23 / 48
第二十三章
「元気そうであるな。フォーウッド伯爵」
国王陛下の御前で跪き頭を垂れるローレンスと並んで、クローディアもカーテシーで礼を取った。
面を上げることを許されてからも視線は伏せたまま、クローディアはローレンスが挨拶の口上を述べるのに合わせて俯き加減で息を殺していた。
クローディアが国王とこれほど近くで対面するのはデヴュタント以来のことで、こんな時に臆することなく嘗ての騎士らしい堂々とした態度を示せるローレンスは素晴らしい。
国王がローレンスに労いの言葉を掛けて、それからクローディアに目を向けたのを雰囲気で感じ取った。
「睦まじい様子であるな」
どちらに向けて言ったのか、国王の言葉に再び頭を垂れて、それでお目通りは終いとなった。
まだ気を抜けぬまま、御前を辞する際に、斜め前にいたセリーヌ王女と視線が合った。
学年は王女のほうが一つ下であるが、彼女とは、ほんの数ヶ月前まで同じ学園に通っていた。
セリーヌ王女は、クローディアを学園のどこかで見たというくらいには認識していたのだろう。それからローレンスを辿って、彼の娶った妻の経緯を遡り、そこで漸くクラウスを思い出したようだった。
最後の最後、クローディアが後退してその場を去る時になって、ほんの僅か「ああ」というような表情を浮かべた。
クラウスは、今の今まですっかり忘れ去られていたのだろう。セリーヌ王女に罪はない。全てはクラウスがそうしたくてやった事で、セリーヌ王女は何一つ彼には望んでなどいなかった。
それでも。クローディアはクラウスを憐れに思った。貴族に生まれるには直情過ぎた嘗ての婚約者を、今だけは自分くらいは思い出していようと思った。
耳元で、セリーヌ王女への思慕を語った彼の言葉が繰り返されるようで、それがまるでクローディアの肩口からクラウスがこちらを覗いて囁くようにも思えた。
彼の魂が、いつか癒えればよいと思った。
「旦那様、緊張なさいませんの?」
「何故」
「陛下の御前でしたのよ?」
「ああ」
王家への挨拶を終えて、ほっとしたところでローレンスに尋ねれば、彼はなんともなかったというような顔をした。
「敬意はある」
「当たり前です、陛下です」
「感謝はある。君との縁を結んで頂いたからな」
拾われたのはクローディアのほうだ。それは自分のほうだと言いたかったが、なんとなく言いそびれてしまった。
王族がダンスを披露して、貴族たちが後に続くように踊り始めた。
「ダンスは駄目だ」
「わかってます」
通りかかった給仕から飲み物を受け取り、二人で華やかな様子を暫し眺めていた。
「旦那様。そろそろご挨拶はなさらなくても宜しいの?」
「別に。出会ったところで挨拶すれば良かろう。こちらから探すのも、どうもなぁ」
それは確かなことだと思った。この夫が器用に立ち回るとは想像できない。それよりも、黙っていても人目を惹く彼を、周りのほうこそ放っておかないだろう。
案の定、ローレンスは次々と貴族らに声を掛けられた。新妻のクローディアもその度に挨拶をして、二人とも社交上手ではないから、すっかり草臥れてしまった。
ローレンスは、クローディアに生家のことを尋ねなかった。本来なら、こちらから挨拶に向かうべきところであるが、彼は何も言わなかったしその気も無いようだった。
彼のそういうところをクローディアは信頼できている。ローレンスは肝が据わっており、些細なことに動じない。
学生時分から様々な中傷や噂に晒され、幾度も戦地に身を置いてきた彼は、厚い筋肉を纏う身体とともに精神も全く揺らがない。
誰かの側にいて安堵を覚える感覚は、長らく忘れていたものだった。一度思い出してしまうと、もう手放せそうにはなかった。孤独には強いほうだと思っていたが、今のクローディアにはその自信がない。
なぜなのか、そこでクローディアは海を思い浮かべた。ローレンスは海だと思った。
クローディアは海を見たことがない。だが、物語で読んだ海とはみんな、広く豊かで果てしない。海の向こう側には新天地があって、冒険者は皆、海の向こうを目指して大海に乗りだす。
「旦那様」
「ん?」
「海をご存知?」
「ああ。港街に行った時に見たことがある」
「いつか行ってみましょう、アンネマリーを連れて」
多忙を極めるローレンスに、そんな旅を楽しむ余暇など無い。
「そうだな」
だが、ローレンスは唐突なクローディアの問い掛けに乗ってくれた。優しい嘘をついてクローディアに応えてくれた。
会も半ばを過ぎて、どこかで気が緩んでいたのだろう。
「クローディア」
ローレンスに名を呼ばれて彼の視線の先を見た。直ぐ先に父がいた。父と義母、それからクラウスの両親。少し離れてクラウスの次兄と見知らぬ令嬢がいるのが見えた。
あちらが寄ってきたのか、こちらが近づいてしまったのか。兎に角、挨拶をしないのは無理がある距離だった。
クローディアは、侯爵夫妻に向けて会釈をして、それから父と義母にも同様に会釈をした。
父と対面した記憶は新しい。父としてもこんなところで話などしたくはないだろう。
案の定、侯爵夫妻も父も義母も、小さく頷いただけだった。だから、それで済んだと思ったのだが、そうはならなかった。
