ジェマイマの憂鬱

桃井すもも

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第三十六章

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 夢は酷く断片的なもので、その前後になにがあったかわからない。
 だが、はっきりしていたのは、ジェマイマとローレルの間には王子が一人生まれていた。
 
 彼は、父親の髪色を、王家の色を持たずに生まれた。ジェマイマに似ていたのである。

 漆黒の髪に青い瞳。同じ青でもローレルのそれよりも更に濃く深い色だった。
 それでも涼しげな柳眉がローレルによく似ている。面立ちも、気品があって父親譲りだ。

 それなのに、髪と瞳の色は母親であるジェマイマにも、その護衛騎士であるアルフレッドにもよく似て見えたのが災いした。

 思えばローレルは、レオンを身籠るもっと前から、ジェマイマを疑っていたのではないか。

 側近も重鎮たちも、国王も王妃も皆、侯爵家の父も義母までも、レオンはローレルの子だと信じていたのに、どうしてか、実父であるローレルだけが我が子と認めてくれなかった。

 それなのに、彼はレオンをジェマイマから引き離した。

「ジェマイマ。托卵は重罪だよ。君の生家だって取り潰しだ」

 夢で聞いた冷たい声が、まだ耳に残っている。

「托卵なんてしていないわ。私が愛したのは貴方しかいないのよ」

 口下手なジェマイマなのに、必死に説得を試みた。

「お願い、レオンに会わせて」
「君が愛しているのは産んだ子供か?産ませた男か?」

 ローレルは、こんな頑なな人ではなかった。懐妊したときには確かに喜んでくれたのだ。

 本当に?本当に本心から喜んだの?

 ジェマイマは、日に日に憔悴していく。

 夢から覚めた今ならわかる。ジェマイマは、王城から逃げることを選ばなかったのだ。王城にレオンを残して行けなかった。

 四度目の生では離縁を望んで、レオンを生家で引き取りたいと申し出た。けれども、離縁もレオンの身柄も何一つ、ローレルは許してはくれなかった。
 そんなことなら、怒鳴って怒って暴れながらジェマイマを詰ってくれたほうがマシだった。

 だが彼は、冷たい笑みを浮かべて皮肉を口にして、そしてなぜなのか、決してジェマイマを手放そうとはしなかった。

 レオンは彼の目の届くところで養育されているが、きっと愛されてはいなかっただろう。
 ジェマイマは、日々成長するレオンの姿を探して、遠目でも、ひと目でも見たいと城の中を歩く。

 流行病も不眠もすべて、心を弱らせてしまった結果だった。
 公務も執務も熟しているのに、公の場でもローレルにエスコートされるのに、どうしていつまで経っても、ローレルはジェマイマを信じてくれないのだろう。

 ジェマイマは、アルフレッドもジェーンも輿入れのときに連れて来ていた。だが、托卵だなんて言葉を聞かされたその夜に、ジェマイマは二人を王城から出した。身柄は生家の父が護ってくれると託しながら。

 夢の中でもジェマイマは、父もジェーンもアルフレッドのことも、ちゃんと頼りにして信じていた。
 そんな姿をローレルは、ますます邪推したのだろうか。

「レオン⋯⋯レオン⋯⋯」

 ジェマイマは、寝台に横たわりながらその名を呼んだ。
 実際のジェマイマは、まだ学生でローレルとは婚約したばかりである。

 なのに、呼んだそばから誰かの声が重なるように思えた。それは夢の中の、今より数年経っているだろうジェマイマが嘆く声に思えた。

 夢の中でジェマイマは、愛しているのに会えない息子と、愛されたことが過去になってしまった夫を思いながら、耐え難い孤独と絶望に溺れそうになっていた。

 そばには馴染んだ侍女ジェーン護衛アルフレッドもいない。せめて二人は無事でいてほしい。

 幸い王家はレオンの血を認めて、生家に害は及ばずにいたようだ。

 そこまでのことがわかるほど、短い夢は濃厚な闇をジェマイマに見せつけた。

「馬車の事故だって⋯⋯」

 夢の中でジェマイマは、レオンが城から外に出たことを知って、その後を追いかけた。事故は確かに偶然だったが、レオンが乗った馬車を追わなければ、そんな事故に遭遇することもなかっただろう。

 ひと目だけでもあの子に会いたい。レオンは、自分に母がいることを知っているだろうか。
 そんな当たり前のことを本気で考えてしまうほど、ジェマイマは追い詰められていた。

 夢の中でジェマイマは、自分で思うよりずっと情の深い気質であった。そんなジェマイマを、ローレルは深く愛してくれたはずだった。きっと彼こそジェマイマより更に情の濃い気質をしていたのだろう。
 彼は、まるで憎悪するほどジェマイマを愛していたのだろう。


 夢から覚めてもジェマイマは、暫く呆然となって天井を見たまま動けなかった。

 四度の人生がなんなのか、全く理解ができなかった。
 だが、四度あったかもしれない人生は、すべてジェマイマが漆黒の髪を持つレオンを産んで、そこから歯車が狂い始めて人生は暗転していく。

 四度とも、ローレルの凍った心を溶かせずに、ジェマイマは失意のうちにこの世を去る。

 明らかに自死をした四度目は、どんな絶望を抱えてしまったのか。自ら死を願ったのはきっと、離縁も許されずレオンも引き取れず、多分レオンを遠くに隠されてしまったのではないだろうか。

「離宮だったのかしら」

 王家には、王都の外れに所有する塔がある。
 離宮なんて呼ばれているが、完全なる王族専用の幽閉塔である。

 ローレルはもしかして、裏切りの子と信じたレオンを、幽閉してしまったのではないだろうか。

 夢は断片的に驚くほど鮮明であるのに、背景となる詳細はうっすらとぼかされていた。

 どう考えても、自分であるのに自分らしくない。
 本来のジェマイマであるならきっと、ローレルがレオンを疑ったその最初のときに、彼との離縁を考えているだろう。

 馬鹿を言ってもらっては困るのだ。
 不貞を疑う?我が子を疑う?
 そんな夫も父親も必要なかろう。世の中には、言って良いことと悪いことがあるのだ。

 そうローレルの面前で啖呵を切ってしまう自信がある。

 ローレルは、ジェマイマが激昂してそんなことを言ったなら、どう答えるだろう。
 彼は果たして、闇雲に妻を疑い、アルフレッドの忠臣を邪な目で捉えるような人物だろうか。

 周囲が説得するのも聞き入れず、妃に冷遇と執着を見せて、我が子を幽閉なんてするだろうか。
 
 彼ならきっと、どれほど疑わしくとも一度は耳を貸してくれるだろう。
 ジェマイマが、短い婚約期間で知ったローレルとは、本来そんなひとである。

 そこでジェマイマは、気がついた。

「待って、まさかそんなこと」

 そんなことがあるだろうか。だが、ジェマイマは自分自身が今も不可思議な体験をしている。彼が同じような体験をしていないとどうして言えるか。

「ローレル様、貴方⋯⋯」

 ローレルが、ジェマイマの夢の話を聞きたがったことに、ここにきてようやくジェマイマは思い至った。



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