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第十四章
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マシューの喜びようは凄まじく、興奮しすぎて熱を出してしまうのではと心配になるほどだった。
「王子様からもらった」と、小さな手ではまだ重かろう模擬剣を持とうとした。
青くなったのは父である。
こんな大それたものを頂戴しては、領地の幾分かを王家に奉上せねばならないのかと、真顔で考え込んでいた。
「殿下はそんなケチケチしたことは仰らないでしょう」
ジェマイマがそう言えば、
「お前が豪胆なのは、母上に似たのだな」
と、亡き祖母を持ち出した。
「こんな宝玉まで付いているんだ」
柄頭のサファイアを見つめて父が言う。
「でも、わざわざ近衛騎士様がお届けくださったのですよ。お断りするほうがよほど無礼かと思いましたの。それに」
それに、と言ってジェマイマはマシューを見た。今はアルフレッドに剣を持ってもらい、それを眺めている。ほっぺが真っ赤になって、どれほど興奮しているのか、ここからでも見て取れるというものだ。
「あんなに喜んでいるのですもの。よろしかったのではないでしょうか?早速明日から鍛錬せねばなりませんわね」
ジェマイマは笑みを浮かべてそう言ったが、父は反対に顔色を曇らせた。
「騎士になりたいなんて言いだされては困るんだ」
「ああ」
確かに、とジェマイマも思った。
折角生まれた嫡男である。家は継がない、騎士になるだなんて言われでもしたら、父は困ってしまうだろう。
「もう一人男子をお義母様にお頼みしては如何です?」
「お前⋯⋯なんてことを言うんだ」
娘に次の子をと言われるなんて思わなかったのだろう。父はわかりやすく困惑顔をした。
ジェマイマは、この愛らしい弟の喜びようを眺めるうちに、そうだと思い出した。
御礼状を書かねばなるまい。どのみち明日には同じ学園に登校するのだが、ローレルとはクラスが違う。
彼とは元々接点がなかったのである。
偶に廊下で擦れ違う、その際に頭を下げて通り過ぎる、それくらいの接触しかなかった。
自室に戻ってジェマイマは、文箱から一番格調高いと思われる、クラフトン侯爵家の紋章入りの封筒と便箋を取り出した。
インクは青が混じるブルーブラックにして、ガヴァネスから褒められた自慢のペン捌きで華やぎと品位溢れる書体で礼状をしたためた。
お礼の言葉に添えるようにマシューの喜びようを記しながら、そういえば、ローレルには兄弟姉妹がいないのだと思った。
自分にしても、義母がマシューを産んでくれなかったら、今頃はこの広い侯爵邸に子女はジェマイマ一人きりでいたのだろう。
そんなことを考えながら、なんの運命の悪戯か、ローレルと婚約したことを改めて考える。
道ならほかにもあったのだ。
アルフレッドと生きる未来もいっときは生じた。
マシューが生まれてからも、ローレルとの縁組がなかったら、今頃は違う令息と縁を結んでいただろう。
そうは言っても、三年生の今頃になるまで、父がジェマイマに婚約者を据えなかったのもまた事実であり、そんなことでローレルとの婚約話になってしまった。
確かに高位貴族のうち、ローレルと同じ年頃で婚約者がいない令嬢はほんの僅かである。だが、全くいない訳ではないし、もう何歳か年下であればその数は増えるだろう。
どうしてジェマイマだったのか。
初見の席でローレルは、どんな顔をしていたのだろう。婚約誓約書にサインをしたときは、どんな表情だったろう。
ほんの少し前のことなのに、ジェマイマにはよく思い出すことができなかった。
翌日の学園で、ジェマイマはローレルと顔を合わせることはなかった。
昼時にフレデリクが呼びに来ることもなかったし、学園も先週ほどの浮き足立った熱気は鎮まって、少しずつ日常を取り戻しているようだった。
マシューは今頃、ローレルから貰い受けた剣で稽古をしているのだろうか。まだ持つのがやっとであろうから、怪我などしなければよい。まあ、アルフレッドが一緒であれば大丈夫だろう。
午後の授業はそんなことを考えるうちに終わってしまった。
休日を妃教育に充てがわれて、ジェマイマが頭を休めるのが学園の授業中というのも本末転倒な気がしないでもないが、人間、どこかで手抜きをせねば生きられない。
そんなことを考えて、自分で自分を擁護しながら侯爵邸へと戻れば、
「えええ?マシューがまだ訓練場に?」
いつもは出迎えてくれるマシューの姿がなくて義母に尋ねると、まさかのマシューは今もまだ剣術の稽古に勤しんでいるのだという。
まだまともに剣を振るうことはないだろうが、冬の訓練場は寒かろう。今夜のうちに熱を出してしまうのではないかと心配になった。
それで着替えもせずに、そのままマシューの様子を見ようと玄関ホールから再び外に出ようとして、執事に呼び止められた。
「どうしたの?ヘンリー」
「王城からお嬢様宛に書簡が届いております」
「⋯⋯王城」
マシューは気になるが、そろそろ迎えに行ってくると義母が言うので任せることにして、ジェマイマは執事から受け取った封筒を見た。
金色の封蝋は、王家の紋が押されている。蝋であるのに、どうやって金色にしているのだろう。素朴な疑問は一旦脇に置いておく。
「なにかしら」
そう呟いてみたが、誰も答えてはくれなかった。
それはそうだろう。誰も王城からの手紙なんて、中身の予想は出来ないだろう。