次兄のジョセフが令嬢を連れてこちらへやって来た。ジョセフはリリベットの婚約者だが、未成年のリリベットを連れられず、何処ぞの令嬢を同伴していたらしい。
侯爵は許したのだろうが、父は気にならないのだろうか。そういう父の神経が、クローディアには理解し難い。
それよりも、ジョセフは一体なんの用があってこちらに向かって来るのだろう。
国王陛下の御前で跪き頭を垂れるローレンスと並んで、クローディアもカーテシーで礼を取った。
面を上げることを許されてからも視線は伏せたまま、クローディアはローレンスが挨拶の口上を述べるのに合わせて俯き加減で息を殺していた。
クローディアが国王とこれほど近くで対面するのはデヴュタント以来のことで、こんな時に臆することなく嘗ての騎士らしい堂々とした態度を示せるローレンスは素晴らしい。
国王がローレンスに労いの言葉を掛けて、それからクローディアに目を向けたのを雰囲気で感じ取った。
「睦まじい様子であるな」
どちらに向けて言ったのか、国王の言葉に再び頭を垂れて、それでお目通りは終いとなった。
まだ気を抜けぬまま、御前を辞する際に、斜め前にいたセリーヌ王女と視線が合った。
学年は王女のほうが一つ下であるが、彼女とは、ほんの数ヶ月前まで同じ学園に通っていた。
セリーヌ王女は、クローディアを学園のどこかで見たというくらいには認識していたのだろう。それからローレンスを辿って、彼の娶った妻の経緯を遡り、そこで漸くクラウスを思い出したようだった。
最後の最後、クローディアが後退してその場を去る時になって、ほんの僅か「ああ」というような表情を浮かべた。
クラウスは、今の今まですっかり忘れ去られていたのだろう。セリーヌ王女に罪はない。全てはクラウスがそうしたくてやった事で、セリーヌ王女は何一つ彼には望んでなどいなかった。
それでも。クローディアはクラウスを憐れに思った。貴族に生まれるには直情過ぎた嘗ての婚約者を、今だけは自分くらいは思い出していようと思った。
耳元で、セリーヌ王女への思慕を語った彼の言葉が繰り返されるようで、それがまるでクローディアの肩口からクラウスがこちらを覗いて囁くようにも思えた。
彼の魂が、いつか癒えればよいと思った。
「旦那様、緊張なさいませんの?」
「何故」
「陛下の御前でしたのよ?」
「ああ」
王家への挨拶を終えて、ほっとしたところでローレンスに尋ねれば、彼はなんともなかったというような顔をした。
「敬意はある」
「当たり前です、陛下です」
「感謝はある。君との縁を結んで頂いたからな」
拾われたのはクローディアのほうだ。それは自分のほうだと言いたかったが、なんとなく言いそびれてしまった。
王族がダンスを披露して、貴族たちが後に続くように踊り始めた。
「ダンスは駄目だ」
「わかってます」
通りかかった給仕から飲み物を受け取り、二人で華やかな様子を暫し眺めていた。
「旦那様。そろそろご挨拶はなさらなくても宜しいの?」
「別に。出会ったところで挨拶すれば良かろう。こちらから探すのも、どうもなぁ」
それは確かなことだと思った。この夫が器用に立ち回るとは想像できない。それよりも、黙っていても人目を惹く彼を、周りのほうこそ放っておかないだろう。
案の定、ローレンスは次々と貴族らに声を掛けられた。新妻のクローディアもその度に挨拶をして、二人とも社交上手ではないから、すっかり草臥れてしまった。
ローレンスは、クローディアに生家のことを尋ねなかった。本来なら、こちらから挨拶に向かうべきところであるが、彼は何も言わなかったしその気も無いようだった。
彼のそういうところをクローディアは信頼できている。ローレンスは肝が据わっており、些細なことに動じない。
学生時分から様々な中傷や噂に晒され、幾度も戦地に身を置いてきた彼は、厚い筋肉を纏う身体とともに精神も全く揺らがない。
誰かの側にいて安堵を覚える感覚は、長らく忘れていたものだった。一度思い出してしまうと、もう手放せそうにはなかった。孤独には強いほうだと思っていたが、今のクローディアにはその自信がない。
なぜなのか、そこでクローディアは海を思い浮かべた。ローレンスは海だと思った。
クローディアは海を見たことがない。だが、物語で読んだ海とはみんな、広く豊かで果てしない。海の向こう側には新天地があって、冒険者は皆、海の向こうを目指して大海に乗りだす。
「旦那様」
「ん?」
「海をご存知?」
「ああ。港街に行った時に見たことがある」
「いつか行ってみましょう、アンネマリーを連れて」
多忙を極めるローレンスに、そんな旅を楽しむ余暇など無い。
「そうだな」
だが、ローレンスは唐突なクローディアの問い掛けに乗ってくれた。優しい嘘をついてクローディアに応えてくれた。
会も半ばを過ぎて、どこかで気が緩んでいたのだろう。
「クローディア」
ローレンスに名を呼ばれて彼の視線の先を見た。直ぐ先に父がいた。父と義母、それからクラウスの両親。少し離れてクラウスの次兄と見知らぬ令嬢がいるのが見えた。
あちらが寄ってきたのか、こちらが近づいてしまったのか。兎に角、挨拶をしないのは無理がある距離だった。
クローディアは、侯爵夫妻に向けて会釈をして、それから父と義母にも同様に会釈をした。
