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第一章
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夜半から降り出した雨は強い風を伴って、ひと晩中、窓の硝子を揺らしていた。
強風と雨音に眠れぬ夜を過ごしたのに、今は嘘のような晴天が広がっている。
陽光の差し込む道は、風で落ちてしまった銀杏の葉で埋め尽くされて、それが日射しに照らされ黄金色に見えていた。
あまりに綺麗な落ち葉の絨毯に、コートニーはその上を踏んで歩くことを躊躇った。
「それで、アレックス殿からは、次年度は私で決まりだろうと言われたよ」
「まあ、お兄様が?」
落ち葉を踏みしめる足下を気にしていたコートニーは、そこで並び歩くベネディクトを見上げた。
日射しを受けて、ベネディクトの髪が淡い金色に透けて見えた。
コートニーの世界は黄色で溢れている。
家族は皆、美しい金色の髪をしており、婚約者も金髪で、今は鮮やかな銀杏の葉で足下まで黄色一色になっている。
「それで、どうだろう。来年は君も入らないか?」
「生徒会へ、ですか?」
「うん。議事録やら細かな書類仕事を頼めると、私としても助かるんだ」
直ぐに返事をしなかったコートニーに、ベネディクトは続けた。
「アレックス殿も、君に頼んだらどうかと、そう言っていた」
「⋯⋯そうですか」
兄からは何も聞いていなかったが、コートニーは敢えてそのことには触れなかった。
学園の玄関までの道を、ベネディクトと並んで歩く。二人は同い年で、学園に入学した年に婚約していた。
ベネディクト・アーキンソン・ウィンダム。
ベネディクトは、ウィンダム公爵家の嫡男である。
何代か前の王女が降嫁しているウィンダム公爵家は王家とは遠戚にあたり、ベネディクトも王族と同じ金色の髪と青い瞳を持つ。
見目よく知的で社交的でもある彼は友人が多く、カリスマ的な魅力もあって一年生のときから生徒会で活動している。
先ほどの言葉では、三年生になる来年は、どうやら生徒会長に選出されるのは確実なようで、現会長である兄のアレックスが言うのだから、確かなことなのだろう。
「そうすれば、君と一緒に過ごす時間も増えるし」
そう言われて、コートニーは再びベネディクトを見上げた。
綺麗に色づく落ち葉を踏むのが落ち着かず、コートニーは少しばかり注意が散漫になっていた。だが、それで返事が遅れたのではなくて、内心ではベネディクトの誘いを断りたいと思っていた。
生徒会のメンバーは、気の合う貴族子女らの集団で、身分の貴賤を問わないと言われていても、少なからず身分差はある。
伯爵令嬢であるコートニーが役員になるのに不足はないが、あの集団に加わることは、避けられるのであれば避けたいと思う。
次年度であるから、三年生の兄は卒業して抜けているし、婚約者が一緒であるならそれほど気を遣わずとも済むのだろうが、前向きな気持ちにはなれずにいた。
「考えておいてくれるかな」
「ええ」
再三確かめられて返事をしたところで、前方に男子生徒の背中が見えた。
癖のある巻き毛の髪は襟足で切り揃えられて、少し長めの横髪が秋風に揺れている。同じ年齢の男子の中では、やや細身で小柄な姿をしている。
コートニーは、後ろ姿だけで彼だとわかった。
レグモント子爵家の令息であるジョゼフと、コートニーは同じクラスで学んでいる。
こちらのほうが歩みが速かったらしく、間もなく前を歩くジョゼフを追い抜いた。
その時。
ジョゼフが左手で持つ鞄と、ベネディクトが右手に持つ鞄とが、追い抜きざまに接触した。
僅かな接触ではあったが、後ろから追い抜かれたジョゼフは驚いたのだろう、咄嗟にベネディクトのほうを見た。
ベネディクトの左側を並び歩いていたコートニーからも、鞄と鞄が擦れてぶつかったのは、微かな接触音でわかった。
