28 / 60
【28】
学園が夏休みに入り、アテーシアは邸に戻った。戻ると言っても邸から学園までは馬車で四半刻程の距離であり、週末の休みはいつも邸に戻っていたから、その延長のようなものである。
朝の食堂でミルク多めの紅茶を飲みながら、アテーシアは昨日の事を思い出していた。
昨日は学園の最終日で、午前いっぱいを式典に充てられ午後には各々邸や自領に戻ることとなっていた。
式典を終えて教室に戻り、教師から夏季休暇の過ごし方など注意事項を聞かされて今学期を終えた。
寮に一旦戻ろうとパトリシアを見ると、パトリシアはエドモンドに何やら話し掛けられている。
話しが終わるのを待っていよう。フランシスも既に帰っていたし、アテーシアは手持ち無沙汰であったから、窓からの風景を眺めてエドモンドの長話しが終わるのを待っていた。
窓際席とは、一言で言うなら最高である。
ぼんやりするにも思考を纏めるにも最適である。
だからぼんやりし過ぎたのだろう。
手元に影が差したと思ったら、声を掛けられた。
「シア嬢。」
む。これは婚約者(当面又は暫定)様。
「座ったままで良いよ。」
立ち上がり礼をしようとしたアテーシアを、アンドリューがやんわり制する。
「先日頼んだ事なのだが。」
そう言って、彼は何やらアテーシアの前に差し出した。
「文を頼んだろう?」
えっ、あれは有効な約束事項であったのか?
「この便箋を使ってくれないか。」
差し出されたのを未だ受け取らず、アテーシアはアンドリューの手に持つものに視線を落とした。
便箋である。金の箔で王家の紋が押されちゃっている。いや、面倒!
こんなの要らないから。子爵令嬢がこんなの持ってたら窃盗だと疑われるじゃあないか。何考えてるんだ、このぼんぼん。
出来うる限りの罵倒を脳内で繰り広げて、
「ええーと、結構です。」
不敬にも王太子の申し出という命令を断った。
「子爵令嬢がこんな大それたものを所有していたら、私は辺境伯領に入った途端に手荷物検めの騎士らに取り押さえられてしまいます。殿下からお預かりしたと言っても信じてもらえず、激しく厳しい拷問を毎日毎日受けて、息の音が止まりかける頃になって、私が盗みましたと虚偽の自白を強要させられ、王都に再び戻るには最早この身は屍となっているでしょう。そうなら一層、ここで仕留めて下さいませ。寮にサーベルを置いてますので、今取って参ります。出来るならあまり苦しまない様に一回で処して下さいませ。」
「いや、それ程。」
アテーシアは誠心誠意訴えた。
辺境伯領でも子爵令嬢と身分を騙るのであるから、手荷物も分相応のものでなければいけない。
それなのに、このぼんぼん。世間知らずにも程がある。
「こんな金箔で王家の紋が押されていては。何よりこの色、王家の色ですよね!」
アテーシアは不敬ついでに指をさす。便箋の縁には鮮やかなブルーのラインが引かれている。それってロイヤルブルーじゃあないか。目立ち過ぎるのも大概にしてほしい。
「封筒でしたら持ってます。と言うか、私、お断り致しました筈ですが。殿下のご婚約者様とは面識がございませんし、私は兵舎に宿泊しますのでお目に掛かる機会もございません。」
無理は無理!と断固拒否の姿勢を貫く。
まだ教室に残っていた生徒達は、狂犬が殿下に噛み付いていると恐れ慄いた。
「大丈夫だよ。」
何が!
「心配には及ばない。」
何処が!
目ヂカラマックスで睨みつけると、アンドリューはふっと笑みを漏らした。睨まれて嬉しいのか?
「辺境伯には君の事を伝えている。私宛の文を必ず間違い無く一刻も早く届ける様に申し伝えている。」
それって暴力よ。王命という名の暴力じゃない!
貴方ってば、顔ばっかり美しい、中身は残念な世間知らずのぼんぼんだったのね。見損なったわ!
