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第三十八章
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「君を信じているから、輿入れの際にあの護衛を連れることを許したんだ」
それに、とローレルは続けた。
「彼はオスカーの従兄だろう。二人並べば兄弟と見紛うほどよく似ているのに、彼ばかりを排除する意味がないだろう」
それは本当のことで、漆黒の髪も濃く青い瞳も、アルフレッドとオスカーはそっくりだった。そしてジェマイマもまた、同じような髪と瞳を持っている。
「学園に入って君を間近で見たときに、私は正直なところ恐ろしかった」
「恐ろしい?」
小柄で痩せ気味のジェマイマである。大きいのは態度だけだろう。
「運命とは、どう足掻いても変えられないのかと、恐ろしく思った。それに、」
それに、と言って、ローレルはふっと淋しげな顔をした。
「全ての間違いは、君を妃に選んだことから始まった」
「どういう意味?」
「嘗て君とアルフレッドに婚約の話があったと、そうオスカーから聞いたときに、何度も何度も過ちを繰り返す意味がわかった気がしたんだ」
ジェマイマが侯爵家の嫡女であったときに、アルフレッドを婿入りさせる話があったのは確かである。だがそれは、マシューの誕生で話が変わった。
「もう三年も前に終わった話です」
「君はそうかもしれないね。だが、彼はどうなんだろうな」
アルフレッドには、今も婚約者がいない。彼はいつでもジェマイマを護る騎士であり友であり兄である。
「アルフレッドの気持ちを憶測で口にしないでいただきたいわ。そんなことよりローレル様」
「⋯⋯なに?」
「私のことを考えて。私は貴方に嫁ぐ覚悟をしたのです。貴方はアルフレッドのことではなくて、私だけを見てちょうだい」
私を見て。私を信じて。
それはまるで、繰り返される四度の生で、ジェマイマがローレルに訴え続けた言葉のようであった。
ジェマイマの感情に過去のジェマイマが重なるように、五つの人生と五人のジェマイマが合わさって、ジェマイマは重なる思いのまま声を発した。
「私を愛してちょうだい」
ローレルは、ジェマイマを見つめたまま身動き一つしなかった。まるで精巧な人形にでもなったように、まばたき一つしなかった。
ローレルは、そこではっと息を吐いて、口を開いた。
「私こそ⋯⋯」
「ローレル様?」
「私こそ君を諦められなかった。今世では、まだ他人であるのに、君しか考えられなかった」
「ローレル様、なにを仰っているの?」
ジェマイマは、婚約するまでローレルとは交流がなかった。デビュタントの直前まで嫡女であったジェマイマは、誰かに嫁ぐ身ではなかった。当然、王太子の妃候補にもなっていない。候補選びの茶会にも招かれてはいなかった。
「妃選びなら方法はほかにもあったんだ。少しくらい齢が離れていても、国内には令嬢もいれば、他国の王女の願うことも無理ではなかった。なのに君ときたら」
言葉を途中でやめてしまったローレルは、ジェマイマに笑いかけた。先ほどから彼はずっと笑っているのに、どうしてか胸が痛むほど切なくなる。
「君ってひとは、いつまでも婚約者を据えることなく、平気な顔をして私の前に現れる」
「え?どこでお会いしたかしら」
「学園ですれ違ったよね」
ええ?それだけ?と、正直なところジェマイマはそう思った。
「それだけ?」
正直者のジェマイマだから、心の声は筒抜けだった。
「十分だろう?ホント、君って酷いひとだよ。夢の中の君は確かに美しくて、魅力的だった。それなのに目の前に現れた君は、もっと可愛くてもっと面白くて、もっと魅力的だったんだ」
ジェマイマは、自分は不器用者としか思えなかったから、もしやローレルは人違いをしてしまったのかと思った。
「自覚がないんだ。君は君が思うほど目立たない存在ではないんだよ」
ジェマイマには、どう考えても思い当たる節がない。魅力?魅力って、地味とか不器用ってことを言うの?と、そんなことを考えた。
