クローディアの物語

桃井すもも

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第二十九章

 良く晴れた秋の日だった。

 気が重いのは確かだし、足取りだって重かった。青く広がる空の清々しさに重い心が幾分救われる、そんな気持ちだった。

 クローディアは異母弟が生まれるまで、嫡女として教育をされてきた。丁度、今のアンネマリーと同じ年の頃には、こんな風に茶会にも度々参加をしていた。
 婿入りをしてくれる令息との縁を結ぶ為のそれは、異母弟の誕生によって自身の嫁ぎ先を探すものに目的を変えてしまったが。

 王妃のプライベートな庭園には、高位貴族の幼い子女らとその母親たちが集っていた。夫人らはクローディアより一世代上の年齢で、親しく言葉を交わせるような見知った友人は探せなかった。

 クローディアの隣にはアンネマリーが座っている。騒動から十年が経つと言っても、フォーウッド伯爵家の件の娘が現れて、それに身重の後妻が付き添っているのだから、見えない筈の視線が見えるのではと思えるほどには視線を感じた。

 アンネマリーは社交経験は無いものの、この数ヶ月で随分と綺麗な所作となっていた。今も背筋を伸ばして、耳に入るざわめきにも気を取られる様子はない。

「アンネマリー、大丈夫?」

 緊張しているのかと思い声を掛けたが、アンネマリーはそれには「何が?」というような顔をした。彼女はこの状況に臆することなく、興味を抱いているようだった。

 向こうのテーブルに義母の後ろ姿が見えて、その隣にリリベットと異母弟のロナルドが座っていた。ロナルドは第三王子とは同い年で、王子とは学友になることもあり、この機会に親しい交流を願っているのだろう。

 秋晴れの庭園には、親子共々密かに抱く様々な思惑が蠢いているように思えた。
 自分も確かにこんな社交を繰り返してきた筈なのに、これからアンネマリーを貴族社会の大海原に放たねばならないことに胸が痛んだ。

 場の空気が変わったのは、王妃と第三王子が現れたからで、アンネマリーはクローディア仕込みのカーテシーの姿勢を取った。幼いながら、面を上げるのを許されるまでよく耐えている。姿勢を戻すタイミングもバッチリだ。

 初めての社交場が王妃の庭という大舞台で、アンネマリーは落ち着きを失うことはなかった。
 そういえば、幼い頃にクローディアも義母に伴われて茶会に出た。実母とは数えるほどしか経験はなく、こんな緊張を強いられる場で、クローディアの隣には義母がいたと思い出した。


 時間の経過と共に場の空気も和やかに緩み、子供たちは席を立つことを許されて、思い思いに気の合う友人と集まり始めた。

 アンネマリーにはリリベットくらいしか顔見知りの子女はいない。社交的なリリベットは友人が多いから、彼女はアンネマリーを忘れてしまうかもしれないと、クローディアの心配が深まる。

 アンネマリー以外にも、母親の隣から離れない子供たちはちらほら見えて、そうだ、無理をさせる必要はないのだと思い直した。

「アンネマリー」

 背中から声がして、振り返る前にリリベットだとわかった。彼女はアンネマリーを忘れてはいなかった。だが意外だったのは、弟のロナルドを連れていた。

「姉上!」

 ロナルドは振り向いたクローディアに破顔した。義母似の優しげな顔を見るのは久しぶりで、クローディアも懐かしいと思いながら笑って応えた。

「リリベット、ロナルド。アンネマリーを宜しくね」
「ええ、お姉様」

 リリベットは文の交流を重ねたアンネマリーを友人と思ってくれたらしく、そんなリリベットにアンネマリーはわかりにくく口角を上げた。

「ロナルド、アンネマリーよ。仲良くしてくれると嬉しいわ。アンネマリー、この子は私の弟なの。ロナルドよ」
「クローディアの弟?」

 アンネマリーはそう確かめて、ロナルドの顔をまじまじと見つめた。女の子にそんな真っ直ぐ見つめられることに慣れないのか、ロナルドは一瞬、口ごもるように息を呑んだ。

「宜しく」
「よ、よろしく……」

 ロナルド、貴方、照れてるのね?
 初々しい異母弟の姿にクローディアの頬が緩む。

「ロナルド」

 対面しながら距離を測っていた子供たちに新たな声が掛かった途端、クローディアばかりか周囲の夫人らも立ち上がった。そのままカーテシーをすれば、

「楽にして」

 小さな王族、第三王子アンドリューは素早く面を上げることを許した。
 まだ九歳と幼いのに、もう既に王族の風格と気品が漂っている。

 名を呼ばれたロナルドは、アンドリュー殿下とは顔馴染みであったらしい。

「ロナルド。あちらに行ってみないか。それと、君は?」

 アンドリューは、ロナルドと対面していたアンネマリーが気になったようで、名を尋ねてきた。

「お初にお目に掛かります。フォーウッド伯爵が娘、アンネマリーと申します」

 ああ、旦那様!アンネマリー、挨拶完璧です!

 王子を前に怯むことなく挨拶をした義娘に、ここにはいないローレンスにこの様を伝えたいと、クローディアは心の中で身悶えした。

「アンネマリー。宜しく」

 金髪青眼のアンドリューには、セリーヌ王女の面影が見えた。

「君も一緒に。庭を案内しよう」

 アンドリューはそう言って、アンネマリーに向けて手を差し伸べた。アンネマリーはチラリとクローディアを見上げて、クローディアが頷いたことで差し伸べられた手の平にそっと手を重ねた。

 アンドリューは途端に子供らしさをみせて、「行こう」と言いながらアンネマリーの手を引いた。そのままリリベットとロナルドと、その他諸々の少年少女を引き連れて、庭園の花壇に向かって消えていった。
 その後をルーシーが追って、クローディアは小さくなるアンネマリーの背中を見送った。

 旦那様!アンネマリー、王子様に連れて行かれたわ!

 そう言ったなら、ローレンスは泣いてしまうんじゃなかろうかと思った。


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