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第二十二章
「気になるのか?」
「ええ、少し」
馬車に乗り込み門扉を抜けて、通りに出る時になってもクローディアは窓の外を見ていた。目に映る風景が変わっても、最後に目にした光景が思い出された。
玄関ホールからこちらを見送る小さな影。
両脇には、家令と執事、侍女頭に侍女たちが控えていた。その中央にいた頭二つほども小さな姿。
玄関ホールを出るときに、アンネマリーはいつものアンネマリーだった。
真っ白な肌に青い瞳が浮かんで、いつだかビスクドールのようだと思ったときのように、年齢よりも落ち着きのある大人くさい顔をした。
だがクローディアには、その瞳が揺れて見えた。
一人っきりが当たり前の暮らしに長くいたのに、ほんの数ヶ月前、異物のようにクローディアが加わった。それを彼女は案外すんなり受け入れた。
今ならわかる、アンネマリーの気難しさや不器用さ。初めて会った時にはこちらも気が張っていたのが良かったのか、クローディアは注意深く接したつもりだったが、繊細な彼女について、あまり深く考えていなかった。
夫が社交に出ないのを良いことに、クローディアは日中を邸に籠もることが多い。いつの間にかアンネマリーは、そんなクローディアの側にいた。
「あの子は余計なお喋りをしないから、」
淋しいだなんて、決して言わないのだ。
「そうか?君とはよく話しているじゃないか」
ええ?あれで?
お喋りなリリベットに慣れていたから、アンネマリーのお喋りなどお話にならないと思っていたのだが、ああ、目の前の夫こそ無口の代表選手だと思い至った。
「?」
クローディアが何も返答を返してこないことに、ローレンスは不思議そうな顔をしたが、放っておいた。
元々が子爵家であったフォーウッド邸は、貴族邸のうちでも下手に位置しており、王城まではそれなりに時間を要する。
クローディアは気持ちを切り替え、これから挑む舞踏会のことを考えた。
久しく社交場に出ていなかった。最後に出た時は、クラウスが存命だった。ほんの一年でクローディアの世界は変わって、目の前の精悍な、九つも年上の夫の後妻になっている。
これから向かう先が、まるで敵陣のように思えた。
王都ならどこにいても見える白亜の尖塔。あそこには、今頃は父も義母もいるのだろう。クラウスの生家の家族も揃っている。なにより、ローレンスとの婚姻を勧めた国王と、クラウスが命を懸けて心を寄せたセリーヌ王女がいる。
彼らと対面するのは気構えが要った。久しぶりの社交であるから、ローレンスは挨拶回りで忙しいのは容易く想像できて、クローディアは身の置きどころについてを思案した。
学園を卒業してから親しく交流する友人はいない。元々少ない友人たちも、既に貴族家の夫人となっている。その内の、誰か一人くらいと会えたなら、少しは気が紛れるかもしれない。
悩ましいクローディアの胸の内を余所に、ローレンスは我関せずという顔をしていた。
彼にしても、前妻やアンネマリーとの経緯がある。だが、十年の年月はそれらを確実に薄めているだろうし、彼には自ら得た武功がある。
煩がられるかもしれないが、彼の後ろを付いて歩こうか。だが、男性には男性だけの付き合いがある。
クローディアは、考えても埒のあかないことを考え過ぎて煮詰まった。
王城に着く頃にはとうとう覚悟が決まって、壁の花になりながら王城の珍しい料理を楽しもうと開き直った。
「君に言っておきたいことがある」
「なんでしょう」
神妙な顔をしたローレンスに返事をすれば、彼はなんとも言い難いような様子を見せた。
「ダンスは駄目だ」
「承知しました。誰とも踊りませんわ」
「いや、そうではない」
てっきり、夫以外の男性と踊らないようにということなのだと思ったが、ローレンスは意外なことを口走った。
「苦手なんだ」
「え?」
「ダンスは踊れないんだ」
彼は長く勇ましい騎士であったし、あの大きな軍馬を容易く乗り熟す。運動神経なら近衛騎士だって彼には敵わないだろうと、若干近衛を見下すことを考えて、え?ともう一度思い直した。
「旦那様、音痴なのかしら。その、リズム感が駄目だとか」
「壊滅的だ」
思いもしなかったローレンスの弱点に、思わずクローディアは笑い出してしまった。
「ふふ、ふ……あははは」
「失敬だぞ」
いや、ほんとそうだ、ごめんなさい。
だが、一度笑ってしまうと止められない。
「君、笑い上戸だったか」
それは嫁いでから気がついたことだった。どうやらクローディアは、一度笑いに嵌まると抜け出せないらしい。そうか、あの無口な娘とこの無口過ぎる夫と暮らして、クローディアはこんな風に笑っているのだと気がついた。
滲む涙をハンカチで押さえて漸く笑いが収まった頃には、王城の門前に着いていた。
「お任せ下さい、旦那様。私、立派な壁の花になりますから」
「ん?何を言っている?」
「旦那様がご挨拶をなさっている間、王城のご馳走を端から端まで堪能致します」
「は?君には側に居てもらわねば困るんだ」
「それは……」
「私は、社交がキライなんだ」
物凄く偉そうに言い放ったローレンスに、クローディアは折角収まった笑いが復活しそうになった。
眦が心做し紅く見えるこの夫から、引っ付き虫のように離れてやるものかと、そう思った。
「ええ、少し」
馬車に乗り込み門扉を抜けて、通りに出る時になってもクローディアは窓の外を見ていた。目に映る風景が変わっても、最後に目にした光景が思い出された。
玄関ホールからこちらを見送る小さな影。
両脇には、家令と執事、侍女頭に侍女たちが控えていた。その中央にいた頭二つほども小さな姿。
玄関ホールを出るときに、アンネマリーはいつものアンネマリーだった。
真っ白な肌に青い瞳が浮かんで、いつだかビスクドールのようだと思ったときのように、年齢よりも落ち着きのある大人くさい顔をした。
だがクローディアには、その瞳が揺れて見えた。
一人っきりが当たり前の暮らしに長くいたのに、ほんの数ヶ月前、異物のようにクローディアが加わった。それを彼女は案外すんなり受け入れた。
今ならわかる、アンネマリーの気難しさや不器用さ。初めて会った時にはこちらも気が張っていたのが良かったのか、クローディアは注意深く接したつもりだったが、繊細な彼女について、あまり深く考えていなかった。
夫が社交に出ないのを良いことに、クローディアは日中を邸に籠もることが多い。いつの間にかアンネマリーは、そんなクローディアの側にいた。
「あの子は余計なお喋りをしないから、」
淋しいだなんて、決して言わないのだ。
「そうか?君とはよく話しているじゃないか」
ええ?あれで?