だが一つだけはっきりしているのは差出人が誰であるかで、封筒の裏にはローレルの名が記されていた。
「王子様からもらった」と、小さな手ではまだ重かろう模擬剣を持とうとした。
青くなったのは父である。
こんな大それたものを頂戴しては、領地の幾分かを王家に奉上せねばならないのかと、真顔で考え込んでいた。
「殿下はそんなケチケチしたことは仰らないでしょう」
ジェマイマがそう言えば、
「お前が豪胆なのは、母上に似たのだな」
と、亡き祖母を持ち出した。
「こんな宝玉まで付いているんだ」
柄頭のサファイアを見つめて父が言う。
「でも、わざわざ近衛騎士様がお届けくださったのですよ。お断りするほうがよほど無礼かと思いましたの。それに」
それに、と言ってジェマイマはマシューを見た。今はアルフレッドに剣を持ってもらい、それを眺めている。ほっぺが真っ赤になって、どれほど興奮しているのか、ここからでも見て取れるというものだ。
「あんなに喜んでいるのですもの。よろしかったのではないでしょうか?早速明日から鍛錬せねばなりませんわね」
ジェマイマは笑みを浮かべてそう言ったが、父は反対に顔色を曇らせた。
「騎士になりたいなんて言いだされては困るんだ」
「ああ」
確かに、とジェマイマも思った。
折角生まれた嫡男である。家は継がない、騎士になるだなんて言われでもしたら、父は困ってしまうだろう。
「もう一人男子をお義母様にお頼みしては如何です?」
「お前⋯⋯なんてことを言うんだ」
娘に次の子をと言われるなんて思わなかったのだろう。父はわかりやすく困惑顔をした。
ジェマイマは、この愛らしい弟の喜びようを眺めるうちに、そうだと思い出した。
御礼状を書かねばなるまい。どのみち明日には同じ学園に登校するのだが、ローレルとはクラスが違う。
彼とは元々接点がなかったのである。
偶に廊下で擦れ違う、その際に頭を下げて通り過ぎる、それくらいの接触しかなかった。
自室に戻ってジェマイマは、文箱から一番格調高いと思われる、クラフトン侯爵家の紋章入りの封筒と便箋を取り出した。
インクは青が混じるブルーブラックにして、ガヴァネスから褒められた自慢のペン捌きで華やぎと品位溢れる書体で礼状をしたためた。
お礼の言葉に添えるようにマシューの喜びようを記しながら、そういえば、ローレルには兄弟姉妹がいないのだと思った。
自分にしても、義母がマシューを産んでくれなかったら、今頃はこの広い侯爵邸に子女はジェマイマ一人きりでいたのだろう。
そんなことを考えながら、なんの運命の悪戯か、ローレルと婚約したことを改めて考える。
道ならほかにもあったのだ。
アルフレッドと生きる未来もいっときは生じた。
マシューが生まれてからも、ローレルとの縁組がなかったら、今頃は違う令息と縁を結んでいただろう。
そうは言っても、三年生の今頃になるまで、父がジェマイマに婚約者を据えなかったのもまた事実であり、そんなことでローレルとの婚約話になってしまった。
確かに高位貴族のうち、ローレルと同じ年頃で婚約者がいない令嬢はほんの僅かである。だが、全くいない訳ではないし、もう何歳か年下であればその数は増えるだろう。
どうしてジェマイマだったのか。
初見の席でローレルは、どんな顔をしていたのだろう。婚約誓約書にサインをしたときは、どんな表情だったろう。
ほんの少し前のことなのに、ジェマイマにはよく思い出すことができなかった。
翌日の学園で、ジェマイマはローレルと顔を合わせることはなかった。
昼時にフレデリクが呼びに来ることもなかったし、学園も先週ほどの浮き足立った熱気は鎮まって、少しずつ日常を取り戻しているようだった。
マシューは今頃、ローレルから貰い受けた剣で稽古をしているのだろうか。まだ持つのがやっとであろうから、怪我などしなければよい。まあ、アルフレッドが一緒であれば大丈夫だろう。
午後の授業はそんなことを考えるうちに終わってしまった。
休日を妃教育に充てがわれて、ジェマイマが頭を休めるのが学園の授業中というのも本末転倒な気がしないでもないが、人間、どこかで手抜きをせねば生きられない。
そんなことを考えて、自分で自分を擁護しながら侯爵邸へと戻れば、
「えええ?マシューがまだ訓練場に?」
いつもは出迎えてくれるマシューの姿がなくて義母に尋ねると、まさかのマシューは今もまだ剣術の稽古に勤しんでいるのだという。
まだまともに剣を振るうことはないだろうが、冬の訓練場は寒かろう。今夜のうちに熱を出してしまうのではないかと心配になった。
それで着替えもせずに、そのままマシューの様子を見ようと玄関ホールから再び外に出ようとして、執事に呼び止められた。
「どうしたの?ヘンリー」
「王城からお嬢様宛に書簡が届いております」
「⋯⋯王城」
マシューは気になるが、そろそろ迎えに行ってくると義母が言うので任せることにして、ジェマイマは執事から受け取った封筒を見た。
金色の封蝋は、王家の紋が押されている。蝋であるのに、どうやって金色にしているのだろう。素朴な疑問は一旦脇に置いておく。
「なにかしら」
そう呟いてみたが、誰も答えてはくれなかった。
それはそうだろう。誰も王城からの手紙なんて、中身の予想は出来ないだろう。
だが一つだけはっきりしているのは差出人が誰であるかで、封筒の裏にはローレルの名が記されていた。
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