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東国の格言に、『飛んで火に入る夏の虫』と言う言葉があるそうだ。
夫が虫呼ばわりしたローレンスとは、確かに燃え盛る業火に自ら飛び込む猛者らしい。
「久し振りだね、オーガスト。随分、大きくなったな。あんなに細くてちっさい子供であったのに。」
爵位の上下をまるっと無視して、ローレンスは再従兄であることを前面に押し出しオーガストに不敵な挨拶をした。
「これはこれは再従兄殿。最愛の妻との二度目の蜜月を邪魔する無神経と無作法を、此度ばかりは寛大な心で見逃そう。だが、許すのは一度だけだ二度目は無い。」
バチバチ火花を散らす二人を、ルイーザ始め使用人達は呆気にとられたまま見守っていた。オーガストの来訪時には遠慮して出てこなかったマーサまで、扉の陰から覗き見したまま固まっている。
「驚いた。これほど酷似しているだなんて。」
「全くですなルイーザ様。」
「セバスもそう思う?似てるのは解っていたけれど、瓜二つね。」
「伯爵様が長髪で良かったですね。旦那様と間違えでもしたら、ルイーザ様、旦那様は憤死なさいますよ。」
「ジェイムズ、滅相な事を言わないで。」
「でも、ルイーザ様。まるで鏡に向かい合わせに映る様ですね。」
ヘレンの言葉にルイーザはこくこく頷く。後ろでマーサも頷いている。
コソコソ話すルイーザ達は前もってローレンスを知っていたから免疫があったが、ローレンスを初めて目にするオーガストの侍従や護衛等は、酷似する二人を驚愕の眼差しで見ている。
解る。その気持ち。この世にあんな麗しい人物が二人もいるのは衝撃よね。
ルイーザはうんうんと納得しながら目の前で対峙したまま動かない二人に目をやった。
「旦那様、マーモット伯爵様、お茶の用意が出来ておりますわ。それともこのまま玄関ホールでお飲みになるおつもりですか?」
「ん?ルイーザ。名で呼ぶ様に言っていたよね。ああ、狭量な夫殿に何か言われたか。そんな事、気にしなくとも良い。遠慮も要らない。君と私の仲だろう。」
ローレンスは一言一言いちいちオーガストの神経を逆撫でるもの言いをする。
「さあ、旦那様。お客様をご案内頂けますか?」
ローレンスを無視して夫を見れば、彼はローレンスを穴が空くんじゃないかと思うほど睨み見ていた。そんなダークな表情も素敵だなとルイーザはぽっと頬を染めた。
結局、百戦錬磨の名執事であるセバスが執り成して、二人は無言のまま応接室に向かう。ルイーザもそろそろと二人の後に続いた。
「ああ、珈琲にしてくれないか。王都の風を伯爵にもお届けしよう。」
平素は文官達に囲まれて社交界とは縁遠い夫であるが、さらりと嫌味を言って退けた。どうあってもローレンスから贈られた紅茶は口にしたくないらしい。
旦那様、嫌味も言えちゃうのね。聖人君子な夫しか見たことの無いルイーザは、政治の裏の顔を持つ夫を知らない幸福な妻である。
「ようこそ我が領地へ。オーガスト。」
「君に呼び捨てを許した記憶は無いが?社交から遠退いて世間の常識をお忘れかな?」
「まあそう突っかかるな。心の狭さが丸見えだぞ。妻の居ない私には連れるレディも居ないから、こうして君の祖母君が生きた領地を守る事に専念している。有難い事に領地の産業は好調であるし緑豊かな大地はバカンスにも最適だ。近隣の貴族家との関係も非常に良好。王都の暮らしで細君を疲弊させる心配など私には皆無だよ。」
「何が仰りたい。」
セバスが珈琲を出し終える前に、二人の舌戦は始まっていた。
なんだか旦那様、押され気味に見えるのは気の所為?隅に控えるジェイムズを見れば、彼も表情を曇らせている。
