期待されていないっぽい。
こっちとしては自由にやらせてもらえるので助かるのだが、ある程度は独学で学ぶ必要がある。
実際、ステータスを偽っているので、担当者にずっと見ていられると本気の訓練ができない。
そう考えれば、今の状況はなんだかんだで、俺達の希望に沿っているとも言える。
訓練場所は能力別に振り分けられるので、俺達の訓練が誰かの目に触れることはない。
情報収集に戦闘訓練。和気藹々と訓練をするみんなの裏で、俺達は着実にクリューヌ王国を出る準備を進めていた……憔悴気味の葉渡先生を除いて。
◆ ◆ ◆
異世界に来て四週間が過ぎた。たった一ヶ月で、俺達もかなり強くなった気がする。
現在のクラスの平均レベルは24。羽鳥はレベル29、一ノ瀬は28だ。
対する俺達の偽装平均レベルは15。弱いね! 実際には俺がレベル30で、亜麻音が26、恭子ちゃんが27で、葉渡先生は23だ。
先生は少々平均を下回っているが、響生ロスを考慮すればよく頑張ってくれている方だと思う。
俺達の哀しい進捗を知った王女が向ける視線には、はっきりと侮蔑の色が見て取れた。
どうやら俺達の『役立たずは追い出しちゃえ大作戦』は、順調に進んでいるようだ。
ラノベのテンプレの一つ――召喚された者達の中で一人だけ異常にステータスが低かったために、召喚主から追放されてしまう――をそのまま踏襲しちゃったこの作戦は、名前の通り、俺達の存在を役立たずだと認識させることで、王城から追い出されてしまおうというものだ。
二十八人も召喚したんだ。その中に四人くらい、役立たずが含まれてしまってもおかしくはないだろうし、その程度なら切り捨てても問題になるまい。
理想としてはそのまま放逐されることだが、場合によっては追放された後で追手を差し向けられて処刑されてしまう可能性もある。そこんところの舵取りに気を付けなければならない。
運のいいことに、クラス全員を『能力把握』で確認したところ、『鑑定』や亜麻音の『審美眼』のようなスキルを持っている奴は見当たらなかった。
これだけ人がいれば、鑑定士みたいな職業の奴もいたっておかしくないと思っていたが、どうやら杞憂だったようだ。
鑑定士は非戦闘職と呼ばれる職業で、俺達のような異世界人が非戦闘職に就いたなんて話は聞いたことがないそうだ。俺に『能力把握』があったのは幸運だった。
みんなとのレベル格差も随分開いたし、そろそろ王女に力不足を訴えて、ここを去ることを告げてもいいかもしれない。
「分かった、俺から王女に伝えてみよう。お前達が安全にここを離れられるよう説得してみるよ」
そろそろ作戦を実行しようかと相談したところ、先生がそんなことを告げた。
この言い方はまるで、先生は俺達に同行しないみたいじゃないか……。
まさか、さっきから俺達を説得するのにも、この『誘導』が使われた?
……ダメだ。称号、スキル、どれをとってもやっぱり信用できねえ。
こんな奴に勇者だと知られるのは本気でまずい。何かいい手がないだろうか……そうか、スキル! もしかすると、ステータスを隠すスキルを持っている奴がいるかもしれない!
王女のステータスを暴露するのは、あまりにもリスクが高い。ここは俺達の知らない異世界。逃げ場が存在しない以上、今の段階で王女と敵対するのは危険だ。
何人か確認してみたが、今のところそれらしいスキル保持者は見つからない。
焦る俺だったが、周囲を見回しているうちにあることに気が付いた……あいつが見当たらない。
「ちょっと、大樹」
声の方へ振り返ると、そこには見慣れた二人の女子生徒がいた。
俺に声を掛けた少女は山原亜麻音。美少女なのにツンツンした態度がもったいない。
響生の幼馴染で、俺とは中学校からの付き合いだ。英国人の祖先がいるらしく、先祖返りなのか肩まで伸びた赤毛がチャームポイント。かなり小柄で、残念なことに女性特有の部分は哀しいかな絶壁である。つまり、このまま育てばゆくゆくは合法ロ……いや、何でもない。
その隣にいるのは、亜麻音の親友の豊月恭子ちゃんだ。
まさに大和撫子といった容姿で、胸元まで長い濡羽色の髪に、微笑が美しい確かな美貌。そして亜麻音とは正反対に、零れ落ちそうな双丘は男子の視線を釘付けにしている。
校内美女ランキングで二年連続トップ5にランクイン……え? 男はすぐにそういうランキングを付けたがるって? いいんだよ。そういうものなの! したいの!
