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深く蒼い海の中でゆらりゆらりと揺らされる。
波は大きく温かで、グレースを優しく力強く揺らすのだ。
身体の境が溶けて消えて無くなり波に溶かされ混じり合い、一層のこと全てがひとつになる様であった。
思考も意識も手放しかければ、
「グレース。」
甘やかな声に名を呼ばれて、海底から波間に引き戻される。
そこで漸く息を吸って、また大波に飲み込まれる。
「グレース。」
再び名を呼ばれて思わず瞼を開ければ、眼前には深い深い海が広がっていた。深海を思わせるビリジアンがグレースを見つめている。
それが薄っすらと水を湛えて、今にもその瞳から零れてしまいそうだったから、グレースは何が辛いの?と心配になって覗き込んでしまった。
「漸く君を手に入れた。」
それは微かな囁き声であった。
「ロバート様。」
言葉を発せられたのはそこまで。
もう何度目か解らぬ大波に心も身体も飲まれてしまって、グレースは只管溺れて喘いでいた。
首筋に柔らかく吸い付かれて、思わず抱き締めた。それに応える様に逞しい腕がきついほどグレースを拘束する。
そのきつい締め付けまでが幸福に思える自分は、どうやら相当薄情な女であるらしい。
この身に初めての歓びを教えた男をすっかり忘れてしまった。深緑の海に飲まれて只管喘ぐ。そうしてそれを心から幸せだと思うのだから。
身体の内側も外側も温かな圧迫でいっぱいになる。
漸くだわ。私こそ漸く貴方を抱き締めた。
グレースは、深緑の海底に沈んで行く。そうしてそこに横たわっていた己の本心を見つけて、それを抱き上げ浮上した。
一層強く抱き締められる。ああ、息が出来ない。苦しい。なのに幸せ。
愛し愛される喜びは、いつしか微睡みの中に沈んでいった。
「グレース。」
背中が熱い。胸の前には二本の腕が交差して見えている。
「起きたか?」
再び問われて、ゆっくり意識が浮上する。
幸福な夢を見た後の、その余韻を楽しんでいると、項にふにっと柔らかなものが当てられた。
それから耳朶を喰まれて不埒な手が何も纏わぬ胸元を弄る。
くすくすと思わず笑いを漏らせば、
「漸く答えた。夫を無視する妻は仕置が必要か?」
昨晩の続きを持ち掛けられて、それを断る事は叶わなかった。
甘い夜と甘い朝を迎えて、頃合いを察した侍女が湯殿に連れ出してくれる。そうでもなければまた引き込まれてしまうだろう。
それから戻った部屋は寝室で、遅い朝餉はそこで食べるのだと言う。
楽な衣服に身を包み、ゆっくりと朝食を摂る。三年の間、独りで朝餉を迎えるばかりであったグレースにとって、二人で食する朝餉とはなんとも豊かで幸福な時間に思われた。これが日常になるのだと思っただけで、心の内側が温かくなるのを嬉しく感じた。
「グレース、その、辛くはないか?」
散々勝手に翻弄しておきながら後出しの謝罪をする深緑の瞳。
その瞳を見つめて、
「ええ、辛いわ。辛すぎて死んじゃうかも。」「死んでは駄目だ。」
すかさず返されてグレースは、
「死んでしまうのかと思うほど幸せよ。」
そう答えた。
甘い夜と甘い朝の後には、甘い昼が続く事をグレースは知らない。男の底力を見誤っていた。
その日グレースは、後悔とは後から悔やむから後悔なのだと、迂闊な発言を慎む事を心に誓った。
グレースは、リシャールとの離縁が成立する以前、アーバンノット家に一週間程滞在した事がある。その前より度々邸を訪っていたから、義両親始め家令も執事も使用人も既に馴染んでいたのだが、今日は気恥ずかしさが先に立ち誰とも目を合わせられない。
家族として初めて迎えられた晩餐の席で俯き加減になってしまい、
「ロバート。加減なさい。」
ロバートが義母に叱られた。
「それは無理と言うもの。」
至極当然とばかりにロバートが答えるものだから、グレースは恥ずかしく思うばかりで益々俯いてしまう。
「ああ、程々に。」
ほら、義父まで参戦したではないか。
目のやり場に困って思わず扉の方へ視線を逃がす。案じ顔のフランシスと目が合った。
『グレース様、お労しや』目が語っている。
フランシスにまで夫婦の寝室事情が筒抜けであるように思えて、もうそれからは食事に手が付かなかった。
それでまたまたロバートが義母から叱られるのを、グレースは止めることが出来なかった。
「抱き上げて行きたい。」
「駄目です。」
「駄目か?」
「ええ、駄目。」
