今日も空は青い空

桃井すもも

文字の大きさ
34 / 55

【34】

しおりを挟む
 その年の冬は穏やかであったから、積雪の無い王都には例年よりも春の訪れが早く感じられた。

 年が明けて三月。ヴィリアーズ侯爵家に新たに妻が迎え入れられた。

 やんごとなき身分の貴人である。妻となったのは隣国の第三王女であった。


 淡い金の髪は緩やかなウェーブを描いて、瞳は目が覚めるような鮮やかな青。
大きな瞳が潤んで見える。
日を浴びたことなど無いのではと思わせる透けるような白い肌が、美しい瞳を更に引き立てていた。

 ウェーブを描く長い髪をふんわりと腰まで垂らす姿は、随分前には成人を迎えているのに、未だ乙女の姿を見せている。
 王席を離れて他国に渡り貴族の妻となる身であるが、髪を結い上げる事もなく可憐な姿をそのままにお人形の様な姿からは、「阿婆擦れ王女」の片鱗は一欠片も見つけられない。

 アレックス王太子殿下の言葉の通り、顔合わせの席でリシャールを一目見た王女は、この婚姻をすんなりと受け入れた。

 母国からは騎士も護衛も侍従も付けることは叶わなかったから、隣国までこちらから従者と護衛を向かわせて迎えに行った程である。
 母国の、一人たりとも男を側に置かないと云う硬い意志が見て取れた。


「初めまして。わたくしの夫君。」

 甘やかな声音が空へと溶ける。天使の様な高く細い声。
 初見の場でリシャールは、その可憐な愛らしさに胸を打たれた様子であった。

 この婚姻は、侯爵家への罰である。
それを承知で気構えていたリシャールであったが、噂のただれた王女はこの世に天使が舞い降りたと思わせる可憐な姿であった。

 小柄な身体からほっそりとした白い手が覗いている。ドレスの下に隠された足も、きっと白く細く柔らかな筈である。

 可憐な姿にそんななまめかしさを思わせるのだから、相当手練れの王女であるのにも気が付かない。


 二人を引き合わせたアレックス殿下が、その様子に満足そうな笑みを浮かべた。

 いいんじゃないか?これ。案外二人とも気が合って上手く纏まるのではなかろうか。
 いや、それでは互いに罰にならぬが、まあ良かろう。誰にとっても害になる者同士であるから、一層ここで纏まるのならそれこそ僥倖。


 表向きは、他国の王女が降嫁するという名誉を賜った侯爵家である。

 婚礼に呼ばれた貴族達も、当然その意味を承知していたから、まるで見世物を観るような心持ちでいたのだが、優顔の美丈夫で知られる新郎とその横に並ぶ天使の様な可憐な花嫁に、二人の醜聞などは直ぐに忘れ去られて、この姿は絵姿を描いて欲しいものだと感嘆するのであった。

 嫌な噂も過去の汚れも、春の日差しが溶かして消した。そんな風に思える目出度いえにしと思われた。


 王女は童顔であるらしく、リシャールのひとつ年下であったから姫の年齢としてはぎりぎりの歳であった。

 世の乙女を体現したような身体は予想以上に甘やかで、どこまでもほっそりと白く柔らかい。
 何処に触れてもか細く漏らされる高い声まで蕩ける甘さを放って、リシャールは我が身がとろとろに溶かされるように感じた。

 噂の王女は噂ではなくて、真実男を骨の髄まで蕩かし転がす、聖女の顔をした天性の性女であった。

 リシャールは、初めの交わりで容易く堕ちた。
 過去に愛でた恋人も、泣く泣く別れた妻も、どれも甘く深く愛していたのに、性女の手慣れた手練手管に、すっかり骨抜きにされたのだった。


 イザベルは、王女との婚姻に烈火の如く怒りを表した。話が違う、私はどうなる。

 けれども、身籠った子は早々に流れてしまったし、何よりその煩わしい気質にリシャールは辟易とされていた。

 前妻の商会に乗り込んでリシャールが後々妻に叱責を受ける騒ぎを起こせば、前の妻への嫌がらせに真逆の王城で自身の懐妊を告げて次の妻は自分であると王侯貴族の面前で宣言した。
 その後の両親と領地の縁者の叱責に一人耐えたリシャールも、子を宿すイザベルには強い態度を示せなかった。

