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第十九章
「おっと、危ない」
小石に、け躓いたマリーローズを、すかさずエドワードが抱き止めた。
「大丈夫?」
大丈夫なのだろうか、いや、大丈夫なんかじゃない。
だってエドワードに、
だ、だ、抱き締められているではないか。
妄想小説にもこんな場面を書いた気がする。
ヨダレが出ちゃうような場面を好き勝手に描いていたが、どうしてか現実でも同じようなシチュエーションに見舞われる。
そしてその度に律儀なエドワードは、まるで本物の王子様のように、物語どおり、いやいやそれ以上に麗しくマリーローズを誘うのだ。
マリーローズは密かに思った。
よかった、官能小説家でなくて。もし仮に、妄想小説がエロティックで、エドワードとあんなこととかこんなこととか睦み合うディープな描写を描いたなら、今頃、二人はどうなっていたのか。
特大の穴を掘って隠れてしまいたい恥ずかしいプレイの数々。そんなことを二人で追体験するなんてそんなこと。
そんなことばかりを考えたから、妄想で頭の中がぱんぱんなマリーローズは、エドワードに抱き締められながら熟れた林檎よりも赤くなっていた。
「大丈夫?どこも痛くない?」
だ、か、ら。顔が近い!近すぎる。
吐息が耳にふうぅと触れて、貴方様、そんな話し方をしたかしら?と思わずにはいられない。
エドワードは、早速マリーローズをお茶に招待してくれた。
あの日、邸に戻るとすでに文が届いており、彼は一体、いつ文を出したのかと思った。
授業中?いやいや、勤勉な彼に限って、そんな授業中にマリーローズへ手紙を書くなんてそんなこと……そんな素敵なことをしてくれたのかしら。
執事から受け取った文を胸に抱いて、足取り軽く大階段を一段飛ばしで駆け上がった。
侍女に「しばらく一人にしてね」とお願いして、真っ白な封筒に記された彼の名を確かめた。
物語とは現実には敵わない。こんなこと夢にも想像できなかった。
エドワードとは春休みの間、幾度も文を交わしているのに、この一通が特別なものに思えたのだ。
ペーパーナイフでゆっくりと封を開けば、どうしてか、彼の青い瞳が思い出された。あの瞳に映った文字を、今、自分が読んでいる。
生まれてきてよかった。
大袈裟だと思うだろう。だが、恋とはそういうものなのだ。痘痕すら笑窪に見せる恋のマジック。
こうしてマリーローズは、恋に浮かれて悶えて眠れぬ夜を明かしたのだった。
そうして迎えた約束の日、招かれた公爵邸で通された庭園のガゼボでは、エドワードと二人きりだった。
なんたること。こんなところまでエドワードは物語の通りに場を整えてくれた。
この眺め、このシチュエーション。妄想小説のまんまである。
舶来ものの紅茶の香りに混じり、盛りを迎えた花々の甘い香りが漂う。
声のよい小鳥がすぐそばで囀って、そこはまるで、幼い頃に読んだ童話の世界「Eris in Wonderland」の一幕と同じだった。
お茶を二杯いただく頃には二人の会話も滑らかとなり、話題が豊富なエドワードとのお茶会は、時に笑いが起きたりで楽しいものだった。
「少し歩かない?庭を案内したいんだ(将来、君の庭になるのだから)」
彼の心の声まで聞こえないマリーローズは、「まあ!嬉しい」とばかりに席を立った。
それからエドワードにエスコートされて、とりどりの花が咲く庭園を散策した。
小径はどこも綺麗に整えられて、両脇の花々を眺めながら歩いたところで、そこだけ大きめの石が転がっていて、け躓いた。
どうしてここだけ石ころが?
そう思う間もなくエドワードに、しかと抱き締められて、「大丈夫?」と耳への吐息攻撃を受け続けた。
最初から、恋に落ちていたのだもの。
マリーローズはイチコロだった。
「マリーローズ嬢……僕はね、ずっと君のことを……」
夢を見るようにエドワードに言いくるめられて、ぼおっとするあまり何を言われたのかよくわからない。
確か、えーとと思い出してみれば、
君のことを、ずーと前から僕のものにしたかったんだ。的なことを、もっとどろりとした表現で言われたような気がする。
吐息攻撃で蕩かされた耳は、解読機能が停止していた。だから熱に浮かされるように「はいぃ」と小さく答えたら、行き成り抱きかかえられて公爵邸の執務室に運ばれた。
コレハ、オヒメサマダッコ……
機能停止中に思ったことだった。
執務室にはすでにヒュースコート公爵がスタンばっていた。隣には公爵夫人が座っており、「でかしたわ、エドワード」と言った。
お姫様抱っこからソファに降ろされると、エドワードがまた例の吐息混じりで囁いた。
「ほら、ここに君の名前を書くだけだよ」
天使のような悪魔のような、エドワードの魅惑の囁き。
抗えない天啓を受けたように、マリーローズは握らされたペンを手に、公爵が差し出した書類に名を記した。
その時に、父の名がすでに書き込まれているのを見た。ということは?父もこのことを承知したということだろう。
「エドワード様、私……」
「私たちだよ、マリーローズ」
エドワードはそこで、マリーローズを敬称を外して名呼びした。
青い瞳にマリーローズを映して、うっそりと微笑んだ。
