もしも貴方が

桃井すもも

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訪い

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子爵家の庭園はそれ程広くはありません。

事業に忙しい父や母が、庭園でお茶をする事は稀です。大抵、父の執務室が両親の談話室になっております。

ですから庭師任せの庭園ですが、小さいなりに庭師が工夫を凝らしてくれて、なかなか趣のある造作をしているのです。

手を取って頂かなくても、勝手知ったる我が家です。
けれどもそこは、出来立てほやほやの婚約者同士なので、恥ずかしながらエスコートして頂いております。

「驚かせたね、ごめん。」
ユダ様が仰います。

差し出されたのが手ではなく腕でしたので、ユダ様の腕に軽く手を添えております。
何度か手を握り合った筈なのに、こんなに恥ずかしいだなんて。

耳まで赤いのが見なくとも分かります。
私がいつまでも答えないのを不審に思ってか、ユダ様が覗き込んで来ます。

来ないで!恥ずかしいから!

これ以上赤くなり得ない私に気付いたのか、ユダ様が少しばかり目を瞠られました。

「ごめん。」
もう!そこで謝るなんて!
しおらしくしょんぼりしたユダ様は相当の人誑(たら)しです。もう降参です。

「ユダ様、」
降参した私がユダ様に話し掛けますと、

「君の気持ちも確かめずに婚約を望んだ事は、」と言った次に、

「謝らないよ。」と、言い切りました。

それからユダ様は、
「僕はとても恵まれていてね、両親のお陰で望むものは何でも持っている。
これまで何ひとつ不自由もなく成長できた。多分、兄達の分も愛してもらっているんだよ。だから両親にも兄達にも感謝してるんだ。何不自由なく両親の愛情を受けて、正直、この世に望むほどはそれ程多くないと思っていたんだ。恵まれ過ぎだね。
けれど、こんなにも何かを欲しいと願った事は、唯の一度も無かったんだよ。」

そう仰っしゃって、エスコートしている腕から私の手をやんわりと外しました。
そのまま両の手で私の両手を握ります。
大きくて温かな手に包まれて、私は再び耳まで赤く染まります。
ええ、見なくとも分かります。

「受けてくれるかな?」
もう婚約の書類にはお互いサイン致しました。今更聞くだなんて本当に狡い方です。
神をも欺くお名前のこの方に、私はもう騙されても良いと思う程には惹かれているのです。

トーマス様との長く切ない恋心を弔って、ぽっかり空いた隙間は、あっという間にユダ様一色になってしまったのですから。

「ユダ様、貴方がユダ(裏切り者)でも、貴方になら騙されても良いわ。」

私の答えをYESと受け取ってくれたらしいユダ様は、
「ありがとう。」
そう言って、私に触れるだけの口付けをなさいました。



そこまでが、私が視た先視でした。







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