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第十四章
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サフィリアは、そこそこまあまあ上位に食い込む程度の高成績で、学園ではそこそこまあまあよく出来る生徒だった。
そんなデキるサフィリアを、生家で姉は大層重宝してくれた。密かに父より仕事がデキると言って褒めてくれたものだ。そこでふと父の顔が思い浮かんだが、直ぐに忘れた。
そんな訳で、サフィリアは密かに仕事が出来る。デキる伯爵夫人なのである。それをルクスは正しく認めて、彼女へ自身の執務の代行を担わせていた。
それは多忙にかまけてのことではなくて、彼女への信頼と信用とねちっこい愛あってのことだった。だが信頼を寄せられているサフィリア本人は、そこのところは深く考えていない。
彼女は自分が夫の足枷であると、それだけの存在なのだと信じて疑わない。
さて、密かに仕事のデキる伯爵夫人サフィリアは、午前中の早いうちには家政と執務を終えてしまう。
だからその後の有り余る時間を、贖罪と懺悔の祈りに割り当てた。
なにせ天竺も東国も遠いのだから、彼女が向かえる場所は教会しかない。
それでこのところサフィリアは、午前のうちに教会を訪うようになった。
教会に着けば馬車に侍女を残して、一人礼拝堂へと向かう。
そこには女神の像があり、サフィリアは真っ白な女神像の足下に跪いて、ひたすら神に祈りを捧げるのである。
やっと安寧の場所を見つけた。
そんな気持ちであった。深い悩みも悔恨も、夫への贖罪も懺悔の気持ちも、漸くここで向き合える。
神よお許し下さい。旦那様よ、ごめんなさい。貴方の妻になってしまってごめんなさい。
あの時、調子に乗ってシャンパン二杯目飲んでしまってごめんなさい。美味しいシャンパンに惑わされてしまってごめんなさい。飲んだら(一杯目)飲むな(二杯目)、飲むなら飲むな。
己はまるでエデンの園で蛇の誘惑に負けて林檎を食べてしまったイヴのようだ。今ならイヴの気持ちがよく分かる。林檎、美味しかったのね、だってシャンパンは美味しかったもの。
サフィリアは、来る日も来る日も祈りを捧げた。夫への贖罪に、罪の懺悔に女神像を前にしてひたすら祈った。
「告解室?」
それは礼拝堂の脇にあった。告解室とは人知れず罪を告白して、神様の許しを得る場所である。
こんなわかりやすい場所にあって、なんで今まで気が付かなかったのだろう。やはりこの眼は曇っていたのだろう。それをここ数日の懺悔によって罪が昇華されて、それで漸く告解の扉が開かれたのだろう。
きっとそうだ。
サフィリアは告解室の扉の前で立ち止まった。
「告解室……。多分、告解する部屋なのね」
当たり前のことを呟きながら、そうだ早速告解してみようと思い立った。
「思い立ったが吉日」とは、例の『東方の諺』に記されていた言葉だが、今日こそその思い立った吉日なのではなかろうか。
サフィリアは背中を女神にぽーんと叩かれ励まされたような気持ちになった。それで迷うことなく告解室の扉を開いた。
「あのぅ」
告解室には小さな窓があった。磨り硝子の向こう側は曇っている上に薄暗くてよく見えない。
こちらから見えないならば、あちらもサフィリアだと気がつくことはないだろう。伯爵夫人が告解だなんてバレずに済む。よし、思いっきり告解出来る。
サフィリアは思う。夫の為に。罪深きこの身を懺悔したなら、神はお赦し下さるだろうか。
「はい」
行き成りの返答に、ビクッとしたサフィリアは、ちょっと飛んだ。
びっくりした。あちらが返事をするとは思わなかった。
こちらから呼びかけておきながら、返事に驚くのは失礼なことだろう。だが、サフィリアはそんなことには思い至らず、気を取り直すべくコホンとひとつ咳をした。
