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第三十章
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王太子ネロ、二十六歳、金髪青眼。
勤勉、実直、天才肌、若干腹黒。
好物 苺。
この世で一番好きなもの、クラウディア。
ネロは幼い頃から賢く見目よい王子と言われていた。
鏡を見れば、成る程そうだと思った。ネロは嘘がつけない気質で正直だ。侍従に身だしなみを整えられながら向かった鏡に、
「まあ、確かに美麗であるな」正直にそう思った。
そんな美麗な王子ネロは、幼いうちから将来の妃選びは始まっており、歩くところ至る所で令嬢たちに捕まった。幼い彼女らが何故それほど王城にいるのか。
そんなことは聞かずとも知れることで、どうにかして自慢の娘を目に掛けて欲しい貴族たちは、この頃から無闇矢鱈と幼い娘を連れて、ネロに遭遇すべく王城に来たものだ。
ネロは幼い頃から些か感情の起伏が乏しいきらいがあった。
勉学も剣の稽古もやればやるだけ成果を残すし、自分に出来ないことが他にあるのか、心の底から疑問に思った。
出会う教師は皆、口を揃えてネロを「神童」だと言ったし、年上の侍女たちはすれ違う度に小さく「きゃあ」と言った。
だからネロは、「きゃあ」が公式の挨拶だと成長するまで本気で思っていた。
人生で、自分より賢い人間に会ったことがない。
人生で、自分より美しい子供に会ったことがない。
決して驕りでも高慢でもなく、それはどう控え目に見ても純然たる事実であった。
それがガラガラと崩れ落ちた時の衝撃。
その衝撃を、神は『恋』だと名をつけた。
子供ばかりの茶会の席で、女神に出会ったのかと思った。因みに女神とは、母に連れられて入った禁書庫で見つけた聖書に描かれた挿絵である。
ひと目見て、なんて美しい挿絵だろうと、珍しく見惚れた。
その女神をキュッと縮めて小っさくした、そんな幼い令嬢と出会った。
「め、女神……」
「は?そんなのここにいる訳がなかろう」
横から友人のルクスが言って、彼は翠の瞳を細めて全然子供らしくない表情をした。
「いや、ルクス。神はいるんだ、女神はいる。ほら、あそこ」
「あれはどこからどう見ても人の子だ。侯爵家の娘だろう」
「お、お前、あのコを知っているのか!?」
「ああ、知ってるよ」
「し、し、紹介して……欲しぃ」
人生で初めて吃った。語尾が小っちゃくなるなんて、そんな会話を初めてした。
「よかろう」
同じく小っさいルクスが鷹揚に頷いて、傍から見たならどちらが王子かという姿だった。
先を歩くルクスの背を追う。目の前に女神(ミニ)が近づいて見えて、彼女が本当に女神(ミニ)なのだと納得した。
「彼女はクラウディア嬢だ。クラウディア嬢、こっちは王子だ、ネロっていう」
雑なルクスの紹介に、それでもネロは心が弾んだ。ゴム鞠みたいに弾んで弾んで、もうどこかに飛んでいきたくなった。
「恋はゴム鞠」
「はぁ?」
つい口をついてしまった言葉を拾ったのは、真逆の女神(ミニ)・クラウディアだった。
「王子様、ゴム鞠がお好きなの?」
「いやゴム鞠ではなく、その、き、君が……」
君が好き。
たった五文字が言えないままに、ネロは目元が真っ赤に染まる。
「ふふふ、可愛いわね」
「そうか?」
クラウディアとルクスがそう言って、なんでお前たち知り合いなのかと詰め寄りたくなった。聞けば物凄く遠い血縁なのだという。物凄く遠いのだから、それは最早他人では?
