ジェマイマの憂鬱

桃井すもも

文字の大きさ
40 / 44

第三十九章

しおりを挟む
 だがジェマイマには、看過できないことがある。

「レオンはどうなったのです?」

 四度の人生が四度とも哀しみの水底に沈んだのは、全てはレオンの存在にあった。
 夢の中でのジェマイマは、レオンを間近で見ることが叶ったのは、あの子を産み落としたその瞬間だけだった。

 出産の疲労から眠りに落ちて、次に目覚めたときにはレオンはすでにジェマイマのそばにはいなかった。
 赤児であるのに漆黒の艶髪が生えていて、瞳を開けたときは鏡を見ているのかと思った。

 それほどレオンはジェマイマと同じ色をしていた。
 それなのに、夫であるローレルは、ジェマイマではなくアルフレッドに共通点を見出した。

 とんだバカモノである。

 夢の中のジェマイマは、現実のジェマイマよりもノーマルタイプであったらしい。
 不器用なりに言葉を尽くし、自身の身の潔白だけでなく、アルフレッドの忠臣となによりレオンがローレルに面立ちが似ているのだと訴えた。

 だが、夢の中のローレルはとんだバカモノであるのだから通用するはずもない。
 ジェマイマからレオンを遠ざけ、これっぽっちも触れさせてはくれなかったのである。

 これが今のジェマイマなら、説得なんてヌルいことはしないだろう。攻め落とす覚悟で真正面からローレルにぶち当たっていくだろう。

 なにより妻の貞操を疑う夫など、泣き寝入りなんてしてやるものか。

 だが夢の中では四度とも、ジェマイマは不遇を堪えてひたすらレオンの姿を探したのである。小さなあの子が侍従に連れられトコトコ歩くのを遠目に見て、翌日には瞼が塞がって目が開かなくなるほど嬉し泣きをしたのだった。

 あの頃レオンは何歳だったのか。
 トコトコ歩いていたから、二歳かそれとも三歳ほどだったのか。

 レオンはきっと、母親が誰であるか知らなかっただろう。そばにいる乳母か侍女を母と思って育っていたのではあるまいか。

 それでも良い。誰かに愛されて、温かな腕の中に抱き締められてくれるなら、たとえジェマイマを母だと知らずとも構わないと思っていた。

 たとえジェマイマと終生他人として生きようと、どこかで誰かと愛し合って、当たり前の幸福を知ってくれるのなら、構わないと思っていたのに、やっぱり邪魔したのはローレルだった。

「貴方、レオンをどこにやったの?」
「私に聞かれても困るんだよね。なにせ私は今を生きているんだから」

 なまじ夢の内容を共有しているから、余計に面倒くさい。だが確かに、今の彼はなにも悪いことはしていない。
 寧ろ、ジェマイマが無意識で引き起こすトラブルを回収してくれているのはローレルだろう。

「ジェマイマ。私は今を生きている。過去でも夢の中でもない。今を生きる現実の私がそんな非道をするだろうか」

 ジェマイマは、嫌な予感がした。
 ローレルが「非道」と言ったことは、一体なんなのだろう。夢の中の四度の人生で、彼はどんな「非道」を行ったのだろう。

「お願い、違うと言ってちょうだい」

 ジェマイマの言葉に、ローレルは笑みを引っ込めた。

「レオンは何処に行ってしまったの?あの子は離宮に追いやられたの?」

 母親に似て生まれたばかりに、最も愛してくれるはずの肉親に愛されなかった。

 ジェマイマには、まるで今の自分の目で見たようにトコトコ歩くレオンの姿が思い浮かんだ。

「あんなに小さな子を、貴方はどうしてしまったの?」
「待って、ジェマイマ」

 ローレルは、混乱し始めたジェマイマを止めた。

「私たちがどうして同じ夢を見たのかは、多分、神でもなければわからない。けれどジェマイマ、夢は飽くまで夢なんだ。君と私が見た夢は、もしかしたらあるかもしれない可能性の一端だったのかもしれない」

 え?ちょっとローレル様、なに言ってるの?

 ローレルの思わぬ長文発言に、ジェマイマは悲壮感いっぱいだったのを立ち直った。

「言ったとおりだよ。もしかしたらあるかもしれない人生の可能性。その四通りを見せられていたのだと、どうして思わない?」
「四通りの可能性⋯⋯」
「神は人生をやり直させているのではなく、こんな未来を選択すべきではないと、そう教えてくれたのだとしたら?」

 ジェマイマは、ローレルを見つめた。ローレルが、本心から真剣に考えて言っているのだと、彼の表情から確かめた。

「じゃあ、レオンは幽閉されていないのね?貴方は毒を飲まなかったのね?」

 たかが夢、それど夢。
 夢はあまりに鮮明で臨場があふれていた。

「どちらにしてもジェマイマ、私たちは今を生きることしか出来ないんだ。夏に君と結婚して、それから一緒に愛し合って、そうして君に似た王子が一人生まれたなら、二人で大切に育てるんだよ」

 ローレルは、一瞬、色のない表情をした。
 そして、

「二度と離宮なんてところに行かせない」

 夢の中で死んでしまったジェマイマは、レオンのその後を知り得ない。だが、ローレルの夢は続いていたから、彼はレオンの未来を見たのではないか。

「私が思うに、レオンはきっと救われた」
「じゃあ。やっぱり貴方ったらあの子を離宮にやったのね!」
「待て待て、夢の中は現実ではないだろう。可能性の一つだと、今言ったばかりだよね」