「んっんっ、こちらで懺悔の言葉を申し上げてよろしいのでしょうか」
「……どうぞ」
磨り硝子の向こう側の人物は、どうやら無口な人物のようだった。どうぞと言ったきり黙り込んでしまった。
サフィリアは長くなるのがわかっていたから、隅にあった椅子を目敏く見つけて、座るのに丁度良いなと勝手に持ち出そうと椅子に歩み寄った。
椅子が思いのほか重くて、持ち上げられず、已む無く引き摺る。
ギギィギギィと床を摺る音が鳴って、向こう側の人物が何事かと不審げに頭を揺らすのが磨り硝子越しに見えた。
そんなことにはお構いなしに、サフィリアはどっこいしょと椅子に腰かけた。
さあ、私の罪深き罪をどうか聞いて下さいませ。そう心の中で詫びてから、サフィリアは罪の告白を始めた。
取り掛かりには、何から話せばよいだろう。まずは夫との出会いからか。
何故、夫の妻になったのか。
何故、王城の控えの間に寝転ぶこととなったのか。
何故、シャンパンを駆けつけ二杯飲むことになったのか。
何故、姉夫婦に引っ付いて夜会にいたのか、そもそも何故、自分には婚約者がいなかったのか。
夫に自分という、美しくもなく成績が良いくらいしか取り柄が無く、家政を熟すのが早いくらいしか役に立てない、駄目な妻を娶らせたこの深き罪。
神よどうぞ許し給え。アーメン。
初回は長い告解となった。
磨り硝子の向こう側の人物は、それにも何も答えずに、黙して耳を傾けてくれた。
余りに無反応過ぎて、途中、寝ている?と不安になったが、よく見ると青い瞳と思わしき色が磨り硝子の向こうに二つ見えていた。
それで、彼が寝ていないのがわかったサフィリアは、よほど心に不安と悔恨を溜め込んでいたのだろう。湖が堰を切ったようにありったけの懺悔をぶちまけた。
溜まっているのが湖レベルであったから、それはそれは長い告解となった。
サフィリアは、それから毎日長い祈りの後に、「あのぅ」と声を掛けて、長い長い、いつ尽きるともわからない告解をするのだった。
そんなデキるサフィリアを、生家で姉は大層重宝してくれた。密かに父より仕事がデキると言って褒めてくれたものだ。そこでふと父の顔が思い浮かんだが、直ぐに忘れた。
そんな訳で、サフィリアは密かに仕事が出来る。デキる伯爵夫人なのである。それをルクスは正しく認めて、彼女へ自身の執務の代行を担わせていた。
それは多忙にかまけてのことではなくて、彼女への信頼と信用とねちっこい愛あってのことだった。だが信頼を寄せられているサフィリア本人は、そこのところは深く考えていない。
彼女は自分が夫の足枷であると、それだけの存在なのだと信じて疑わない。
さて、密かに仕事のデキる伯爵夫人サフィリアは、午前中の早いうちには家政と執務を終えてしまう。
だからその後の有り余る時間を、贖罪と懺悔の祈りに割り当てた。
なにせ天竺も東国も遠いのだから、彼女が向かえる場所は教会しかない。
それでこのところサフィリアは、午前のうちに教会を訪うようになった。
教会に着けば馬車に侍女を残して、一人礼拝堂へと向かう。
そこには女神の像があり、サフィリアは真っ白な女神像の足下に跪いて、ひたすら神に祈りを捧げるのである。
やっと安寧の場所を見つけた。
そんな気持ちであった。深い悩みも悔恨も、夫への贖罪も懺悔の気持ちも、漸くここで向き合える。
神よお許し下さい。旦那様よ、ごめんなさい。貴方の妻になってしまってごめんなさい。
あの時、調子に乗ってシャンパン二杯目飲んでしまってごめんなさい。美味しいシャンパンに惑わされてしまってごめんなさい。飲んだら(一杯目)飲むな(二杯目)、飲むなら飲むな。
己はまるでエデンの園で蛇の誘惑に負けて林檎を食べてしまったイヴのようだ。今ならイヴの気持ちがよく分かる。林檎、美味しかったのね、だってシャンパンは美味しかったもの。
