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第十九章
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ジェーンの話によれば、ジェマイマは馬車の中で気を失って、そのまま侯爵邸に運ばれてきたのだという。
馬車の中でも降りるときも、侯爵邸に入るときも、ローレルはジェマイマを抱き上げたままだった。お手を煩わせてはとアルフレッドが申し出ても、ジェマイマを渡すことはなかったのだという。
結局、寝台があるジェマイマの私室までローレルが抱えて運び込んだのだと聞かされて、ジェマイマはもう一度気を失いたくなった。
父ばかりではなくアルフレッドまで、もう少し寝ていろと心配して、翌日は学園も休まされた。
身辺が目まぐるしく変わったことで、確かに心身ともに疲労はあったのだろう。
なにも考えずに眠ることも時には必要かと思えて、ジェマイマは素直に一日を惰眠しながら過ごしていた。
小さく扉をノックする音にジェーンが応対すれば、それはアルフレッドだった。
朝から父やら義母やら時々マシューが「大丈夫か」と度々何度もしつこいくらいに様子を見に来ていた。
ジェーンはその度に応対せねばならないし、ジェマイマも毎度「大丈夫です」と安堵させねばならないしで、病人とは忙しいものだなと思っていた。
アルフレッドは部屋に入ると、寝台から少し離れたところから話しかけてきた。
薄い寝間着姿のジェマイマに、彼は近寄ることをしなかった。
「お嬢様」
「大丈夫よ」
「まだなにも言ってはおりません」
「あら、そうだったわ。なんかもうこのパターンに慣れちゃって、口が勝手に反応するのよ」
アルフレッド相手なら、外では口の重いジェマイマはいくらだって軽口を叩ける。
「お嬢様には、ご自分がお考えになる以上のご負担が掛かっているのだと思います」
「なにが言いたいの?」
「本当に辛くなられたときには、逃げもあるのだと」
「どういうこと?」
「戦場では、戦況が不利である場合には、百戦錬磨の兵士とて時には撤退するものです」
記憶の限り、アルフレッドが戦場に行ったことはないのだが、彼はそんな例え話をした。
「いざとなったらお手伝いいたします」
「アルフレッド?」
「王城からお嬢様をお一人連れ出すことくらい、このアルフレッドができないとお思いですか」
ローレルと婚約したときにジェマイマは夢を見て、そのあと考えた。
死んでしまうくらいなら、王城から逃げ出そう。カーテンを繋ぐことは現実的ではないようだから、輿入れの際に長い縄を持参しよう。
だからここにきて、初めて気がついたのである。
誰かに助けを求めれば良かったのだ。
夢で見た、四度の人生。
馬車の事故や流行病という一度目と二度目は仕方がないが、心を病んだ生でも自害した生でも、一度くらい誰かを頼りにするべきだった。
ジェマイマのことだから、どの生でもきっと、家族や大切な人々を関わらせてはいけないと一人で立ち回っていたのだろう。
父だって、ジェーンだってアルフレッドだって、ジェマイマが助けを求めてくれたならと、そう思ったのではないだろうか。
助けを求めてくれぬほど遠い存在だったのかと、淋しく思ったのではないか。
父はきっと、王家に掛け合ってでも離縁の申し出をしただろう。ジェーンは心が塞いだときにも、ジェマイマを励まし笑わせてくれただろう。
アルフレッドは、ジェマイマがたとえ塔の尖塔に隠されてしまっても、真下から一歩一歩壁をよじ登って助けにきてくれたのではないだろうか。
自分をどうして一人きりだと思ったのか、夢の中のことであるからわからない。
ただ一つだけ確かなことは、現実にはジェマイマは一人ぽっちではなくて、朝から引っ切りなしに見舞う家族と、張りつくように傍を離れない侍女がいるということだった。
戦場なんて知りもしない護衛騎士が、自分を信じろと言っている。
実際には、ジェマイマはローレルから冷遇なんてされていない。
