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第三十七章
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翌日、妃教育を終えたジェマイマは、ローレルとの茶会の席にいた。
昨日見た夢は、ジェマイマに確信をさせた。
多分、ローレルも同じ夢を見たのではないか。四度繰り返される人生を、彼もまた知っているのではないか。
大きな窓が結露で曇るほど十分に暖められた部屋で、ローレルはジェマイマを待っていた。
それほど長くない婚約期間で、彼はジェマイマが寒がりなのを憶えてくれた。二人で会う茶会以外でも、妃教育を受ける部屋はいつでも暖かく整えられていた。
寧ろ暑いと感じるほどで、平熱の高いジェーンは頬が赤く火照って見えるほどであった。
思えばそれも、きっとローレルがジェマイマを気遣ってくれていたからだろう。
今日の茶会では、ジェーンもアルフレッドも同席を許されなかった。ローレルもまた、スティーブと護衛の近衛騎士を扉の外に控えさせて、室内にはジェマイマだけが通された。
婚約したとはいえ未婚の男女である。
本来ならあり得ないことではあるが、なぜかこの日は誰もローレルを諌めることはせずに、ただアルフレッドが厳しい表情をしたのだった。
侍女もいない部屋だったから、ジェマイマはローレルのために手ずからお茶を淹れた。
そして、単刀直入に尋ねたのだった。夢の中のジェマイマよりも、現実のジェマイマはストレートである。
「ローレル様。貴方はどんな夢を見たのです?」
そう尋ねたジェマイマに、ローレルは一瞬驚くような顔をしたが、直ぐに眉を下げて笑みを浮かべた。
それはどこが悲しげで、どこか自虐的な笑みに見えた。
ジェマイマの淹れたお茶を口に含んだローレルは、窓に目をやり外の風景に目をやった。結露で濡れた窓からは外の景色は滲んで見えた。
「立太子したその夜から、四夜続けて夢を見た」
ローレルはこちらへ向き直ると、ジェマイマを見つめてそう言った。ローレルが立太子したのは三年前の、学園に入学する直前である。
「毎夜、違う人生を生きる夢を見たんだ」
傍から聞いたなら、ただの夢見の話である。だがローレルは、そこで頷いただけのジェマイマを見て、彼もまた確信をしたのだろう。
ジェマイマは驚かなかった。二人は互いに同じ夢を共有しているのか、それともどこか異なる夢を見ていたのだろうか。
「そこで私は四度とも、君を死に追いやった」
表情を動かさないジェマイマに、ローレルはまたあの哀しそうな笑みを浮かべた。
「四度とも、君はとても美しくて、とても魅力的だった。四度とも、私は君を心から愛していたようだった」
そう言ってローレルは、右手の平を胸に当てた。
「ここが酷く痛んだ。夢の中で君の姿を目にすると酷く胸が痛むんだ。一層、剣で貫いて、この悪夢のような人生から解放してほしいと願うほど」
「ローレル様。貴方、夢の中で苦しかったの?」
「当たり前だろう。あんなに君を泣かせても、自分を止めることができなかった。自分の心であるのに制御ができない。なのに夜には君を傷つけるほど愛さずにはいられない」
ジェマイマの夢の中で、ローレルはジェマイマを放置も放任もすることはなかった。
あれだけ冷たい顔をして、なのに閨では執拗にジェマイマを愛した。
それはまるで、今度こそ金色の巻き毛を持つ王子を産めという、責め苦のような愛し方だった。
「いつでも君を求めていたさ。それなのに、何度も同じ子が生まれる。四度が四度とも、君によく似た漆黒の髪に夜より深い濃紺の瞳を持った子が生まれる」
君に似ている、だが、あの護衛にもとてもよく似ているんだ、そうローレルはジェマイマを見つめて言った。
「たかが夢よ」
「されど夢だろう」
いっときの静寂のあと、ローレルは声音を明るくして言った。
「王族はね、うんざりするほど神殿での神事に参加させられるんだ。君も知っているだろう?」
ジェマイマも、一度だけ神殿での儀式に参列した。なにせ、ローレルとの婚約を神前で報告する、言わば二人が主役の儀式だった。そこであの老神官の目の前で、二人で無駄口を叩いて注意をされていた。
「その所為か、王族の直系には現実で説明のつかない体験をすることが度々ある」
「直系?」
「うん。なぜなのか、傍系には起こらないらしい。立太子した王子や王女以外には」
それはつまり、傍系であっても次の王家を担う者には、何がしかの経験があったと言うことなのだろう。
「貴方は夢をその体験だと思うのね?」
「一晩に一つずつ、いつの人生かわからない生を見せられる。それが四夜きっちり続いたんだ。まるで自分が愚かな過ちを何度も何度も繰り返すようで、四日目に私は絶望していたよ」
ローレルは、相変わらず笑みを浮かべていたが、自虐的な色はますます濃くなるように見えた。
「絶望?」
「四度も君を死なせてしまった。四度目は、私も同じ毒を呷った」
「え!?」
ジェマイマは、四度自分が死ぬ夢を見た。だが当然と言えば当然なのだが、ジェマイマには自身が死んでしまった後のことは、夢の中でも知り得ないことだった。
「駄目じゃない、死んじゃったの!?貴方、国王になるのよ!」
「ははは」
ローレルはそこで行き成り笑い出した。
「ローレル様?」
「やっぱり君は君だな、ジェマイマ。君はちゃんと私を叱ってくれ。君だけは、私の過ちを咎めてほしい」
ローレルは、ジェマイマを見つめて微笑んだ。穏やかな優しい笑顔を見せた。
「君を信じているんだよ」
