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第七章
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「少しだけ、お時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」
待たせるということが全てを物語って、助祭はハッとした顔でキャスリンを見た。
聡い彼なら気づいただろう。キャスリンに記憶があるのだと。
だが、彼はなにも言わずに頷いた。
その日キャスリンは、アネットの手を借りながら荷造りをはじめた。
最後まで使う小物や衣服だけを残して、ここを訪れたときのように荷を纏めると、部屋は空間が増えてどこか空虚に見えた。
次にここへ来るのはいつだろう。
学園の卒業まで、あと半年ある。少なくとも来春以降になるだろう。
キャスリンは、少しずつ諦めを重ねていた。自分で動いたことなど一つもない。だが、なにをしなくても周囲は様相を変えていくことはわかっていた。
ついこの前まで夏だと思っていた季節は、あっという間に通り過ぎて、秋も最中となっていた。
日の出は遅く夕暮れは早く、教会から見える山も見下ろす街も、日に日に色を変えていく。その様子は、これからの自分の姿と重なった。
夕方になれば、茜の空には淋しさが感じられて、それが過ぎゆく季節の寂寥感なのか、失ってしまう関係への悲観なのか、もうキャスリン本人にもわからなかった。
キャスリンは、全てを助祭に打ち明けることにした。彼もそれで、漸くキャスリンから解放されるだろう。
家族や使用人を別にすれば、助祭だけがキャスリンに寄り添ってくれた。
心配してくれる友人らは幾人もいるのだが、王都を出てきたキャスリンと彼女たちが接することは、ここではできない。
助祭にしても、彼の役目や職務があるのを、キャスリンの心と身体が癒えるまで、そのためだけに彼は辛抱強くそばにいてくれるのだとわかっていた。
その日の朝に、キャスリンは思った。
もしかしたら、「語らいの時間」はこれが最後になるかもしれない。キャスリンにはそんな予感があった。
あと数日でキャスリンは王都に帰る。あの生まれ育った貴族の世界に戻ることになる。
「助祭様。今日は、私の全てを貴方にお話ししたいと思います」
応接室は人払いがされて、アネットもイザークもいなかった。
キャスリンと助祭だけが向かい合い、助祭のために、キャスリンは手ずからお茶を淹れた。
王都の母が送ってくれた秋摘みの茶葉からは、甘い香りが漂っていた。夏摘みよりまろやかな味わいに、秋が深まったのを実感する。
ひと口紅茶を味わって、キャスリンは顔を上げた。それから打ち明け話を語りはじめた。
「私とヘンドリック様とは、婚約する前、幼い頃から面識がございました。彼は私の友人の友人でしたから」
ヘンドリックとの始まりから話しはじめたキャスリンに、助祭はなにも言うことはしなかった。
「友人と私とヘンドリック様、三人は遠い近いの違いはございますが、同じ王家の血を受け継いでおります。友人は、この国の第一王子ですから」
キャスリンがそこで小さく笑みを浮かべれば、助祭も僅かに頷いてみせた。
「アルベール殿下と私とヘンドリック様、三人同じ年齢で、元々私はアルベール殿下とお友達だったのです。ヘンドリック様は殿下の従兄弟でありお友達で、私とヘンドリック様とは、『友達の友達』という間柄でした」
『友達の友達』が果たして友達なのか、キャスリンは今もわかりかねている。
「アルベール殿下が側妃様のお腹であるのは、皆が知るところです。王家が側妃を迎えてまで欲した、待ちに待った待望の男児でいらっしゃったのですから」
定められた年数のうちに王妃に子が授からなかったが為に、王室典範に則り、当時王太子だった陛下は側妃を召し上げた。
側妃はチェルシー侯爵家から選ばれて、同時に侯爵家は王家の後ろ盾の一つとなった。
第一王子アルベールは、成人の年齢に達したなら立太子して、将来は彼が国の頂きに立つ。
そんなアルベールとキャスリンが友人でいたのは、単純に、側妃とキャスリンの母が令嬢時代からの友人だったためである。
