ジェマイマの憂鬱

桃井すもも

文字の大きさ
14 / 44

第十四章

しおりを挟む
 マシューの喜びようは凄まじく、興奮しすぎて熱を出してしまうのではと心配になるほどだった。

「王子様からもらった」と、小さな手ではまだ重かろう模擬剣を持とうとした。

 青くなったのは父である。
 こんな大それたものを頂戴しては、領地の幾分かを王家に奉上せねばならないのかと、真顔で考え込んでいた。

「殿下はそんなケチケチしたことは仰らないでしょう」

 ジェマイマがそう言えば、

「お前が豪胆なのは、母上に似たのだな」
 と、亡き祖母を持ち出した。

「こんな宝玉まで付いているんだ」

 柄頭のサファイアを見つめて父が言う。

「でも、わざわざ近衛騎士様がお届けくださったのですよ。お断りするほうがよほど無礼かと思いましたの。それに」

 それに、と言ってジェマイマはマシューを見た。今はアルフレッドに剣を持ってもらい、それを眺めている。ほっぺが真っ赤になって、どれほど興奮しているのか、ここからでも見て取れるというものだ。

「あんなに喜んでいるのですもの。よろしかったのではないでしょうか?早速明日から鍛錬せねばなりませんわね」

 ジェマイマは笑みを浮かべてそう言ったが、父は反対に顔色を曇らせた。

「騎士になりたいなんて言いだされては困るんだ」
「ああ」

 確かに、とジェマイマも思った。

 折角生まれた嫡男である。家は継がない、騎士になるだなんて言われでもしたら、父は困ってしまうだろう。

「もう一人男子おのこをお義母かあ様にお頼みしては如何です?」
「お前⋯⋯なんてことを言うんだ」

 娘に次の子をと言われるなんて思わなかったのだろう。父はわかりやすく困惑顔をした。

 ジェマイマは、この愛らしい弟の喜びようを眺めるうちに、そうだと思い出した。
 御礼状を書かねばなるまい。どのみち明日には同じ学園に登校するのだが、ローレルとはクラスが違う。

 彼とは元々接点がなかったのである。
 偶に廊下で擦れ違う、その際に頭を下げて通り過ぎる、それくらいの接触しかなかった。

 自室に戻ってジェマイマは、文箱から一番格調高いと思われる、クラフトン侯爵家の紋章入りの封筒と便箋を取り出した。

 インクは青が混じるブルーブラックにして、ガヴァネスから褒められた自慢のペン捌きで華やぎと品位溢れる書体で礼状をしたためた。

 お礼の言葉に添えるようにマシューの喜びようを記しながら、そういえば、ローレルには兄弟姉妹きょうだいがいないのだと思った。

 自分にしても、義母がマシューを産んでくれなかったら、今頃はこの広い侯爵邸に子女はジェマイマ一人きりでいたのだろう。

 そんなことを考えながら、なんの運命の悪戯か、ローレルと婚約したことを改めて考える。

 道ならほかにもあったのだ。
 アルフレッドと生きる未来もいっときは生じた。
 マシューが生まれてからも、ローレルとの縁組がなかったら、今頃は違う令息と縁を結んでいただろう。

 そうは言っても、三年生の今頃になるまで、父がジェマイマに婚約者を据えなかったのもまた事実であり、そんなことでローレルとの婚約話になってしまった。

 確かに高位貴族のうち、ローレルと同じ年頃で婚約者がいない令嬢はほんの僅かである。だが、全くいない訳ではないし、もう何歳か年下であればその数は増えるだろう。

 どうしてジェマイマだったのか。
 初見の席でローレルは、どんな顔をしていたのだろう。婚約誓約書にサインをしたときは、どんな表情だったろう。

 ほんの少し前のことなのに、ジェマイマにはよく思い出すことができなかった。



 翌日の学園で、ジェマイマはローレルと顔を合わせることはなかった。
 昼時にフレデリクが呼びに来ることもなかったし、学園も先週ほどの浮き足立った熱気は鎮まって、少しずつ日常を取り戻しているようだった。

 マシューは今頃、ローレルから貰い受けた剣で稽古をしているのだろうか。まだ持つのがやっとであろうから、怪我などしなければよい。まあ、アルフレッドが一緒であれば大丈夫だろう。

 午後の授業はそんなことを考えるうちに終わってしまった。
 休日を妃教育に充てがわれて、ジェマイマが頭を休めるのが学園の授業中というのも本末転倒な気がしないでもないが、人間、どこかで手抜きをせねば生きられない。

 そんなことを考えて、自分で自分を擁護しながら侯爵邸へと戻れば、

「えええ?マシューがまだ訓練場に?」

 いつもは出迎えてくれるマシューの姿がなくて義母に尋ねると、まさかのマシューは今もまだ剣術の稽古に勤しんでいるのだという。

 まだまともに剣を振るうことはないだろうが、冬の訓練場は寒かろう。今夜のうちに熱を出してしまうのではないかと心配になった。

 それで着替えもせずに、そのままマシューの様子を見ようと玄関ホールから再び外に出ようとして、執事に呼び止められた。

「どうしたの?ヘンリー」
「王城からお嬢様宛に書簡が届いております」
「⋯⋯王城」

 マシューは気になるが、そろそろ迎えに行ってくると義母が言うので任せることにして、ジェマイマは執事から受け取った封筒を見た。

 金色の封蝋は、王家の紋が押されている。蝋であるのに、どうやって金色にしているのだろう。素朴な疑問は一旦脇に置いておく。

「なにかしら」

 そう呟いてみたが、誰も答えてはくれなかった。
 それはそうだろう。誰も王城からの手紙なんて、中身の予想は出来ないだろう。

 だが一つだけはっきりしているのは差出人が誰であるかで、封筒の裏にはローレルの名が記されていた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

【完結】私の婚約者はもう死んだので

miniko
恋愛
「私の事は死んだものと思ってくれ」 結婚式が約一ヵ月後に迫った、ある日の事。 そう書き置きを残して、幼い頃からの婚約者は私の前から姿を消した。 彼の弟の婚約者を連れて・・・・・・。 これは、身勝手な駆け落ちに振り回されて婚姻を結ばざるを得なかった男女が、すれ違いながらも心を繋いでいく物語。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしていません。本編より先に読む場合はご注意下さい。

ほんの少しの仕返し

turarin
恋愛
公爵夫人のアリーは気づいてしまった。夫のイディオンが、離婚して戻ってきた従姉妹フリンと恋をしていることを。 アリーの実家クレバー侯爵家は、王国一の商会を経営している。その財力を頼られての政略結婚であった。 アリーは皇太子マークと幼なじみであり、マークには皇太子妃にと求められていたが、クレバー侯爵家の影響力が大きくなることを恐れた国王が認めなかった。 皇太子妃教育まで終えている、優秀なアリーは、陰に日向にイディオンを支えてきたが、真実を知って、怒りに震えた。侯爵家からの離縁は難しい。 ならば、周りから、離縁を勧めてもらいましょう。日々、ちょっとずつ、仕返ししていけばいいのです。 もうすぐです。 さようなら、イディオン たくさんのお気に入りや♥ありがとうございます。感激しています。

処理中です...