賢いネロはそう思ったが、ここでは敢えて反論しなかった。
クラウディアは、ネロより一つ年下だった。彼女と同じ歳に伯爵家の嫡女がいて、そのヴィクトリアなる令嬢と大のつく友人なのだという。
ヴィクトリアは嫡女で婿を取るので、実質的な妃候補選びであるこの場にはいなかった。
後から調べれば、幼いクセに大輪の深紅の薔薇を思わせる強烈な個性の持ち主だった。先が楽しみだと言われるほどの目見だというが、ネロには女神(ミニ)であるクラウディアが全てだった。
話はずれるが、このヴィクトリアには妹が一人いる。まだ幼すぎて社交場に出てはいないが、姉の対極にいるような路傍の草を思わせる大人しい娘なのだという。
それはルクスも知らない事実で、この情報をネロはクラウディア本人から引き出した。
「とっても可愛いの。ちっちゃくてお人形さんみたいなのよ」
聞けばクラウディアは、このサフィリアという幼女を姉のヴィクトリアと一緒に「生きた着せ替え人形」として愛でているのだという。
「ふうん」
ネロはその言葉を聞いて、ほんの少し沈黙した。それから意を決して提案してみた。
「その着せ替え人形とやら、男児は欲しくないか?」
「いらないわ」
秒で撃沈した。まあ、交渉が成立したとして、未来の王太子殿下を「生きた着せ替え人形」に出来る令嬢なんて、この広い大陸で一人も見つけられないだろう。
だが、クラウディアだけは、本人が望みさえすれば可能になりそうだった。本人が望まない為にボツとなったが。
二人はそれからも年に二度ほどの茶会で顔を会わせた。そうしてネロが立太子した年に、正式にクラウディアへ王太子妃としての婚約を申し込んだ。
王命で結べるものを、名前と違って暴君ではないネロは、正攻法で釣書きを送った。
飽くまでも、クラウディアに選んで欲しかった。二人でこの国の未来を担い生きていきたい。本心からそう願っていた。
東国の格言に、
『一念岩をも通す』という言葉があるのだという。
思う念力は硬い岩を通してしまう、 強い信念を以て物事に当たれば、どんなことでも成し遂げることができる。
強い信念を以て粘り強く努力すれば、どんなに困難なことでも達成できるのだという。
書物には、苔のような弱々しい存在でも、一途に続けていれば困難を乗り越えられるとまで記されていた。
だから、クラウディアから承諾の連絡を受け取って、自分のクラウディアを乞い願う強い信念が岩をも通して成就したのだと、そう思った。
真逆、件のペンペン草令嬢が引き当てたのだと思いもしなかった。
真逆、釣書きをトランプに見立てたカードゲームで、サフィリアが引き当てただなんて。
真逆、そのジョーカーが自分だったなんてことは、これっぽっちも思わなかったのである。
勤勉、実直、天才肌、若干腹黒。
好物 苺。
この世で一番好きなもの、クラウディア。
ネロは幼い頃から賢く見目よい王子と言われていた。
鏡を見れば、成る程そうだと思った。ネロは嘘がつけない気質で正直だ。侍従に身だしなみを整えられながら向かった鏡に、
「まあ、確かに美麗であるな」正直にそう思った。
そんな美麗な王子ネロは、幼いうちから将来の妃選びは始まっており、歩くところ至る所で令嬢たちに捕まった。幼い彼女らが何故それほど王城にいるのか。
そんなことは聞かずとも知れることで、どうにかして自慢の娘を目に掛けて欲しい貴族たちは、この頃から無闇矢鱈と幼い娘を連れて、ネロに遭遇すべく王城に来たものだ。
ネロは幼い頃から些か感情の起伏が乏しいきらいがあった。
勉学も剣の稽古もやればやるだけ成果を残すし、自分に出来ないことが他にあるのか、心の底から疑問に思った。
出会う教師は皆、口を揃えてネロを「神童」だと言ったし、年上の侍女たちはすれ違う度に小さく「きゃあ」と言った。
だからネロは、「きゃあ」が公式の挨拶だと成長するまで本気で思っていた。
人生で、自分より賢い人間に会ったことがない。
人生で、自分より美しい子供に会ったことがない。
決して驕りでも高慢でもなく、それはどう控え目に見ても純然たる事実であった。
それがガラガラと崩れ落ちた時の衝撃。
その衝撃を、神は『恋』だと名をつけた。
子供ばかりの茶会の席で、女神に出会ったのかと思った。因みに女神とは、母に連れられて入った禁書庫で見つけた聖書に描かれた挿絵である。
ひと目見て、なんて美しい挿絵だろうと、珍しく見惚れた。
