ジェマイマの憂鬱

桃井すもも

文字の大きさ
1 / 44

第一章

しおりを挟む
「君は、この縁談を望んではいないのだろうな」

 ローレルはそう言って、ジェマイマを見つめた。

 ジェマイマは、それにはなにも答えなかった。なにかを言っても、きっと信じてはもらえないだろうと思ったし、ローレルが言った言葉は多分、彼自身がジェマイマに抱く気持ちなのだと思った。

 今日は二人が婚約を交わした日だったが、ジェマイマは思った。
 きっと彼は、ジェマイマを愛することはないだろう。


 ジェマイマ・ルーソン・クラフトンは、クラフトン侯爵家の長子である。侯爵家の一人娘に生まれて、将来は婿を得て女侯爵として生家と一族の長となることが定められていた。

 定めというのだから、決して覆ることはないと思っていたのだが、それは呆気なく覆った。
 ジェマイマが十五歳の冬に、弟が生まれたのである。

 前年に病で母が亡くなると、父は喪明けと同時に遠縁から後妻を得た。その義母が男児を産んだ。

 それまで嫡女として育てられていたジェマイマは、そこで定まっていたはずの人生を大きく変えることとなった。
 ジェマイマは、嫁がなければならなくなってしまった。

 幸いだったと言うなら、ジェマイマに婚約者が据えられていなかったことだろう。
 婿入りを願うなら、相手は次男以降の男子であり、こちらが嫁ぐ身となっては互いに不都合が出てしまう。

 長患いをしていた母に心を注ぐあまり、父はジェマイマの縁談まで気が回らなかったのだろう。
 両親は、当時としては珍しく自由恋愛の末の結婚だった。だから余計、父の再婚が早かったことには、ジェマイマも驚かされた。

 いずれにしても、父は後妻に娶った義母を大切にして、再婚の翌年には弟が生まれたのである。

 ジェマイマの漆黒の髪に青い瞳は父譲りのものである。それは、クラフトン侯爵家に代々引き継がれるものだった。

 だが生まれたばかりの弟は、瞳は父と同じ鮮やかな青い色をしていたが、髪は義母譲りの淡い金色であった。
 それはまるで、弟が侯爵家に新たな風を吹き込んで、侯爵家の未来が明るく開かれていくような感覚を抱かせた。
 ジェマイマは、自分が旧態依然の過去の遺物であるように思ったのである。

 暗色の髪と瞳は、ジェマイマを年齢よりも落ち着いた令嬢に見せていた。
 垂れ目がちな目が少しばかり大きくて、そのお陰できつい顔立ちに見えないことは亡き母に感謝している。
 ジェマイマは、面立ちは母に似ていた。

 弟が生まれたことで、いよいよジェマイマは婚約者を定めなければならなかった。なのにそれは、しばらく様子見をされることとなった。

 数え年で三歳を迎える前は、幼子は天と地を行き来するものとされている。要は、弟が無事に生育できるかを待たなければならなかったのである。

 その間にジェマイマは王都の学園に入学してデヴュタントも済ませて、宙ぶらりんな身分のまま後継教育は引き続き受けていた。

 それが、十八歳となり学園もあと半年足らずで卒業するという頃に、ジェマイマは婚約することとなった。

 婚約者であるローレルは、ジェマイマとは同い年である。そして彼は、この王国の王太子であった。


 金色の髪に濃く青い瞳のローレルは、緩い巻き髪も軽やかな、華のある王子である。
 これまでも彼の婚約については、度々有力貴族の令嬢の名が挙げられていた。

 長く嫡女として育てられたジェマイマが、ローレルと縁付くなんて誰も予想しないことだったろう。多分、ローレル自身が一番予想していなかったと思われた。

 この縁談は上手くいかない。
 彼はジェマイマを愛さない。

 ジェマイマに、そんな確信めいた気持ちがあるのは理由があった。

 ローレルとの縁談について父から聞かされた夜に、ジェマイマは夢を見た。

 夢の中でジェマイマは、この人生が初めてではなかった。
 度々やり直しを繰り返していたのである。

 夢の中で繰り返し生き直す人生は、全てローレルが夫だった。
 ジェマイマはいつでも彼の妃となって、なのに毎回愛されず、若くして命を落とすのである。

 一度は馬車の事故だった。
 一度は流行病だった。
 一度は不眠から薬を服用したのが祟り、一度は離縁を望んで受け入れられず自ら毒を呷っている。

 繰り返される死は全て、ローレルに愛されないことに端を発するものだった。
 一つだけはっきりしているのは、いずれの人生でも、今際いまわきわでジェマイマは、「ようやく死ねる」と安堵をしていることである。

 ローレルに愛されない人生は、きっと不幸なものだったのだろう。

 目覚めたジェマイマは泣いていた。涙は冷たく頬を濡らして、心まで冷えたのである。

 ジェマイマは考えた。
 夢は単に不安な気持ちの表れだったのだろう。王太子の妃だなんてそんなこと、重荷に思って当然だろう。

 だがそれとは別に考えたのは、亡くなった母のことだった。母は少しばかり不思議なところがあって、時折、正夢を見たのである。

 明日は雨が降るといった些細なこともあれば、もっと重い物事もあった。最も暗い正夢とは、母の寿命が尽きると知ったことだった。

 ローレルの妃になって不遇のうちに死する夢。それは只の夢なのか、それとも母のように夢から未来を予見したのか。

 そこまで考えてジェマイマは、ふと気がついた。
 仮に予知夢とするのなら、どうして夢の中でジェマイマは、何度も人生を繰り返しているのだろう。その訳はわからず終いのままだった。

 夢は夢だと言い聞かせて、婚約を結ぶ席でローレルと対面した時に、ジェマイマはわかってしまった。

 夢は警告だったのだ。
 この人生でもジェマイマは、ローレルに愛されることはない。

「君は、この縁談を望んではいないのだろうな」

 ローレルの言葉は、とても冷たいものに聞こえたのである。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

【完結】私の婚約者はもう死んだので

miniko
恋愛
「私の事は死んだものと思ってくれ」 結婚式が約一ヵ月後に迫った、ある日の事。 そう書き置きを残して、幼い頃からの婚約者は私の前から姿を消した。 彼の弟の婚約者を連れて・・・・・・。 これは、身勝手な駆け落ちに振り回されて婚姻を結ばざるを得なかった男女が、すれ違いながらも心を繋いでいく物語。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしていません。本編より先に読む場合はご注意下さい。

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

可愛らしい人

はるきりょう
恋愛
「でも、ライアン様には、エレナ様がいらっしゃるのでは?」 「ああ、エレナね。よく勘違いされるんだけど、エレナとは婚約者でも何でもないんだ。ただの幼馴染み」 「それにあいつはひとりで生きていけるから」 女性ながらに剣術を学ぶエレナは可愛げがないという理由で、ほとんど婚約者同然の幼馴染から捨てられる。 けれど、 「エレナ嬢」 「なんでしょうか?」 「今日の夜会のパートナーはお決まりですか?」  その言葉でパートナー同伴の夜会に招待されていたことを思い出した。いつものとおりライアンと一緒に行くと思っていたので参加の返事を出していたのだ。 「……いいえ」  当日の欠席は著しく評価を下げる。今後、家庭教師として仕事をしていきたいと考えるのであれば、父親か兄に頼んででも行った方がいいだろう。 「よければ僕と一緒に行きませんか?」

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...