目ヂカラに侮蔑の色を滲ませて改めて睨みを強めると、アンドリューの顔が近い?と思った瞬間、ふわりと麝香の薫りが鼻を擽る。そうして、
「そんなに睨んでも可愛いだけだよ。」
アテーシアの耳元でアンドリューが囁いた。
「な、な、な、な、な、な、な!」
何をするんだの七文字は全部「な」でしか言えなかった。
「宜しく頼んだね。」
そう言って颯爽と身を翻して去って行ったアンドリュー。後には微かな麝香の甘い香りが残されて、いつの間にかアテーシアの手には王家が使うお手紙セットが乗せられていた。
「あいつ、」
思い出しても腹が立つ。
何処までも気が回って仕事が早く、逃げ道なんて許さない。
「とんだ暴君だわ。」
ぐぬぬと眉を顰めたからか、「お茶が渋かったでしょうか?」と、コンスタンスが気を遣ってミルクピッチャーを持っ。
「有難う。」
折角だからミルクを足してもらって、殆どミルクだけになったカップに口を付ける。
奴は毎日文を書かせてあの便箋を使い切らせる魂胆だ。
封筒は、夏季休暇の日数分あった。書き損じを考慮して三枚プラスされていた。気遣いすら忌々しい。
そうだ。
賢いアテーシアは気が付いちゃった。
ぼんぼん、内容については制限を設けなかったな。文字数指定もされなかった。
それって、短文でも良いんじゃないか?
一層単語でも良くないか?
「◯月△日、本日は晴天なり。ご婚約者様とはお会い出来ず。」
これで十分じゃない?
流石に単語オンリーは辞めにした。
「ふふふ。」
ほくそ笑むアテーシアに、コンスタンスは余程ミルクが美味しいのだな、と思った。
朝の食堂でミルク多めの紅茶を飲みながら、アテーシアは昨日の事を思い出していた。
昨日は学園の最終日で、午前いっぱいを式典に充てられ午後には各々邸や自領に戻ることとなっていた。
式典を終えて教室に戻り、教師から夏季休暇の過ごし方など注意事項を聞かされて今学期を終えた。
寮に一旦戻ろうとパトリシアを見ると、パトリシアはエドモンドに何やら話し掛けられている。
話しが終わるのを待っていよう。フランシスも既に帰っていたし、アテーシアは手持ち無沙汰であったから、窓からの風景を眺めてエドモンドの長話しが終わるのを待っていた。
窓際席とは、一言で言うなら最高である。
ぼんやりするにも思考を纏めるにも最適である。
だからぼんやりし過ぎたのだろう。
手元に影が差したと思ったら、声を掛けられた。
「シア嬢。」
む。これは婚約者(当面又は暫定)様。
「座ったままで良いよ。」
立ち上がり礼をしようとしたアテーシアを、アンドリューがやんわり制する。
「先日頼んだ事なのだが。」
そう言って、彼は何やらアテーシアの前に差し出した。
「文を頼んだろう?」
えっ、あれは有効な約束事項であったのか?
「この便箋を使ってくれないか。」
差し出されたのを未だ受け取らず、アテーシアはアンドリューの手に持つものに視線を落とした。
便箋である。金の箔で王家の紋が押されちゃっている。いや、面倒!
こんなの要らないから。子爵令嬢がこんなの持ってたら窃盗だと疑われるじゃあないか。何考えてるんだ、このぼんぼん。
出来うる限りの罵倒を脳内で繰り広げて、
「ええーと、結構です。」
不敬にも王太子の申し出という命令を断った。
「子爵令嬢がこんな大それたものを所有していたら、私は辺境伯領に入った途端に手荷物検めの騎士らに取り押さえられてしまいます。殿下からお預かりしたと言っても信じてもらえず、激しく厳しい拷問を毎日毎日受けて、息の音が止まりかける頃になって、私が盗みましたと虚偽の自白を強要させられ、王都に再び戻るには最早この身は屍となっているでしょう。そうなら一層、ここで仕留めて下さいませ。寮にサーベルを置いてますので、今取って参ります。出来るならあまり苦しまない様に一回で処して下さいませ。」
「いや、それ程。」
アテーシアは誠心誠意訴えた。
辺境伯領でも子爵令嬢と身分を騙るのであるから、手荷物も分相応のものでなければいけない。
それなのに、このぼんぼん。世間知らずにも程がある。
「こんな金箔で王家の紋が押されていては。何よりこの色、王家の色ですよね!」
アテーシアは不敬ついでに指をさす。便箋の縁には鮮やかなブルーのラインが引かれている。それってロイヤルブルーじゃあないか。目立ち過ぎるのも大概にしてほしい。
「封筒でしたら持ってます。と言うか、私、お断り致しました筈ですが。殿下のご婚約者様とは面識がございませんし、私は兵舎に宿泊しますのでお目に掛かる機会もございません。」
無理は無理!と断固拒否の姿勢を貫く。
まだ教室に残っていた生徒達は、狂犬が殿下に噛み付いていると恐れ慄いた。
「大丈夫だよ。」
何が!
