ジェマイマの憂鬱

桃井すもも

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第十三章

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「さあ、お嬢様。帰りましょう。マシュー様がお待ちです」
「そうだったわ!さあさあ、帰りましょう」

 アルフレッドの言葉に、ジェマイマはマシューが待っていると思い出した。心配症なオスカーにかまけて数分はロスしたのではなかろうか。

 どこか釈然としない様子のオスカーを置いて、ジェマイマは再び帰路に着くべく回廊の先へと一歩踏み出したその時。

「ジェマイマ様、失礼いたします」

 いま来た回廊の奥のほうから近衛騎士が足早になってやって来るのが見えたと思うと、歩幅の広い騎士はあっという間にジェマイマたちに追いついた。

 近衛騎士にジェマイマは見覚えがあった。なにせつい先ほどまで同じ部屋の中にいた。

「どうなさいましたの?騎士様」

 オスカーに接するよりよほど丁寧な応対をすれば、オスカーは近衛騎士をジロリと見た。

「ローレル殿下よりお届け物がございます」

 そう言って騎士はおもむひざまずくと、手にある物を恭しく掲げ持って差し出した。

 思うに、彼は足が速いのだろう。帰路に着いたジェマイマに追いつくように、ローレルは侍従ではなく近衛騎士を遣いにしたのではないか。

 だとすれば、このイチャモンをつけに来たオスカーは、一体なにをしてたのだろう?

 ジェマイマは胡乱な眼差しをオスカーに向けたが、そういうところは鈍いオスカーは気がつかないようだった。

 そんなオスカーなんかより、ジェマイマは騎士の差し出す物に目を向けた。

「それは?」

 どう見ても剣にしか見えないのだが、一応聞いてみた。
 剣は一見すれば、どこにでもある普通の剣のようだった。敢えて言うなら、少しばかり小振りに見えた。だが、他とは明らかに違うものであった。

「はっ。ローレル殿下よりジェマイマ様の弟君へと」

 ジェマイマは、驚くあまり声が出なかった。それを引き継ぐように、阿吽あうんの呼吸で代わりにアルフレッドが騎士に尋ねた。

「殿下は確かにこちらをマシュー様にと、ですか」
「はっ。弟君は最近剣の稽古を始められたとのことで、よろしければ殿下が幼少のみぎりにお使いになられた模擬剣をお譲りしたいとのお言葉です」

 ジェマイマは、心の中で感涙の涙を流していた。残念ながら表情が乏しいために、実際は模擬剣をガン見しているだけだった。

 だが、アルフレッドは違った。全てを心得たとばかりに、呆然としているジェマイマを想念の海底から引き上げた。

「お嬢様。お言葉を」
「はっ!そうだったわ。私としたことが、感激のあまり言葉をなくしてしまったわ」

 もうそれだけで十分な礼の言葉であるのだが、ジェマイマは一歩前に踏み出すと、今だひざまずいて剣を掲げ持つ近衛騎士に歩み寄った。

 模擬剣は、あちこちに傷が見えた。グリップの部分だけ色が違って、小さな手で握り込んでは鍛錬をしたであろう跡が見えた。

 一見すればどこにでもある普通の剣に思えるが、それは大間違いだ。
 模擬剣は、柄頭の先端に真っ青なサファイアらしき石が嵌め込まれており、それが所有者の身分を表していた。

 ジェマイマは、恐る恐る近衛騎士から模擬剣を受け取った。剣のことはちっともわからないが、この模擬剣でローレルが幼い頃に剣の鍛錬に励んでいたことだけはよくわかった。

 茶会の会話では、ジェマイマに弟がいたことを今さっき思い出したような様子だったが、ローレルはマシューのことを憶えていた。

 なにより、マシューがほんの数日前に初めて模擬剣を手にしたことも知っていた。
 それよりも、婚約したばかりの令嬢の三歳の弟に、こんな大切なものを譲ると言ってくれている。

 なんてこと。

「お嬢様」

 いつの間にか横に来たジェーンがジェマイマの頬をハンカチでぬぐった。
 ジェマイマは感涙のあまり、言葉通り涙を零していた。

「騎士様」
「はっ!」

 涙を拭ってもらったジェマイマは、まだ潤む瞳で近衛騎士を見つめて呼びかけた。

「ローレル殿下にお伝えいただけますでしょうか」
「はっ!」
「ジェマイマ・ルーソン・クラフトン。この御恩は生涯、いえ来世まで、いえいえ来々々世まで決して忘れることはないでしょう」

 朗々とのたまうジェマイマの声が回廊の奥まで「ないでしょう、ないでしょう⋯⋯」と木霊した。

「しかとお言葉たまわりました」

 近衛騎士はかしづいたまま更に深く頭を下げると、そこですっくと立ち上がった。彼はジェマイマに敬礼をした後に、キビキビとした所作で身を翻し、もと来た通路を戻っていった。

「大変なものを頂戴してしまったわ」
「お嬢様。さあ、一刻も早く邸に戻りましょう。丁度マシュー様が三時のおやつを召し上がっていらっしゃる頃です」
「そうね、アルフレッド。そうだわ、早く見せてあげなくちゃ。ふふ、あの子きっと、おやつどころではなくなっちゃうわね」
「ええ、ええ、そうでしょうね」
「ジェーンもそう思うでしょう?」

 途端にジェマイマとジェーンとアルフレッドがわちゃわちゃと話しだした。一部始終を傍観していた王城の侍女まで、うんうんと頷いている。

 そばにはまだオスカーがいたのだけれど、誰も彼のことには気がつかなかった。

「帰らなくっちゃ」

 ジェマイマは目を細めて笑みを深めた。満面の笑みである。そんな笑顔は親しく接する者しか目にすることは稀であり、オスカーは一瞬、息を呑んだ。

 青い瞳を細めて頬を上気させて微笑むジェマイマは、とても可憐に見えていた。


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