「どうした、二人とも」
俺が不思議そうにしていると、亜麻音は眉根を寄せて、さらに機嫌の悪そうな顔になった。
「あんた、このままあの女の言いなりになって戦うつもりなの? アタシ、嫌なんだけど?」
亜麻音の視線が王女に向けられる。その顔は不機嫌というよりも、嫌悪に近い。
「……何か気になることでもあったか?」
「亜麻音ちゃん、あの人は何だか気持ち悪いから嫌らしいです。私にはよく分からないんですが」
「恭子ちゃんはどうなの?」
「うーん。私も……自衛や護身ならともかく、戦争に参加するのはちょっと……」
どうやら二人の心情は、俺と似たようなものらしい。ちょっと安心した。
だが、亜麻音の気持ち悪いっていうのは何なんだろうか。
もしかして、何かのスキルのせいか? というわけで『能力把握』してみた。
【 名 前 】山原亜麻音
【 職 業 】魔導錬金術師(レベル1)
【 レベル 】1
【固有スキル】『生命創造レベル0』『審美眼』
【技能スキル】『弓技レベル1』『短剣技レベル1』『鞭技レベル1』『命中補正レベル1』
『精密動作レベル2』『拡大鏡レベル1』『偽装レベル3』『贋作レベル2』
『変身レベル1』
【魔法スキル】『魔導錬金術レベル1』『雷魔法レベル1』『火魔法レベル1』『水魔法レベル1』
『土魔法レベル1』『風魔法レベル1』
【 称 号 】『召喚されし者』
多分、固有スキル『審美眼』だな。審美眼って確か美醜を見抜く目のことだろ。
もしかすると王女の心根が、亜麻音には『気持ち悪い』と思えてしまうのかもしれない。
それはそうと、職業『魔導錬金術師』とかカッコいいじゃん……ちょっと妬ましい。
能力値は魔法寄りで、特別なものはないので割愛っと。
いやでも、この『偽装』ってスキル、もしかするとステータスの内容を誤魔化すことができるかもしれない。後で試してもらおう。んじゃ、次は恭子ちゃんも確認するか。
【 名 前 】豊月恭子
【 職 業 】古代聖騎士(レベル1)
【 レベル 】1
【固有スキル】『魅惑の微笑』
【技能スキル】『聖剣技レベル1』『槍技レベル1』『盾技レベル1』『電光石火レベル1』
『集中力レベル3』『視野拡大レベル1』『礼儀作法レベル2』『裁縫レベル4』
【魔法スキル】『光魔法レベル1』『強化魔法レベル1』『精霊魔法レベル1』
【 称 号 】『召喚されし者』
なんか、職業『古代聖騎士』って、意味深でカッコよくない? 妬ましいんですけど。
あと驚いたことに、各種能力値が今の俺とあまり変わらない。かなり強い職業なのかも。
それにしても、戦闘スキルよりも『礼儀作法』とか『裁縫』のスキルがレベル高いってところは恭子ちゃんらしいな。大和撫子らしいスキルだ。
「ちょっと、ボーッとして、アタシ達の話聞いてるの?」
「あ? ああ、悪ぃ。……実は二人に大切な話があるんだ」
俺は二人にこれまでのいきさつを説明した。亜麻音はしかめ面になって王女をチラリと見る。
「……その話が本当なら、すぐにここから去るべきね。どうせ元の世界に帰せなんて言ったところで、はぐらかされるだけよ。長居するだけ無駄。むしろ身の危険が増すわね」
「私もそう思います。魔王と戦わせることが目的なら、帰る方法を尋ねても『もしかしたら魔王が知っているかも』とか言って、結局誘導されそうです」
小説ではよくあるパターンだよな。実は帰還方法なんて最初からないって奴だよ。嫌だなぁ。
「まあ、そんなわけで亜麻音のスキル『偽装』で、俺達のステータスを誤魔化せないかな。多分俺らの職業って希少職だと思うんだよ。バレると王女に注目されそうで嫌なんだよな」
「そうね。試してみましょう」
結論から言えば『偽装』は使えた。クラスメイト達のステータスを参考にして、一般のレベル7くらいまで数値を落とし、職業も『勇者』から凡庸な『騎士』に変更した。