負けるな旦那様。頑張れ旦那様。
ルイーザは心の中でエールを送るが、二人が何を競っているのか理解していない。
「夫婦の間に何があったか、それは夫婦だけの出来事だ。私だって犬も食わない事に顔を突っ込む様な厚顔ではない。だが、我が領地に逃げて来たなら話しは別だ。傷を負っているなら尚の事。」
「何が言いたい。」
「失ってからでは遅いのだと、君だって知っているのではないか?私は痛いほど知っている。そうだな、遠い過去なら君の祖父も。」
お義祖父様が?ローレンスの言葉にルイーザはピクリと反応するも、夫の祖父が何故ここに出てくるのかが解らなかった。
ローレンスの言葉を受け止めたらしいオーガストは、無言のままローレンスを見つめている。
「また来るよ。私は別に君に意地悪をしたい訳ではない。君は私の数少ない血縁者だ。これでも君を大切に思っている。」
ローレンスはそう言って、無言を貫くオーガストを見た。それから隣に座るルイーザに視線を移す。
「ルイーザ。」
「は、はい。」
ローレンスに名を呼ばれてルイーザは思わず返事を返した。
「なんだか久し振りだな、ルイーザ。どうせそこの侍従に外出を禁じられていたのだろう。可哀想に。金糸雀から声を取り上げては美しい歌は聴こえまい。街の者たちも君が訪れるのを待っている。勿論、私も。」
「貴様っ」
「だ、旦那様、お辞めになって。」
立ち上がろうと腰を浮かせたオーガストを、ルイーザは横から腕を掴んで必死に止めた。流石にオーガストもそんな妻の細腕を振り払うことはしなかった。
「私は心が広いと自負しているんだ。君達二人で街に来れば良いだろう。ここは君の祖母がお父上をお生みになった土地だ。ご祖母様が生まれ育った街を見ておいても良いのではないか?」
ローレンスの瞳には濁りも影も見えない。清廉な心からオーガストに告げたのだとルイーザは思った。
夫が虫呼ばわりしたローレンスとは、確かに燃え盛る業火に自ら飛び込む猛者らしい。
「久し振りだね、オーガスト。随分、大きくなったな。あんなに細くてちっさい子供であったのに。」
爵位の上下をまるっと無視して、ローレンスは再従兄であることを前面に押し出しオーガストに不敵な挨拶をした。
「これはこれは再従兄殿。最愛の妻との二度目の蜜月を邪魔する無神経と無作法を、此度ばかりは寛大な心で見逃そう。だが、許すのは一度だけだ二度目は無い。」
バチバチ火花を散らす二人を、ルイーザ始め使用人達は呆気にとられたまま見守っていた。オーガストの来訪時には遠慮して出てこなかったマーサまで、扉の陰から覗き見したまま固まっている。
「驚いた。これほど酷似しているだなんて。」
「全くですなルイーザ様。」
「セバスもそう思う?似てるのは解っていたけれど、瓜二つね。」
「伯爵様が長髪で良かったですね。旦那様と間違えでもしたら、ルイーザ様、旦那様は憤死なさいますよ。」
「ジェイムズ、滅相な事を言わないで。」
「でも、ルイーザ様。まるで鏡に向かい合わせに映る様ですね。」
ヘレンの言葉にルイーザはこくこく頷く。後ろでマーサも頷いている。
コソコソ話すルイーザ達は前もってローレンスを知っていたから免疫があったが、ローレンスを初めて目にするオーガストの侍従や護衛等は、酷似する二人を驚愕の眼差しで見ている。
解る。その気持ち。この世にあんな麗しい人物が二人もいるのは衝撃よね。
ルイーザはうんうんと納得しながら目の前で対峙したまま動かない二人に目をやった。
「旦那様、マーモット伯爵様、お茶の用意が出来ておりますわ。それともこのまま玄関ホールでお飲みになるおつもりですか?」