父と対面した記憶は新しい。父としてもこんなところで話などしたくはないだろう。
案の定、侯爵夫妻も父も義母も、小さく頷いただけだった。だから、それで済んだと思ったのだが、そうはならなかった。
次兄のジョセフが令嬢を連れてこちらへやって来た。ジョセフはリリベットの婚約者だが、未成年のリリベットを連れられず、何処ぞの令嬢を同伴していたらしい。
侯爵は許したのだろうが、父は気にならないのだろうか。そういう父の神経が、クローディアには理解し難い。
それよりも、ジョセフは一体なんの用があってこちらに向かって来るのだろう。
あなたにおすすめの小説
選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
さよなら、私の初恋の人
キムラましゅろう
恋愛
さよなら私のかわいい王子さま。
破天荒で常識外れで魔術バカの、私の優しくて愛しい王子さま。
出会いは10歳。
世話係に任命されたのも10歳。
それから5年間、リリシャは問題行動の多い末っ子王子ハロルドの世話を焼き続けてきた。
そんなリリシャにハロルドも信頼を寄せていて。
だけどいつまでも子供のままではいられない。
ハロルドの婚約者選定の話が上がり出し、リリシャは引き際を悟る。
いつもながらの完全ご都合主義。
作中「GGL」というBL要素のある本に触れる箇所があります。
直接的な描写はありませんが、地雷の方はご自衛をお願いいたします。
※関連作品『懐妊したポンコツ妻は夫から自立したい』
誤字脱字の宝庫です。温かい目でお読み頂けますと幸いです。
小説家になろうさんでも時差投稿します。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
君は妾の子だから、次男がちょうどいい〜long version
月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。
*こちらは元の小説の途中に、エピソードを追加したものです。
文字数が倍になっています。
「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚
きぬがやあきら
恋愛
「私に愛まで望むな。褒賞に王子を求めておいて、強欲が過ぎると言っている」
新婚初夜に訪れた寝室で、レオノールはクラウディオ王子に白い結婚を宣言される。
それもそのはず。
2人の間に愛はないーーどころか、この結婚はレオノールが魔王討伐の褒美にと国王に要求したものだった。
でも、王子を望んだレオノールにもそれなりの理由がある。
美しく気高いクラウディオ王子を欲しいと願った気持ちは本物だ。
だからいくら冷遇されようが、嫌がらせを受けようが心は揺るがない。
どこまでも逞しく、軽薄そうでいて賢い。どこか憎めない魅力を持ったレオノールに、やがてクラウディオの心は……。
すれ違い、拗れる2人に愛は生まれるのか?
焦ったい恋と陰謀+バトルのラブファンタジー。
【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!
さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」
「はい、愛しています」
「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」
「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」
「え……?」
「さようなら、どうかお元気で」
愛しているから身を引きます。
*全22話【執筆済み】です( .ˬ.)"
ホットランキング入りありがとうございます
2021/09/12
※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください!
2021/09/20
この罰は永遠に
豆狸
恋愛
「オードリー、そなたはいつも私達を見ているが、一体なにが楽しいんだ?」
「クロード様の黄金色の髪が光を浴びて、キラキラ輝いているのを見るのが好きなのです」
「……ふうん」
その灰色の瞳には、いつもクロードが映っていた。
なろう様でも公開中です。
【完結】見返りは、当然求めますわ
楽歩
恋愛
王太子クリストファーが突然告げた言葉に、緊張が走る王太子の私室。
この国では、王太子が10歳の時に婚約者が二人選ばれ、そのうちの一人が正妃に、もう一人が側妃に決められるという時代錯誤の古いしきたりがある。その伝統に従い、10歳の頃から正妃候補として選ばれたエルミーヌとシャルロットは、互いに成長を支え合いながらも、その座を争ってきた。しかしーー
「私の正妃は、アンナに決めたんだ。だから、これからは君たちに側妃の座を争ってほしい」
微笑ながら見つめ合う王太子と子爵令嬢。
正妃が正式に決定される半年を前に、二人の努力が無視されるかのようなその言葉に、驚きと戸惑いが広がる。
※誤字脱字、勉強不足、名前間違い、ご都合主義などなど、どうか温かい目で(o_ _)o))