ジェマイマの憂鬱

桃井すもも

文字の大きさ
39 / 44

第三十八章

しおりを挟む
「君を信じているから、輿入れの際にあの護衛を連れることを許したんだ」

 それに、とローレルは続けた。

「彼はオスカーの従兄だろう。二人並べば兄弟と見紛うほどよく似ているのに、彼ばかりを排除する意味がないだろう」

 それは本当のことで、漆黒の髪も濃く青い瞳も、アルフレッドとオスカーはそっくりだった。そしてジェマイマもまた、同じような髪と瞳を持っている。

「学園に入って君を間近で見たときに、私は正直なところ恐ろしかった」

「恐ろしい?」

 小柄で痩せ気味のジェマイマである。大きいのは態度だけだろう。

「運命とは、どう足掻いても変えられないのかと、恐ろしく思った。それに、」

 それに、と言って、ローレルはふっと淋しげな顔をした。

「全ての間違いは、君を妃に選んだことから始まった」
「どういう意味?」
かつて君とアルフレッドに婚約の話があったと、そうオスカーから聞いたときに、何度も何度も過ちを繰り返す意味がわかった気がしたんだ」

 ジェマイマが侯爵家の嫡女であったときに、アルフレッドを婿入りさせる話があったのは確かである。だがそれは、マシューの誕生で話が変わった。

「もう三年も前に終わった話です」
「君はそうかもしれないね。だが、彼はどうなんだろうな」

 アルフレッドには、今も婚約者がいない。彼はいつでもジェマイマを護る騎士であり友であり兄である。

「アルフレッドの気持ちを憶測で口にしないでいただきたいわ。そんなことよりローレル様」
「⋯⋯なに?」
「私のことを考えて。私は貴方に嫁ぐ覚悟をしたのです。貴方はアルフレッドのことではなくて、私だけを見てちょうだい」

 私を見て。私を信じて。
 それはまるで、繰り返される四度の生で、ジェマイマがローレルに訴え続けた言葉のようであった。
 ジェマイマの感情に過去のジェマイマが重なるように、五つの人生と五人のジェマイマが合わさって、ジェマイマは重なる思いのまま声を発した。

「私を愛してちょうだい」

 ローレルは、ジェマイマを見つめたまま身動き一つしなかった。まるで精巧な人形にでもなったように、まばたき一つしなかった。
 ローレルは、そこではっと息を吐いて、口を開いた。

「私こそ⋯⋯」
「ローレル様?」
「私こそ君を諦められなかった。今世では、まだ他人であるのに、君しか考えられなかった」
「ローレル様、なにを仰っているの?」

 ジェマイマは、婚約するまでローレルとは交流がなかった。デビュタントの直前まで嫡女であったジェマイマは、誰かに嫁ぐ身ではなかった。当然、王太子の妃候補にもなっていない。候補選びの茶会にも招かれてはいなかった。

「妃選びなら方法はほかにもあったんだ。少しくらい齢が離れていても、国内には令嬢もいれば、他国の王女の願うことも無理ではなかった。なのに君ときたら」

 言葉を途中でやめてしまったローレルは、ジェマイマに笑いかけた。先ほどから彼はずっと笑っているのに、どうしてか胸が痛むほど切なくなる。

「君ってひとは、いつまでも婚約者を据えることなく、平気な顔をして私の前に現れる」
「え?どこでお会いしたかしら」
「学園ですれ違ったよね」

 ええ?それだけ?と、正直なところジェマイマはそう思った。

「それだけ?」

 正直者のジェマイマだから、心の声は筒抜けだった。

「十分だろう?ホント、君って酷いひとだよ。夢の中の君は確かに美しくて、魅力的だった。それなのに目の前に現れた君は、もっと可愛くてもっと面白くて、もっと魅力的だったんだ」

