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第二十二章
「百歩譲って、王妃が襲撃に関与しなかったとしよう」
白銀の髪に青い瞳。色素の薄いマクベスから、冷たい気配が漂う。冷たいのに、秘して燃えるような怒りが滲むようだった。
「彼女はね、決定的な罪を犯しているんだよ。僕らはそれを随分前にわかっていたが、表立って動くことはしなかった」
「決定的な罪?」
マクベスの言ったことは、どれもこれも疑問ばかりだった。
「僕が侍女から襲われた時に、今と同じ動きがあった」
「それは、王妃様の関与を疑ったということなのですか?」
「それもある。けれど、ウォルシャー侯爵家は証拠を一つも残さなかった。王家は、刺客の一族を処罰するのが精一杯だった」
処罰した筈の子飼い一族が、再び襲撃を試みた。それがウォルシャー侯爵家の庇護あってのことと紐づけられたのだろう。
「何より陛下は、王妃とユージンを深く愛していたからね」
「愛していたって……、襲われたのは貴方だわ」
妻や子を愛する気持ちは理解できる。だがマクベスだって、愛する我が子に変わりはないだろう。
そう思ったところで、ダフネは自身のことに気がついた。
ダフネは父にとっては一人きりの実子である。だが、実際はどうか。ダフネは母の死と同時に生家から遠ざけられて、父が娘として育てたのは再婚相手の連れ子である。
直接、冷遇されてはいなかった。母は父を信じろと言った。けれど、あまりに遠すぎて、そしてあまりに長い間離れすぎて、父はすっかり他人と同じになってしまった。
愛情に必ずしも血の繋がりが伴わないことを自身の生い立ちから知ることは、いつまでたっても消えない影を落とす。
「ダフネ。君は僕に同情するのかな? 君が哀しむことなんて一つもないんだよ」
「マクベス様……」
「陛下は、僕にとっても父親だった。ちゃんと僕のことを守り通してくれた」
二人の息子が政敵になる有り様に、国王は妃を廃することもできぬまま、それでマクベスを守ったというのか。その温情が、結果的には王妃の生家に次の罪を重ねさせる結果となった。
「守り通してなんて、そんなわけがないでしょう。現に貴方は襲われたわ。立太子の祝いの直前よ? そんな非道なことってないわ」
抑えられない怒りには、互いの父親への理解しがたい遣る方ない気持ちから来るものなのか。ダフネにもよくわからなかった。
「君は僕のために怒ってくれるんだね。いつだって君は、自分を後回しにする」
「後回し?」
「君だって襲われたじゃないか」
確かに。そう納得しながらも、不思議と怒りも恐怖も湧くことはなかった。回廊ではマクベスが一緒だったし、先日襲撃された時ならアーヴィンがついていた。そしてどこかでダフネは懐かしさを覚えていた。
あの寄宿学校で鍛錬した日々を思い出した。
思えばあそこで学んだことで、無駄なことは何一つなかった。毒草の扱いについてもそうだろう。
「人生、無駄なことはないってことですわね」
唐突に言ったダフネに、マクベスはふっと硬い表情を和らげた。
「ダフネ。僕を守ったのは陛下ばかりではないよ。多くの人々が人生を変えてまで力を貸してくれた。お陰で僕は君に出会えた」
まるで愛の告白を聞いてしまったようだ。ダフネは僻地に引っ込んでいた奥手令嬢である。そんな甘い言葉を囁かれては、瞬時に背中に羽根が生えて飛んでしまいそうではないか。
眦をほんのり染めて照れるダフネをどう思ったのか、マクベスはうっすら笑みを浮かべた。
「君に伝えなければいけないことがある。その前に、言っておこうかな」
もう十分、色々聞かされた気だったが、どうやらこれからが本題のようだ。
「ユージンは王子ではない。王女だよ」
「ええ!!」
全然、覚悟が足りなかった。想像すらしなかったことに、ダフネはすっかり驚いた。
