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学園に編入してからの生活は概ね良好であると、そう思っているのはアテーシアばかりである。本人は、割とすんなりシアからアテーシアへと移行出来たつもりでいるのだが、周囲の学生達は、以前より何かと注目されていた前髪ぱっつん令嬢が、実は王太子殿下の婚約者である公爵令嬢の仮の姿で、殿下の治世で不穏分子となりうる火種を排除する為に、子爵令嬢の姿で潜伏していたのだと真しやかに噂した。全然違いますけどね。
二人は毎朝王家の馬車で共に通学しており、学園に到着すればアンドリューがアテーシアを両手で抱きかかえて馬車から降ろす。それはまるで優しい兄が幼女を降ろしてあげるような光景であった。
アテーシアは確かにちんまいご令嬢で、一見すれば華奢にも見えた。
けれどもみんな知っている。彼女は子栗鼠の仮面を被った狂犬なのだと。因みに渾名は『狂犬』若しくは『サーベル』である。
寮から出て生家に戻ったアテーシアを、アンドリューは毎朝公爵邸へ迎えに来て共に学園へと通っている。王家の馬車であるにも関わらず、馬車内には金属製のパーテーションが設置されており、しかも足場を強固な金具で打ち付けて固定しており、そのパーテーションが馬車の天井に付くと思われる程の高さであったから、馬車の中であるにも関わらず鉄格子で仕切っているようにも見えた。
このアテーシアを乗せる為の特殊仕様の馬車は、王城で密かに『殿下号』と呼ばれている。
アンドリューは二人を分かつ障害物などするりとすり抜け、毎回ちゃっかりアテーシアの隣に座り込んでは護衛のベン・ボン兄弟から警告を受けていた。
教室では、アテーシアは当然ながらアンドリューの隣に席を与えられ、押し出しとなった生徒が元のアテーシアの席へと移動した。それが、むっさい系ぽっちゃり男子ハロルドであったのが偶然なのかは解らない。フランスは大柄な彼の陰に隠れるように見えていた。
こうしてアテーシアとして編入を済ませて平和な学園生活を過ごす様になったある日、アテーシアは王城へ呼ばれた。
疎遠であったこれまでを埋める様に、アンドリューは度々アテーシアとの会合の為に時間を取っている。
「私はこう見えて心が狭くて気難しい。君の母上からは確か『盆暗王子』と言われたかな。」
今日は自虐作戦であるらしい。
「そんな私が可哀想と思ってくれるかい?」
憐憫誘導作戦か?
「はっきり言わせてもらおう。」
はっきり系と来たか!
「否という言葉は受け付けない。」
強強男子かな?
アンドリューはジャケットの内側から小箱を取り出した。それはいつか見た飾り彫りのされた箱で、中身が何であるかはアテーシアは既に知っている。
「今度こそ、受け取ってくれるね?」
飴色の照りが乗った小箱は今回も剥き身のままだった。中身は鍵である。アンドリューの妃が閲覧を許される禁書が収められた棚の鍵である。
アテーシアにはもう断る理由は無かった。
アンドリューがテーブルの上に置いた小箱を、目線で促されるまま受け取った。
木製で、ひと目で時代を経た古い物なのだと解る。
「開けてごらん。」
アンドリューの言葉にアテーシアはそれに頷き箱を開けた。
「まあ。」
前回も見ていたから鍵に驚いた訳ではなかった。前回と異なるのは、鍵は細いチェーンに通されていた。丁度首に掛けて胸元に収まる長さに見えた。
アンドリューは立ち上がり、アテーシアの隣に歩み寄る。アテーシアが手に持つ小箱の中から鍵を摘み、それからチェーンをアテーシアの頭上から潜らせ首に掛けた。
「君のものだ。」
アンドリューの妃が与えられる鍵を、アテーシアは確かに受け取った。それを身に着ける意味ならもう解っている。
「私の誇りと名誉に賭けて生涯大切に致します。」
そう答えれば、アンドリューは酷く真面目な面持ちでひとつ頷いて見せた。そうしてアテーシアの手を取り席から立ち上がらせた。どうやらこれから図書室へ行こうとするらしい。