サフィリアは、来る日も来る日も祈りを捧げた。夫への贖罪に、罪の懺悔に女神像を前にしてひたすら祈った。
「告解室?」
それは礼拝堂の脇にあった。告解室とは人知れず罪を告白して、神様の許しを得る場所である。
こんなわかりやすい場所にあって、なんで今まで気が付かなかったのだろう。やはりこの眼は曇っていたのだろう。それをここ数日の懺悔によって罪が昇華されて、それで漸く告解の扉が開かれたのだろう。
きっとそうだ。
サフィリアは告解室の扉の前で立ち止まった。
「告解室……。多分、告解する部屋なのね」
当たり前のことを呟きながら、そうだ早速告解してみようと思い立った。
「思い立ったが吉日」とは、例の『東方の諺』に記されていた言葉だが、今日こそその思い立った吉日なのではなかろうか。
サフィリアは背中を女神にぽーんと叩かれ励まされたような気持ちになった。それで迷うことなく告解室の扉を開いた。
「あのぅ」
告解室には小さな窓があった。磨り硝子の向こう側は曇っている上に薄暗くてよく見えない。
こちらから見えないならば、あちらもサフィリアだと気がつくことはないだろう。伯爵夫人が告解だなんてバレずに済む。よし、思いっきり告解出来る。
サフィリアは思う。夫の為に。罪深きこの身を懺悔したなら、神はお赦し下さるだろうか。
「はい」
行き成りの返答に、ビクッとしたサフィリアは、ちょっと飛んだ。
びっくりした。あちらが返事をするとは思わなかった。
こちらから呼びかけておきながら、返事に驚くのは失礼なことだろう。だが、サフィリアはそんなことには思い至らず、気を取り直すべくコホンとひとつ咳をした。
「んっんっ、こちらで懺悔の言葉を申し上げてよろしいのでしょうか」
「……どうぞ」
磨り硝子の向こう側の人物は、どうやら無口な人物のようだった。どうぞと言ったきり黙り込んでしまった。
サフィリアは長くなるのがわかっていたから、隅にあった椅子を目敏く見つけて、座るのに丁度良いなと勝手に持ち出そうと椅子に歩み寄った。
椅子が思いのほか重くて、持ち上げられず、已む無く引き摺る。
ギギィギギィと床を摺る音が鳴って、向こう側の人物が何事かと不審げに頭を揺らすのが磨り硝子越しに見えた。
そんなことにはお構いなしに、サフィリアはどっこいしょと椅子に腰かけた。
さあ、私の罪深き罪をどうか聞いて下さいませ。そう心の中で詫びてから、サフィリアは罪の告白を始めた。
取り掛かりには、何から話せばよいだろう。まずは夫との出会いからか。
何故、夫の妻になったのか。
何故、王城の控えの間に寝転ぶこととなったのか。
何故、シャンパンを駆けつけ二杯飲むことになったのか。
何故、姉夫婦に引っ付いて夜会にいたのか、そもそも何故、自分には婚約者がいなかったのか。
夫に自分という、美しくもなく成績が良いくらいしか取り柄が無く、家政を熟すのが早いくらいしか役に立てない、駄目な妻を娶らせたこの深き罪。
神よどうぞ許し給え。アーメン。
初回は長い告解となった。
磨り硝子の向こう側の人物は、それにも何も答えずに、黙して耳を傾けてくれた。
余りに無反応過ぎて、途中、寝ている?と不安になったが、よく見ると青い瞳と思わしき色が磨り硝子の向こうに二つ見えていた。
それで、彼が寝ていないのがわかったサフィリアは、よほど心に不安と悔恨を溜め込んでいたのだろう。湖が堰を切ったようにありったけの懺悔をぶちまけた。
溜まっているのが湖レベルであったから、それはそれは長い告解となった。
サフィリアは、それから毎日長い祈りの後に、「あのぅ」と声を掛けて、長い長い、いつ尽きるともわからない告解をするのだった。
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