ジェマイマの憂鬱

桃井すもも

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第四十章

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「兎に角。私は君を死なせるつもりも、自分が死ぬつもりも毛頭ない」

 涼しい顔で言い切ったローレルを、ジェマイマは見つめた。

「君にこれほど惹かれることも、君の護衛を憎ったらしく思うことも、君と同じ夢を見ることも、どうしてかなんてわからない」

 え?アルフレッドを憎ったらく思っているの!?
 ジェマイマは、そこで聞き捨てならないと突っ込みたかったが、話が進まないような気がして我慢した。

 ローレルは、じっと耳を傾けているジェマイマに、尚も話しつづけた。

「ただ確かなことは、一度目も二度目も、三度目だって四度目だって、いつだってその生を必死に生きていたってことだろう。君も、私も、多分あの子も」

 あの子と聞いて、現実には目にしたこともない幼いレオンが思い浮かんだ。

「だったら、今だって君と一緒に懸命になって生きていきたいと思うんだ」
「レオンも一緒よ?」
「勿論だよ」

 二人は同じ夢を見ていたようだ。けれど、ジェマイマはローレルとの婚約について父から聞かされた夜に夢を見た。
 ローレルは、立太子した夜だという。それはジェマイマより三年以上も前のことだ。

「もう、愚かしい失敗なんてしたくない。なにより君と、もっとこの先の人生を生きてみたい。君と一緒に天寿というものを全うしてみたい」

 ローレルは、そこで哀しいような顔をして、無理やりというふうに笑みを浮かべた。

「私は狂っていたんだろうか。それなら今度も、いつかは狂ってしまうんだろうか」
「ローレル様?」
「狂った挙句、君を信じられない、そんな男になってしまうのか」
「ローレル様」
「君はあれほど私に縋りついて、愛していると言ってくれたのに」

 ローレルは、どれほど鮮明な夢を見たのだろう。
 夢は多分、ジェマイマとローレルのそれぞれの視点から見たと思われた。

 ジェマイマは、自分が夢の中で抱いた強烈な感情を、今もはっきり憶えている。それを四晩連続で体験したローレルは、どれほど心をえぐられたことだろう。
 彼は今より若く、心はもっと柔らかだったはずである。

 彼にとって、夢の自分が起こした愚行は大きな後悔となって、その贖罪の意識が今のローレルを形づくっているとしたなら、婚約の席で見せた彼の冷ややかさにも納得がいくのだった。

「ローレル様」

 ジェマイマは、ローレルを真っ直ぐ見つめて名を呼んだ。

「私が貴方のそばにいるわ。貴方が道を誤ったら、誰よりも先に貴方を叱るわ。馬鹿なことを仕出かしそうになったら、体当たりしてでも止めてあげる。もし、貴方が狂ってしまって、もう生きていたくないなんて日が来たら、私が一緒に死んであげる」

 だから、とジェマイマはこちらを見つめるローレルの真っ青な瞳に向かって言った。

「だから、私たちが揃っていなくなったとしても、あの子がちゃんと幸福でいられる、そういう人生にいたしましょう?」

 あら?

 言い切った後、ジェマイマはそこで、可怪おかしいぞとローレルを見た。
 自分で言うのもなんだが、今、ちょっと真剣に、いやかなり真剣にほろっとくることを言った自覚がある。

 だが、ローレルは無反応だった。
 いっぱい話しすぎて眠たくなってしまったのだろうか。折角、一世一代の大告白をしたつもりなのに。

 ジェマイマは、悪夢の中でジェマイマ母子を散々な目にあわせたローレルを、知り合って間もないにもかかわらず、ちゃんと好きになっていた。
 理由なんてわからない。そもそも誰かを好きになるのに理由なんてないだろう。恋って、そういうものなのだから。「恋に落ちる」って言うほどだもの。

 ほんのわずかな交流しか得られていない、悪夢のせいでマイナススタートだったはずのローレルを、会うたびに、向き合うたびに言葉を交わすたびに、どんどん好きになっていた。

 それは、揺るがない信頼を抱くアルフレッドとは異なる感情だった。彼のことは一度は人生の伴侶と自覚したのに、あの温かな穏やかな、絶対に揺るがない信頼感と、ローレルに抱く理由もない情熱は、同じ愛であるのに違うものだった。

 どういう訳で、ローレルとの縁が生まれたのかは、ジェマイマには知り得ないことである。
 悪戯な神様が何度も何度も繰り返させるのか、それとも一度限りの人生を踏み誤らないように「夢」という形で見せてくれたのか。

 どちらにしてもジェマイマは、目の前で呆然となっている婚約者を愛して愛して愛し抜いて、狂うというなら必死で止めて、一緒に死ぬのも惜しくないと、そう思っているのである。

「とんだ泣き虫王子様だわ」
「仕方なかろう。君こそとんでもないひとだな。この人タラシめ」

 ローレルは、時が止まったように微動だにしなかったのに、次の瞬間、ぽろっと涙を落とした。
 一度ぽろっと落とした涙は、ぽろっぽろっぽろぽろと零れ落ちた。

 ジェマイマは立ち上がってローレルのそばに寄ると両膝を床について、ローレルを見上げた。それから、零れるままに頬を濡らす、その涙を抜った。

「ふっ、恥ずかしいな」
「いいじゃない。たまには誰かに甘えることも大切だと、私も言われたことがあるわ」
「それって誰に?」
「⋯⋯」

 うっかりアルフレッドと言わなかった自分はエラいと思う。だが、ジェマイマは「沈黙」こそ雄弁であることを知らずにいた。

「へえ」

 その声が聞こえた途端、視界が変わって、両脇に圧迫感を覚えたと思ったときには、浮遊感の後にローレルの膝の上に抱きかかえられていた。



    
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