 確かに、とジェマイマは激昂しかけた心を落ち着かせた。

「可能性の続きを言うなら、私は四度とも君の後を追って死んでいる。だから、私の死後にレオンは救われているはずだ」

 安心したまえ、とローレルは言ったが、ジェマイマは「お前が言うな!」と言い返しそうになるのを必死に抑えた。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの妻にはなりません

風見ゆうみ
恋愛
幼い頃から大好きだった婚約者のレイズ。 彼が伯爵位を継いだと同時に、わたしと彼は結婚した。 幸せな日々が始まるのだと思っていたのに、夫は仕事で戦場近くの街に行くことになった。 彼が旅立った数日後、わたしの元に届いたのは夫の訃報だった。 悲しみに暮れているわたしに近づいてきたのは、夫の親友のディール様。 彼は夫から自分の身に何かあった時にはわたしのことを頼むと言われていたのだと言う。 あっという間に日にちが過ぎ、ディール様から求婚される。 悩みに悩んだ末に、ディール様と婚約したわたしに、友人と街に出た時にすれ違った男が言った。 「あの男と結婚するのはやめなさい。彼は君の夫の殺害を依頼した男だ」

あの子を好きな旦那様

はるきりょう
恋愛
「クレアが好きなんだ」  目の前の男がそう言うのをただ、黙って聞いていた。目の奥に、熱い何かがあるようで、真剣な想いであることはすぐにわかった。きっと、嬉しかったはずだ。その名前が、自分の名前だったら。そう思いながらローラ・グレイは小さく頷く。 ※小説家になろうサイト様に掲載してあります。

結婚初夜、「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と夫に言われました

ましゅぺちーの
恋愛
侯爵令嬢のアリサは婚約者だった王太子テオドールと結婚した。 ちょうどその半年前、アリサの腹違いの妹のシアは不慮の事故で帰らぬ人となっていた。 王太子が婚約者の妹のシアを愛していたのは周知の事実だった。 そんな彼は、結婚初夜、アリサに冷たく言い放った。 「何故彼女が死んでお前が生きているんだ」と。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

白い結婚の末、離婚を選んだ公爵夫人は二度と戻らない』

鍛高譚
恋愛
白い結婚の末、「白い結婚」の末、私は冷遇され、夫は愛人を溺愛していた――ならば、もう要らないわ」 公爵令嬢 ジェニファー・ランカスター は、王弟 エドワード・クラレンス公爵 のもとへ政略結婚として嫁ぐ。 だが、その結婚生活は冷たく空虚なものだった。夫は愛人 ローザ・フィッツジェラルド に夢中になり、公爵夫人であるジェニファーは侮辱され、無視され続ける日々。 ――それでも、貴族の娘は耐えなければならないの? 何の愛もなく、ただ飾り物として扱われる結婚に見切りをつけたジェニファーは 「離婚」 を決意する。 しかし、王弟であるエドワードとの離婚は容易ではない。実家のランカスター家は猛反対し、王宮の重臣たちも彼女の決断を 「公爵家の恥」 と揶揄する。 それでも、ジェニファーは負けない。弁護士と協力し、着々と準備を進めていく。 そんな折、彼女は北方の大国 ヴォルフ公国の大公、アレクサンダー・ヴォルフ と出会う。 温かく誠実な彼との交流を通じて、ジェニファーは 「本当に大切にされること」 を知る。 そして、彼女の決断は、王都の社交界に大きな波紋を呼ぶこととなる――。 「公爵夫人を手放したことを、いつか後悔しても遅いわ」 「私はもう、あなたたちの飾り人形じゃない」 離婚を巡る策略、愛人の凋落、元夫の後悔――。 そして、新たな地で手にした 「愛される結婚」。

【完結】私の婚約者はもう死んだので

miniko
恋愛
「私の事は死んだものと思ってくれ」 結婚式が約一ヵ月後に迫った、ある日の事。 そう書き置きを残して、幼い頃からの婚約者は私の前から姿を消した。 彼の弟の婚約者を連れて・・・・・・。 これは、身勝手な駆け落ちに振り回されて婚姻を結ばざるを得なかった男女が、すれ違いながらも心を繋いでいく物語。 ※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしていません。本編より先に読む場合はご注意下さい。

ほんの少しの仕返し

turarin
恋愛
公爵夫人のアリーは気づいてしまった。夫のイディオンが、離婚して戻ってきた従姉妹フリンと恋をしていることを。 アリーの実家クレバー侯爵家は、王国一の商会を経営している。その財力を頼られての政略結婚であった。 アリーは皇太子マークと幼なじみであり、マークには皇太子妃にと求められていたが、クレバー侯爵家の影響力が大きくなることを恐れた国王が認めなかった。 皇太子妃教育まで終えている、優秀なアリーは、陰に日向にイディオンを支えてきたが、真実を知って、怒りに震えた。侯爵家からの離縁は難しい。 ならば、周りから、離縁を勧めてもらいましょう。日々、ちょっとずつ、仕返ししていけばいいのです。 もうすぐです。 さようなら、イディオン たくさんのお気に入りや♥ありがとうございます。感激しています。

処理中です...