小石に、け躓いたマリーローズを、すかさずエドワードが抱き止めた。
「大丈夫?」
大丈夫なのだろうか、いや、大丈夫なんかじゃない。
だってエドワードに、
だ、だ、抱き締められているではないか。
妄想小説にもこんな場面を書いた気がする。
ヨダレが出ちゃうような場面を好き勝手に描いていたが、どうしてか現実でも同じようなシチュエーションに見舞われる。
そしてその度に律儀なエドワードは、まるで本物の王子様のように、物語どおり、いやいやそれ以上に麗しくマリーローズを誘うのだ。
マリーローズは密かに思った。
よかった、官能小説家でなくて。もし仮に、妄想小説がエロティックで、エドワードとあんなこととかこんなこととか睦み合うディープな描写を描いたなら、今頃、二人はどうなっていたのか。
特大の穴を掘って隠れてしまいたい恥ずかしいプレイの数々。そんなことを二人で追体験するなんてそんなこと。
そんなことばかりを考えたから、妄想で頭の中がぱんぱんなマリーローズは、エドワードに抱き締められながら熟れた林檎よりも赤くなっていた。
「大丈夫?どこも痛くない?」
だ、か、ら。顔が近い!近すぎる。
吐息が耳にふうぅと触れて、貴方様、そんな話し方をしたかしら?と思わずにはいられない。
エドワードは、早速マリーローズをお茶に招待してくれた。
あの日、邸に戻るとすでに文が届いており、彼は一体、いつ文を出したのかと思った。
授業中?いやいや、勤勉な彼に限って、そんな授業中にマリーローズへ手紙を書くなんてそんなこと……そんな素敵なことをしてくれたのかしら。
執事から受け取った文を胸に抱いて、足取り軽く大階段を一段飛ばしで駆け上がった。
侍女に「しばらく一人にしてね」とお願いして、真っ白な封筒に記された彼の名を確かめた。
物語とは現実には敵わない。こんなこと夢にも想像できなかった。
エドワードとは春休みの間、幾度も文を交わしているのに、この一通が特別なものに思えたのだ。
ペーパーナイフでゆっくりと封を開けば、どうしてか、彼の青い瞳が思い出された。あの瞳に映った文字を、今、自分が読んでいる。
生まれてきてよかった。
大袈裟だと思うだろう。だが、恋とはそういうものなのだ。痘痕すら笑窪に見せる恋のマジック。
こうしてマリーローズは、恋に浮かれて悶えて眠れぬ夜を明かしたのだった。
そうして迎えた約束の日、招かれた公爵邸で通された庭園のガゼボでは、エドワードと二人きりだった。
なんたること。こんなところまでエドワードは物語の通りに場を整えてくれた。
この眺め、このシチュエーション。妄想小説のまんまである。
舶来ものの紅茶の香りに混じり、盛りを迎えた花々の甘い香りが漂う。
声のよい小鳥がすぐそばで囀って、そこはまるで、幼い頃に読んだ童話の世界「Eris in Wonderland」の一幕と同じだった。
お茶を二杯いただく頃には二人の会話も滑らかとなり、話題が豊富なエドワードとのお茶会は、時に笑いが起きたりで楽しいものだった。
「少し歩かない?庭を案内したいんだ(将来、君の庭になるのだから)」
彼の心の声まで聞こえないマリーローズは、「まあ!嬉しい」とばかりに席を立った。
それからエドワードにエスコートされて、とりどりの花が咲く庭園を散策した。
小径はどこも綺麗に整えられて、両脇の花々を眺めながら歩いたところで、そこだけ大きめの石が転がっていて、け躓いた。
どうしてここだけ石ころが?
そう思う間もなくエドワードに、しかと抱き締められて、「大丈夫?」と耳への吐息攻撃を受け続けた。
最初から、恋に落ちていたのだもの。
マリーローズはイチコロだった。
「マリーローズ嬢……僕はね、ずっと君のことを……」
夢を見るようにエドワードに言いくるめられて、ぼおっとするあまり何を言われたのかよくわからない。
確か、えーとと思い出してみれば、
君のことを、ずーと前から僕のものにしたかったんだ。的なことを、もっとどろりとした表現で言われたような気がする。
吐息攻撃で蕩かされた耳は、解読機能が停止していた。だから熱に浮かされるように「はいぃ」と小さく答えたら、行き成り抱きかかえられて公爵邸の執務室に運ばれた。
コレハ、オヒメサマダッコ……
機能停止中に思ったことだった。
執務室にはすでにヒュースコート公爵がスタンばっていた。隣には公爵夫人が座っており、「でかしたわ、エドワード」と言った。
お姫様抱っこからソファに降ろされると、エドワードがまた例の吐息混じりで囁いた。
「ほら、ここに君の名前を書くだけだよ」
天使のような悪魔のような、エドワードの魅惑の囁き。
抗えない天啓を受けたように、マリーローズは握らされたペンを手に、公爵が差し出した書類に名を記した。
その時に、父の名がすでに書き込まれているのを見た。ということは?父もこのことを承知したということだろう。
「エドワード様、私……」
「私たちだよ、マリーローズ」
エドワードはそこで、マリーローズを敬称を外して名呼びした。
青い瞳にマリーローズを映して、うっそりと微笑んだ。
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