お喋りなリリベットに慣れていたから、アンネマリーのお喋りなどお話にならないと思っていたのだが、ああ、目の前の夫こそ無口の代表選手だと思い至った。
「?」
クローディアが何も返答を返してこないことに、ローレンスは不思議そうな顔をしたが、放っておいた。
元々が子爵家であったフォーウッド邸は、貴族邸のうちでも下手に位置しており、王城まではそれなりに時間を要する。
クローディアは気持ちを切り替え、これから挑む舞踏会のことを考えた。
久しく社交場に出ていなかった。最後に出た時は、クラウスが存命だった。ほんの一年でクローディアの世界は変わって、目の前の精悍な、九つも年上の夫の後妻になっている。
これから向かう先が、まるで敵陣のように思えた。
王都ならどこにいても見える白亜の尖塔。あそこには、今頃は父も義母もいるのだろう。クラウスの生家の家族も揃っている。なにより、ローレンスとの婚姻を勧めた国王と、クラウスが命を懸けて心を寄せたセリーヌ王女がいる。
彼らと対面するのは気構えが要った。久しぶりの社交であるから、ローレンスは挨拶回りで忙しいのは容易く想像できて、クローディアは身の置きどころについてを思案した。
学園を卒業してから親しく交流する友人はいない。元々少ない友人たちも、既に貴族家の夫人となっている。その内の、誰か一人くらいと会えたなら、少しは気が紛れるかもしれない。
悩ましいクローディアの胸の内を余所に、ローレンスは我関せずという顔をしていた。
彼にしても、前妻やアンネマリーとの経緯がある。だが、十年の年月はそれらを確実に薄めているだろうし、彼には自ら得た武功がある。
煩がられるかもしれないが、彼の後ろを付いて歩こうか。だが、男性には男性だけの付き合いがある。
クローディアは、考えても埒のあかないことを考え過ぎて煮詰まった。
王城に着く頃にはとうとう覚悟が決まって、壁の花になりながら王城の珍しい料理を楽しもうと開き直った。
「君に言っておきたいことがある」
「なんでしょう」
神妙な顔をしたローレンスに返事をすれば、彼はなんとも言い難いような様子を見せた。
「ダンスは駄目だ」
「承知しました。誰とも踊りませんわ」
「いや、そうではない」
てっきり、夫以外の男性と踊らないようにということなのだと思ったが、ローレンスは意外なことを口走った。
「苦手なんだ」
「え?」
「ダンスは踊れないんだ」
彼は長く勇ましい騎士であったし、あの大きな軍馬を容易く乗り熟す。運動神経なら近衛騎士だって彼には敵わないだろうと、若干近衛を見下すことを考えて、え?ともう一度思い直した。
「旦那様、音痴なのかしら。その、リズム感が駄目だとか」
「壊滅的だ」
思いもしなかったローレンスの弱点に、思わずクローディアは笑い出してしまった。
「ふふ、ふ……あははは」
「失敬だぞ」
いや、ほんとそうだ、ごめんなさい。
だが、一度笑ってしまうと止められない。
「君、笑い上戸だったか」
それは嫁いでから気がついたことだった。どうやらクローディアは、一度笑いに嵌まると抜け出せないらしい。そうか、あの無口な娘とこの無口過ぎる夫と暮らして、クローディアはこんな風に笑っているのだと気がついた。
滲む涙をハンカチで押さえて漸く笑いが収まった頃には、王城の門前に着いていた。
「お任せ下さい、旦那様。私、立派な壁の花になりますから」
「ん?何を言っている?」
「旦那様がご挨拶をなさっている間、王城のご馳走を端から端まで堪能致します」
「は?君には側に居てもらわねば困るんだ」
「それは……」
「私は、社交がキライなんだ」
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