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第8話(ライルハート目線)

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 翌日、事前に連絡をせずに屋敷に訪れたにもかかわらず、アイリスは直ぐに俺のところにやってきてくれた。
 だが、俺はアイリスの姿を見た瞬間、喜びではなく罪悪感を覚えることになった。

 「アイリス、突然来て悪いな」

 アイリスは、俺の想像以上に疲れを覚えている様子だった。
 この様子では、俺が来たことがアイリスの負担になるかもしれない。
 衝動に任せて屋敷まで来てしまったことを、俺は後悔する。

 「大した用がある訳ではないのだが、少し顔が見たくなってな。予定があれば直ぐに帰る」

 けれど、その後悔も俺の姿を見て、アイリスが浮かべた笑みを見るまでだった。

 「いえ、特に予定なんてありませんわ」

 その時、アイリスが俺へと浮かべた笑顔は花が開いたかのような可憐なものだった。
 その笑顔は俺を本当に歓迎しているからこそのもの、それを理解できたからこそ、俺は平静を保つのに苦労することになった。

 気を抜けば、直ぐに顔に血が集まってきそうで、だがそんな情けない姿をアイリスに見せるわけにはいかなくて。

 「それなら良かった」

 ……必死に表情を保つ俺には、そう簡潔に返答するだけが精一杯だった。

 「茶菓子を持ってきた」

 俺の今回の目的は、アイリスに癒されることではなく癒すことだと、何とか心を落ち着けた俺は、手土産のケーキを取り出した。

 「………え」

 アイリスの微笑みが崩れたのは、その時だった。
 その変化の理由さえ知りながらも、あえて俺は何も気づかない振りをして、中身を取り出す。

「……私は以前、贈り物に茶菓子は控えてくれとお願いした気がするのですが」

 もちろん、俺はその事をおぼえている。
 しかし俺は、アイリスに安らぎを覚えて欲しい一心で、この屋敷に来ている。
 だからこそ、あえて心を鬼にしてアイリスの要望を、俺は忘れたふりをしていた。
 ……このケーキを食べるアイリスの顔、それが見たいという気持ちかは皆無ではないが。
 そんな邪念をおくびにも出さす、俺は口を開く。

 「ああ、そうだったか。だったら俺が一人で食べるから気にするな。……まあ、無理だろうがな」

「それが分かっているなら、持ってこないでください!」

 アイリスは、そう叫んだあと半泣きでケーキを食べ始める。
 その可愛すぎる姿に、俺は必死に頬が緩むのを堪える羽目になった。
 その感情を、肩をすくめるだけで堪えきったのは、我ながら良く頑張ったと言えるだろう。
 俺は、ケーキを口に運びながら、自分の努力を褒め称える。

 その間に、いつの間にかアイリスは、今まであれだけ嫌がっていたのが嘘のような笑顔でケーキを頬張っていた。

 「んん~!」

 思わずと言った様子で、至福の声を漏らすその姿に、俺は堪えきれず小さく笑みを浮かべてしまい、慌てて顔を俯かせる。
 今まで、俺にとって嫌悪の対象だった前世の記憶だが、笑顔で俺の作ったケーキを食べるアイリスを見るときだけは、嫌悪の感情が薄れる。
 アイリスを笑顔にすることができるこのケーキを作れること、それだけは評価してもいいんじゃないかと。

 アイリスと過ごす時間、それは俺にとって至福の一時だった。
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