「大丈夫そうね」
「亜麻音ちゃん、私のもお願い」
続いて、亜麻音は『魔導錬金術師』から『魔導士』に、恭子ちゃんは『古代聖騎士』から『騎士』に偽装し、鑑定されても問題ない状態にすることができた。
「とりあえずこれで大丈夫ですね。あとはここを去る件ですけど……私達だけで行くんですか? クラスのみんなはどうしましょう」
みんなを見ながら、恭子ちゃんが心配そうな顔をする。
亜麻音は小さくため息をついて、恭子ちゃんと同じ方に目をやった。
「多分、今何を言ったところで無駄だと思うわよ。みんな舞い上がってるもの。下手に騒いで王女に目を付けられると、アタシ達まで身動きが取れなくなるわ」
「でも、みんな王女様の『誘導』ってスキルで操られているんですよね。助けた方がいいんじゃ」
「んー、正確にはまだよく分からないんだよな。俺達は誘導されていないと思うし、『能力把握』でもステータスに異常は見られないから、実際にそのスキルが使われているかどうか、はっきりとは言い切れない」
「そうですか……」
まあ、スキルを使っていようがいまいが、王女が信用できないという点に変わりはない。
とりあえず、亜麻音のおかげで当面の問題は片付いた。
あとは機会を窺いながら、最終的にどうするかを判断するしかない。
となると、他に気にすべき案件は……やっぱり、見当たらない。
「なあ、亜麻音。ちょっと聞きたいことがあるんだが……」
「何よ? というか、アタシ達もあんたに聞きたいことがあるのよね」
「聞きたいこと? 何だよ」
「えっとね、ひび――」
「おい、お前達!」
「葉渡先生……?」
恭子ちゃんが首を傾げた。俺達のところに、葉渡先生が焦った表情でズカズカと迫ってきたのだ。
「すまないが、聞きたいことがあるんだ」
急にどうしたんだろうか? いや、でもちょうどよかった。
「俺も確かめたいことがあったんですよ」
「……まあ、アタシもね」
そして、俺、亜麻音、葉渡先生の声が見事に揃った。
「響生がどこにいるか知りませんか?」
「響生がどこにいるか知らない?」
「響生がどこにいるか知らないか!?」
……………………――っ!? 沈黙と驚愕が俺達の心に押し寄せる。
俺、亜麻音、先生が顔色をサッと青褪めさせ、恭子ちゃんの額を一筋の汗が流れた。
「……真名部君が、いない?」
恭子ちゃんの言葉に、俺はさらに血の気が引いていく感覚に陥った。
親友、真名部響生がこの場にいない事実に、ようやく気付かされたのだ。
◆ ◆ ◆
異世界に来て一週間が経過した。
改めて確認すると、召喚されたのは葉渡先生も含めて二十八名だった。
鑑定石で確認した結果、二十八名中十名が希少職。残りの十八名中十四名は、一般的な職業ではあったものの高いステータスを叩き出しており、今後の成長が期待されている。
そして残りの四名……つまり、俺と亜麻音、恭子ちゃん、そして葉渡先生は、予定通り落ちこぼれ扱いとなった。おかげで、今のところ王女から関心を寄せられる気配はこれっぽっちもない。
ちなみに、状況から見て分かると思うが、俺達の仲間に先生も加わっている。先生も俺達と同じ考えだったこともあるが、何よりステータスがやばかった。
【 名 前 】葉渡候一
【 職 業 】賢者(レベル1)
【 レベル 】1
【固有スキル】『領域保護レベル0』
【技能スキル】『杖術レベル1』『精神統一レベル2』
【魔法スキル】『火魔法レベル1』『水魔法レベル1』『風魔法レベル1』『土魔法レベル1』
『植物魔法レベル1』『雷魔法レベル1』『光魔法レベル1』『闇魔法レベル1』
『弱体化魔法レベル1』『回復魔法レベル1』
【 称 号 】『召喚されし者』
(各種能力値は割愛。大体MPとか魔法攻撃力とかの数値がヤバイよ!)