「君がいつまで経っても誰のものにもなってくれないから、もう仕方がないのだと諦めたんだ。ジェマイマ。運命とは抗えないものなんだな」
「運命⋯⋯」
「何度も繰り返されるのは、きっとやり直しが必要だからだ。やり直さねばならないのは、私と君の関係なんだろうな」
やり直す。それは夢の中のことではないのか。だが、ジェマイマとローレルは同じ夢を見ていた。それを偶然と言うのは無理だろう。
「私なりに、悲劇的な運命を避けたいと思っていた。君と関わりさえしなければ、そんな人生は避けられるのではないかと考えた。今回はまだ間に合うと、そう思った。けれど思考と魂は別のことを考えるらしい。なぜならジェマイマ」
ジェマイマの名を呼んで、ローレルはじっとこちらを見つめた。まるでジェマイマの中に、過去の四人のジェマイマを探すような眼差しだった。
「私はね、君を得られて歓喜したんだ。君へ婚約の打診をして、侯爵から諾とする書簡を受け取った時に、ありとあらゆる感情が溢れるようだった」
「⋯⋯ローレル様」
「歓喜だよ。すべて喜びの感情だった。その時に、私は誓ったんだ」
「誓い?」
「そうだよ、ジェマイマ。抗えないのが運命なら、その運命に今度こそ抗って、君を信じて愛すると、そう誓ったんだ」
ローレルの青い瞳に朱が差したようだった。いつもの軽やかで華やぎがある彼は鳴りをひそめて、情念にも似た真っ赤な感情が眼差しから放出されるように思えた。
「本当に、」
ジェマイマは、その燃えるような瞳を見つめてローレルに確かめた。
「本当に、今度こそ私を信じてくださるの?」
「信じるよ」
「今度こそ、愛してくださるの?」
「いつだって愛していた。憎いほど、愛さずにはいられなかった」
「私が黒髪の王子を産んだら、貴方は今度こそ愛してくれるの?」
「ああ」
ああ、と小さく答えた後に、ローレルは言った。
「どんな姿をしていても、君が産んだ赤児は全て私の子だ。大切に愛すると誓う」
ジェマイマは、自分の背後に並び立った四人のジェマイマたちが、一人、また一人と薄くなって消えていくのを感じた。
哀しい人生を終えた彼女たちが、ようやく長い苦悩から解放されたのだと思った。
それに、とローレルは続けた。
「彼はオスカーの従兄だろう。二人並べば兄弟と見紛うほどよく似ているのに、彼ばかりを排除する意味がないだろう」
それは本当のことで、漆黒の髪も濃く青い瞳も、アルフレッドとオスカーはそっくりだった。そしてジェマイマもまた、同じような髪と瞳を持っている。
「学園に入って君を間近で見たときに、私は正直なところ恐ろしかった」
「恐ろしい?」
小柄で痩せ気味のジェマイマである。大きいのは態度だけだろう。
「運命とは、どう足掻いても変えられないのかと、恐ろしく思った。それに、」
それに、と言って、ローレルはふっと淋しげな顔をした。
「全ての間違いは、君を妃に選んだことから始まった」
「どういう意味?」
「嘗て君とアルフレッドに婚約の話があったと、そうオスカーから聞いたときに、何度も何度も過ちを繰り返す意味がわかった気がしたんだ」
ジェマイマが侯爵家の嫡女であったときに、アルフレッドを婿入りさせる話があったのは確かである。だがそれは、マシューの誕生で話が変わった。
「もう三年も前に終わった話です」
「君はそうかもしれないね。だが、彼はどうなんだろうな」
アルフレッドには、今も婚約者がいない。彼はいつでもジェマイマを護る騎士であり友であり兄である。
「アルフレッドの気持ちを憶測で口にしないでいただきたいわ。そんなことよりローレル様」
「⋯⋯なに?」
「私のことを考えて。私は貴方に嫁ぐ覚悟をしたのです。貴方はアルフレッドのことではなくて、私だけを見てちょうだい」
私を見て。私を信じて。
それはまるで、繰り返される四度の生で、ジェマイマがローレルに訴え続けた言葉のようであった。
ジェマイマの感情に過去のジェマイマが重なるように、五つの人生と五人のジェマイマが合わさって、ジェマイマは重なる思いのまま声を発した。
「私を愛してちょうだい」