その女神をキュッと縮めて小っさくした、そんな幼い令嬢と出会った。
「め、女神……」
「は?そんなのここにいる訳がなかろう」
横から友人のルクスが言って、彼は翠の瞳を細めて全然子供らしくない表情をした。
「いや、ルクス。神はいるんだ、女神はいる。ほら、あそこ」
「あれはどこからどう見ても人の子だ。侯爵家の娘だろう」
「お、お前、あのコを知っているのか!?」
「ああ、知ってるよ」
「し、し、紹介して……欲しぃ」
人生で初めて吃った。語尾が小っちゃくなるなんて、そんな会話を初めてした。
「よかろう」
同じく小っさいルクスが鷹揚に頷いて、傍から見たならどちらが王子かという姿だった。
先を歩くルクスの背を追う。目の前に女神(ミニ)が近づいて見えて、彼女が本当に女神(ミニ)なのだと納得した。
「彼女はクラウディア嬢だ。クラウディア嬢、こっちは王子だ、ネロっていう」
雑なルクスの紹介に、それでもネロは心が弾んだ。ゴム鞠みたいに弾んで弾んで、もうどこかに飛んでいきたくなった。
「恋はゴム鞠」
「はぁ?」
つい口をついてしまった言葉を拾ったのは、真逆の女神(ミニ)・クラウディアだった。
「王子様、ゴム鞠がお好きなの?」
「いやゴム鞠ではなく、その、き、君が……」
君が好き。
たった五文字が言えないままに、ネロは目元が真っ赤に染まる。
「ふふふ、可愛いわね」
「そうか?」
クラウディアとルクスがそう言って、なんでお前たち知り合いなのかと詰め寄りたくなった。聞けば物凄く遠い血縁なのだという。物凄く遠いのだから、それは最早他人では?
賢いネロはそう思ったが、ここでは敢えて反論しなかった。
クラウディアは、ネロより一つ年下だった。彼女と同じ歳に伯爵家の嫡女がいて、そのヴィクトリアなる令嬢と大のつく友人なのだという。
ヴィクトリアは嫡女で婿を取るので、実質的な妃候補選びであるこの場にはいなかった。
後から調べれば、幼いクセに大輪の深紅の薔薇を思わせる強烈な個性の持ち主だった。先が楽しみだと言われるほどの目見だというが、ネロには女神(ミニ)であるクラウディアが全てだった。
話はずれるが、このヴィクトリアには妹が一人いる。まだ幼すぎて社交場に出てはいないが、姉の対極にいるような路傍の草を思わせる大人しい娘なのだという。
それはルクスも知らない事実で、この情報をネロはクラウディア本人から引き出した。
「とっても可愛いの。ちっちゃくてお人形さんみたいなのよ」
聞けばクラウディアは、このサフィリアという幼女を姉のヴィクトリアと一緒に「生きた着せ替え人形」として愛でているのだという。
「ふうん」
ネロはその言葉を聞いて、ほんの少し沈黙した。それから意を決して提案してみた。
「その着せ替え人形とやら、男児は欲しくないか?」
「いらないわ」
秒で撃沈した。まあ、交渉が成立したとして、未来の王太子殿下を「生きた着せ替え人形」に出来る令嬢なんて、この広い大陸で一人も見つけられないだろう。
だが、クラウディアだけは、本人が望みさえすれば可能になりそうだった。本人が望まない為にボツとなったが。
二人はそれからも年に二度ほどの茶会で顔を会わせた。そうしてネロが立太子した年に、正式にクラウディアへ王太子妃としての婚約を申し込んだ。
王命で結べるものを、名前と違って暴君ではないネロは、正攻法で釣書きを送った。
飽くまでも、クラウディアに選んで欲しかった。二人でこの国の未来を担い生きていきたい。本心からそう願っていた。
東国の格言に、
『一念岩をも通す』という言葉があるのだという。
思う念力は硬い岩を通してしまう、 強い信念を以て物事に当たれば、どんなことでも成し遂げることができる。
強い信念を以て粘り強く努力すれば、どんなに困難なことでも達成できるのだという。
書物には、苔のような弱々しい存在でも、一途に続けていれば困難を乗り越えられるとまで記されていた。
だから、クラウディアから承諾の連絡を受け取って、自分のクラウディアを乞い願う強い信念が岩をも通して成就したのだと、そう思った。
真逆、件のペンペン草令嬢が引き当てたのだと思いもしなかった。
真逆、釣書きをトランプに見立てたカードゲームで、サフィリアが引き当てただなんて。
真逆、そのジョーカーが自分だったなんてことは、これっぽっちも思わなかったのである。
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