職業『賢者』。名前を見ただけで希少職っぽい。ゲームでもおなじみの上級職だからね。
実際、後で調べたところによると、この世界には三つの『神選職』と呼ばれる超希少職があり、その一つが賢者だった。勇者、賢者、そして魔王。この三つが『神選職』に当たる。
神選職者は、戦士や騎士なんかとは比べ物にならないほど、ステータスが圧倒的に高いそうだ。
勇者は武力を、賢者は魔法を極めており、魔王は両方がバランスよく高レベル。
つまり、王女が俺達に戦わせようとしているのが、その魔王なのである。マジ勘弁してほしい。
神選職というだけあって、彼らはこの世界の神々によって選出される。
最大で勇者は四人、賢者は七人、魔王は八人まで、世界に同時に存在するそうだ。
んで、俺がその四人の勇者のうちの一人で、先生が七人の賢者のうちの一人……亜麻音に『偽装』スキルがあって、本当によかった。
そんなわけで、俺達は職業を一般的なものに改竄し、なおかつステータスはクラスメイト達の能力平均のおよそ七割程度に修正した。
普通のレベル1に比べれば強いだろうが、クラスメイト達と比較すると見劣りする。それが今の俺達の立ち位置だった。
クラスの中心人物である羽鳥が王女への協力を申し出たことで、俺達はクリューヌ王国を魔王から守る戦いに身を投じることが決まった(何度考えても納得できねぇ)。
それに伴い王国によって、俺達の訓練スケジュールが組まれている。
この世界についての勉強から始まり、職業に合わせた戦闘訓練、魔法やスキルの講義。
まだ行われていないが、将来的には集団戦の練習なども実施されるそうだ。
俺達四人も、訓練には真面目に参加している。
いずれここを去る身としては、世界情勢などの勉強は必要不可欠だ。予備知識もなしに異世界を歩くなんて危険すぎるからな。
一週間も経ってくると、新たなクラスカーストのようなものが生まれてきた。
頂点に君臨しているのは『勇者』羽鳥だ。もう一人が一ノ瀬晴香。なんと彼女は『賢者』だった。
自らカーストトップに立つ羽鳥とは違い、物静かな一ノ瀬は持ち上げられた結果らしい。元々責任感があって学校の成績もよかった彼女は、羽鳥の補佐的な立ち位置でクラスをまとめている。
今のクラスカーストは、ステータスの高さがそのまま序列に反映されている感じだ。
今後、クラスメイト達でパーティーを組む場合、どうしたって能力の釣り合う者同士で組まなければならなくなる。となれば、自然とこういう関係性になっていくようだ。
ステータスが最弱に偽装されている俺達は、もちろんクラスカーストの底辺である。
だからといって、被害を被ったりはしていない。
さすがに一週間程度では、今までの関係性もあって変なことにはならないようだ。
そんなこんなで、バタバタとした異世界生活も少し落ち着いてきていた。
さて響生の件になるが、運がいいのか悪いのか、同じクラスの中で、あいつだけが召喚されなかったらしい。
理由としてはまず、クラスの誰も響生を見ていないこと。随分前に教室に入っていた亜麻音や恭子ちゃんも同様で、響生が教室に入ってきたのは確認していないそうだ。
ホームルームの直前に教室に入ってきた葉渡先生も、遅刻ギリギリだった俺も、響生を目にしていない。
「……まあ、こんな面倒事に巻き込まれなかったのは、運がよかったんじゃない?」
「でも、クラスで一人だけ取り残されているっていう状況を考えると、少し寂しい感じです」
王城の図書室で二人並んで書物を読みながら、亜麻音と恭子ちゃんはそっと囁き合う。
「俺としては、響生が巻き込まれなくて安心したって気持ちの方が大きいんだけどさ、あれを見ると、ちょっとなぁ……」
二人に向かい合うように席についていた俺は、本で顔の下半分を隠しながら……少し離れた席で、本を読んでいるように振る舞っている、哀れな葉渡先生を見た。
心配そうに見つめる恭子ちゃんとは対照的に、亜麻音の瞳は呆れたものだった。
「あいつ、本当に響生のことが好きすぎるのよ。……バッカじゃないの?」
亜麻音の言う通り、葉渡先生は響生のことが、まあ、そう、好きなんだ……熱烈に。
それが恋愛感情なのかというと、正直よく分からない。
どちらかというと、甥っ子を猫可愛がり過ぎて周りに引かれている、と言った方がしっくりするようなしないような……なんとも表現に困る好意を響生に寄せているのが、葉渡先生だ。
先生と響生は父方の従兄弟同士で、響生に初めて会ったのは先生が十三歳、響生が四歳の時。
初対面を果たしたその時から、先生は響生の圧倒的保護者となり果てた。
つまり葉渡先生は、響生の最初の『犠牲者』なのである。
お姉さんホイホイこと真名部響生は、実のところ『年上ホイホイ』だったりする。
響生の容姿を一言でいえば、可愛いに尽きるだろう。小柄な体躯。サラリとした黒い髪。十六歳にしては顔立ちが幼く、わざわざ言わなくとも美少年である。
特に笑顔は一級品で、満面の笑みでも浮かべられた日には、俺でも一瞬ドキリとしてしまう。
……恋には落ちないぞ! その辺は間違えないように!