夢の中では四度ともジェマイマを信じてはくれなかったローレルは、五度目の生でようやくジェマイマを信じると言ったのだった。
昨日見た夢は、ジェマイマに確信をさせた。
多分、ローレルも同じ夢を見たのではないか。四度繰り返される人生を、彼もまた知っているのではないか。
大きな窓が結露で曇るほど十分に暖められた部屋で、ローレルはジェマイマを待っていた。
それほど長くない婚約期間で、彼はジェマイマが寒がりなのを憶えてくれた。二人で会う茶会以外でも、妃教育を受ける部屋はいつでも暖かく整えられていた。
寧ろ暑いと感じるほどで、平熱の高いジェーンは頬が赤く火照って見えるほどであった。
思えばそれも、きっとローレルがジェマイマを気遣ってくれていたからだろう。
今日の茶会では、ジェーンもアルフレッドも同席を許されなかった。ローレルもまた、スティーブと護衛の近衛騎士を扉の外に控えさせて、室内にはジェマイマだけが通された。
婚約したとはいえ未婚の男女である。
本来ならあり得ないことではあるが、なぜかこの日は誰もローレルを諌めることはせずに、ただアルフレッドが厳しい表情をしたのだった。
侍女もいない部屋だったから、ジェマイマはローレルのために手ずからお茶を淹れた。
そして、単刀直入に尋ねたのだった。夢の中のジェマイマよりも、現実のジェマイマはストレートである。
「ローレル様。貴方はどんな夢を見たのです?」
そう尋ねたジェマイマに、ローレルは一瞬驚くような顔をしたが、直ぐに眉を下げて笑みを浮かべた。
それはどこが悲しげで、どこか自虐的な笑みに見えた。
ジェマイマの淹れたお茶を口に含んだローレルは、窓に目をやり外の風景に目をやった。結露で濡れた窓からは外の景色は滲んで見えた。
「立太子したその夜から、四夜続けて夢を見た」
ローレルはこちらへ向き直ると、ジェマイマを見つめてそう言った。ローレルが立太子したのは三年前の、学園に入学する直前である。
「毎夜、違う人生を生きる夢を見たんだ」
傍から聞いたなら、ただの夢見の話である。だがローレルは、そこで頷いただけのジェマイマを見て、彼もまた確信をしたのだろう。
ジェマイマは驚かなかった。二人は互いに同じ夢を共有しているのか、それともどこか異なる夢を見ていたのだろうか。
「そこで私は四度とも、君を死に追いやった」
表情を動かさないジェマイマに、ローレルはまたあの哀しそうな笑みを浮かべた。
「四度とも、君はとても美しくて、とても魅力的だった。四度とも、私は君を心から愛していたようだった」
そう言ってローレルは、右手の平を胸に当てた。
「ここが酷く痛んだ。夢の中で君の姿を目にすると酷く胸が痛むんだ。一層、剣で貫いて、この悪夢のような人生から解放してほしいと願うほど」
「ローレル様。貴方、夢の中で苦しかったの?」
「当たり前だろう。あんなに君を泣かせても、自分を止めることができなかった。自分の心であるのに制御ができない。なのに夜には君を傷つけるほど愛さずにはいられない」
ジェマイマの夢の中で、ローレルはジェマイマを放置も放任もすることはなかった。
あれだけ冷たい顔をして、なのに閨では執拗にジェマイマを愛した。
それはまるで、今度こそ金色の巻き毛を持つ王子を産めという、責め苦のような愛し方だった。
「いつでも君を求めていたさ。それなのに、何度も同じ子が生まれる。四度が四度とも、君によく似た漆黒の髪に夜より深い濃紺の瞳を持った子が生まれる」
君に似ている、だが、あの護衛にもとてもよく似ているんだ、そうローレルはジェマイマを見つめて言った。
「たかが夢よ」
「されど夢だろう」
いっときの静寂のあと、ローレルは声音を明るくして言った。
「王族はね、うんざりするほど神殿での神事に参加させられるんだ。君も知っているだろう?」
ジェマイマも、一度だけ神殿での儀式に参列した。なにせ、ローレルとの婚約を神前で報告する、言わば二人が主役の儀式だった。そこであの老神官の目の前で、二人で無駄口を叩いて注意をされていた。
「その所為か、王族の直系には現実で説明のつかない体験をすることが度々ある」
「直系?」
「うん。なぜなのか、傍系には起こらないらしい。立太子した王子や王女以外には」
それはつまり、傍系であっても次の王家を担う者には、何がしかの経験があったと言うことなのだろう。
「貴方は夢をその体験だと思うのね?」
「一晩に一つずつ、いつの人生かわからない生を見せられる。それが四夜きっちり続いたんだ。まるで自分が愚かな過ちを何度も何度も繰り返すようで、四日目に私は絶望していたよ」
ローレルは、相変わらず笑みを浮かべていたが、自虐的な色はますます濃くなるように見えた。
「絶望?」
「四度も君を死なせてしまった。四度目は、私も同じ毒を呷った」
「え!?」
ジェマイマは、四度自分が死ぬ夢を見た。だが当然と言えば当然なのだが、ジェマイマには自身が死んでしまった後のことは、夢の中でも知り得ないことだった。
「駄目じゃない、死んじゃったの!?貴方、国王になるのよ!」
「ははは」
ローレルはそこで行き成り笑い出した。
「ローレル様?」
「やっぱり君は君だな、ジェマイマ。君はちゃんと私を叱ってくれ。君だけは、私の過ちを咎めてほしい」
ローレルは、ジェマイマを見つめて微笑んだ。穏やかな優しい笑顔を見せた。
「君を信じているんだよ」
夢の中では四度ともジェマイマを信じてはくれなかったローレルは、五度目の生でようやくジェマイマを信じると言ったのだった。
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