国母になると言われながら、王妃を軽んじてはならない。側妃は我が子と自分が、王宮で難しい立場にあることを理解しており、そんな緊張を強いられる日々に、キャスリンの母を話し相手に求めることが多かった。
必然的にキャスリンはアルベールと親しく過ごし、友人というよりも同い年の兄妹のように思って育った。
それはまるで、双子のアネットとイザークと同じで、顔の似ない双子もいることが、益々アルベールへの親近感に繋がっていた。
「私は幼い頃から、殿下にならなんでも話せましたの。それは今も変わりません。彼にならなんでも聞けてなんでも打ち明けられるのに、どうしてでしょう、婚約者には遠慮が生まれてしまう。慕う想いが邪魔をしていたのでしょうか」
キャスリンがちょっぴり眉を下げて笑みを浮かべれば、助祭まで同じような顔をした。
「ヘンドリック様とは、殿下を介して間接的に知り合いました。ヘンドリック様は将来、アルベール殿下の側近となられることが定まっておりましたから。陛下にはお父上の宰相閣下がお仕えして、ヘンドリック様もまた、アルベール殿下の治世をお助けする。そういうことになっておりました」
貴族なら、だれもが知ることである。だからその後のことも、王国の貴族なら全て知っている。
「殿下が十歳のお年に、王妃様がエドワード殿下をお産みになられるまでは」
アルベールが十歳の夏、王妃は第二王子エドワードを産んだ。それは、立太子すると目され帝王学を学び始めていたアルベールの人生を大きく変えた。
王位継承の序列は王妃の子が上である。
アルベールは天に掲げられるような存在から、一瞬で立場を覆された。
いま彼は、今年八歳になったばかりの弟が十六歳で立太子するのを見守って、彼が学園を卒業するまでを王太子の職務を代行し補佐するという立場にある。
後々は、王家から公爵位を賜り臣籍降下する。領地は、側妃の生家であるチェルシー侯爵領を分け与えられる。
その際にヘンドリックは、国政に携わる未来はそのままに、アルベールが降下した後は側近を辞することが既に定まっていた。
キャスリンの友人こそ、キャスリンよりも深い悩みを抱えていても当然と思う立場にあった。
待たせるということが全てを物語って、助祭はハッとした顔でキャスリンを見た。
聡い彼なら気づいただろう。キャスリンに記憶があるのだと。
だが、彼はなにも言わずに頷いた。
その日キャスリンは、アネットの手を借りながら荷造りをはじめた。
最後まで使う小物や衣服だけを残して、ここを訪れたときのように荷を纏めると、部屋は空間が増えてどこか空虚に見えた。
次にここへ来るのはいつだろう。
学園の卒業まで、あと半年ある。少なくとも来春以降になるだろう。
キャスリンは、少しずつ諦めを重ねていた。自分で動いたことなど一つもない。だが、なにをしなくても周囲は様相を変えていくことはわかっていた。
ついこの前まで夏だと思っていた季節は、あっという間に通り過ぎて、秋も最中となっていた。
日の出は遅く夕暮れは早く、教会から見える山も見下ろす街も、日に日に色を変えていく。その様子は、これからの自分の姿と重なった。
夕方になれば、茜の空には淋しさが感じられて、それが過ぎゆく季節の寂寥感なのか、失ってしまう関係への悲観なのか、もうキャスリン本人にもわからなかった。
キャスリンは、全てを助祭に打ち明けることにした。彼もそれで、漸くキャスリンから解放されるだろう。
家族や使用人を別にすれば、助祭だけがキャスリンに寄り添ってくれた。
心配してくれる友人らは幾人もいるのだが、王都を出てきたキャスリンと彼女たちが接することは、ここではできない。
助祭にしても、彼の役目や職務があるのを、キャスリンの心と身体が癒えるまで、そのためだけに彼は辛抱強くそばにいてくれるのだとわかっていた。
その日の朝に、キャスリンは思った。
もしかしたら、「語らいの時間」はこれが最後になるかもしれない。キャスリンにはそんな予感があった。
あと数日でキャスリンは王都に帰る。あの生まれ育った貴族の世界に戻ることになる。
「助祭様。今日は、私の全てを貴方にお話ししたいと思います」