ローレルは、ジェマイマを見つめたまま身動き一つしなかった。まるで精巧な人形にでもなったように、まばたき一つしなかった。
ローレルは、そこではっと息を吐いて、口を開いた。
「私こそ⋯⋯」
「ローレル様?」
「私こそ君を諦められなかった。今世では、まだ他人であるのに、君しか考えられなかった」
「ローレル様、なにを仰っているの?」
ジェマイマは、婚約するまでローレルとは交流がなかった。デビュタントの直前まで嫡女であったジェマイマは、誰かに嫁ぐ身ではなかった。当然、王太子の妃候補にもなっていない。候補選びの茶会にも招かれてはいなかった。
「妃選びなら方法はほかにもあったんだ。少しくらい齢が離れていても、国内には令嬢もいれば、他国の王女の願うことも無理ではなかった。なのに君ときたら」
言葉を途中でやめてしまったローレルは、ジェマイマに笑いかけた。先ほどから彼はずっと笑っているのに、どうしてか胸が痛むほど切なくなる。
「君ってひとは、いつまでも婚約者を据えることなく、平気な顔をして私の前に現れる」
「え?どこでお会いしたかしら」
「学園ですれ違ったよね」
ええ?それだけ?と、正直なところジェマイマはそう思った。
「それだけ?」
正直者のジェマイマだから、心の声は筒抜けだった。
「十分だろう?ホント、君って酷いひとだよ。夢の中の君は確かに美しくて、魅力的だった。それなのに目の前に現れた君は、もっと可愛くてもっと面白くて、もっと魅力的だったんだ」
ジェマイマは、自分は不器用者としか思えなかったから、もしやローレルは人違いをしてしまったのかと思った。
「自覚がないんだ。君は君が思うほど目立たない存在ではないんだよ」
ジェマイマには、どう考えても思い当たる節がない。魅力?魅力って、地味とか不器用ってことを言うの?と、そんなことを考えた。
「君がいつまで経っても誰のものにもなってくれないから、もう仕方がないのだと諦めたんだ。ジェマイマ。運命とは抗えないものなんだな」
「運命⋯⋯」
「何度も繰り返されるのは、きっとやり直しが必要だからだ。やり直さねばならないのは、私と君の関係なんだろうな」
やり直す。それは夢の中のことではないのか。だが、ジェマイマとローレルは同じ夢を見ていた。それを偶然と言うのは無理だろう。
「私なりに、悲劇的な運命を避けたいと思っていた。君と関わりさえしなければ、そんな人生は避けられるのではないかと考えた。今回はまだ間に合うと、そう思った。けれど思考と魂は別のことを考えるらしい。なぜならジェマイマ」
ジェマイマの名を呼んで、ローレルはじっとこちらを見つめた。まるでジェマイマの中に、過去の四人のジェマイマを探すような眼差しだった。
「私はね、君を得られて歓喜したんだ。君へ婚約の打診をして、侯爵から諾とする書簡を受け取った時に、ありとあらゆる感情が溢れるようだった」
「⋯⋯ローレル様」
「歓喜だよ。すべて喜びの感情だった。その時に、私は誓ったんだ」
「誓い?」
「そうだよ、ジェマイマ。抗えないのが運命なら、その運命に今度こそ抗って、君を信じて愛すると、そう誓ったんだ」
ローレルの青い瞳に朱が差したようだった。いつもの軽やかで華やぎがある彼は鳴りをひそめて、情念にも似た真っ赤な感情が眼差しから放出されるように思えた。
「本当に、」
ジェマイマは、その燃えるような瞳を見つめてローレルに確かめた。
「本当に、今度こそ私を信じてくださるの?」
「信じるよ」
「今度こそ、愛してくださるの?」
「いつだって愛していた。憎いほど、愛さずにはいられなかった」
「私が黒髪の王子を産んだら、貴方は今度こそ愛してくれるの?」
「ああ」
ああ、と小さく答えた後に、ローレルは言った。
「どんな姿をしていても、君が産んだ赤児は全て私の子だ。大切に愛すると誓う」
ジェマイマは、自分の背後に並び立った四人のジェマイマたちが、一人、また一人と薄くなって消えていくのを感じた。
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