クローディアの物語

桃井すもも

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第二十三章

「元気そうであるな。フォーウッド伯爵」

 国王陛下の御前でひざまずき頭を垂れるローレンスと並んで、クローディアもカーテシーで礼を取った。

 面を上げることを許されてからも視線は伏せたまま、クローディアはローレンスが挨拶の口上を述べるのに合わせて俯き加減で息を殺していた。

 クローディアが国王とこれほど近くで対面するのはデヴュタント以来のことで、こんな時に臆することなくかつての騎士らしい堂々とした態度を示せるローレンスは素晴らしい。

 国王がローレンスに労いの言葉を掛けて、それからクローディアに目を向けたのを雰囲気で感じ取った。

「睦まじい様子であるな」

 どちらに向けて言ったのか、国王の言葉に再び頭を垂れて、それでお目通りは終いとなった。
 まだ気を抜けぬまま、御前を辞する際に、斜め前にいたセリーヌ王女と視線が合った。

 学年は王女のほうが一つ下であるが、彼女とは、ほんの数ヶ月前まで同じ学園に通っていた。
 セリーヌ王女は、クローディアを学園のどこかで見たというくらいには認識していたのだろう。それからローレンスを辿って、彼の娶った妻の経緯を遡り、そこで漸くクラウスを思い出したようだった。
 最後の最後、クローディアが後退してその場を去る時になって、ほんの僅か「ああ」というような表情を浮かべた。

 クラウスは、今の今まですっかり忘れ去られていたのだろう。セリーヌ王女に罪はない。全てはクラウスがそうしたくてやった事で、セリーヌ王女は何一つ彼には望んでなどいなかった。

 それでも。クローディアはクラウスを憐れに思った。貴族に生まれるには直情過ぎたかつての婚約者を、今だけは自分くらいは思い出していようと思った。

 耳元で、セリーヌ王女への思慕を語った彼の言葉が繰り返されるようで、それがまるでクローディアの肩口からクラウスがこちらを覗いて囁くようにも思えた。
 彼の魂が、いつか癒えればよいと思った。


「旦那様、緊張なさいませんの?」
「何故」
「陛下の御前でしたのよ?」
「ああ」

 王家への挨拶を終えて、ほっとしたところでローレンスに尋ねれば、彼はなんともなかったというような顔をした。

「敬意はある」
「当たり前です、陛下です」
「感謝はある。君との縁を結んで頂いたからな」

 拾われたのはクローディアのほうだ。それは自分のほうだと言いたかったが、なんとなく言いそびれてしまった。

 王族がダンスを披露して、貴族たちが後に続くように踊り始めた。

「ダンスは駄目だ」
「わかってます」

 通りかかった給仕から飲み物を受け取り、二人で華やかな様子を暫し眺めていた。

「旦那様。そろそろご挨拶はなさらなくても宜しいの?」
「別に。出会ったところで挨拶すれば良かろう。こちらから探すのも、どうもなぁ」

 それは確かなことだと思った。この夫が器用に立ち回るとは想像できない。それよりも、黙っていても人目を惹く彼を、周りのほうこそ放っておかないだろう。

 案の定、ローレンスは次々と貴族らに声を掛けられた。新妻のクローディアもその度に挨拶をして、二人とも社交上手ではないから、すっかり草臥くたびれてしまった。

 ローレンスは、クローディアに生家のことを尋ねなかった。本来なら、こちらから挨拶に向かうべきところであるが、彼は何も言わなかったしその気も無いようだった。

 彼のそういうところをクローディアは信頼できている。ローレンスは肝が据わっており、些細なことに動じない。
 学生時分から様々な中傷や噂に晒され、幾度も戦地に身を置いてきた彼は、厚い筋肉を纏う身体とともに精神も全く揺らがない。

 誰かの側にいて安堵を覚える感覚は、長らく忘れていたものだった。一度思い出してしまうと、もう手放せそうにはなかった。孤独には強いほうだと思っていたが、今のクローディアにはその自信がない。

 なぜなのか、そこでクローディアは海を思い浮かべた。ローレンスは海だと思った。
 クローディアは海を見たことがない。だが、物語で読んだ海とはみんな、広く豊かで果てしない。海の向こう側には新天地があって、冒険者は皆、海の向こうを目指して大海に乗りだす。

「旦那様」
「ん?」
「海をご存知?」
「ああ。港街に行った時に見たことがある」
「いつか行ってみましょう、アンネマリーを連れて」

 多忙を極めるローレンスに、そんな旅を楽しむ余暇など無い。

「そうだな」

 だが、ローレンスは唐突なクローディアの問い掛けに乗ってくれた。優しい嘘をついてクローディアに応えてくれた。


 会も半ばを過ぎて、どこかで気が緩んでいたのだろう。

「クローディア」

 ローレンスに名を呼ばれて彼の視線の先を見た。直ぐ先に父がいた。父と義母、それからクラウスの両親。少し離れてクラウスの次兄と見知らぬ令嬢がいるのが見えた。

 あちらが寄ってきたのか、こちらが近づいてしまったのか。兎に角、挨拶をしないのは無理がある距離だった。

 クローディアは、侯爵夫妻に向けて会釈をして、それから父と義母にも同様に会釈をした。

 父と対面した記憶は新しい。父としてもこんなところで話などしたくはないだろう。
 案の定、侯爵夫妻も父も義母も、小さく頷いただけだった。だから、それで済んだと思ったのだが、そうはならなかった。

 次兄のジョセフが令嬢を連れてこちらへやって来た。ジョセフはリリベットの婚約者だが、未成年のリリベットを連れられず、何処どこぞの令嬢を同伴していたらしい。

 侯爵は許したのだろうが、父は気にならないのだろうか。そういう父の神経が、クローディアには理解し難い。

 それよりも、ジョセフは一体なんの用があってこちらに向かって来るのだろう。

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