寧ろ彼は紳士的であるし、マシューというジェマイマの心を絆すポイントまでしっかり押さえている。
彼は馬車で気を失ったジェマイマを、護衛騎士であるアルフレッドに任せることもしなかった。
それなのにジェマイマの心の中では、今この瞬間に侯爵家での面々と心の結束が固まった。
対王家、対ローレルというように、「チーム侯爵家」的なモチベーションが出来上がった。全然ローレルは悪くないのに。
そこは気持ちの問題なので、ジェマイマだって、現実のローレルと夢の中の彼の印象とは分けて考えている。
だが「逃げるが勝ち」ということを、心に刻んだのである。
四度も不遇に遭う必要なんてないのだ。
ローレルの心情や都合はあるだろうが、ジェマイマだって人生を捧げる覚悟で妃となるのだ。
今回は、これは怪しいぞと思ったら、チーム侯爵家に助けを求めて、とっとと逃げ出そうと思った。
「ありがとう、アルフレッド。貴方には、塔の先端までよじ登る訓練だけはお願いしておくわね」
そう言えばアルフレッド、「しかと承知いたしました」と返してくれた。
ジェーンが、「私はどうしたら良いですか」と聞いてきたので、「貴女はそのままで良いわ」と言えば、なんだか物足りないというような顔をした。
――――――――――――――――――――
読者の皆様へ
この度は愛猫の急変に際し、ご迷惑をお掛け致しました。
近況ボードでお知らせするべきか迷ったのですが、内容を考えた結果、今作をお読みになっていらっしゃる方々へと作品投稿欄よりお伝えさせて頂きました。
作家からの休載ご連絡のつもりでおりましたが、驚くほど沢山の方々から、いいねとエールを通じてお心遣いを頂戴し、愛猫のために皆様からお心を掛けていただけたことに、とても励まされました。
愛猫は昨晩、天国に旅立ちました。
十六歳と三カ月。元は、道端で烏に襲われかけているところを保護された野良の仔猫でした。
ハチワレのなかなか美人な女の子でした。
この場をお借りして、皆様からのお心遣いに心より感謝を申し上げます。
ありがとうございました。
桃井すもも
馬車の中でも降りるときも、侯爵邸に入るときも、ローレルはジェマイマを抱き上げたままだった。お手を煩わせてはとアルフレッドが申し出ても、ジェマイマを渡すことはなかったのだという。
結局、寝台があるジェマイマの私室までローレルが抱えて運び込んだのだと聞かされて、ジェマイマはもう一度気を失いたくなった。
父ばかりではなくアルフレッドまで、もう少し寝ていろと心配して、翌日は学園も休まされた。
身辺が目まぐるしく変わったことで、確かに心身ともに疲労はあったのだろう。
なにも考えずに眠ることも時には必要かと思えて、ジェマイマは素直に一日を惰眠しながら過ごしていた。
小さく扉をノックする音にジェーンが応対すれば、それはアルフレッドだった。
朝から父やら義母やら時々マシューが「大丈夫か」と度々何度もしつこいくらいに様子を見に来ていた。
ジェーンはその度に応対せねばならないし、ジェマイマも毎度「大丈夫です」と安堵させねばならないしで、病人とは忙しいものだなと思っていた。
アルフレッドは部屋に入ると、寝台から少し離れたところから話しかけてきた。
薄い寝間着姿のジェマイマに、彼は近寄ることをしなかった。
「お嬢様」
「大丈夫よ」
「まだなにも言ってはおりません」
「あら、そうだったわ。なんかもうこのパターンに慣れちゃって、口が勝手に反応するのよ」
アルフレッド相手なら、外では口の重いジェマイマはいくらだって軽口を叩ける。
「お嬢様には、ご自分がお考えになる以上のご負担が掛かっているのだと思います」
「なにが言いたいの?」
「本当に辛くなられたときには、逃げもあるのだと」
「どういうこと?」
「戦場では、戦況が不利である場合には、百戦錬磨の兵士とて時には撤退するものです」
記憶の限り、アルフレッドが戦場に行ったことはないのだが、彼はそんな例え話をした。
