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終章
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レオンは、成長するとともに奇妙な記憶があること気がついた。
王国の第一王子として生まれたレオンは、下には妹であるリリア王女がいる。
不思議な記憶はとても鮮明なもので、確かな思い出であるようなのに、現実に経験したものではなかった。
なぜならレオンは、「離宮」など足を踏み入れたことがないのだから。
幼い頃に夢でも見て、それを事実と記憶してしまったのだろうか。
王都の外れには確かに離宮がある。
離宮とは名ばかりで、罪を犯した王族を幽閉する塔なのだと言われている。
本当にそうなのか、誰がそれを確かめたのか。だが、何年も使われていない離宮のことなど、本来ならレオンが知り得ないことだった。
それなのに、レオンには確かな記憶があって、離宮の内部についても憶えていた。
いつか父に許しを得て、その離宮とやらに行ってみたい。レオンはいつしかそう思うようになっていた。
記憶の中の出来事は、時として夢に見ることがあった。夢の中で聞く声は、父であるローレルに間違いない。レオンが父の声を聞き間違えることは決してないのだから。
レオンは夜になって寝台に横たわり、眠りに落ちる前に思い出す。思い出しながら微睡んで、夢なのか、それとも遠い過去に経験したものであるのか曖昧になっていく。
離宮には、独りきりではなかった。彼のそばにはいつでもジェーンとアルフレッドがいた。
幽閉塔と呼ばれる離宮は、内部はなんてことのない静かな空間だった。高い塀で外界と遮断されてはいても、緑の茂る庭園も馬に乗れる馬場もある。
ただ幼い子供はレオンだけで、大人はみんな使用人のようだった。
そこには父も母もいなかった。母とは元より会えずにいたが、その姿は知っている。遠目に見て同じ黒髪に思慕を抱く存在だった。
どうして母上はあんな遠くにいるのだろう。どうしてレオンは母の側に行けないのだろう。
父には毎日会えるのに。美しい顔をした父のことは、近寄りがたく思いながら誰よりも慕う存在だった。
レオンを見下ろす青い瞳には、なんの感情も見えなかったが、父はいつでもレオンを側に置いていた。それなのに、母と共にいる時には、レオンを会わせることはしなかった。
「レオン。息災でおれ」
ある日、レオンは父に呼ばれて、そう声を掛けられた。
父は、見上げたレオンの頭を撫でて、「息災でおれ」と言った。「そくさい」の意味がわからずに、あとで誰かに聞こうと思った。
だが、その誰かを探す間もなくレオンは城を出ることになった。その日になってようやく、レオンは、自分が白亜の王城に住んでいたのを馬車からの眺めで知ったのである。
父と離れてしまったレオンは、とても淋しく不安だった。けれど、ジェーンとアルフレッドが一緒にいて、彼らが母の側付きであったことが嬉しかった。
それから「離宮」というところで、レオンは独りきりの子供として過ごす。だが王城にいたときにも同じようなものだったから、レオンには不自由はなかった。
ただ側に父がいないことが淋しくて、母の話をジェーンとアルフレッドから聞くことに慰められた。
父が母を大切にしていたと聞かされて、それなのにどうして二人はあんな哀しい顔をしていたのかと思う。
レオンは遠くから父と並び立つ母の姿を何度か見ていた。父は母の腰を抱いているのに、優しい顔は冷たく見えた。
母はあんなに美しいのに、酷く哀しげな表情をして、レオンは母がいつか夜の闇に溶けて居なくなってしまうのではないかと思った。それほど母は空蝉のように、幼子の目には虚ろに見えた。
ある日、レオンは離宮を出る。
父と別れたあの日からいくらも経ってはおらず、季節は別れたときのままだった。
母の生家から祖父が来て、クラフトン侯爵と名乗った。祖父はレオンが離宮を出るときに付き添ってくれたのである。
「レオン殿下。貴方様がこの国の未来の王となるのです」
祖父はまだ小さなレオンにそう言って、恭しく王になるのだと伝えた。
「貴方のお父上は勤勉にて賢明な御方であった。貴方の母をあれほど大切にしておられたのに、深すぎる愛に狂われてしまった」
