離縁寸前、夫が記憶喪失だと騒ぎ始めました

影茸

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第九話

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 私はその言葉に何も言わない。
 けれど、それを無視してカルバスは続ける。

「このようなことを離縁される奥様に頼むのは非常識であると重々承知しております。……しかし、このままだと子爵家は運営さえできません」

 そうつげ、顔を上げたカルバスの表情に浮かぶのは、哀切さえ感じる表情だった。
 私は、それを一瞥した後顔を逸らす。

「本当に勝手ね。私がその話を聞く理由がどこにあるの?」

「……ですが、このままでは本当に子爵家が消えてしまいます。先代子爵家夫人が築きあげてきた子爵家そのものが」

 顔をそちらに向けもしない私に、カルバスは必死で言葉を重ねる。

「お願いいたします! 四ヶ月、いえ三ヶ月でいいのです。今の旦那様の状態でも子爵家を運営できる基盤さえできれば!」

 そう言い募るカルバスを無視し、私はゆっくりと外に歩いていく。
 もうすぐ来るはずの馬車の方へと。

「奥様、どうか……」

 その最中、必死においすがってくるカルバスを私はいらだちを隠さずに鞄をカルバスに投げつけた。

「……っ」

 想定外の事態に、カルバスは呆然と私の方を見ている。
 それを睨みつけながら、私は怒りを必死に押さえていた。
 本当なら、私はこの場でカルバスを殴りつけてここから去りたかった。
 けれど、私は理解していた。

 ……もう、それですむ段階は越えたことを。

 だから私は、必死に怒りを抑えながら告げる。

「一ヶ月よ」

「っ!」

 希望に輝くカルバスの目に、私の怒りはさらに膨れ上がる。
 しかし、それを必死にこらえながら私は続ける。

「今からは私がこの屋敷の主よ。そのことを忘れないで」

「は、はい!」

「他の使用人にもそのことをきつく言い聞かせなさい。私は商会に、話が変わったことを話しにいきます。鞄の中身は片づけておきなさい」

 それだけ告げると、私は馬車に乗り込む。
 その瞬間、ようやく私は一人の場所で、感情を露わにできるようになる。

「商会に早くいきなさい」

 ……そう御者に告げた私の顔に浮かぶのは、隠す気のない怒気だった。



 ◇◇◇


 思ったより早くかけたため、今日まで2話更新に変更させて頂きます!
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