駄目よ駄目かと繰り返す新婚夫妻を、使用人達の生暖かい視線が見守る。部屋に戻るだけなのに。
凛々しい目元が涼し気な、本来は無駄口の少ない男である。三年間はそう思って来た。
けれどもそれはどうやら思い違いであるらしい。獅子を思わせる精悍な男は、実は慣れて戯れる大きな犬であった。纏わりついて離れない。
たった一夜の交わりで、グレースは翻弄される海の底で確かな愛を認めた。
どうしようも無い男と分かりながら前夫を愛したのは真実であったが、いつの頃からかロバートに、心の底で尽きずに溢れる深い愛を覚えていたのを自身に認めた。
二度目の婚姻も曰く付きのものであった。しかしそれは、前の婚姻とは比べものにならない。王家が関わる婚姻である。
互いの身を守る手段としてロバートから持ち掛けられた。それなのにこんなに幸せで良いのだろうか。
ロバートが、グレースに対して好意的な感情を抱いているのはなんとなく解っていた。そうでなければ、彼はあれほど矢面に立ってグレースを守る事はなかったろう。
その好意がどういう類のものなのか、グレースは考えない様にしていた。
離縁したばかりの身で、自分には恋愛も結婚も相応しくないと思っていた。静かに前夫への思いを忘れていこうと決めていた。
それはグレースの心を守る術であった。恋愛や婚姻で傷付けられる事には耐えられそうになかった。
その頑なな心を、一体いつの間に解されてしまったのだろう。どの瞬間からか自分でも分からぬ内に、ロバートへ親愛以上の心を抱いていた。
誓いの口付けの時にロバートは、グレースに愛していると囁いた。それはこの契約を成立させる決まり文句であったかもしれない。
けれどもグレースは、心の底に沈んでいた本心を認めてしまった。だから正直に告げようと思った。もう偽りに塗れた婚姻はしたくない。誠実に向き合い愛し合いたいと願った。
「ロバート様、私、貴方を愛してるわ。ずっと前から愛してたの。」
その言葉にロバートが、ビリジアンの瞳を僅かに潤ませたのには、グレースは気付けなかった。想いを言葉にするのに精一杯で、ロバートの瞳を覗くことが出来なかった。
けれども、一層きつくグレースを抱きしめる腕の強さに、ロバートも同じことを思ってくれているのだと解った。
波は大きく温かで、グレースを優しく力強く揺らすのだ。
身体の境が溶けて消えて無くなり波に溶かされ混じり合い、一層のこと全てがひとつになる様であった。
思考も意識も手放しかければ、
「グレース。」
甘やかな声に名を呼ばれて、海底から波間に引き戻される。
そこで漸く息を吸って、また大波に飲み込まれる。
「グレース。」
再び名を呼ばれて思わず瞼を開ければ、眼前には深い深い海が広がっていた。深海を思わせるビリジアンがグレースを見つめている。
それが薄っすらと水を湛えて、今にもその瞳から零れてしまいそうだったから、グレースは何が辛いの?と心配になって覗き込んでしまった。
「漸く君を手に入れた。」
それは微かな囁き声であった。
「ロバート様。」
言葉を発せられたのはそこまで。
もう何度目か解らぬ大波に心も身体も飲まれてしまって、グレースは只管溺れて喘いでいた。
首筋に柔らかく吸い付かれて、思わず抱き締めた。それに応える様に逞しい腕がきついほどグレースを拘束する。
そのきつい締め付けまでが幸福に思える自分は、どうやら相当薄情な女であるらしい。
この身に初めての歓びを教えた男をすっかり忘れてしまった。深緑の海に飲まれて只管喘ぐ。そうしてそれを心から幸せだと思うのだから。
身体の内側も外側も温かな圧迫でいっぱいになる。
漸くだわ。私こそ漸く貴方を抱き締めた。
グレースは、深緑の海底に沈んで行く。そうしてそこに横たわっていた己の本心を見つけて、それを抱き上げ浮上した。
一層強く抱き締められる。ああ、息が出来ない。苦しい。なのに幸せ。
愛し愛される喜びは、いつしか微睡みの中に沈んでいった。
「グレース。」
背中が熱い。胸の前には二本の腕が交差して見えている。
「起きたか?」
再び問われて、ゆっくり意識が浮上する。
幸福な夢を見た後の、その余韻を楽しんでいると、項にふにっと柔らかなものが当てられた。
それから耳朶を喰まれて不埒な手が何も纏わぬ胸元を弄る。
くすくすと思わず笑いを漏らせば、
「漸く答えた。夫を無視する妻は仕置が必要か?」
昨晩の続きを持ち掛けられて、それを断る事は叶わなかった。