アンドリューに手を取られたままアテーシアは王城の回廊を歩く。ここ最近を除けばアンドリューと王城を並び歩くのは随分久しぶりの事で、記憶を辿れば幼い頃まで遡った。
それはまだ婚約を結んだばかりの頃で、アンドリューが図書室を案内してくれた時であったのを鮮明に憶えている。
図書室の扉のところで、アンドリューは近衛騎士等に待機を命じた。アテーシアの護衛であるベンジャミンとボンジャミンも同じく残された。これより先は、アンドリューとアテーシアの二人きりとなる。
膨大な蔵書が所蔵されている王宮の図書室は、日焼けを防ぐ為か薄暗かった。鼻腔を擽る紙の匂い。類別に区分された書架が整然と立ち並んでいる。
通路は広く取られており、火気であるランプを手にしても両側には火の粉が届かない様に十分幅が取られている。天井まで覆う書物の背表紙がアテーシアに覆い被さる様に見下ろしている。
「こちらだよ。」
幼い記憶のその通りに、アンドリューはアテーシアを禁書が所蔵されているエリアへ誘った。
幼い頃より背丈が伸びて、記憶よりも数段高いところに目線がある。
建国に纏わる記録、古の文字で記された古書、王家に纏わる秘事を残した書物が並んでいる。
「鍵を。」
アンドリューに言われて、アテーシアは暫し禁書の並ぶ様に見惚れていたのだと気が付いて、慌ててチェーンを引っ張り鍵を出した。胸元にしまい込んでいた鍵はアテーシアの体温を残して仄かに温かく感じた。
背伸びをして鍵穴に鍵を挿す。鍵は昔ながらの構造であるらしく、ゆっくりと鍵を一回転させる。鍵の開く手応えが無い。
「もう一度回して。」
アンドリューの言う通りに二回転目を回せば、微かな金属音を立てて鍵はカチリと開いた。
ガラス扉はスライド式で、やはりとても古い物に思われた。何枚も並ぶ扉のうち、ある一枚の扉をアンドリューが指し示し、アテーシアがその浅い取っ手に手を差し込み慎重にスライドさせれば、扉は思った以上に軽く動いた。
アテーシアの面前に、王族と限られた貴族のみが閲覧を許される禁書がその背を見せて並んでいた。
二人は毎朝王家の馬車で共に通学しており、学園に到着すればアンドリューがアテーシアを両手で抱きかかえて馬車から降ろす。それはまるで優しい兄が幼女を降ろしてあげるような光景であった。
アテーシアは確かにちんまいご令嬢で、一見すれば華奢にも見えた。
けれどもみんな知っている。彼女は子栗鼠の仮面を被った狂犬なのだと。因みに渾名は『狂犬』若しくは『サーベル』である。
寮から出て生家に戻ったアテーシアを、アンドリューは毎朝公爵邸へ迎えに来て共に学園へと通っている。王家の馬車であるにも関わらず、馬車内には金属製のパーテーションが設置されており、しかも足場を強固な金具で打ち付けて固定しており、そのパーテーションが馬車の天井に付くと思われる程の高さであったから、馬車の中であるにも関わらず鉄格子で仕切っているようにも見えた。
このアテーシアを乗せる為の特殊仕様の馬車は、王城で密かに『殿下号』と呼ばれている。
アンドリューは二人を分かつ障害物などするりとすり抜け、毎回ちゃっかりアテーシアの隣に座り込んでは護衛のベン・ボン兄弟から警告を受けていた。
教室では、アテーシアは当然ながらアンドリューの隣に席を与えられ、押し出しとなった生徒が元のアテーシアの席へと移動した。それが、むっさい系ぽっちゃり男子ハロルドであったのが偶然なのかは解らない。フランスは大柄な彼の陰に隠れるように見えていた。
こうしてアテーシアとして編入を済ませて平和な学園生活を過ごす様になったある日、アテーシアは王城へ呼ばれた。
疎遠であったこれまでを埋める様に、アンドリューは度々アテーシアとの会合の為に時間を取っている。
「私はこう見えて心が狭くて気難しい。君の母上からは確か『盆暗王子』と言われたかな。」
今日は自虐作戦であるらしい。
「そんな私が可哀想と思ってくれるかい?」
憐憫誘導作戦か?