葉渡先生は、当時四歳の響生の笑顔に完全ノックアウトされてしまった。
一瞬のドキリでは済まされなかったのだろう。以来、先生の世界は響生を中心に回っている。
国内トップの大学を断トツの首席で卒業した先生が選んだ就職先は、響生が入学する高校だった。
響生が入学する一年前にその高校に着任し、圧倒的な能力を駆使して校内での信頼を勝ち取り、響生のクラスの担任を二年連続で獲得している。
響生の前では『いいお兄さん』を演じきっているので、校内で先生の実態を知っているのは、俺と亜麻音と恭子ちゃんの三人だけだ。当然、響生は知らない。
聞けば聞くほど恐ろしい情熱と執念である。知らない響生は幸せ者だ。
だが、必ずしも先生がおかしいと言い切れない。おかしいのは響生の方かもしれない。なぜなら、響生の周りには、葉渡先生のような熱烈な響生信者が結構いるからだ。
だが、響生自身はそんな事実を一切知らない。「大人はみんな親切だなぁ」とか思いながら、毎日楽しく生きている。
それが原因なのか、十六歳にしては響生は無垢で世間知らずだ。
一般常識はありそうに見えて実はない。感情表現が豊かな割に、他人の心の機微には疎く、先生に甘やかされている自覚も多分ない。
まあ、それらの理由には少々心当たりがある。
真名部響生は……同年代と仲良くなるのがへたくそなのだ。同年代の友人は今のところ俺と亜麻音と恭子ちゃんの三人だけ。
嫌われているわけではない。単純に興味を持たれていないのだ。不自然なほどに、周囲が響生に無関心だったりする。
年上を魅了する響生の笑顔も、同年代の者達にはこれっぽっちも効果がない。
無視されているわけではないので、話し掛ければ普通に会話は成立するし、校内で遊んでいれば混ぜてもらうこともできる。教科書の貸し借りだって……だが、それ以上関係が発展しない。
実際、俺達が話題に上げるまで、誰も響生が不在であることに気付いていなかった。
一応、響生が王女に監禁されている可能性も考慮して、召喚されたその日に、響生の不在を王女に訴えてみたが、知らないという返答をもらった。
おそらく嘘ではないだろう。
亜麻音の固有スキル『審美眼』は、俺が予想した通り、人間の心根の美しさを捉えることができるスキルのようだ。
例えば嘘や虚偽、隠蔽などの行為を『醜い』と認識し、道徳や倫理に反する行為も、同様に醜いと感じる。逆に心根の綺麗な人は美しく見えるらしい。
俺達に助けを求めている間、亜麻音には王女がそれはそれは醜く感じられたそうだ。だが、響生についての回答の際は、そういった雰囲気が一切なかったという。
そしてこの能力は、現在も大変重宝されている。
「……この本はダメね。どこもかしこも汚くてしょうがない。あてにしちゃダメよ」
亜麻音がそう言って俺達に見せてくれたのは、どうやらこの国の歴史書のようだ。
「誇張表現のオンパレードとかでしょうか?」
「どうだろう。真実が超捻じ曲げられているとか? 曲解表現が多いのかもな」
ステータスの向上も大事だが、この国を出ていくなら優先すべきは情報だ。
亜麻音の『審美眼』は書物の内容にも効果があり、情報収集に大いに役立っていた。
傾向的に国の歴史書や諸外国の情報に誤りが多いように見受けられる。
そういった書物は大抵主観的な物が多く、王国に結構都合よく書いているんだろうなぁってことが分かる。ただ、魔法書とか兵法書、辞典なんかは割と正確に記されていたので助かった。
クラスカースト最底辺の俺達は、戦闘訓練における待遇があまりよくない。
これも小説とかではテンプレなんだが、訓練の担当者がほとんど俺達のそばにいないのだ。
触りだけ教えたかと思うと、気が付けば他のクラスメイト達の指導に当たっているなんてこともしばしば。王女の指示なのか、本人の意思なのかは不明だが、明らかに期待されていないっぽい。
こっちとしては自由にやらせてもらえるので助かるのだが、ある程度は独学で学ぶ必要がある。
実際、ステータスを偽っているので、担当者にずっと見ていられると本気の訓練ができない。
そう考えれば、今の状況はなんだかんだで、俺達の希望に沿っているとも言える。
訓練場所は能力別に振り分けられるので、俺達の訓練が誰かの目に触れることはない。
情報収集に戦闘訓練。和気藹々と訓練をするみんなの裏で、俺達は着実にクリューヌ王国を出る準備を進めていた……憔悴気味の葉渡先生を除いて。
◆ ◆ ◆