「心配には及ばない。」
何処が!
目ヂカラマックスで睨みつけると、アンドリューはふっと笑みを漏らした。睨まれて嬉しいのか?
「辺境伯には君の事を伝えている。私宛の文を必ず間違い無く一刻も早く届ける様に申し伝えている。」
それって暴力よ。王命という名の暴力じゃない!
貴方ってば、顔ばっかり美しい、中身は残念な世間知らずのぼんぼんだったのね。見損なったわ!
目ヂカラに侮蔑の色を滲ませて改めて睨みを強めると、アンドリューの顔が近い?と思った瞬間、ふわりと麝香の薫りが鼻を擽る。そうして、
「そんなに睨んでも可愛いだけだよ。」
アテーシアの耳元でアンドリューが囁いた。
「な、な、な、な、な、な、な!」
何をするんだの七文字は全部「な」でしか言えなかった。
「宜しく頼んだね。」
そう言って颯爽と身を翻して去って行ったアンドリュー。後には微かな麝香の甘い香りが残されて、いつの間にかアテーシアの手には王家が使うお手紙セットが乗せられていた。
「あいつ、」
思い出しても腹が立つ。
何処までも気が回って仕事が早く、逃げ道なんて許さない。
「とんだ暴君だわ。」
ぐぬぬと眉を顰めたからか、「お茶が渋かったでしょうか?」と、コンスタンスが気を遣ってミルクピッチャーを持っ。
「有難う。」
折角だからミルクを足してもらって、殆どミルクだけになったカップに口を付ける。
奴は毎日文を書かせてあの便箋を使い切らせる魂胆だ。
封筒は、夏季休暇の日数分あった。書き損じを考慮して三枚プラスされていた。気遣いすら忌々しい。
そうだ。
賢いアテーシアは気が付いちゃった。
ぼんぼん、内容については制限を設けなかったな。文字数指定もされなかった。
それって、短文でも良いんじゃないか?
一層単語でも良くないか?
「◯月△日、本日は晴天なり。ご婚約者様とはお会い出来ず。」
これで十分じゃない?
流石に単語オンリーは辞めにした。
「ふふふ。」
ほくそ笑むアテーシアに、コンスタンスは余程ミルクが美味しいのだな、と思った。
あなたにおすすめの小説
【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った
冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。
「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。
※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
筆頭婚約者候補は「一抜け」を叫んでさっさと逃げ出した
基本二度寝
恋愛
王太子には婚約者候補が二十名ほどいた。
その中でも筆頭にいたのは、顔よし頭良し、すべての条件を持っていた公爵家の令嬢。
王太子を立てることも忘れない彼女に、ひとつだけ不満があった。
真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう
さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」
殿下にそう告げられる
「応援いたします」
だって真実の愛ですのよ?
見つける方が奇跡です!
婚約破棄の書類ご用意いたします。
わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。
さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます!
なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか…
私の真実の愛とは誠の愛であったのか…
気の迷いであったのでは…
葛藤するが、すでに時遅し…
【完結】妹が旦那様とキスしていたのを見たのが十日前
地鶏
恋愛
私、アリシア・ブルームは順風満帆な人生を送っていた。
あの日、私の婚約者であるライア様と私の妹が濃厚なキスを交わすあの場面をみるまでは……。
私の気持ちを裏切り、弄んだ二人を、私は許さない。
アリシア・ブルームの復讐が始まる。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
私の手からこぼれ落ちるもの
アズやっこ
恋愛
5歳の時、お父様が亡くなった。
優しくて私やお母様を愛してくれたお父様。私達は仲の良い家族だった。
でもそれは偽りだった。
お父様の書斎にあった手記を見た時、お父様の優しさも愛も、それはただの罪滅ぼしだった。
お父様が亡くなり侯爵家は叔父様に奪われた。侯爵家を追い出されたお母様は心を病んだ。
心を病んだお母様を助けたのは私ではなかった。
私の手からこぼれていくもの、そして最後は私もこぼれていく。
こぼれた私を救ってくれる人はいるのかしら…
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 作者独自の設定です。
❈ ざまぁはありません。