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第三十四章
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ローレルは華やぎのある王子であるが、決して多弁な質ではない。
ジェマイマと婚約してからは、会えばそれなりにお喋りもするが、それは婚約者の令嬢を気遣ってのことだろう。
だから、応接間に来てからも無言になっているローレルには、ジェマイマはそれほど気にならなかった。
王城で出されるものはなんでも美味しい。
ジェマイマだって侯爵令嬢であるから、高級品には慣れている。そうであるのに王城ときたら、紅茶もお菓子もなにこれ美味しい!そんな感嘆符が幾つも並ぶほど逸品揃いの夢の国だ。
「夢の国だわ」
つい、心の声が漏れ出たが、無言になっているローレルはどうせ聞いちゃいないだろうと気にもしなかった。
「どこが?」
「聞こえていたのですか?」
「この距離で聞こえなかったとしたら、私は立派なご老人だな」
ふふっ、ご老人ですって。ローレル爺さんよ、ねえ聞いた?ジェーン、アルフレッド。
壁際に控える二人に目配せしたが、今日の二人はノリが悪い。
今もまた、《こっちを見てはイカンです》というような顔をしている。寧ろ、《今日は相槌求めないでください》的な意図が顔に見えている。
ノリの悪い二人は放っておいて、ノリどころか全然調子の出ないローレルを無視して、ジェマイマは王城の侍女が茶葉を換えて、二杯目のお茶とお菓子を用意してくれるのを嬉々として待っていた。
「その菓子、外務大臣が外遊土産に持ってきてくれたんだ」
ローレルは、ジェマイマがお菓子を気に入ったことに気づいたようだ。
「まあ、素敵。どちらのお国に行ってらしたのかしら」
「公国だよ。南の辺境伯領と接している」
「ああ、あそこは確かに南国果実が有名ですものね。だからこんな冬の時期にも美味しいフルーツケーキが焼けるのかしら」
砂糖漬けやラム酒漬けのフルーツがたっぷり練り込まれたフルーツケーキは、日持ちもするのに瑞々しい。
ひと言で言うなら「物凄い美味い!」である。
「あのう、ローレル様?」
「なに?」
やっと話しはじめたから聞いても良かろう。ジェマイマは、ローレルが口を開いたこの一瞬を見逃すまいと思った。
「このお菓子、二つ頂戴しちゃってもよろしいかしら」
「⋯⋯。君の使用人の分?」
「駄目?」
ここで駄目と言ったなら、彼はケチな王子と言われるだろう。逆算するように考えて、ジェマイマは遠回しにローレルの返事を誘導してみた。
「いいよ」
若干、ぶっきらぼうにも聞こえなくもないが、ケチ呼ばわりされたくなかったらしいローレルは、お菓子を分けてくれると言った。
「んっん、」
ローレルの侍従がこちらを見て、小さく咳払いをした。
「んっんっん、」
するとアルフレッドまで咳払いをして、この部屋、空気が乾燥しているのだとジェマイマは思った。
そんなジェマイマに、侍従のスティーブがローレルの後ろからこちらを見た。
なぜだろう、その顔に《ご勘弁ください。今は大人しくしていてはくださらないか》と書いているように見えた。
こちらとしては、ジェーンとアルフレッドに、この南国果実の焼き菓子を堪能させてあげられれば問題ないから、お望み通りあとは大人しくしていようと思った。
「夢の話を」
「はい?なんですの?」
「君がさっき言っていた、夢の話を聞かせてはくれないか」
そんなことを聞いてどうするのだろう。
夢はジェマイマだけの世界である。話したとしても、荒唐無稽な夢物語と笑われてしまうだろう。
ジェマイマだって、これまでも突拍子のない夢なら幾つも見てきた。どうして今回ばかり、これほど捉われてしまうのかは、実のところジェマイマにもわからないことだった。
ただ本能が、見逃してはならないと告げるのだ。ただの夢と侮るなかれと訴えかけてくるのであった。
「ローレル様は、きっとお笑いになるでしょう。それくらい、他愛もない夢のお話ですわ」
「他愛もないのかそうではないのか、聞いてみなければわからない」
随分、今日のローレルは面倒くさい。
表情筋が硬いクセに、その気持が顔に出ていたのだろう。
「笑わないよ。決して」
ローレルは、真面目な表情でそう言った。
ジェマイマは悩んだ。
敵将(脳内の)に手駒を教えてどうなる。ジェマイマは用心に用心を重ねてこれからローレルの妃となるのに、それを今ここで打ち明けてしまったら、この賢い王子はきっと、先手先手でジェマイマに先回りをするのではないだろうか。
先回りしたローレルはきっと、ジェマイマが眠剤を飲むときにも、離縁を求めるときにも、きっと邪魔立てするのではなかろうか。
今回は、絶対死んでなるものかと心に決めているから、自ら毒を飲むことはあり得ないが、もしかしたら、このローレルに毒を盛られたりするんだろうか。
「知ってどうなさるの?」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
「夢は私の世界ですわ。他人様に話して理解できるとは思えません」
「もう他人ではないよ。私たちは」
ローレルは、冷ややかな声音で「他人」と言い切ったジェマイマの不敬を指摘することはなかった。
だが室内は、一瞬のうちに緊張した空気が張り詰めて、スティーブの顔にも険しい色が見えた。
「私たちは、これから共に生きていくんだ。まだまだ先は長いよ。その人生を、君を伴侶に選んだのは私なんだ」
ローレルは、この婚約が彼の希望によるものだと打ち明けた。
「だから、君のことを教えてくれないか。勿論、私も話すから」