応接室は人払いがされて、アネットもイザークもいなかった。
キャスリンと助祭だけが向かい合い、助祭のために、キャスリンは手ずからお茶を淹れた。
王都の母が送ってくれた秋摘みの茶葉からは、甘い香りが漂っていた。夏摘みよりまろやかな味わいに、秋が深まったのを実感する。
ひと口紅茶を味わって、キャスリンは顔を上げた。それから打ち明け話を語りはじめた。
「私とヘンドリック様とは、婚約する前、幼い頃から面識がございました。彼は私の友人の友人でしたから」
ヘンドリックとの始まりから話しはじめたキャスリンに、助祭はなにも言うことはしなかった。
「友人と私とヘンドリック様、三人は遠い近いの違いはございますが、同じ王家の血を受け継いでおります。友人は、この国の第一王子ですから」
キャスリンがそこで小さく笑みを浮かべれば、助祭も僅かに頷いてみせた。
「アルベール殿下と私とヘンドリック様、三人同じ年齢で、元々私はアルベール殿下とお友達だったのです。ヘンドリック様は殿下の従兄弟でありお友達で、私とヘンドリック様とは、『友達の友達』という間柄でした」
『友達の友達』が果たして友達なのか、キャスリンは今もわかりかねている。
「アルベール殿下が側妃様のお腹であるのは、皆が知るところです。王家が側妃を迎えてまで欲した、待ちに待った待望の男児でいらっしゃったのですから」
定められた年数のうちに王妃に子が授からなかったが為に、王室典範に則り、当時王太子だった陛下は側妃を召し上げた。
側妃はチェルシー侯爵家から選ばれて、同時に侯爵家は王家の後ろ盾の一つとなった。
第一王子アルベールは、成人の年齢に達したなら立太子して、将来は彼が国の頂きに立つ。
そんなアルベールとキャスリンが友人でいたのは、単純に、側妃とキャスリンの母が令嬢時代からの友人だったためである。
国母になると言われながら、王妃を軽んじてはならない。側妃は我が子と自分が、王宮で難しい立場にあることを理解しており、そんな緊張を強いられる日々に、キャスリンの母を話し相手に求めることが多かった。
必然的にキャスリンはアルベールと親しく過ごし、友人というよりも同い年の兄妹のように思って育った。
それはまるで、双子のアネットとイザークと同じで、顔の似ない双子もいることが、益々アルベールへの親近感に繋がっていた。
「私は幼い頃から、殿下にならなんでも話せましたの。それは今も変わりません。彼にならなんでも聞けてなんでも打ち明けられるのに、どうしてでしょう、婚約者には遠慮が生まれてしまう。慕う想いが邪魔をしていたのでしょうか」
キャスリンがちょっぴり眉を下げて笑みを浮かべれば、助祭まで同じような顔をした。
「ヘンドリック様とは、殿下を介して間接的に知り合いました。ヘンドリック様は将来、アルベール殿下の側近となられることが定まっておりましたから。陛下にはお父上の宰相閣下がお仕えして、ヘンドリック様もまた、アルベール殿下の治世をお助けする。そういうことになっておりました」
貴族なら、だれもが知ることである。だからその後のことも、王国の貴族なら全て知っている。
「殿下が十歳のお年に、王妃様がエドワード殿下をお産みになられるまでは」
アルベールが十歳の夏、王妃は第二王子エドワードを産んだ。それは、立太子すると目され帝王学を学び始めていたアルベールの人生を大きく変えた。
王位継承の序列は王妃の子が上である。
アルベールは天に掲げられるような存在から、一瞬で立場を覆された。
いま彼は、今年八歳になったばかりの弟が十六歳で立太子するのを見守って、彼が学園を卒業するまでを王太子の職務を代行し補佐するという立場にある。
後々は、王家から公爵位を賜り臣籍降下する。領地は、側妃の生家であるチェルシー侯爵領を分け与えられる。
その際にヘンドリックは、国政に携わる未来はそのままに、アルベールが降下した後は側近を辞することが既に定まっていた。
キャスリンの友人こそ、キャスリンよりも深い悩みを抱えていても当然と思う立場にあった。
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