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第十二章
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「なにがあった、オスカー」
アルフレッドは、ジェマイマを追ってきたらしいオスカーに再び尋ねた。
呼び止められたがために、王城の侍女まで待たせている。迷惑をかけてはと、ジェマイマはオスカーへと歩み寄った。
「どうなさったの?オスカー様」
「ジェマイマ⋯⋯」
オスカーとジェマイマは同い年であるし、彼は幼い頃から従兄弟のアルフレッドを慕っており、これまでも剣の手合わせをしたいと言って侯爵邸を訪れることも度々あった。
だから、ローレルと婚約してからも、馴染みのあるオスカーがそばにいることで幾分安心していた。だが、彼はどこか他人行儀になってしまって、ジェマイマはそれが些か不可解に思っていた。
オスカーは近衛騎士を目指す若者らしく、恵まれた体躯に漆黒の髪まで凛々しく見える。しかしその内面は繊細なところがあり、心優しい青年である。
だからだろう、ジェマイマに言いたいことがあるだろうに、それをスパッと言い出せずにいる。
オスカーは、ちらりとアルフレッドを見て、それからジェマイマを見下ろした。小さなジェマイマは彼を仰ぎ見る姿勢になって、大きな瞳いっぱいにオスカーを映していた。
「その、あまり従兄上と親密な様子を見せるのは控えてくれないか」
オスカーは、とんでもないことを言い出した。
「ん?それはどういう意味ですの?」
大事なことであるから、ジェマイマはしっかり確かめようと思った。
「殿下の前でだな、その」
「その?」
「あの、少し気を遣ってはくれないか」
ジェマイマは、少しばかりイライラしてきた。それで横にいるアルフレッドに聞いてみた。
「ねえ、アルフレッド。私たち、何かしたかしら」
「いいえ。お嬢様はなにも責められることはなさってはおられません」
「まあ。それは本当?」
「勿論です。お嬢様に非などございません」
アルフレッドはそこでにこりと笑って、ジェマイマを見つめた。それからオスカーに向き直ると、
「馬鹿なことを言うな」
そう短く叱責した。
「ですが、従兄上。従兄上とジェマイマには、その」
ジェマイマはそこで、オスカーが案じていることに思い当たった。
「もう終わったことなのよ、オスカー様」
「ジェマイマ⋯⋯」
「貴方に要らぬ気遣いをさせてしまったのなら謝るわ。貴方は本来、そういうことを考えるのは苦手なのに。そんなことより、剣技を極めたいと思うでしょう?」
「わ、私は剣術馬鹿ではないぞ?少しはものを考える」
確かにそうだろうと、ジェマイマは頷いて同意した。彼は不器用なところはあるが、誠実であるし正直であるし、剣術ばかりでなく学問についても勤勉に学ぶことを厭わない。
そんなオスカーは、人付き合いの少ないジェマイマにとって、数少ない気安く話ができる人物である。
その彼が、こんなしどろもどろになりながら、ジェマイマに話をしたかったのは、アルフレッドとの関係に気を揉んだからだろう。
ジェマイマには、今まで婚約者が据えられたことはなかったが、そういう話が全くなかったわけではない。
そしてアルフレッドには、嘗てジェマイマへ婿入りの話があった。
始まりは、父がアルフレッドの父親であるエバース男爵と面識があり、父親譲りの剣の素質を見込んでアルフレッドに侯爵家で護衛を務めないかと持ちかけたことである。
まだ学園に入ったばかりのアルフレッドを、父は内心気に入っていた。そのうち、男爵家の次男坊を一人娘に婿入りさせたいと思うほどにはアルフレッドの資質と気質を見込んでいたのである。
彼は学園生の頃から侯爵邸に移り住み、近衛騎士団には志願することなく、学生の頃からジェマイマに仕えていたのである。
ジェマイマにとってアルフレッドは、頼もし護衛であり、なんでも話せる兄であり、そしてもしかしたら将来は伴侶になるかもしれない青年だった。
まだデヴュタントも迎えていないジェマイマには、恋心というよりも親愛の情のほうが強かった。もう少し待ったなら、確かな愛情に変わっただろう。
だが三年前にマシューが生まれて、ジェマイマは婿取りする立場から嫁ぐ立場に変わってしまった。
母が病の後に亡くなって、父は消沈したり再婚したりと忙しなかった。それでまだアルフレッドとは正式な婚約をしていなかったから、結局、二人の縁談は初めからなかった話になってしまった。
それなのに、アルフレッドは今も変わらずジェマイマのそばにいて、誰よりも確かにジェマイマを護ってくれているのである。
二つ年上のアルフレッドは、今は二十歳となっていた。ジェマイマのほうが先に王家と縁づいてしまったが、ジェマイマはどこかで輿入れの際にも、アルフレッドとジェーンを王城に連れていきたいと思っている。
従兄弟であるオスカーは、そこのところを知っており、だから余計に彼らしくもなく気にかけているのだろう。
ローレルとアルフレッドは、彼にとってどちらも大切な存在で、だからこそ、ジェマイマにはローレルに誤解を与えるような言動を控えてほしいと思うのだろう。
先ほどまでのお茶会で、なにかしたかしらとジェマイマは記憶を辿る。だが、疚しいことはなにもしていないし、アルフレッドだって静かに後ろに控えていただけである。
「心配症ね、オスカー様は。ねえ?アルフレッド」
「全くですね、お嬢様」
それだよ、それ。
オスカーからそんな声が聞こえそうだったが、ジェマイマは気がつかなかった。アルフレッドだけがオスカーに、「お前は黙っとれ」的な視線を向けたのである。
