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【45】
狂っている。
マグノリアの心中を、ニコラスは正しく読み取ったらしい。
「狂っていると、そう思うかい?だが、本当に狂っているのは誰なんだろうな。」
「そんな事、」
全部全部狂ってる。王も前王もそのまた前の王族も。それに付き合う王妃も側妃も。そうして父達もある意味では同じく狂った人間だろう。この狂った王家に追従しているのだから。
「安心しくれ、マグノリア。残念ながら少々配役が変わった。」
「オーレリア様でしょうか?」
「彼女だって解っていると思ったんだがね。残念だよ。流石に彼女を退ける力を私は持ち得ない。何なら貴族等に声を挙げて欲しいと期待している程だよ。オーレリアに側妃は不相応だとね。」
「オーレリア様がこの事をお解りの上で側妃をお望みになったのだと、そうニコラス殿下は仰るのですか?」
「当然だろう。どうして知らないと思える?ローデン公爵家は王家の外戚だ。もう一つの王家だよ。知らぬ筈が無かろう。だから尚の事腹立たしいのだよ。オーレリアが、真逆私を出し抜いて君を逃がす手助けをするだなんて。お陰で寝ていた獅子を起こしてしまったじゃないか。」
眠れる獅子と言う言葉に、マグノリアは父と姉が同じ形容をしていた事を思い出した。
「それは、ヴィクター様の事でしょうか。」
「無欲の獅子とでも言おうかな。」
その言葉はヴィクターを正しく表現している様に思えた。生まれる前から期待も希望も生きる道も、自由を全て奪われ与えられた生き方を無欲のままに生きていたようなヴィクターの人生。
「その獅子に欲を教えてしまうとはね。あれほど兄が君に興味を示すと思わなかった。興味なんてものじゃあない。狂気にすら感じるよ。君を奪われまいと、そのうち檻にでも囲ってしまうのではないかな?気を付けることだね。」
「ヴィクター様に囲われるなら、本望ですわ。」
「はっ、君もまた狂人であったか。」
マグノリアを狂人だと言うなら、この世は狂人だらけだろう。欲と本能に突き動かされながら、それを隠して生きている。
メリーエンダだけが心のままに、笑い泣き自由に振る舞う。メリーエンダを奇跡だとニコラスは言ったが、それもまた真実だと思えた。
「オーレリア様と、どうかこの国を豊かに安寧にお守り下さいませ。」
「君にお願いしたかったのだがな。」
「オーレリア様ほど『真実の王妃』に相応しい御方はいらっしゃいません。側妃だと侮る輩がいたなら、私がコテンパンに伸してやりますわ。」
「頼もしいな。」
そこでニコラスは、はあ、と溜め息を一つついた。そんな仕草が人間らしくて、天上人と思っていた彼もまた、マグノリアと同い年の青年なのだと思った。
「君にお願いしたかったのだがな。」
ニコラスは同じ言葉を繰り返した。
「君となら上手くやれると思っていた。私もメリーエンダも。」
「オーレリア様は懐の深い御方ですわ。メリーエンダ様の事もご理解下さるでしょう。」
「ああ、彼女なら卒無くやるんだろうな。」
「お小さい頃に、ご一緒に遊ばれていらしたと伺いました。」
「そうだな、確かに。彼女は私の周りに一人だけ、側近く居ることを許された令嬢だった。私にとっては何でも出来る頼もしい姉の様な存在だった。君、姉を抱けると思うか?」
なんて事を聞くのだろう。マグノリアは思わず眉間に力が入ってしまった。
「真逆、君に逃げられるとはな。」
そう言って、ニコラスはすっかり冷めてしまった紅茶を口に含んで、冷めきった紅茶は渋かったのだろう、微かに眉を顰めた。
ばあん!と扉が開いたのは行き成りの事で、マグノリアは多分、ぴょんと跳ねた。
