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第十話 (カルバス視点)

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 嵐のように去っていったカーナリア。
 その背を見て俺、カルバスは笑いを隠すの必死だった。
 表面上はそれを必死に押さえ込み、残っている使用人達に告げる。

「……奥様の言葉にはもう反抗するな。今はあの方が、子爵家の生命線だ」

 それだけ告げると、俺はさも意気消沈した様子を装いながら、その場を後にする。
 そして俺が足を向けたのは、当主であるソルタスの私室だった。
 一回だけノックをすると、俺は扉の向こうの人間の反応を気にすることなくあける。

「……カルバスか」

 次の瞬間、部屋の中にいたのは疲れた顔をしたソルタスの姿だった。
 そこには、先ほどの錯乱した様子は微塵も残っていない。
 その姿に俺は思わず笑いながら告げる。

「──さすがの名演でしたよ、旦那様」

 そういいながら、俺は小瓶を懐から取り出す。
 人を数年記憶喪失にする薬、アルドの秘薬の中身が入った小瓶を。

 ……そう、実際のところソルタスは秘薬を飲んでおらず、記憶も失っていなかった。

「旦那様に飲んでいただく必要はありませんでしたね。これで、もう子爵家は安心です」

 そういいながら、私は昨日のことを思い出す。
 離縁に衝撃を受けるソルタスに、この作戦を話した時のことを。

 その時のソルタスの衝撃の受けようはあまりにも大きかった。
 薬を飲むことは頑として否定してきた程に。

 その時はいらだちのあまり殴りつけたくなった程だが、今の状況になっては悪くない選択だと俺は会心の笑みを浮かべる。
 こうすれば、俺はソルタスと話を合わせて、カーナリアをはめることができる。
 そう笑いを隠せない俺に、ソルタスは恐る恐ると言った様子で口を開く。

「……これで、カーナリアは騙せたのか?」

「ん? いえ、そんな訳ないでしょう?」

 その言葉に俺は思わず半笑いになる。
 確かに、ソルタスの演技は徹底的に俺がたたき込んだものだし、使用人にもすべてを黙っている念の入りようだ。
 けれど、あのカーナリアを騙せたとは俺は思っていなかった。

 ……全ては、想像していたよりもカーナリアが遙かにやり手だったが故に。

 昨日のことを思いだし、愉快な気分が一瞬きえる。
 そう、本来ならばこんな奥の手を使うことなどなかったはずだった。
 そのためだけに俺は準備してきたのだから。
 それを全て、カーナリアは利用し、突破してきた。
 そんな相手にこんな中途半端な作戦が通じたとは思えない。

「おそらくあの女の認識は、記憶喪失が嘘だと確定できない。もしくは嘘だとほぼ理解している、といったところでしょう」

「っ! ならまずいのではないか!」

「いえ、大丈夫ですよ」

 そういって俺は笑って告げる。

「全てを知った上で、あの女は一ヶ月残ると決めたのですから」

 その全てを理解した上で俺は笑う。
 あの傲慢な女は気づいていないだろう。
 その決断がどれだけ致命的は判断であるかを。

「その一ヶ月さえあれば、あの女を子爵家に縛りつけることなど容易にできる」
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