だが、ベネディクトは何もなかったようにジョゼフを追い抜いた。
彼は理知的であるばかりか、元来、気さくな質で、学園でも多くの友人がいる。社交マナーなら人一倍厳しい教育を受けており、こんな場面でも「失礼」と会釈するくらい自然に出てくるだろう。
そのベネディクトが、ジョゼフを瞳に映すことなく通り越した。
思わず後ろを振り返ったコートニーは、そこでジョゼフと目が合った。自分がぶつかったわけではなかったが、つい会釈をすると、ジョゼフも浅い会釈を返した。
「コートニー」
「は、はい」
名を呼ばれて前を向き、ベネディクトの話に耳を傾けた。
ベネディクトは話題が豊富で人を飽きさせることがない。一緒に参加する茶会でも、彼の周りは直ぐに人が集まり、華やかな集団となる。
コートニーはそんなベネディクトの婚約者として、隣に並び立ち彼らの会話を聞く。
人の話を聞くことは、話すことより慣れていた。それは学園や社交場だけでなく、家族の中でも同じだった。
婚約者のベネディクトと兄のアレックスは、ともに嫡男であるからか、よく似ている。
将来は、公爵家と伯爵家で身分の違いはあれど、義兄弟として友人として、気の合う者同士として付き合うのだろう。
コートニー・グレア・リントン。
コートニーは、リントン伯爵家の長女である。
兄のほかには、二人の弟と二人の妹がおり、今、母のお腹には七人目の弟妹が宿っている。
「それじゃあ、昼に」
「はい」
教室の前で、ベネディクトと別れた。
二人は学年は同じであるがクラスが違っており、ベネディクトは「領地経営科」に、コートニーは「一般科」で学んでいる。
ベネディクトが廊下の先にある教室へ歩くその後ろ姿を見送って、コートニーは教室に入った。
自分の席に着いてから、少ししたところでジョゼフが教室に入ってきた。
彼は子爵家の長子であるが、後継者ではない。
嫡男嫡女で占められる領地経営科ではなく、彼もまたコートニーと同じ一般科で学んでいた。
レグモント子爵家の嫡男は、彼の一つ下の弟なのである。
強風と雨音に眠れぬ夜を過ごしたのに、今は嘘のような晴天が広がっている。
陽光の差し込む道は、風で落ちてしまった銀杏の葉で埋め尽くされて、それが日射しに照らされ黄金色に見えていた。
あまりに綺麗な落ち葉の絨毯に、コートニーはその上を踏んで歩くことを躊躇った。
「それで、アレックス殿からは、次年度は私で決まりだろうと言われたよ」
「まあ、お兄様が?」
落ち葉を踏みしめる足下を気にしていたコートニーは、そこで並び歩くベネディクトを見上げた。
日射しを受けて、ベネディクトの髪が淡い金色に透けて見えた。
コートニーの世界は黄色で溢れている。
家族は皆、美しい金色の髪をしており、婚約者も金髪で、今は鮮やかな銀杏の葉で足下まで黄色一色になっている。
「それで、どうだろう。来年は君も入らないか?」
「生徒会へ、ですか?」
「うん。議事録やら細かな書類仕事を頼めると、私としても助かるんだ」
直ぐに返事をしなかったコートニーに、ベネディクトは続けた。
「アレックス殿も、君に頼んだらどうかと、そう言っていた」
「⋯⋯そうですか」
兄からは何も聞いていなかったが、コートニーは敢えてそのことには触れなかった。
学園の玄関までの道を、ベネディクトと並んで歩く。二人は同い年で、学園に入学した年に婚約していた。
ベネディクト・アーキンソン・ウィンダム。
ベネディクトは、ウィンダム公爵家の嫡男である。
何代か前の王女が降嫁しているウィンダム公爵家は王家とは遠戚にあたり、ベネディクトも王族と同じ金色の髪と青い瞳を持つ。
見目よく知的で社交的でもある彼は友人が多く、カリスマ的な魅力もあって一年生のときから生徒会で活動している。
先ほどの言葉では、三年生になる来年は、どうやら生徒会長に選出されるのは確実なようで、現会長である兄のアレックスが言うのだから、確かなことなのだろう。