「いざとなったらお手伝いいたします」
「アルフレッド?」
「王城からお嬢様をお一人連れ出すことくらい、このアルフレッドができないとお思いですか」
ローレルと婚約したときにジェマイマは夢を見て、そのあと考えた。
死んでしまうくらいなら、王城から逃げ出そう。カーテンを繋ぐことは現実的ではないようだから、輿入れの際に長い縄を持参しよう。
だからここにきて、初めて気がついたのである。
誰かに助けを求めれば良かったのだ。
夢で見た、四度の人生。
馬車の事故や流行病という一度目と二度目は仕方がないが、心を病んだ生でも自害した生でも、一度くらい誰かを頼りにするべきだった。
ジェマイマのことだから、どの生でもきっと、家族や大切な人々を関わらせてはいけないと一人で立ち回っていたのだろう。
父だって、ジェーンだってアルフレッドだって、ジェマイマが助けを求めてくれたならと、そう思ったのではないだろうか。
助けを求めてくれぬほど遠い存在だったのかと、淋しく思ったのではないか。
父はきっと、王家に掛け合ってでも離縁の申し出をしただろう。ジェーンは心が塞いだときにも、ジェマイマを励まし笑わせてくれただろう。
アルフレッドは、ジェマイマがたとえ塔の尖塔に隠されてしまっても、真下から一歩一歩壁をよじ登って助けにきてくれたのではないだろうか。
自分をどうして一人きりだと思ったのか、夢の中のことであるからわからない。
ただ一つだけ確かなことは、現実にはジェマイマは一人ぽっちではなくて、朝から引っ切りなしに見舞う家族と、張りつくように傍を離れない侍女がいるということだった。
戦場なんて知りもしない護衛騎士が、自分を信じろと言っている。
実際には、ジェマイマはローレルから冷遇なんてされていない。
寧ろ彼は紳士的であるし、マシューというジェマイマの心を絆すポイントまでしっかり押さえている。
彼は馬車で気を失ったジェマイマを、護衛騎士であるアルフレッドに任せることもしなかった。
それなのにジェマイマの心の中では、今この瞬間に侯爵家での面々と心の結束が固まった。
対王家、対ローレルというように、「チーム侯爵家」的なモチベーションが出来上がった。全然ローレルは悪くないのに。
そこは気持ちの問題なので、ジェマイマだって、現実のローレルと夢の中の彼の印象とは分けて考えている。
だが「逃げるが勝ち」ということを、心に刻んだのである。
四度も不遇に遭う必要なんてないのだ。
ローレルの心情や都合はあるだろうが、ジェマイマだって人生を捧げる覚悟で妃となるのだ。
今回は、これは怪しいぞと思ったら、チーム侯爵家に助けを求めて、とっとと逃げ出そうと思った。
「ありがとう、アルフレッド。貴方には、塔の先端までよじ登る訓練だけはお願いしておくわね」
そう言えばアルフレッド、「しかと承知いたしました」と返してくれた。
ジェーンが、「私はどうしたら良いですか」と聞いてきたので、「貴女はそのままで良いわ」と言えば、なんだか物足りないというような顔をした。
――――――――――――――――――――
読者の皆様へ
この度は愛猫の急変に際し、ご迷惑をお掛け致しました。
近況ボードでお知らせするべきか迷ったのですが、内容を考えた結果、今作をお読みになっていらっしゃる方々へと作品投稿欄よりお伝えさせて頂きました。
作家からの休載ご連絡のつもりでおりましたが、驚くほど沢山の方々から、いいねとエールを通じてお心遣いを頂戴し、愛猫のために皆様からお心を掛けていただけたことに、とても励まされました。
愛猫は昨晩、天国に旅立ちました。
十六歳と三カ月。元は、道端で烏に襲われかけているところを保護された野良の仔猫でした。
ハチワレのなかなか美人な女の子でした。
この場をお借りして、皆様からのお心遣いに心より感謝を申し上げます。
ありがとうございました。
桃井すもも
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