振り返る事なんて出来なかった。背後に影が射したと思うと同時に、強い拘束に締め上げられた。
それがヴィクターの腕だと解った。鼻をつく汗の臭いにウッディな香りが混ざって、彼の纏う香りだと教えてくれた。マグノリアはその香りを深く吸い込み瞼を閉じた。閉じた瞳の裏側に、森の奥深くこちらを見つめる漆黒の牡鹿が見えた。静かな光を湛えるその紺碧の瞳を今直ぐ見たいと思う。
ヴィクターは、椅子ごとマグノリアを後ろから抱き締めた。ばたばたと音がして、近衛騎士等が慌てて部屋に雪崩込んで来る。
彼等が一体誰を護っているのか、マグノリアには理解が出来なかった。兄から弟を護るのか、弟から兄を護るのか、狂った王達がこの世に齎した二人の王子の、彼等はどちらを護るのだろう。
「マグノリア。」
ぎゅうとマグノリアを抱き締めて、マグノリアの名をヴィクターが呼ぶ。その声が直接耳朶に響いて、マグノリアの冷え切った心がぽかぽかと温まる。
「ニコラス。」
「騒々しいご登場だね、兄上。」
ニコラスは片方の口角を上げてほんの少し笑って見せた。
「足掻くな、ニコラス。お前が決めた事だろう。正妃も側妃も同時に求めて、どちらもちゃんと手に入ったではないか。
マグノリアは渡さない。マグノリアだけは渡しはしない。喩えお前であっても譲らない。他に欲しいものがあるならくれてやる。だが、マグノリアだけは駄目だ。マグノリアは、私が生まれて初めて欲しいと願った存在なんだ。」
ヴィクターはそう言って、マグノリアを再びぎゅっと抱き締めた。もう既にきつく抱き締められていたのを更に太く力強い腕に締め付けられて、まるで頑丈な檻に囚われる様に、マグノリアはヴィクターの腕の中に縛り付けられた。
息が止まるほどの強い拘束に、マグノリアは腹の奥底から這い上がる暗い歓びを抑えることが出来なかった。
マグノリアの心中を、ニコラスは正しく読み取ったらしい。
「狂っていると、そう思うかい?だが、本当に狂っているのは誰なんだろうな。」
「そんな事、」
全部全部狂ってる。王も前王もそのまた前の王族も。それに付き合う王妃も側妃も。そうして父達もある意味では同じく狂った人間だろう。この狂った王家に追従しているのだから。
「安心しくれ、マグノリア。残念ながら少々配役が変わった。」
「オーレリア様でしょうか?」
「彼女だって解っていると思ったんだがね。残念だよ。流石に彼女を退ける力を私は持ち得ない。何なら貴族等に声を挙げて欲しいと期待している程だよ。オーレリアに側妃は不相応だとね。」
「オーレリア様がこの事をお解りの上で側妃をお望みになったのだと、そうニコラス殿下は仰るのですか?」
「当然だろう。どうして知らないと思える?ローデン公爵家は王家の外戚だ。もう一つの王家だよ。知らぬ筈が無かろう。だから尚の事腹立たしいのだよ。オーレリアが、真逆私を出し抜いて君を逃がす手助けをするだなんて。お陰で寝ていた獅子を起こしてしまったじゃないか。」
眠れる獅子と言う言葉に、マグノリアは父と姉が同じ形容をしていた事を思い出した。
「それは、ヴィクター様の事でしょうか。」
「無欲の獅子とでも言おうかな。」
その言葉はヴィクターを正しく表現している様に思えた。生まれる前から期待も希望も生きる道も、自由を全て奪われ与えられた生き方を無欲のままに生きていたようなヴィクターの人生。
「その獅子に欲を教えてしまうとはね。あれほど兄が君に興味を示すと思わなかった。興味なんてものじゃあない。狂気にすら感じるよ。君を奪われまいと、そのうち檻にでも囲ってしまうのではないかな?気を付けることだね。」
「ヴィクター様に囲われるなら、本望ですわ。」