「ユージン殿下が、王女って……女の子だと?」
ダフネは咄嗟にマクベスの後ろに控えるサミュエルを見て、それから自身の後ろに立つアーヴィンを見た。
「貴方たちも知っていたの?」
交互に見た二人とも、静かに首肯した。
「なんてこと……なぜそんなことを?」
「この国は女王も立てるけれど、長子が王子とあっては、第二子が女児であるのは不利と思ったのだろうね。まあ、そんなことはもうどうでもよいんだ」
「どうでもよいって、それは侯爵家が処罰されるから? それより、陛下はご存知だったというのですか? 出生を偽るなんて反逆罪に等しいわ」
王家を相手にそんな偽装がまかり通るなんて、考えられないことだった。
「ユージンの側付きは王妃が選んだ。つまり、生家の使用人だよ。偶然かな、御殿医も彼女が輿入れしたときに交替している。所謂、侯爵派にね」
「御殿医まで? それでは貴方に何かあった時にお身体を診察するのは侯爵派だったと?」
「そうなるね」
そうなるって、なんて呑気な言いぶりだろう。
「貴方の侍女が侯爵家の刺客だったのも、王妃様の輿入れからということなのですね?」
ダフネは母の死によって人生の筋道が変わっていた。だが、マクベスもまた同じように道筋が変わってしまった。
「君と僕はよく似ている」
マクベスもまた、同じことを考えたのだろう。
「君がいてくれて、僕の人生は変わったんだよ」
「どういうこと? 貴方と婚約したからということなの?」
「そうではないよ。もっとずっと前から、僕は君に救われたんだ。初めて君に会った時に、君は僕のための贄だと思った」
「何を仰っているの?」
マクベスは、一体、何を言っているのか。
まるで以前からダフネのことを知っていたということではないか?
どんなに記憶を辿ってみても、幼い頃の茶会で彼を遠目に見たことしか覚えがない。
ダフネには、王都にいた頃にマクベスと会ったことなど、それ以外は思い出すことができなかった。
白銀の髪に青い瞳。色素の薄いマクベスから、冷たい気配が漂う。冷たいのに、秘して燃えるような怒りが滲むようだった。
「彼女はね、決定的な罪を犯しているんだよ。僕らはそれを随分前にわかっていたが、表立って動くことはしなかった」
「決定的な罪?」
マクベスの言ったことは、どれもこれも疑問ばかりだった。
「僕が侍女から襲われた時に、今と同じ動きがあった」
「それは、王妃様の関与を疑ったということなのですか?」
「それもある。けれど、ウォルシャー侯爵家は証拠を一つも残さなかった。王家は、刺客の一族を処罰するのが精一杯だった」
処罰した筈の子飼い一族が、再び襲撃を試みた。それがウォルシャー侯爵家の庇護あってのことと紐づけられたのだろう。
「何より陛下は、王妃とユージンを深く愛していたからね」
「愛していたって……、襲われたのは貴方だわ」
妻や子を愛する気持ちは理解できる。だがマクベスだって、愛する我が子に変わりはないだろう。
そう思ったところで、ダフネは自身のことに気がついた。
ダフネは父にとっては一人きりの実子である。だが、実際はどうか。ダフネは母の死と同時に生家から遠ざけられて、父が娘として育てたのは再婚相手の連れ子である。
直接、冷遇されてはいなかった。母は父を信じろと言った。けれど、あまりに遠すぎて、そしてあまりに長い間離れすぎて、父はすっかり他人と同じになってしまった。
愛情に必ずしも血の繋がりが伴わないことを自身の生い立ちから知ることは、いつまでたっても消えない影を落とす。
「ダフネ。君は僕に同情するのかな? 君が哀しむことなんて一つもないんだよ」
「マクベス様……」
「陛下は、僕にとっても父親だった。ちゃんと僕のことを守り通してくれた」