「そうすれば、君と一緒に過ごす時間も増えるし」
そう言われて、コートニーは再びベネディクトを見上げた。
綺麗に色づく落ち葉を踏むのが落ち着かず、コートニーは少しばかり注意が散漫になっていた。だが、それで返事が遅れたのではなくて、内心ではベネディクトの誘いを断りたいと思っていた。
生徒会のメンバーは、気の合う貴族子女らの集団で、身分の貴賤を問わないと言われていても、少なからず身分差はある。
伯爵令嬢であるコートニーが役員になるのに不足はないが、あの集団に加わることは、避けられるのであれば避けたいと思う。
次年度であるから、三年生の兄は卒業して抜けているし、婚約者が一緒であるならそれほど気を遣わずとも済むのだろうが、前向きな気持ちにはなれずにいた。
「考えておいてくれるかな」
「ええ」
再三確かめられて返事をしたところで、前方に男子生徒の背中が見えた。
癖のある巻き毛の髪は襟足で切り揃えられて、少し長めの横髪が秋風に揺れている。同じ年齢の男子の中では、やや細身で小柄な姿をしている。
コートニーは、後ろ姿だけで彼だとわかった。
レグモント子爵家の令息であるジョゼフと、コートニーは同じクラスで学んでいる。
こちらのほうが歩みが速かったらしく、間もなく前を歩くジョゼフを追い抜いた。
その時。
ジョゼフが左手で持つ鞄と、ベネディクトが右手に持つ鞄とが、追い抜きざまに接触した。
僅かな接触ではあったが、後ろから追い抜かれたジョゼフは驚いたのだろう、咄嗟にベネディクトのほうを見た。
ベネディクトの左側を並び歩いていたコートニーからも、鞄と鞄が擦れてぶつかったのは、微かな接触音でわかった。
だが、ベネディクトは何もなかったようにジョゼフを追い抜いた。
彼は理知的であるばかりか、元来、気さくな質で、学園でも多くの友人がいる。社交マナーなら人一倍厳しい教育を受けており、こんな場面でも「失礼」と会釈するくらい自然に出てくるだろう。
そのベネディクトが、ジョゼフを瞳に映すことなく通り越した。
思わず後ろを振り返ったコートニーは、そこでジョゼフと目が合った。自分がぶつかったわけではなかったが、つい会釈をすると、ジョゼフも浅い会釈を返した。
「コートニー」
「は、はい」
名を呼ばれて前を向き、ベネディクトの話に耳を傾けた。
ベネディクトは話題が豊富で人を飽きさせることがない。一緒に参加する茶会でも、彼の周りは直ぐに人が集まり、華やかな集団となる。
コートニーはそんなベネディクトの婚約者として、隣に並び立ち彼らの会話を聞く。
人の話を聞くことは、話すことより慣れていた。それは学園や社交場だけでなく、家族の中でも同じだった。
婚約者のベネディクトと兄のアレックスは、ともに嫡男であるからか、よく似ている。
将来は、公爵家と伯爵家で身分の違いはあれど、義兄弟として友人として、気の合う者同士として付き合うのだろう。
コートニー・グレア・リントン。
コートニーは、リントン伯爵家の長女である。
兄のほかには、二人の弟と二人の妹がおり、今、母のお腹には七人目の弟妹が宿っている。
「それじゃあ、昼に」
「はい」
教室の前で、ベネディクトと別れた。
二人は学年は同じであるがクラスが違っており、ベネディクトは「領地経営科」に、コートニーは「一般科」で学んでいる。
ベネディクトが廊下の先にある教室へ歩くその後ろ姿を見送って、コートニーは教室に入った。
自分の席に着いてから、少ししたところでジョゼフが教室に入ってきた。
彼は子爵家の長子であるが、後継者ではない。
嫡男嫡女で占められる領地経営科ではなく、彼もまたコートニーと同じ一般科で学んでいた。
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