「はっ、君もまた狂人であったか。」
マグノリアを狂人だと言うなら、この世は狂人だらけだろう。欲と本能に突き動かされながら、それを隠して生きている。
メリーエンダだけが心のままに、笑い泣き自由に振る舞う。メリーエンダを奇跡だとニコラスは言ったが、それもまた真実だと思えた。
「オーレリア様と、どうかこの国を豊かに安寧にお守り下さいませ。」
「君にお願いしたかったのだがな。」
「オーレリア様ほど『真実の王妃』に相応しい御方はいらっしゃいません。側妃だと侮る輩がいたなら、私がコテンパンに伸してやりますわ。」
「頼もしいな。」
そこでニコラスは、はあ、と溜め息を一つついた。そんな仕草が人間らしくて、天上人と思っていた彼もまた、マグノリアと同い年の青年なのだと思った。
「君にお願いしたかったのだがな。」
ニコラスは同じ言葉を繰り返した。
「君となら上手くやれると思っていた。私もメリーエンダも。」
「オーレリア様は懐の深い御方ですわ。メリーエンダ様の事もご理解下さるでしょう。」
「ああ、彼女なら卒無くやるんだろうな。」
「お小さい頃に、ご一緒に遊ばれていらしたと伺いました。」
「そうだな、確かに。彼女は私の周りに一人だけ、側近く居ることを許された令嬢だった。私にとっては何でも出来る頼もしい姉の様な存在だった。君、姉を抱けると思うか?」
なんて事を聞くのだろう。マグノリアは思わず眉間に力が入ってしまった。
「真逆、君に逃げられるとはな。」
そう言って、ニコラスはすっかり冷めてしまった紅茶を口に含んで、冷めきった紅茶は渋かったのだろう、微かに眉を顰めた。
ばあん!と扉が開いたのは行き成りの事で、マグノリアは多分、ぴょんと跳ねた。
振り返る事なんて出来なかった。背後に影が射したと思うと同時に、強い拘束に締め上げられた。
それがヴィクターの腕だと解った。鼻をつく汗の臭いにウッディな香りが混ざって、彼の纏う香りだと教えてくれた。マグノリアはその香りを深く吸い込み瞼を閉じた。閉じた瞳の裏側に、森の奥深くこちらを見つめる漆黒の牡鹿が見えた。静かな光を湛えるその紺碧の瞳を今直ぐ見たいと思う。
ヴィクターは、椅子ごとマグノリアを後ろから抱き締めた。ばたばたと音がして、近衛騎士等が慌てて部屋に雪崩込んで来る。
彼等が一体誰を護っているのか、マグノリアには理解が出来なかった。兄から弟を護るのか、弟から兄を護るのか、狂った王達がこの世に齎した二人の王子の、彼等はどちらを護るのだろう。
「マグノリア。」
ぎゅうとマグノリアを抱き締めて、マグノリアの名をヴィクターが呼ぶ。その声が直接耳朶に響いて、マグノリアの冷え切った心がぽかぽかと温まる。
「ニコラス。」
「騒々しいご登場だね、兄上。」
ニコラスは片方の口角を上げてほんの少し笑って見せた。
「足掻くな、ニコラス。お前が決めた事だろう。正妃も側妃も同時に求めて、どちらもちゃんと手に入ったではないか。
マグノリアは渡さない。マグノリアだけは渡しはしない。喩えお前であっても譲らない。他に欲しいものがあるならくれてやる。だが、マグノリアだけは駄目だ。マグノリアは、私が生まれて初めて欲しいと願った存在なんだ。」
ヴィクターはそう言って、マグノリアを再びぎゅっと抱き締めた。もう既にきつく抱き締められていたのを更に太く力強い腕に締め付けられて、まるで頑丈な檻に囚われる様に、マグノリアはヴィクターの腕の中に縛り付けられた。
息が止まるほどの強い拘束に、マグノリアは腹の奥底から這い上がる暗い歓びを抑えることが出来なかった。
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