アルフレッドは、ジェマイマを追ってきたらしいオスカーに再び尋ねた。
呼び止められたがために、王城の侍女まで待たせている。迷惑をかけてはと、ジェマイマはオスカーへと歩み寄った。
「どうなさったの?オスカー様」
「ジェマイマ⋯⋯」
オスカーとジェマイマは同い年であるし、彼は幼い頃から従兄弟のアルフレッドを慕っており、これまでも剣の手合わせをしたいと言って侯爵邸を訪れることも度々あった。
だから、ローレルと婚約してからも、馴染みのあるオスカーがそばにいることで幾分安心していた。だが、彼はどこか他人行儀になってしまって、ジェマイマはそれが些か不可解に思っていた。
オスカーは近衛騎士を目指す若者らしく、恵まれた体躯に漆黒の髪まで凛々しく見える。しかしその内面は繊細なところがあり、心優しい青年である。
だからだろう、ジェマイマに言いたいことがあるだろうに、それをスパッと言い出せずにいる。
オスカーは、ちらりとアルフレッドを見て、それからジェマイマを見下ろした。小さなジェマイマは彼を仰ぎ見る姿勢になって、大きな瞳いっぱいにオスカーを映していた。
「その、あまり従兄上と親密な様子を見せるのは控えてくれないか」
オスカーは、とんでもないことを言い出した。
「ん?それはどういう意味ですの?」
大事なことであるから、ジェマイマはしっかり確かめようと思った。
「殿下の前でだな、その」
「その?」
「あの、少し気を遣ってはくれないか」
ジェマイマは、少しばかりイライラしてきた。それで横にいるアルフレッドに聞いてみた。
「ねえ、アルフレッド。私たち、何かしたかしら」
「いいえ。お嬢様はなにも責められることはなさってはおられません」
「まあ。それは本当?」
「勿論です。お嬢様に非などございません」
アルフレッドはそこでにこりと笑って、ジェマイマを見つめた。それからオスカーに向き直ると、
「馬鹿なことを言うな」
そう短く叱責した。
「ですが、従兄上。従兄上とジェマイマには、その」
ジェマイマはそこで、オスカーが案じていることに思い当たった。
「もう終わったことなのよ、オスカー様」
「ジェマイマ⋯⋯」
「貴方に要らぬ気遣いをさせてしまったのなら謝るわ。貴方は本来、そういうことを考えるのは苦手なのに。そんなことより、剣技を極めたいと思うでしょう?」
「わ、私は剣術馬鹿ではないぞ?少しはものを考える」
確かにそうだろうと、ジェマイマは頷いて同意した。彼は不器用なところはあるが、誠実であるし正直であるし、剣術ばかりでなく学問についても勤勉に学ぶことを厭わない。
そんなオスカーは、人付き合いの少ないジェマイマにとって、数少ない気安く話ができる人物である。
その彼が、こんなしどろもどろになりながら、ジェマイマに話をしたかったのは、アルフレッドとの関係に気を揉んだからだろう。
ジェマイマには、今まで婚約者が据えられたことはなかったが、そういう話が全くなかったわけではない。
そしてアルフレッドには、嘗てジェマイマへ婿入りの話があった。
始まりは、父がアルフレッドの父親であるエバース男爵と面識があり、父親譲りの剣の素質を見込んでアルフレッドに侯爵家で護衛を務めないかと持ちかけたことである。
まだ学園に入ったばかりのアルフレッドを、父は内心気に入っていた。そのうち、男爵家の次男坊を一人娘に婿入りさせたいと思うほどにはアルフレッドの資質と気質を見込んでいたのである。
彼は学園生の頃から侯爵邸に移り住み、近衛騎士団には志願することなく、学生の頃からジェマイマに仕えていたのである。
ジェマイマにとってアルフレッドは、頼もし護衛であり、なんでも話せる兄であり、そしてもしかしたら将来は伴侶になるかもしれない青年だった。
まだデヴュタントも迎えていないジェマイマには、恋心というよりも親愛の情のほうが強かった。もう少し待ったなら、確かな愛情に変わっただろう。
だが三年前にマシューが生まれて、ジェマイマは婿取りする立場から嫁ぐ立場に変わってしまった。
母が病の後に亡くなって、父は消沈したり再婚したりと忙しなかった。それでまだアルフレッドとは正式な婚約をしていなかったから、結局、二人の縁談は初めからなかった話になってしまった。
それなのに、アルフレッドは今も変わらずジェマイマのそばにいて、誰よりも確かにジェマイマを護ってくれているのである。
二つ年上のアルフレッドは、今は二十歳となっていた。ジェマイマのほうが先に王家と縁づいてしまったが、ジェマイマはどこかで輿入れの際にも、アルフレッドとジェーンを王城に連れていきたいと思っている。
従兄弟であるオスカーは、そこのところを知っており、だから余計に彼らしくもなく気にかけているのだろう。
ローレルとアルフレッドは、彼にとってどちらも大切な存在で、だからこそ、ジェマイマにはローレルに誤解を与えるような言動を控えてほしいと思うのだろう。
先ほどまでのお茶会で、なにかしたかしらとジェマイマは記憶を辿る。だが、疚しいことはなにもしていないし、アルフレッドだって静かに後ろに控えていただけである。
「心配症ね、オスカー様は。ねえ?アルフレッド」
「全くですね、お嬢様」
それだよ、それ。
オスカーからそんな声が聞こえそうだったが、ジェマイマは気がつかなかった。アルフレッドだけがオスカーに、「お前は黙っとれ」的な視線を向けたのである。
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