甘い夜と甘い朝を迎えて、頃合いを察した侍女が湯殿に連れ出してくれる。そうでもなければまた引き込まれてしまうだろう。
それから戻った部屋は寝室で、遅い朝餉はそこで食べるのだと言う。
楽な衣服に身を包み、ゆっくりと朝食を摂る。三年の間、独りで朝餉を迎えるばかりであったグレースにとって、二人で食する朝餉とはなんとも豊かで幸福な時間に思われた。これが日常になるのだと思っただけで、心の内側が温かくなるのを嬉しく感じた。
「グレース、その、辛くはないか?」
散々勝手に翻弄しておきながら後出しの謝罪をする深緑の瞳。
その瞳を見つめて、
「ええ、辛いわ。辛すぎて死んじゃうかも。」「死んでは駄目だ。」
すかさず返されてグレースは、
「死んでしまうのかと思うほど幸せよ。」
そう答えた。
甘い夜と甘い朝の後には、甘い昼が続く事をグレースは知らない。男の底力を見誤っていた。
その日グレースは、後悔とは後から悔やむから後悔なのだと、迂闊な発言を慎む事を心に誓った。
グレースは、リシャールとの離縁が成立する以前、アーバンノット家に一週間程滞在した事がある。その前より度々邸を訪っていたから、義両親始め家令も執事も使用人も既に馴染んでいたのだが、今日は気恥ずかしさが先に立ち誰とも目を合わせられない。
家族として初めて迎えられた晩餐の席で俯き加減になってしまい、
「ロバート。加減なさい。」
ロバートが義母に叱られた。
「それは無理と言うもの。」
至極当然とばかりにロバートが答えるものだから、グレースは恥ずかしく思うばかりで益々俯いてしまう。
「ああ、程々に。」
ほら、義父まで参戦したではないか。
目のやり場に困って思わず扉の方へ視線を逃がす。案じ顔のフランシスと目が合った。
『グレース様、お労しや』目が語っている。
フランシスにまで夫婦の寝室事情が筒抜けであるように思えて、もうそれからは食事に手が付かなかった。
それでまたまたロバートが義母から叱られるのを、グレースは止めることが出来なかった。
「抱き上げて行きたい。」
「駄目です。」
「駄目か?」
「ええ、駄目。」
駄目よ駄目かと繰り返す新婚夫妻を、使用人達の生暖かい視線が見守る。部屋に戻るだけなのに。
凛々しい目元が涼し気な、本来は無駄口の少ない男である。三年間はそう思って来た。
けれどもそれはどうやら思い違いであるらしい。獅子を思わせる精悍な男は、実は慣れて戯れる大きな犬であった。纏わりついて離れない。
たった一夜の交わりで、グレースは翻弄される海の底で確かな愛を認めた。
どうしようも無い男と分かりながら前夫を愛したのは真実であったが、いつの頃からかロバートに、心の底で尽きずに溢れる深い愛を覚えていたのを自身に認めた。
二度目の婚姻も曰く付きのものであった。しかしそれは、前の婚姻とは比べものにならない。王家が関わる婚姻である。
互いの身を守る手段としてロバートから持ち掛けられた。それなのにこんなに幸せで良いのだろうか。
ロバートが、グレースに対して好意的な感情を抱いているのはなんとなく解っていた。そうでなければ、彼はあれほど矢面に立ってグレースを守る事はなかったろう。
その好意がどういう類のものなのか、グレースは考えない様にしていた。
離縁したばかりの身で、自分には恋愛も結婚も相応しくないと思っていた。静かに前夫への思いを忘れていこうと決めていた。
それはグレースの心を守る術であった。恋愛や婚姻で傷付けられる事には耐えられそうになかった。
その頑なな心を、一体いつの間に解されてしまったのだろう。どの瞬間からか自分でも分からぬ内に、ロバートへ親愛以上の心を抱いていた。
誓いの口付けの時にロバートは、グレースに愛していると囁いた。それはこの契約を成立させる決まり文句であったかもしれない。
けれどもグレースは、心の底に沈んでいた本心を認めてしまった。だから正直に告げようと思った。もう偽りに塗れた婚姻はしたくない。誠実に向き合い愛し合いたいと願った。
「ロバート様、私、貴方を愛してるわ。ずっと前から愛してたの。」
その言葉にロバートが、ビリジアンの瞳を僅かに潤ませたのには、グレースは気付けなかった。想いを言葉にするのに精一杯で、ロバートの瞳を覗くことが出来なかった。
けれども、一層きつくグレースを抱きしめる腕の強さに、ロバートも同じことを思ってくれているのだと解った。
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