王城へ向かう馬車の中で、祖父はレオンにそう言った。レオンはこれから「王」になるために城に戻って学ぶのだという。城には祖父である国王と王妃がいるのだが、これまでローレルに拒まれて会うことはできずにいた。
レオンは薄々気づいていた。
もう父はこの世にいない。母の気配がなくなって、母に何かがあったと思った。レオンはそのことに不安を覚えた。だが、同時にあの頃の父はどこか可怪しかったと憶えている。
「お祖父様、『そくさい』とはなんですか?」
レオンは祖父であるクラフトン侯爵に尋ねてみた。
「どなたからお聞きになられたのですか?」
「父上です」
祖父はそこで瞼を閉じた。だが、すぐに目を開けレオンを見つめて、優しく言ったのである。
「レオン殿下に幸せになるのだと、お父上はそう仰られたのですよ」
「幸せに?」
「ええ、そうです。幸せになって、立派な王になってほしいと、そう願われたのです」
レオンには「幸せ」の意味がわからなかった。なにより不幸ということを知らなかった。ただ、父にも母にも会えないことを哀しく思うことだけは知っていた。
夢から覚めてレオンは思う。
哀しい夢を見た。父上も母上も妹もいない世界だった。ジェーンとアルフレッドはいてくれたけれど、二人とも今よりずっと哀しそうだった。
それから、壁に掛けて大切にしている模擬剣に視線を移した。夢の中の祖父も、やっぱりどこか沈んで見えた。
再び目を瞑れば思い出されるあの風景。緑が茂り花が咲く庭園に、青い空がよく見える高い塀に囲まれた世界。
息災であれと言った父が頭を撫でた手の温もり。
夢の中でも現実でも、レオンは父が大好きだった。
今日は妹のリリアを連れて庭園を散歩してあげよう。
母上は三人目の子を宿しているから、あまり遠くまで歩けない。だから兄の僕がリリアを散歩させて遊んであげよう。
それから「良き王様」になるためのお勉強をして、それからアルフレッドと剣の稽古をして、そしてまた夕刻には、父上と母上とリリアと一緒にお食事をする。
息災とは幸せという意味なのだとしたら、レオンは自身が幸福であるのだと、あの夢の中の父に教えてあげたいと思った。
そうすればきっと、夢の父はレオンに笑ってくれるだろうと、そう思った。
完
王国の第一王子として生まれたレオンは、下には妹であるリリア王女がいる。
不思議な記憶はとても鮮明なもので、確かな思い出であるようなのに、現実に経験したものではなかった。
なぜならレオンは、「離宮」など足を踏み入れたことがないのだから。
幼い頃に夢でも見て、それを事実と記憶してしまったのだろうか。
王都の外れには確かに離宮がある。
離宮とは名ばかりで、罪を犯した王族を幽閉する塔なのだと言われている。
本当にそうなのか、誰がそれを確かめたのか。だが、何年も使われていない離宮のことなど、本来ならレオンが知り得ないことだった。
それなのに、レオンには確かな記憶があって、離宮の内部についても憶えていた。
いつか父に許しを得て、その離宮とやらに行ってみたい。レオンはいつしかそう思うようになっていた。
記憶の中の出来事は、時として夢に見ることがあった。夢の中で聞く声は、父であるローレルに間違いない。レオンが父の声を聞き間違えることは決してないのだから。
レオンは夜になって寝台に横たわり、眠りに落ちる前に思い出す。思い出しながら微睡んで、夢なのか、それとも遠い過去に経験したものであるのか曖昧になっていく。
離宮には、独りきりではなかった。彼のそばにはいつでもジェーンとアルフレッドがいた。
幽閉塔と呼ばれる離宮は、内部はなんてことのない静かな空間だった。高い塀で外界と遮断されてはいても、緑の茂る庭園も馬に乗れる馬場もある。
ただ幼い子供はレオンだけで、大人はみんな使用人のようだった。
そこには父も母もいなかった。母とは元より会えずにいたが、その姿は知っている。遠目に見て同じ黒髪に思慕を抱く存在だった。
どうして母上はあんな遠くにいるのだろう。どうしてレオンは母の側に行けないのだろう。
父には毎日会えるのに。美しい顔をした父のことは、近寄りがたく思いながら誰よりも慕う存在だった。
レオンを見下ろす青い瞳には、なんの感情も見えなかったが、父はいつでもレオンを側に置いていた。それなのに、母と共にいる時には、レオンを会わせることはしなかった。
