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第三十九章
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だがジェマイマには、看過できないことがある。
「レオンはどうなったのです?」
四度の人生が四度とも哀しみの水底に沈んだのは、全てはレオンの存在にあった。
夢の中でのジェマイマは、レオンを間近で見ることが叶ったのは、あの子を産み落としたその瞬間だけだった。
出産の疲労から眠りに落ちて、次に目覚めたときにはレオンはすでにジェマイマのそばにはいなかった。
赤児であるのに漆黒の艶髪が生えていて、瞳を開けたときは鏡を見ているのかと思った。
それほどレオンはジェマイマと同じ色をしていた。
それなのに、夫であるローレルは、ジェマイマではなくアルフレッドに共通点を見出した。
とんだバカモノである。
夢の中のジェマイマは、現実のジェマイマよりもノーマルタイプであったらしい。
不器用なりに言葉を尽くし、自身の身の潔白だけでなく、アルフレッドの忠臣となによりレオンがローレルに面立ちが似ているのだと訴えた。
だが、夢の中のローレルはとんだバカモノであるのだから通用するはずもない。
ジェマイマからレオンを遠ざけ、これっぽっちも触れさせてはくれなかったのである。
これが今のジェマイマなら、説得なんてヌルいことはしないだろう。攻め落とす覚悟で真正面からローレルにぶち当たっていくだろう。
なにより妻の貞操を疑う夫など、泣き寝入りなんてしてやるものか。
だが夢の中では四度とも、ジェマイマは不遇を堪えてひたすらレオンの姿を探したのである。小さなあの子が侍従に連れられトコトコ歩くのを遠目に見て、翌日には瞼が塞がって目が開かなくなるほど嬉し泣きをしたのだった。
あの頃レオンは何歳だったのか。
トコトコ歩いていたから、二歳かそれとも三歳ほどだったのか。
レオンはきっと、母親が誰であるか知らなかっただろう。そばにいる乳母か侍女を母と思って育っていたのではあるまいか。
それでも良い。誰かに愛されて、温かな腕の中に抱き締められてくれるなら、喩えジェマイマを母だと知らずとも構わないと思っていた。
喩えジェマイマと終生他人として生きようと、どこかで誰かと愛し合って、当たり前の幸福を知ってくれるのなら、構わないと思っていたのに、やっぱり邪魔したのはローレルだった。
「貴方、レオンをどこにやったの?」
「私に聞かれても困るんだよね。なにせ私は今を生きているんだから」
なまじ夢の内容を共有しているから、余計に面倒くさい。だが確かに、今の彼はなにも悪いことはしていない。
寧ろ、ジェマイマが無意識で引き起こすトラブルを回収してくれているのはローレルだろう。
「ジェマイマ。私は今を生きている。過去でも夢の中でもない。今を生きる現実の私がそんな非道をするだろうか」
ジェマイマは、嫌な予感がした。
ローレルが「非道」と言ったことは、一体なんなのだろう。夢の中の四度の人生で、彼はどんな「非道」を行ったのだろう。
「お願い、違うと言ってちょうだい」
ジェマイマの言葉に、ローレルは笑みを引っ込めた。
「レオンは何処に行ってしまったの?あの子は離宮に追いやられたの?」
母親に似て生まれたばかりに、最も愛してくれるはずの肉親に愛されなかった。
ジェマイマには、まるで今の自分の目で見たようにトコトコ歩くレオンの姿が思い浮かんだ。
「あんなに小さな子を、貴方はどうしてしまったの?」
「待って、ジェマイマ」
ローレルは、混乱し始めたジェマイマを止めた。
「私たちがどうして同じ夢を見たのかは、多分、神でもなければわからない。けれどジェマイマ、夢は飽くまで夢なんだ。君と私が見た夢は、もしかしたらあるかもしれない可能性の一端だったのかもしれない」
え?ちょっとローレル様、なに言ってるの?
ローレルの思わぬ長文発言に、ジェマイマは悲壮感いっぱいだったのを立ち直った。
「言ったとおりだよ。もしかしたらあるかもしれない人生の可能性。その四通りを見せられていたのだと、どうして思わない?」
「四通りの可能性⋯⋯」
「神は人生をやり直させているのではなく、こんな未来を選択すべきではないと、そう教えてくれたのだとしたら?」
ジェマイマは、ローレルを見つめた。ローレルが、本心から真剣に考えて言っているのだと、彼の表情から確かめた。
「じゃあ、レオンは幽閉されていないのね?貴方は毒を飲まなかったのね?」
たかが夢、それど夢。
夢はあまりに鮮明で臨場があふれていた。
「どちらにしてもジェマイマ、私たちは今を生きることしか出来ないんだ。夏に君と結婚して、それから一緒に愛し合って、そうして君に似た王子が一人生まれたなら、二人で大切に育てるんだよ」
ローレルは、一瞬、色のない表情をした。
そして、
「二度と離宮なんてところに行かせない」
夢の中で死んでしまったジェマイマは、レオンのその後を知り得ない。だが、ローレルの夢は続いていたから、彼はレオンの未来を見たのではないか。
「私が思うに、レオンはきっと救われた」
「じゃあ。やっぱり貴方ったらあの子を離宮にやったのね!」
「待て待て、夢の中は現実ではないだろう。可能性の一つだと、今言ったばかりだよね」
確かに、とジェマイマは激昂しかけた心を落ち着かせた。
「可能性の続きを言うなら、私は四度とも君の後を追って死んでいる。だから、私の死後にレオンは救われているはずだ」