二人の息子が政敵になる有り様に、国王は妃を廃することもできぬまま、それでマクベスを守ったというのか。その温情が、結果的には王妃の生家に次の罪を重ねさせる結果となった。
「守り通してなんて、そんなわけがないでしょう。現に貴方は襲われたわ。立太子の祝いの直前よ? そんな非道なことってないわ」
抑えられない怒りには、互いの父親への理解しがたい遣る方ない気持ちから来るものなのか。ダフネにもよくわからなかった。
「君は僕のために怒ってくれるんだね。いつだって君は、自分を後回しにする」
「後回し?」
「君だって襲われたじゃないか」
確かに。そう納得しながらも、不思議と怒りも恐怖も湧くことはなかった。回廊ではマクベスが一緒だったし、先日襲撃された時ならアーヴィンがついていた。そしてどこかでダフネは懐かしさを覚えていた。
あの寄宿学校で鍛錬した日々を思い出した。
思えばあそこで学んだことで、無駄なことは何一つなかった。毒草の扱いについてもそうだろう。
「人生、無駄なことはないってことですわね」
唐突に言ったダフネに、マクベスはふっと硬い表情を和らげた。
「ダフネ。僕を守ったのは陛下ばかりではないよ。多くの人々が人生を変えてまで力を貸してくれた。お陰で僕は君に出会えた」
まるで愛の告白を聞いてしまったようだ。ダフネは僻地に引っ込んでいた奥手令嬢である。そんな甘い言葉を囁かれては、瞬時に背中に羽根が生えて飛んでしまいそうではないか。
眦をほんのり染めて照れるダフネをどう思ったのか、マクベスはうっすら笑みを浮かべた。
「君に伝えなければいけないことがある。その前に、言っておこうかな」
もう十分、色々聞かされた気だったが、どうやらこれからが本題のようだ。
「ユージンは王子ではない。王女だよ」
「ええ!!」
全然、覚悟が足りなかった。想像すらしなかったことに、ダフネはすっかり驚いた。
「ユージン殿下が、王女って……女の子だと?」
ダフネは咄嗟にマクベスの後ろに控えるサミュエルを見て、それから自身の後ろに立つアーヴィンを見た。
「貴方たちも知っていたの?」
交互に見た二人とも、静かに首肯した。
「なんてこと……なぜそんなことを?」
「この国は女王も立てるけれど、長子が王子とあっては、第二子が女児であるのは不利と思ったのだろうね。まあ、そんなことはもうどうでもよいんだ」
「どうでもよいって、それは侯爵家が処罰されるから? それより、陛下はご存知だったというのですか? 出生を偽るなんて反逆罪に等しいわ」
王家を相手にそんな偽装がまかり通るなんて、考えられないことだった。
「ユージンの側付きは王妃が選んだ。つまり、生家の使用人だよ。偶然かな、御殿医も彼女が輿入れしたときに交替している。所謂、侯爵派にね」
「御殿医まで? それでは貴方に何かあった時にお身体を診察するのは侯爵派だったと?」
「そうなるね」
そうなるって、なんて呑気な言いぶりだろう。
「貴方の侍女が侯爵家の刺客だったのも、王妃様の輿入れからということなのですね?」
ダフネは母の死によって人生の筋道が変わっていた。だが、マクベスもまた同じように道筋が変わってしまった。
「君と僕はよく似ている」
マクベスもまた、同じことを考えたのだろう。
「君がいてくれて、僕の人生は変わったんだよ」
「どういうこと? 貴方と婚約したからということなの?」
「そうではないよ。もっとずっと前から、僕は君に救われたんだ。初めて君に会った時に、君は僕のための贄だと思った」
「何を仰っているの?」
マクベスは、一体、何を言っているのか。
まるで以前からダフネのことを知っていたということではないか?
どんなに記憶を辿ってみても、幼い頃の茶会で彼を遠目に見たことしか覚えがない。
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