青い瞳には、偽りの色は見えなかった。
どこまで彼を信じてよいのだろう。
ジェマイマは、一瞬判断に迷った。
ジェマイマと婚約してからは、会えばそれなりにお喋りもするが、それは婚約者の令嬢を気遣ってのことだろう。
だから、応接間に来てからも無言になっているローレルには、ジェマイマはそれほど気にならなかった。
王城で出されるものはなんでも美味しい。
ジェマイマだって侯爵令嬢であるから、高級品には慣れている。そうであるのに王城ときたら、紅茶もお菓子もなにこれ美味しい!そんな感嘆符が幾つも並ぶほど逸品揃いの夢の国だ。
「夢の国だわ」
つい、心の声が漏れ出たが、無言になっているローレルはどうせ聞いちゃいないだろうと気にもしなかった。
「どこが?」
「聞こえていたのですか?」
「この距離で聞こえなかったとしたら、私は立派なご老人だな」
ふふっ、ご老人ですって。ローレル爺さんよ、ねえ聞いた?ジェーン、アルフレッド。
壁際に控える二人に目配せしたが、今日の二人はノリが悪い。
今もまた、《こっちを見てはイカンです》というような顔をしている。寧ろ、《今日は相槌求めないでください》的な意図が顔に見えている。
ノリの悪い二人は放っておいて、ノリどころか全然調子の出ないローレルを無視して、ジェマイマは王城の侍女が茶葉を換えて、二杯目のお茶とお菓子を用意してくれるのを嬉々として待っていた。
「その菓子、外務大臣が外遊土産に持ってきてくれたんだ」
ローレルは、ジェマイマがお菓子を気に入ったことに気づいたようだ。
「まあ、素敵。どちらのお国に行ってらしたのかしら」
「公国だよ。南の辺境伯領と接している」
「ああ、あそこは確かに南国果実が有名ですものね。だからこんな冬の時期にも美味しいフルーツケーキが焼けるのかしら」
砂糖漬けやラム酒漬けのフルーツがたっぷり練り込まれたフルーツケーキは、日持ちもするのに瑞々しい。
ひと言で言うなら「物凄い美味い!」である。
「あのう、ローレル様?」
「なに?」
やっと話しはじめたから聞いても良かろう。ジェマイマは、ローレルが口を開いたこの一瞬を見逃すまいと思った。
「このお菓子、二つ頂戴しちゃってもよろしいかしら」
「⋯⋯。君の使用人の分?」
「駄目?」
ここで駄目と言ったなら、彼はケチな王子と言われるだろう。逆算するように考えて、ジェマイマは遠回しにローレルの返事を誘導してみた。
「いいよ」
若干、ぶっきらぼうにも聞こえなくもないが、ケチ呼ばわりされたくなかったらしいローレルは、お菓子を分けてくれると言った。
「んっん、」
ローレルの侍従がこちらを見て、小さく咳払いをした。
「んっんっん、」
するとアルフレッドまで咳払いをして、この部屋、空気が乾燥しているのだとジェマイマは思った。
そんなジェマイマに、侍従のスティーブがローレルの後ろからこちらを見た。
なぜだろう、その顔に《ご勘弁ください。今は大人しくしていてはくださらないか》と書いているように見えた。
こちらとしては、ジェーンとアルフレッドに、この南国果実の焼き菓子を堪能させてあげられれば問題ないから、お望み通りあとは大人しくしていようと思った。
「夢の話を」
「はい?なんですの?」
「君がさっき言っていた、夢の話を聞かせてはくれないか」
そんなことを聞いてどうするのだろう。
夢はジェマイマだけの世界である。話したとしても、荒唐無稽な夢物語と笑われてしまうだろう。
ジェマイマだって、これまでも突拍子のない夢なら幾つも見てきた。どうして今回ばかり、これほど捉われてしまうのかは、実のところジェマイマにもわからないことだった。
ただ本能が、見逃してはならないと告げるのだ。ただの夢と侮るなかれと訴えかけてくるのであった。
「ローレル様は、きっとお笑いになるでしょう。それくらい、他愛もない夢のお話ですわ」
「他愛もないのかそうではないのか、聞いてみなければわからない」
随分、今日のローレルは面倒くさい。
表情筋が硬いクセに、その気持が顔に出ていたのだろう。
「笑わないよ。決して」
ローレルは、真面目な表情でそう言った。
ジェマイマは悩んだ。
敵将(脳内の)に手駒を教えてどうなる。ジェマイマは用心に用心を重ねてこれからローレルの妃となるのに、それを今ここで打ち明けてしまったら、この賢い王子はきっと、先手先手でジェマイマに先回りをするのではないだろうか。
先回りしたローレルはきっと、ジェマイマが眠剤を飲むときにも、離縁を求めるときにも、きっと邪魔立てするのではなかろうか。
今回は、絶対死んでなるものかと心に決めているから、自ら毒を飲むことはあり得ないが、もしかしたら、このローレルに毒を盛られたりするんだろうか。
「知ってどうなさるの?」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
「夢は私の世界ですわ。他人様に話して理解できるとは思えません」
「もう他人ではないよ。私たちは」
ローレルは、冷ややかな声音で「他人」と言い切ったジェマイマの不敬を指摘することはなかった。
だが室内は、一瞬のうちに緊張した空気が張り詰めて、スティーブの顔にも険しい色が見えた。
「私たちは、これから共に生きていくんだ。まだまだ先は長いよ。その人生を、君を伴侶に選んだのは私なんだ」
ローレルは、この婚約が彼の希望によるものだと打ち明けた。
「だから、君のことを教えてくれないか。勿論、私も話すから」
青い瞳には、偽りの色は見えなかった。
どこまで彼を信じてよいのだろう。
ジェマイマは、一瞬判断に迷った。
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