「レオン。息災でおれ」
ある日、レオンは父に呼ばれて、そう声を掛けられた。
父は、見上げたレオンの頭を撫でて、「息災でおれ」と言った。「そくさい」の意味がわからずに、あとで誰かに聞こうと思った。
だが、その誰かを探す間もなくレオンは城を出ることになった。その日になってようやく、レオンは、自分が白亜の王城に住んでいたのを馬車からの眺めで知ったのである。
父と離れてしまったレオンは、とても淋しく不安だった。けれど、ジェーンとアルフレッドが一緒にいて、彼らが母の側付きであったことが嬉しかった。
それから「離宮」というところで、レオンは独りきりの子供として過ごす。だが王城にいたときにも同じようなものだったから、レオンには不自由はなかった。
ただ側に父がいないことが淋しくて、母の話をジェーンとアルフレッドから聞くことに慰められた。
父が母を大切にしていたと聞かされて、それなのにどうして二人はあんな哀しい顔をしていたのかと思う。
レオンは遠くから父と並び立つ母の姿を何度か見ていた。父は母の腰を抱いているのに、優しい顔は冷たく見えた。
母はあんなに美しいのに、酷く哀しげな表情をして、レオンは母がいつか夜の闇に溶けて居なくなってしまうのではないかと思った。それほど母は空蝉のように、幼子の目には虚ろに見えた。
ある日、レオンは離宮を出る。
父と別れたあの日からいくらも経ってはおらず、季節は別れたときのままだった。
母の生家から祖父が来て、クラフトン侯爵と名乗った。祖父はレオンが離宮を出るときに付き添ってくれたのである。
「レオン殿下。貴方様がこの国の未来の王となるのです」
祖父はまだ小さなレオンにそう言って、恭しく王になるのだと伝えた。
「貴方のお父上は勤勉にて賢明な御方であった。貴方の母をあれほど大切にしておられたのに、深すぎる愛に狂われてしまった」
王城へ向かう馬車の中で、祖父はレオンにそう言った。レオンはこれから「王」になるために城に戻って学ぶのだという。城には祖父である国王と王妃がいるのだが、これまでローレルに拒まれて会うことはできずにいた。
レオンは薄々気づいていた。
もう父はこの世にいない。母の気配がなくなって、母に何かがあったと思った。レオンはそのことに不安を覚えた。だが、同時にあの頃の父はどこか可怪しかったと憶えている。
「お祖父様、『そくさい』とはなんですか?」
レオンは祖父であるクラフトン侯爵に尋ねてみた。
「どなたからお聞きになられたのですか?」
「父上です」
祖父はそこで瞼を閉じた。だが、すぐに目を開けレオンを見つめて、優しく言ったのである。
「レオン殿下に幸せになるのだと、お父上はそう仰られたのですよ」
「幸せに?」
「ええ、そうです。幸せになって、立派な王になってほしいと、そう願われたのです」
レオンには「幸せ」の意味がわからなかった。なにより不幸ということを知らなかった。ただ、父にも母にも会えないことを哀しく思うことだけは知っていた。
夢から覚めてレオンは思う。
哀しい夢を見た。父上も母上も妹もいない世界だった。ジェーンとアルフレッドはいてくれたけれど、二人とも今よりずっと哀しそうだった。
それから、壁に掛けて大切にしている模擬剣に視線を移した。夢の中の祖父も、やっぱりどこか沈んで見えた。
再び目を瞑れば思い出されるあの風景。緑が茂り花が咲く庭園に、青い空がよく見える高い塀に囲まれた世界。
息災であれと言った父が頭を撫でた手の温もり。
夢の中でも現実でも、レオンは父が大好きだった。
今日は妹のリリアを連れて庭園を散歩してあげよう。
母上は三人目の子を宿しているから、あまり遠くまで歩けない。だから兄の僕がリリアを散歩させて遊んであげよう。
それから「良き王様」になるためのお勉強をして、それからアルフレッドと剣の稽古をして、そしてまた夕刻には、父上と母上とリリアと一緒にお食事をする。
息災とは幸せという意味なのだとしたら、レオンは自身が幸福であるのだと、あの夢の中の父に教えてあげたいと思った。
そうすればきっと、夢の父はレオンに笑ってくれるだろうと、そう思った。
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