 結局、イザベルの懐妊が原因でグレースとも離縁することになってしまった。

 リシャールは、グレースに心底惚れていた。おっとりした垂れ目の顔立ちも可愛らしいし、ほっそりと柳腰の身体は自分が悦びを教え込んだ。

 愛でれば蕩ける甘い身体は、明け方まで抱き締めても次の欲を蘇らせて、リシャールはいつもこの妻と離れがたく思っていたのに、恋人の懐妊が全てを壊してしまった。

 別邸を慰謝料代わりに伯爵家に譲ってからは、本邸でのイザベルとの暮らしが始まった。

 学園で出会ったイザベルは、大人しく柔らかな笑みも可憐な令嬢で、ついつい手を差し伸べてしまう儚さが堪らなく好きであった。
 だから、婚姻を許されぬまま学園を卒業してからも、手放すことなど考えられなくて、別邸に囲い込んで永遠の恋人にしようと決めたのだった。

 妻を得てからもそうであったから、家門からもどうにかしろと五月蝿く言われていたが、当の妻は、おっとりした見た目通りに情け深く優しくて、懐深い愛情でリシャールを愛してくれた。

 才媛と言われる妻は、リシャールが苦手とする杓子定規な堅物などでは無くて、すっきりと穏やかな青空の様な女性だった。

 果ててグレースの胸に倒れ込めば、細く白い指先で優しく髪を撫でてくれた。少しばかり我が儘を言っても、最後は垂れ目を優しく細めて許してくれた。

 そんなグレースをリシャールは婚姻して直ぐに気に入った。グレースはリシャールの心を捉えて離さなかった。出来ることなら本邸で一日中一緒にいたかった。一緒に暮らしたいといつしか思う様になっていた。

 まるで二人の妻に愛される様な幸せを、密かにリシャールは楽しんでいた。そんな暮らしが何時迄も続くと思っていたのに、それを壊したのは長く愛した恋人であった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】王妃を廃した、その後は……

かずきりり
恋愛
私にはもう何もない。何もかもなくなってしまった。 地位や名誉……権力でさえ。 否、最初からそんなものを欲していたわけではないのに……。 望んだものは、ただ一つ。 ――あの人からの愛。 ただ、それだけだったというのに……。 「ラウラ! お前を廃妃とする!」 国王陛下であるホセに、いきなり告げられた言葉。 隣には妹のパウラ。 お腹には子どもが居ると言う。 何一つ持たず王城から追い出された私は…… 静かな海へと身を沈める。 唯一愛したパウラを王妃の座に座らせたホセは…… そしてパウラは…… 最期に笑うのは……? それとも……救いは誰の手にもないのか *************************** こちらの作品はカクヨムにも掲載しています。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

あなたに嘘を一つ、つきました

小蝶
恋愛
 ユカリナは夫ディランと政略結婚して5年がたつ。まだまだ戦乱の世にあるこの国の騎士である夫は、今日も戦地で命をかけて戦っているはずだった。彼が戦地に赴いて3年。まだ戦争は終わっていないが、勝利と言う戦況が見えてきたと噂される頃、夫は帰って来た。隣に可愛らしい女性をつれて。そして私には何も告げぬまま、3日後には結婚式を挙げた。第2夫人となったシェリーを寵愛する夫。だから、私は愛するあなたに嘘を一つ、つきました…  最後の方にしか主人公目線がない迷作となりました。読みづらかったらご指摘ください。今さらどうにもなりませんが、努力します(`・ω・́)ゞ

幼なじみと再会したあなたは、私を忘れてしまった。

クロユキ
恋愛
街の学校に通うルナは同じ同級生のルシアンと交際をしていた。同じクラスでもあり席も隣だったのもあってルシアンから交際を申し込まれた。 そんなある日クラスに転校生が入って来た。 幼い頃一緒に遊んだルシアンを知っている女子だった…その日からルナとルシアンの距離が離れ始めた。 誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。 更新不定期です。 よろしくお願いします。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

処理中です...