 ジェマイマは、自分は不器用者としか思えなかったから、もしやローレルは人違いをしてしまったのかと思った。

「自覚がないんだ。君は君が思うほど目立たない存在ではないんだよ」

 ジェマイマには、どう考えても思い当たる節がない。魅力?魅力って、地味とか不器用ってことを言うの?と、そんなことを考えた。

「君がいつまで経っても誰のものにもなってくれないから、もう仕方がないのだと諦めたんだ。ジェマイマ。運命とは抗えないものなんだな」
「運命⋯⋯」
「何度も繰り返されるのは、きっとやり直しが必要だからだ。やり直さねばならないのは、私と君の関係なんだろうな」

 やり直す。それは夢の中のことではないのか。だが、ジェマイマとローレルは同じ夢を見ていた。それを偶然と言うのは無理だろう。

「私なりに、悲劇的な運命を避けたいと思っていた。君と関わりさえしなければ、そんな人生は避けられるのではないかと考えた。今回はまだ間に合うと、そう思った。けれど思考と魂は別のことを考えるらしい。なぜならジェマイマ」

 ジェマイマの名を呼んで、ローレルはじっとこちらを見つめた。まるでジェマイマの中に、過去の四人のジェマイマを探すような眼差しだった。

「私はね、君を得られて歓喜したんだ。君へ婚約の打診をして、侯爵から諾とする書簡を受け取った時に、ありとあらゆる感情が溢れるようだった」
「⋯⋯ローレル様」
「歓喜だよ。すべて喜びの感情だった。その時に、私は誓ったんだ」
「誓い?」
「そうだよ、ジェマイマ。抗えないのが運命なら、その運命に今度こそ抗って、君を信じて愛すると、そう誓ったんだ」

 ローレルの青い瞳に朱が差したようだった。いつもの軽やかで華やぎがある彼は鳴りをひそめて、情念にも似た真っ赤な感情が眼差しから放出されるように思えた。

「本当に、」

 ジェマイマは、その燃えるような瞳を見つめてローレルに確かめた。

「本当に、今度こそ私を信じてくださるの?」
「信じるよ」
「今度こそ、愛してくださるの?」
「いつだって愛していた。憎いほど、愛さずにはいられなかった」
「私が黒髪の王子を産んだら、貴方は今度こそ愛してくれるの?」
「ああ」

 ああ、と小さく答えた後に、ローレルは言った。

「どんな姿をしていても、君が産んだ赤児あかごは全て私の子だ。大切に愛すると誓う」

 ジェマイマは、自分の背後に並び立った四人のジェマイマたちが、一人、また一人と薄くなって消えていくのを感じた。

 哀しい人生を終えた彼女たちが、ようやく長い苦悩から解放されたのだと思った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

【完結】私の婚約者はもう死んだので

miniko
恋愛
「私の事は死んだものと思ってくれ」 結婚式が約一ヵ月後に迫った、ある日の事。 そう書き置きを残して、幼い頃からの婚約者は私の前から姿を消した。 彼の弟の婚約者を連れて・・・・・・。 これは、身勝手な駆け落ちに振り回されて婚姻を結ばざるを得なかった男女が、すれ違いながらも心を繋いでいく物語。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしていません。本編より先に読む場合はご注意下さい。

ほんの少しの仕返し

turarin
恋愛
公爵夫人のアリーは気づいてしまった。夫のイディオンが、離婚して戻ってきた従姉妹フリンと恋をしていることを。 アリーの実家クレバー侯爵家は、王国一の商会を経営している。その財力を頼られての政略結婚であった。 アリーは皇太子マークと幼なじみであり、マークには皇太子妃にと求められていたが、クレバー侯爵家の影響力が大きくなることを恐れた国王が認めなかった。 皇太子妃教育まで終えている、優秀なアリーは、陰に日向にイディオンを支えてきたが、真実を知って、怒りに震えた。侯爵家からの離縁は難しい。 ならば、周りから、離縁を勧めてもらいましょう。日々、ちょっとずつ、仕返ししていけばいいのです。 もうすぐです。 さようなら、イディオン たくさんのお気に入りや♥ありがとうございます。感激しています。

処理中です...