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元令嬢、受付嬢を抱きしめる

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 「………すいませんでした。何で貴女みたいな人に襲いかかろうとしたのか今ではわかりません。俺なんかが相手をして貰えると思ったことが信じられません。生きててすいませんでした……」

 1時間後、そこにいたのはバルドと瓜二つの姿をしながらぶつぶつと何事かを謝罪する男だった。
 ……いや、元バルドだった男の名残とでも言うべきか。
 そしてそのバルドの姿をテミスだけが1人酷く同情的な視線で見つめていた。
 
 「すいません……そうですよね。俺なんか薄汚い人間生きてたら迷惑ですよね……」

 「……完璧に心が折れてますね」

 目の前で手を振ってもただ謝罪を繰り返すだけの存在となったバルドに思わずテミスはそう漏らす。
 
 「そう?」

 だがそのテミスの態度に対してラミスが浮かべたのは疑問だった。

 「私はただ、ヴァリスにこうすれば男は萎えますぜって教えて貰ったことを言っただけなんですが……」
 
 確かに、テミスの言った言葉、それは普通の人間が言うだけならばある程度傷付く、その程度で済むだろう。

 だが言う人物が絶世の美女で、さらに見下されながら話は変わる。

 それは変わった趣味のある人ならば喜ぶかもしれないが、だが、それ以外の人は心が折れる。
 そしてバルドは何かおかしな性癖に目覚めることなく、無事に心が折れたのだろう……
 
 「……まぁ、でも淑女として次からはあんな言葉を使うことはやめて下さいね」

 「でも、直接的な言葉は……」

 「それでもです!」

 テミスはその時のことを思い出してそうラミスに告げる。
 その顔には隠しきれない恐怖が浮かんでおり、ラミスは小首を傾げる。
 テミスは無自覚なラミスに一度きちんと注意しようと口を開いて、
 
 「あ、あの!」

 だがテミスが口を開く前に1人の少女の声がその2人の会話を遮った。

 「っ!」

 その声の主、受付嬢の少女はラミス達の視線が自分に集中した瞬間、身体をびくりと反応させる。
 そして受付嬢の顔には隠しきれない緊張が浮かんでいた。
 だがそれでも恐怖を抑え込んで彼女は頭を下げた。

 「本当にすいませんでした!」

 騙してしまったラミス達への罪悪感と、

 そしてバルドをあっさりと退けたラミス達の怒りが自分に向くかもしれないという対する恐怖が宿っていた。

 「私はお二人を騙しました……」

 だがそれでも、受付嬢は口を開いた。

 全て、それこそラミス達が知らなかった脅しの内容を全て赤裸々に語ってゆく。
 
「本当にごめんなさい!決して許してもらえるとは思っていません!でも、それでも弟達だけは……」

 そして最後には受付嬢の少女の目には涙が浮かんでいた。
 それは罪悪感からのものではなく、明らかにラミス達への恐怖からで、実際にそれだけの内容の話を彼女は打ち明けていた。
 受付嬢の話は、幾ら家族をそれも年下の弟と妹を人質に取られていたとしても、それでも許すことのできそうにない、そんな話だった。

 「ひっ!」

 そして全ての話を聞いたラミスは無言で受付嬢に近寄る。
 ゆっくりと一歩ラミスが近づいただけで受付嬢は押し殺した悲鳴を漏らす。 
 けれども彼女は決して自分から下がろうとはしなかった。  
 目を閉じて、がたがたと震えながらもそれども彼女は歯を食いしばって耐えて。

 「本当に馬鹿ですわね。貴女は」

 「なっ!」

 ーーー そしてその少女の身体をラミスは優しく抱擁した。




 ◇◆◇




 「やめて下さい!」

 受付嬢の少女は最初ラミスに抱きつかれ、何が起きたのか分からないというように目を白黒させていたが、直ぐにそう言ってラミスを押し退けようとする。 
 ラミスに対する申し訳なさと、そして罪悪感が浮かんだ目で彼女はラミスの抱擁を拒絶する。

 「これぐらいで腹をたてるならそもそもこんな所に来てませんわ」

 だが、それでもラミスが少女の身体を話すことはなかった。
 それどころか、さらに強く少女の身体を抱擁する。

 「あっ、」

 そして少女もいつの間にか自分がラミスに抱きしめられることに安心感を覚えることに気づいていた。
 それは今まで必死に家族を救うために頑張っていた疲れが出たからか、それともラミスの優しい声に安心してしまったからか彼女は判断できなかった。
 ただどうしようもなく暖かい感情が胸から溢れ出て来て、涙が溢れ出しそうになる。

 「如何して許せるんですか!」

 だが、それでも彼女はその暖かさに身を委ねるわけにはいかなかった。
 その暖かさに身を委ねる資格を自分が持っていないことを少女は知っていた。
 何故なら、幾ら家族のためとは言えそれでも絶対に他人してはならないことを少女はラミスに、他ならぬ恩人に対して犯してしまっていて、そんな状況でさらに甘えることなど出来るはずがなかったのだ。
 
 「何で、ですか?」

 だが、その少女の怒鳴り声にラミスが浮かべたのは困惑の表情だった。
 何を言っているのか分からない、そう言外に告げるラミスの表情に少女は疑問を覚える。

 「えっ?」
 
 「私は、貴女を恨んでもいませんよ」

 だが次の瞬間、その疑問は吹き飛んだ。
 ラミスの告げた言葉、その意味がわからなくて少女は目を2、3度瞬く。

 「はっ?」

 そして酷く間の抜けた声を漏らした……
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