「ん?ルイーザ。名で呼ぶ様に言っていたよね。ああ、狭量な夫殿に何か言われたか。そんな事、気にしなくとも良い。遠慮も要らない。君と私の仲だろう。」
ローレンスは一言一言いちいちオーガストの神経を逆撫でるもの言いをする。
「さあ、旦那様。お客様をご案内頂けますか?」
ローレンスを無視して夫を見れば、彼はローレンスを穴が空くんじゃないかと思うほど睨み見ていた。そんなダークな表情も素敵だなとルイーザはぽっと頬を染めた。
結局、百戦錬磨の名執事であるセバスが執り成して、二人は無言のまま応接室に向かう。ルイーザもそろそろと二人の後に続いた。
「ああ、珈琲にしてくれないか。王都の風を伯爵にもお届けしよう。」
平素は文官達に囲まれて社交界とは縁遠い夫であるが、さらりと嫌味を言って退けた。どうあってもローレンスから贈られた紅茶は口にしたくないらしい。
旦那様、嫌味も言えちゃうのね。聖人君子な夫しか見たことの無いルイーザは、政治の裏の顔を持つ夫を知らない幸福な妻である。
「ようこそ我が領地へ。オーガスト。」
「君に呼び捨てを許した記憶は無いが?社交から遠退いて世間の常識をお忘れかな?」
「まあそう突っかかるな。心の狭さが丸見えだぞ。妻の居ない私には連れるレディも居ないから、こうして君の祖母君が生きた領地を守る事に専念している。有難い事に領地の産業は好調であるし緑豊かな大地はバカンスにも最適だ。近隣の貴族家との関係も非常に良好。王都の暮らしで細君を疲弊させる心配など私には皆無だよ。」
「何が仰りたい。」
セバスが珈琲を出し終える前に、二人の舌戦は始まっていた。
なんだか旦那様、押され気味に見えるのは気の所為?隅に控えるジェイムズを見れば、彼も表情を曇らせている。
負けるな旦那様。頑張れ旦那様。
ルイーザは心の中でエールを送るが、二人が何を競っているのか理解していない。
「夫婦の間に何があったか、それは夫婦だけの出来事だ。私だって犬も食わない事に顔を突っ込む様な厚顔ではない。だが、我が領地に逃げて来たなら話しは別だ。傷を負っているなら尚の事。」
「何が言いたい。」
「失ってからでは遅いのだと、君だって知っているのではないか?私は痛いほど知っている。そうだな、遠い過去なら君の祖父も。」
お義祖父様が?ローレンスの言葉にルイーザはピクリと反応するも、夫の祖父が何故ここに出てくるのかが解らなかった。
ローレンスの言葉を受け止めたらしいオーガストは、無言のままローレンスを見つめている。
「また来るよ。私は別に君に意地悪をしたい訳ではない。君は私の数少ない血縁者だ。これでも君を大切に思っている。」
ローレンスはそう言って、無言を貫くオーガストを見た。それから隣に座るルイーザに視線を移す。
「ルイーザ。」
「は、はい。」
ローレンスに名を呼ばれてルイーザは思わず返事を返した。
「なんだか久し振りだな、ルイーザ。どうせそこの侍従に外出を禁じられていたのだろう。可哀想に。金糸雀から声を取り上げては美しい歌は聴こえまい。街の者たちも君が訪れるのを待っている。勿論、私も。」
「貴様っ」
「だ、旦那様、お辞めになって。」
立ち上がろうと腰を浮かせたオーガストを、ルイーザは横から腕を掴んで必死に止めた。流石にオーガストもそんな妻の細腕を振り払うことはしなかった。
「私は心が広いと自負しているんだ。君達二人で街に来れば良いだろう。ここは君の祖母がお父上をお生みになった土地だ。ご祖母様が生まれ育った街を見ておいても良いのではないか?」
ローレンスの瞳には濁りも影も見えない。清廉な心からオーガストに告げたのだとルイーザは思った。
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