悪役令嬢は大精霊と契約を結ぶ

影茸

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悪役令嬢は精霊と出会う

11.隠し部屋 Ⅲ

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 私、アリスには1人の弟がいる。
 その名はマイル・アストレア。
 男であるのに、その容姿はまるで女の子のような可愛らしい弟。
 
 「マイルだっけ、あの子泣いてたわよ。貴女が婚約破棄されたことを気に病んでね!」

 「っ!」

 そしてマイルを私が傷つけたということは本当だった。
 今の現状を見てあの心優しいマイルが気に病まない訳がない。
  そして自分のせいで姉が気に病むだろうとも私は分かっていた。

 自分の一言で姉が酷い目に遭っていると、そう勘違いして。

 「酷い姉ね」

 「くっ!」

 それを知りながら私は婚約破棄を受け入れた。
 一切の弁明の機会を捨てて。
 決して私が今こんな目に遭っているのはマイルのせいでは無い。
 あの王子のせいと、そして私自身がアストレア家の人が傷つくことに耐えられなかった、ただそれだけなのだ。
 だが、そんなことを一切考えずマイルは今も苦しみ続けているだろう。
 いや、マイルだけでは無い。
 どうしようもない現状でありながらそれでも私を救おうとしている父も。
 さらにはアストレア家の人々全員が私を思って苦しんでいるかもしれない。
 それくらい、アストレア家の人々は優しく自分を傷つけやすい。
 1番悪いのは王子だ。
 それは絶対に変わらない。
 そう私は確信している。

 だが、それでもある1つの考えが、罪悪感を伴ったその後悔が頭から離れないのだ。

 「でも、アストレア家の人達が苦しむことを、それも罪もない自分を責めて苦しむことを知りながら、この現状を引き落としたのは、私だ……」

 その言葉は私の懺悔。
 本当に謝りたい人間には届くはずのない、自己満足に塗れた謝罪。

 「あはっ」

 「っ!」

その言葉は決して大きな声では無かったが、メリーがはっきりとその言葉を聞いていたことを、私は彼女の顔に浮かぶ笑みを見て悟る。
 
 そしてそれはあまりにも致命的な隙だった。

 「そうねぇ、私がそんな罪深い貴女に罰を与えてあげましょう」

 私の弱みを知ったことにより、揺るがない優越感を得たメリーの顔が嗜虐的に歪む。

 「純潔を、ここで散らせ。売女!」

 「長ったらしい言い合いで肩が凝ったぜ。ようやく、俺の出番か」

 「なっ!」

 メリーの言葉に今まで黙っていた男が反応して、私の身体を欲望に満ちた視線で舐め回す。
 そしてその時になってようやく私は悟る。

 つまり、この男は私の処女を奪うためにメリーが連れてきた人間なのだ。

 「いやぁぁぁぁぁぁ!」

 そしてそのことを悟った瞬間私はメリー達に背を向けて走り出した……

 
◇◆◇


 「はぁ、はぁ、」

 恐怖と焦燥で息がよく吸えない。
 そしてそのせいか、それとも全力で走っているせいか目の前が歪む。
 
 「おいおい、もう体力の限界かい?」

 だが後ろから聞こえる男の声には一切の疲労が感じられなくて私の顔が屈辱に歪む。
 私はこの王国の英雄の娘としてある程度鍛えられている。
 だがそれはある程度でしかない。
 後ろから追いかけてくる男のような明らかに身体を鍛えている人間に勝てるわけが無いのだ。
 今もまだ男に捕まっていないのは男が私を弄んでいる、ただそれだけの理由なのだ。
 つまり男が本気を出せば私は直ぐに追いつかれる。
 そして男は私を追いかけるということに興味を失えば直ぐにこの追いかけっこを止めるだろう。
 私はそれまでに男の意表を突いて逃げ切らなければならないのだ。

 ー どうして、私は逃げているの?