安心したまえ、とローレルは言ったが、ジェマイマは「お前が言うな!」と言い返しそうになるのを必死に抑えた。
「レオンはどうなったのです?」
四度の人生が四度とも哀しみの水底に沈んだのは、全てはレオンの存在にあった。
夢の中でのジェマイマは、レオンを間近で見ることが叶ったのは、あの子を産み落としたその瞬間だけだった。
出産の疲労から眠りに落ちて、次に目覚めたときにはレオンはすでにジェマイマのそばにはいなかった。
赤児であるのに漆黒の艶髪が生えていて、瞳を開けたときは鏡を見ているのかと思った。
それほどレオンはジェマイマと同じ色をしていた。
それなのに、夫であるローレルは、ジェマイマではなくアルフレッドに共通点を見出した。
とんだバカモノである。
夢の中のジェマイマは、現実のジェマイマよりもノーマルタイプであったらしい。
不器用なりに言葉を尽くし、自身の身の潔白だけでなく、アルフレッドの忠臣となによりレオンがローレルに面立ちが似ているのだと訴えた。
だが、夢の中のローレルはとんだバカモノであるのだから通用するはずもない。
ジェマイマからレオンを遠ざけ、これっぽっちも触れさせてはくれなかったのである。
これが今のジェマイマなら、説得なんてヌルいことはしないだろう。攻め落とす覚悟で真正面からローレルにぶち当たっていくだろう。
なにより妻の貞操を疑う夫など、泣き寝入りなんてしてやるものか。
だが夢の中では四度とも、ジェマイマは不遇を堪えてひたすらレオンの姿を探したのである。小さなあの子が侍従に連れられトコトコ歩くのを遠目に見て、翌日には瞼が塞がって目が開かなくなるほど嬉し泣きをしたのだった。
あの頃レオンは何歳だったのか。
トコトコ歩いていたから、二歳かそれとも三歳ほどだったのか。
レオンはきっと、母親が誰であるか知らなかっただろう。そばにいる乳母か侍女を母と思って育っていたのではあるまいか。
それでも良い。誰かに愛されて、温かな腕の中に抱き締められてくれるなら、喩えジェマイマを母だと知らずとも構わないと思っていた。
喩えジェマイマと終生他人として生きようと、どこかで誰かと愛し合って、当たり前の幸福を知ってくれるのなら、構わないと思っていたのに、やっぱり邪魔したのはローレルだった。
「貴方、レオンをどこにやったの?」
「私に聞かれても困るんだよね。なにせ私は今を生きているんだから」
なまじ夢の内容を共有しているから、余計に面倒くさい。だが確かに、今の彼はなにも悪いことはしていない。
寧ろ、ジェマイマが無意識で引き起こすトラブルを回収してくれているのはローレルだろう。
「ジェマイマ。私は今を生きている。過去でも夢の中でもない。今を生きる現実の私がそんな非道をするだろうか」
ジェマイマは、嫌な予感がした。
ローレルが「非道」と言ったことは、一体なんなのだろう。夢の中の四度の人生で、彼はどんな「非道」を行ったのだろう。
「お願い、違うと言ってちょうだい」
ジェマイマの言葉に、ローレルは笑みを引っ込めた。
「レオンは何処に行ってしまったの?あの子は離宮に追いやられたの?」
母親に似て生まれたばかりに、最も愛してくれるはずの肉親に愛されなかった。
ジェマイマには、まるで今の自分の目で見たようにトコトコ歩くレオンの姿が思い浮かんだ。
「あんなに小さな子を、貴方はどうしてしまったの?」
「待って、ジェマイマ」
ローレルは、混乱し始めたジェマイマを止めた。
「私たちがどうして同じ夢を見たのかは、多分、神でもなければわからない。けれどジェマイマ、夢は飽くまで夢なんだ。君と私が見た夢は、もしかしたらあるかもしれない可能性の一端だったのかもしれない」
え?ちょっとローレル様、なに言ってるの?
ローレルの思わぬ長文発言に、ジェマイマは悲壮感いっぱいだったのを立ち直った。
「言ったとおりだよ。もしかしたらあるかもしれない人生の可能性。その四通りを見せられていたのだと、どうして思わない?」
「四通りの可能性⋯⋯」
「神は人生をやり直させているのではなく、こんな未来を選択すべきではないと、そう教えてくれたのだとしたら?」
ジェマイマは、ローレルを見つめた。ローレルが、本心から真剣に考えて言っているのだと、彼の表情から確かめた。
「じゃあ、レオンは幽閉されていないのね?貴方は毒を飲まなかったのね?」
たかが夢、それど夢。
夢はあまりに鮮明で臨場があふれていた。
「どちらにしてもジェマイマ、私たちは今を生きることしか出来ないんだ。夏に君と結婚して、それから一緒に愛し合って、そうして君に似た王子が一人生まれたなら、二人で大切に育てるんだよ」
ローレルは、一瞬、色のない表情をした。
そして、
「二度と離宮なんてところに行かせない」
夢の中で死んでしまったジェマイマは、レオンのその後を知り得ない。だが、ローレルの夢は続いていたから、彼はレオンの未来を見たのではないか。
「私が思うに、レオンはきっと救われた」
「じゃあ。やっぱり貴方ったらあの子を離宮にやったのね!」
「待て待て、夢の中は現実ではないだろう。可能性の一つだと、今言ったばかりだよね」
確かに、とジェマイマは激昂しかけた心を落ち着かせた。
「可能性の続きを言うなら、私は四度とも君の後を追って死んでいる。だから、私の死後にレオンは救われているはずだ」
安心したまえ、とローレルは言ったが、ジェマイマは「お前が言うな!」と言い返しそうになるのを必死に抑えた。
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