異世界巻き込まれ転移譚~無能の烙印押されましたが、勇者の力持ってます~

影茸

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1.ギルド編

第35話 覚悟

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 ー ダイウルフを引きつけてくれ。

 そう、その冒険者に言われた時、俺、パラスは思わず言葉を失った。
 当たり前だ。
 何せ俺は魔術師で、自慢ではないが体術に関しては何の自信もない。
 もちろん冒険者である以上、必要最低限の護身術は身につけてはいるが、だが必要最低限でしかない。
 普通のダイウルフ一体であれ、俺は互角に渡り合えるかどうか程度の実力しか持っていない。
 さらに目の前のダイウルフ達は明らかに通常でないほど強くて……

 けれども、その時俺の中にはその頼みを断るなんて選択肢はなかった。

 何故ならわかっていたのだ。
 この最悪の状況、それを引き起こしたのが自分であったことに。
 そして、その状況を唯一打開できるのが目の前の冒険者であることに……





 ◇◆◇





 俺がその冒険者、カケルに最初抱いていたのは暗い、憎しみにも似た感情だった。
 決してカケル本人に何かをされたわけでもない、けれども俺自身はどうしても彼を受け入れる気にはならなかった。
 何故なら彼は俺たちのギルドで、支部長を抜けば一番の実力者であるエイナを倒した人間だったのだから。
 エイナは俺たちの中では一番の実力者だった。
 数少ない元Bランクの冒険者で、そして人間的にも尊敬できる人間。
 そんな彼女にギルド職員の男子のほとんどは決して口にすることはなかったものの、想いを寄せていた。
 そしてだからこそ俺たちはカケルを受け入れられなかった。
 いや、それだけが原因ではない。
 もし、カケルがエイナに勝ったのが、ただの模擬戦であれば俺たちはここまでカケルに敵意を抱くことはなかっただろう。
 けれども、そのカケルとエイナとの戦闘を見ていた冒険者は口を揃えてこういうのだ。

 ……先に仕掛けたのは、激昂したエイナだったと。

 それは決して俺たちには信じられないことだった。
 当たり前だ。
 エイナは決して不当に人間を差別することはなかった。
 そして今まで冒険者で粗暴だと言われていた俺たちをギルド職員になるまで面倒を見てくれた人格者なのだ。
 だからこそ、俺たちはその冒険者の証言を信じようとはしなかった。
 いや、信じられなかった。
 全てはあの冒険者が悪いのだと、そう思い込んだのだ。

 それが真実だと思い込んで。

 それはどうしようもない考えだった。
 自分が信じたいものしか信じず、調べようともしなかった。
 もし、自分が疑問を覚えてカケルと少しでも話をすればそんな誤解は解けたかもしれない。
 けれども、一方的に彼を敵視していた俺たちはそんなことをしようとはしなかった。
 まだ、それだけだったら良かったかもしれない。
 けれども、さらに俺は自分の仕事にまでその関係を持ち込んだのだ。

 ーーー そしてそれがこの結果だった。

 目の前にいる森の悪魔と呼ばれるダイウルフの変異体に、しかも明らかにダイウルフの中でも逸脱した能力を有する二体のダイウルフ。
 これはあまりにも絶望的な状況だった。
 何せ、相手は長年ポイズンウルフであったようで、その毒はどれほどの被害を及ぼすか想像もできないのだ。
 しかし逃げようとするにも、追跡能力に長けるダイウルフ達相手には、逆にギルドまで呼び寄せてしまうのがオチだ。
 そしてそんな状況になり、ギルドが機能しなくなればどうしようもなくなる。

  「今まで本当にすまなかった……許せとは言わない。
その代わりに絶対に俺は役目を果たす」

 だから俺は覚悟を決めた。





 ◇◆◇






 俺を睨みつけるダイウルフ。
 彼らを相手取って俺が稼げる時間、それは決して多くはないだろう。
 もし、守りに徹すればダイウルフ達に倒されるまで時間を稼げるかもしれないが、そうすれば必ず一体はカケルの方に参戦する。
 そしてそうなれば唯一、ポイズンウルフを倒し得る手段を持つ切り札は使えないだろう。
 つまり、後は俺が倒されるか、カケルが倒されるか、それとも興奮したポイズンウルフの毒で死ぬかしかない。
 それ程までに現状は切迫していて……

 「我は願う」

 ーーー けれども俺は一つだけその状況を打開する手段を考えついていた。

 それは魔力の流れを読み取るという、魔獣の特性を利用した戦術だった。
 その特性を持った魔獣は、常に強大な魔術を発動しようとするとそのことをすぐに察知する。
 そして魔術師へと攻撃を仕掛けてくるのだ。
 それは常ならば非常に忌々しい能力で、けれども今だけは違った。
 魔術師である俺ならば、その特性を利用し、ダイウルフ達を引きつけることが出来るのだ。

 そう、自分の身を守ることを捨てれば。

 「ガルゥゥウ!」

 自分の持つ中で最大の魔術の詠唱を始めた俺に、ダイウルフ二体は反応して襲いかかってくる。

 「ぐっ!」

 腕と足に熱が走り、続き襲ってきた痛みに俺は肉がえぐられたことを悟る。

 「地と、風の神よ、」

 けれども俺は詠唱を止めなかった。

 「ガルゥゥウ!?」

 その俺の態度にダイウルフ達の様子に戸惑いが走ることがわかる。
 そして、俺はその様子に痛みを堪え笑みを浮かべた。
 俺の発動しようとした魔術、それはこんな攻撃され中断しない状態でも五分以上は最短でもかかる。
 そして、こんな状況で唱え始めれば俺は打つ前に死ぬことになるだろう。

 「風よ吹け、水を覆え」

 けれども、俺が死ぬまでの時間は確実に稼ぐことが出来る。

 そして、俺が大技を打つことがわかっている、分かってしまうダイウルフ達は俺が死ぬまでのここを去ることができない。
 けれども、俺が詠唱をしながら、それでも頭や喉という急所だけは必死に覆っているせいでダイウルフ達はトドメを刺すのに時間がかかる。

 絶対に、カケルがポイズンウルフを倒すまでの時間は稼いでやる!

 「……後はまかせろ」

 そう、誓う俺の耳に、そんな声が聞こえた気がした……
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