「はっきり言わせてもらおう。」
はっきり系と来たか!
「否という言葉は受け付けない。」
強強男子かな?
アンドリューはジャケットの内側から小箱を取り出した。それはいつか見た飾り彫りのされた箱で、中身が何であるかはアテーシアは既に知っている。
「今度こそ、受け取ってくれるね?」
飴色の照りが乗った小箱は今回も剥き身のままだった。中身は鍵である。アンドリューの妃が閲覧を許される禁書が収められた棚の鍵である。
アテーシアにはもう断る理由は無かった。
アンドリューがテーブルの上に置いた小箱を、目線で促されるまま受け取った。
木製で、ひと目で時代を経た古い物なのだと解る。
「開けてごらん。」
アンドリューの言葉にアテーシアはそれに頷き箱を開けた。
「まあ。」
前回も見ていたから鍵に驚いた訳ではなかった。前回と異なるのは、鍵は細いチェーンに通されていた。丁度首に掛けて胸元に収まる長さに見えた。
アンドリューは立ち上がり、アテーシアの隣に歩み寄る。アテーシアが手に持つ小箱の中から鍵を摘み、それからチェーンをアテーシアの頭上から潜らせ首に掛けた。
「君のものだ。」
アンドリューの妃が与えられる鍵を、アテーシアは確かに受け取った。それを身に着ける意味ならもう解っている。
「私の誇りと名誉に賭けて生涯大切に致します。」
そう答えれば、アンドリューは酷く真面目な面持ちでひとつ頷いて見せた。そうしてアテーシアの手を取り席から立ち上がらせた。どうやらこれから図書室へ行こうとするらしい。
アンドリューに手を取られたままアテーシアは王城の回廊を歩く。ここ最近を除けばアンドリューと王城を並び歩くのは随分久しぶりの事で、記憶を辿れば幼い頃まで遡った。
それはまだ婚約を結んだばかりの頃で、アンドリューが図書室を案内してくれた時であったのを鮮明に憶えている。
図書室の扉のところで、アンドリューは近衛騎士等に待機を命じた。アテーシアの護衛であるベンジャミンとボンジャミンも同じく残された。これより先は、アンドリューとアテーシアの二人きりとなる。
膨大な蔵書が所蔵されている王宮の図書室は、日焼けを防ぐ為か薄暗かった。鼻腔を擽る紙の匂い。類別に区分された書架が整然と立ち並んでいる。
通路は広く取られており、火気であるランプを手にしても両側には火の粉が届かない様に十分幅が取られている。天井まで覆う書物の背表紙がアテーシアに覆い被さる様に見下ろしている。
「こちらだよ。」
幼い記憶のその通りに、アンドリューはアテーシアを禁書が所蔵されているエリアへ誘った。
幼い頃より背丈が伸びて、記憶よりも数段高いところに目線がある。
建国に纏わる記録、古の文字で記された古書、王家に纏わる秘事を残した書物が並んでいる。
「鍵を。」
アンドリューに言われて、アテーシアは暫し禁書の並ぶ様に見惚れていたのだと気が付いて、慌ててチェーンを引っ張り鍵を出した。胸元にしまい込んでいた鍵はアテーシアの体温を残して仄かに温かく感じた。
背伸びをして鍵穴に鍵を挿す。鍵は昔ながらの構造であるらしく、ゆっくりと鍵を一回転させる。鍵の開く手応えが無い。
「もう一度回して。」
アンドリューの言う通りに二回転目を回せば、微かな金属音を立てて鍵はカチリと開いた。
ガラス扉はスライド式で、やはりとても古い物に思われた。何枚も並ぶ扉のうち、ある一枚の扉をアンドリューが指し示し、アテーシアがその浅い取っ手に手を差し込み慎重にスライドさせれば、扉は思った以上に軽く動いた。
アテーシアの面前に、王族と限られた貴族のみが閲覧を許される禁書がその背を見せて並んでいた。
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