 だがふと私の朦朧とした頭にある疑問が浮かんだ。
 確かに今ここにはアストレア家の護衛はいない。
 王宮まではアストレア家の護衛は付いていないのだ。
 そしてさらに今私がいる場所はほとんど人が来ない場所。
 つまり、誰かに助けてもらう可能性など殆どなく、私自身の手でこの状況をどうにかするしか無い。

 しかし、私の言っている問題はそこでは無かった。

「どうして、私は、逃げてるの?」

 そう、アストレア家の護衛に気づかなかった時の私は既にこんな目にあうことを覚悟していた。
 婚約破棄され、そして名誉が地に堕ちた私はそんな目にあうのは決しておかしなことでは無い。
 そのことを知った上で覚悟を決めていた。
 
 いや、それが罰だと思っていた、そういうべきかもしれない。

 父が、マイルが、そしてアストレア家の人々が自分を愛してくれていたことを私は知っている。
 そしてそれだけに私を助けられないことを嘆き必死に私を助ける方法を考え、動かない状況に自分を責めていることを。
 皆、本当に優しい私の自慢の家族なのだ。
 
 こんな状況になれば決してあの人達が悪いわけでは無いのに、自分を殴りつけなければ気がすまなくなってしまうほどに。

 「っ!」

 そしてそんな状況を引き起こしたのは私だった。
 もしかしたら王国との戦争を起こした方が良かったのかもしれない。
 少なくともマイルと私以外の皆はそのことを望んでいただろう。
 
 だが、私はそれに耐えられなかった。
 
 だから皆が苦しむことしかできない最悪の選択を下した。

 「はぁ、はぁ、」

 そしてその選択を下した時に私は皆を裏切ったのだ。
 私に守られることなんていらず、逆に傷つくかもしれない、そんな強い人達であることを知りながらその選択を下したのだ。

 いつか償いをしなければならないという覚悟を決めながら。

 「来ないで!」

 「はは!いい悲鳴を上げるなぁ!」

 だが、今私は全力で逃げていた。
 頭の中に自分の行動に対する疑問が溢れる。
 だけどなんで逃げているのか、本当は分かっていた。
 もし、私が今純潔を失えばアストレア家の人々に父やマイルは私に泣きながら謝るだろう。
 助けられなかったというそのことを。
 そして私はそんな表情が見たく無いのだ。
 もうこれ以上、皆を苦しめたく無いのだ。

 ーーーそう、私は未だ皆と暮らせる日が来ることを望んでいるのだ。

 「は、はは、」

 自分で壊しておきながら、それでもそのことを望んでしまう自分の浅ましさに私の口から乾いた笑声が漏れる。

 だが、それでも私は逃げるのをやめれなかった。

 「っ!」

 「くそっ!」

 今まで真っ直ぐ走ってきたのに、突然つぎの曲がり角を曲がる。
 そして一瞬男の目が離れた隙に部屋の中に隠れようとして、

 「この、くそアマが!」

 「きゃっ!」

 あっさりと捕まった。
 
 「テマァ掛けさせやがって!」

 男の目には私に意表を突かれたことが気に入らなかったのか、私に対する憤怒が籠っていた。
  
 「や、やめて!」

 そしてその目を見て私は悟る。
 もう、私はこの男に犯されるしか無いのだと。
 私の抵抗はなんの意味も無かったのだと。
 そして私の目に絶望が浮かび、男が嗜虐的に笑う。

 「あははは!そうだ!その目がそそるんだ……あぎゃっ!」

 「えっ、」

 ーーーだがつぎの瞬間だった。

 何なのか分からない、それでも何かが男にあたり、突然白目をむいて意識を失ったのだ。

 「煩いな。せめて別の場所でやってくれないか?」

 「っ!」

 そして突然響いてきた耳障りの良い若い男性の声に私は弾かれるように振り返る。

 「何だ?」

 すると、そこには檻に囚われた人間離れした美貌を誇る青年の姿があった……
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