異世界に来て四週間が過ぎた。たった一ヶ月で、俺達もかなり強くなった気がする。
現在のクラスの平均レベルは24。羽鳥はレベル29、一ノ瀬は28だ。
対する俺達の偽装平均レベルは15。弱いね! 実際には俺がレベル30で、亜麻音が26、恭子ちゃんが27で、葉渡先生は23だ。
先生は少々平均を下回っているが、響生ロスを考慮すればよく頑張ってくれている方だと思う。
俺達の哀しい進捗を知った王女が向ける視線には、はっきりと侮蔑の色が見て取れた。
どうやら俺達の『役立たずは追い出しちゃえ大作戦』は、順調に進んでいるようだ。
ラノベのテンプレの一つ――召喚された者達の中で一人だけ異常にステータスが低かったために、召喚主から追放されてしまう――をそのまま踏襲しちゃったこの作戦は、名前の通り、俺達の存在を役立たずだと認識させることで、王城から追い出されてしまおうというものだ。
二十八人も召喚したんだ。その中に四人くらい、役立たずが含まれてしまってもおかしくはないだろうし、その程度なら切り捨てても問題になるまい。
理想としてはそのまま放逐されることだが、場合によっては追放された後で追手を差し向けられて処刑されてしまう可能性もある。そこんところの舵取りに気を付けなければならない。
運のいいことに、クラス全員を『能力把握』で確認したところ、『鑑定』や亜麻音の『審美眼』のようなスキルを持っている奴は見当たらなかった。
これだけ人がいれば、鑑定士みたいな職業の奴もいたっておかしくないと思っていたが、どうやら杞憂だったようだ。
鑑定士は非戦闘職と呼ばれる職業で、俺達のような異世界人が非戦闘職に就いたなんて話は聞いたことがないそうだ。俺に『能力把握』があったのは幸運だった。
みんなとのレベル格差も随分開いたし、そろそろ王女に力不足を訴えて、ここを去ることを告げてもいいかもしれない。
「分かった、俺から王女に伝えてみよう。お前達が安全にここを離れられるよう説得してみるよ」
そろそろ作戦を実行しようかと相談したところ、先生がそんなことを告げた。
この言い方はまるで、先生は俺達に同行しないみたいじゃないか……。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜
まさき
ファンタジー
異世界転生した最強の金持ち嫡男、
専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活
現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。
しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。
彼は大陸一の富を誇る名門貴族――
ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。
カイルに与えられたのは
・世界一とも言える圧倒的な財力
・財力に比例して増大する規格外の魔力
そして何より彼を驚かせたのは――
彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。
献身的なエルフのメイド長リリア。
護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。
さらに個性豊かな巨乳メイドたち。
カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。
すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――
「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」
領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、
時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、
最強の御曹司カイルは
世界一幸せなハーレムを築いていく。
最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。
【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。