クローディアの物語

桃井すもも

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第二十四章

「久しいね、クローディア」
「ご機嫌よう、カーライル侯爵ご令息」
「はは。今更?名で呼んでもらって構わない。君とは義姉弟になるのだから」

 ジョセフはクローディアより一つ年上であるが、リリベットの婚約者なので将来は義弟となる。
 そんな可怪しな間柄になってまで、クローディアとの縁を除けてリリベットを望んだ男である。

 兄弟だけあって、ジョセフとクラウスは面立ちが似ている。貴族らしい金の髪に翠の瞳は、彼らを優しげに品よく見せていた。
 実際、ジョセフは嫡男のスペアとして大切に養育されて、学園でも見目良い侯爵令息で知られていた。

 彼は、侯爵夫人の生家である伯爵家を継ぐことが決まっている。夫人は元々傘下貴族の令嬢で、彼は男児のいない母方の叔父の伯爵家を受け継いで、侯爵家一門として兄を支えることになる。

 そうなれば、横に連れているのは、ジョセフとは従姉妹に当たる伯爵家の令嬢だろうか。
 叔父はジョセフをこの娘へ婿入りさせずに、養子として迎え入れるのだという。娘は嫁がせて別の使い道を考えたのだろう。そこへリリベットは妻として娶られる。

 どこまでも貴族らしい、ややこしい限りの縁組である。それが当初はクローディアにあてられたのを、当のジョセフが嫌がった。
 クローディアは巡り巡ってローレンスに拾われたが、ジョセフが断らなければ今頃は、彼の隣にいたのだろう。そうして彼は、もう片方の腕にこのご令嬢を引き連れていたのかもしれない。

 本当に、父は何を考えているのか。何故、リリベットをそんな複雑な立場にさせたのか。あれほど愛しているというのに。

 そう考えて、ついジョセフの肩の向こう側、父の姿に目をやれば、父はもうこちらには背を向けていた。その腕に義母を連れて貴族たちの中に紛れて行った。

 ああ、そうだったのか。クローディアはそこで気がついた。
 父が愛しているのは義母なのだ。リリベットはその義母が父の為に一番初めに産んだ子だ。

 リリベットの可憐な顔が思い浮かんだ。あの子は甘えたであるが貴族らしいプライドも持っている。あの年齢で既に物怖じしない利発さがあるし、何より美しい娘だ。

 あと十年もしないうちに、社交界で見事に花を咲かせて、今もジョセフが横に侍らせる令嬢程度は蹴散らしてしまうだろう。

 ジョセフは多分、リリベットが成長するまでを「従姉妹」というていの良い関係に紛れてご令嬢とヨロシクしたいのだろう。リリベットが美しく花開く頃に、待ってましたと乗り換えるのか。

 リリベット、貴女、思いっきりやってしまいなさいな。しっかり手綱を握って、この考えの甘い婚約者を虜にしたならギチギチに締め上げてしまいなさい。貴女なら、きっと上手くやれるわ。

 ここにはいないリリベットに、心の中でエールを送った。

 リリベットのことを考えて、目の前のジョセフから思考が飛んでいた。ふと気がついてジョセフを見たとき、クローディアは彼の視線に嫌な気配を感じ取った。

 ジョセフは、元騎士の妻となったクローディアの身体を、一通り眺めるように視線を滑らせた。それが、若妻がどんな風に女になったのかを探るような眼差しに見えて、クローディアは不快な余り眉をしかめた。

 その時、背中からするりと伸びた手がクローディアの腰を抱いた。ローレンスが、クローディアの脇腹から腰の辺りをゆっくりさすり、ぐぐっと引き寄せるとピタリとクローディアを抱き寄せた。残念なのは、ドレスの裾を踏んでいる。

《旦那様、ドレス、踏んでるわ》

 チラリと見上げたローレンスは、いつもの無表情な顔でジョセフを見下ろしていた。

 ジョセフはここにきて、未だローレンスに挨拶をしていない。酷く無礼なことなのに、侯爵家の子息の身分がローレンスのことを侮らせていたのだろう。

 ローレンスに見下ろされて、ジョセフばかりか隣にいるご令嬢まで顔色を変えた。

「失礼する」

 まともな会話を一つもしないうちに、ジョセフはそこで終いというように、令嬢を伴ってクローディアの直ぐ横を通り抜けようとした。

 クローディアは瞬間的にドレスの裾からつま先を出した。
 ジョセフは慌てていたのか、注意が些か散漫になっていたから、面白いほど上手く引っ掛かった。

「わわっ」

 クローディアの靴先に躓いて、前のめりにバランスを崩して、ジョセフはそのまま転倒してしまった。令嬢はそんなジョセフからぱっと手を離した。見事に彼だけが転んだのには、蜥蜴の尻尾切とはこんな令嬢のことを言うのだなと思った。

「旦那様、撤収です」
「は?」

 石ころでも転がっているのかと見下ろすローレンスの腕を掴んで、クローディアはその場を足早に離れた。

「転ばしただろう」
「なんのことでしょう」
清々せいせいしたな」
「ふふふ」

 先になってその場から逃亡を図ったのはクローディアだが、直ぐにローレンスに肩を抱き寄せられた。

 背後に小さな人集りができて、ジョセフがなにやら言っていたが、そんなものちっとも気にならなかった。

 リリベット、貴女の未来の夫にお灸を据えておいたわよ。あのご令嬢も大したことはないわ。

「帰ろう」
「そうですわね」

 舞踏会への参加は果たしたし、もうここにいる必要はないだろう。

 喧騒を背中に、夏の夜風が心地よい。

「ふふ」

 つい思い出し笑いをすれば、

「ははは」

 ローレンスまで釣られて笑い出した。
 笑い上戸のクローディアは、もう駄目だった。

 馬車寄せまで歩くのに、二人ともどちらも笑いが収まらず、アンネマリーが側にいたなら「どうしたの?」とあの青い瞳で尋ねてくるのだろうと思った。



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